冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

珠玉 3

2006年04月13日 | 珠玉
巨深に併合された柱谷と賊学は、泥門から海を隔てて、北と南の最も近い
隣国だった。国の豊かさは泥門と比べればそれほどでもなかったが、軍事
力においてはかなりの定評があり、それぞれ泥門とは、友好国という程の
間柄ではなかったが、貿易などで一応の交流はあったし、軍事的には不可
侵条約を結んでいた。柱谷と賊学が存在するおかげで、泥門は海岸線の
警備や、水軍の増強にそれほど気を回さなくて済んでいたと言ってもよい。

しかしそれらの頼もしき二国家が、巨深の軍門に降ってしまった。となれば、
次に狙われるのは泥門である。巨深は南北それぞれの中小国家群に、
その中の雄とも言うべき柱谷と賊学を倒すことで、自分達の実力を見せ
つけて牽制し、泥門攻略に専念出来るようにしたのである。

泥門を足場にして、巨深の名を世界に轟かせたい─壮大な野望を胸に、
数年で民族を一つにまとめあげた若き実力者の名は“カケイ”。その名前
の音を大陸の文字に当て嵌め、「筧」の文字と畏怖の念をもって呼ばれる、
眼光鋭い美丈夫である。また彼の野望を実現化するにあたり、最大の強み
は“ミズマチケンゴ”という、筧に見出され、戦場に於いてその勇が止まる
ところを知らぬ、金色の髪の巨漢であった。大陸の文字では「水町健悟」
と表され、その戦いぶりと目立つ髪から黄金の獅子にも例えられていたが、
普段は大層人懐こく呑気な男であった。
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時の泥門国王は、決して暗君ではなかったが、穏やかな気性が災いしてか、
やや優柔不断のきらいがあった。それ故に時として、国内の勢力ある貴族
達のよいようにされてしまうこともあったが、彼にも最低限の譲れない一線
はあったことと、見聞を深める為、諸国を遊学中の皇太子・蛭魔が、時として
フラリと帰国しては、その才智を遺憾無く発揮し、それらの権臣達の企みを
粉砕していたので、完璧ではないにしても、これまでの泥門は一応の平和
と繁栄を維持してきたのである。だが、今回の巨深の侵略は、彼らにとって
は絶好のタイミングで、泥門という国にとっては最悪の時期に始まった。

即ち─皇太子不在時の国王崩御である。

国王という枷が無くなり、目の上の瘤である皇太子は遠い異国の地。王族
の中には、一時的にでも執政を務められるような器量を持つ者─ましてや
奸臣達の企みを抑え込める者は一人もいなかった。泥門はすぐさま大貴族
達の支配下に置かれてしまう。

新たな支配者達の頭の中を占めるのは、巨深が王都に迫るまで、或いは
皇太子が帰ってくるまで、可能な限りの搾取をして他国に亡命すること。
彼らに愛国心などというものは欠片もなく、あるのはただ薄汚い欲望だけ
だった。

泥門が小国というのは、大陸上繋がっている、他の三大国家に比べればと
いう話で、南北の海上に無数に存在する国々と比較すれば、結構な広さの
領土を持っていた。いくら巨深が力をつけてきたとは言え、所詮は海の民。
陸に上がってからもその勢いを維持することは難しかろうし、ましてや地の
利も無い。適当に軍隊を派遣しておけば、王都に居座る時間はまだまだ十
分にある……これが貴族達の読みであった。

確かに、ある意味でその読みは当たっていた。軍の大半を構成する庶民出身
の兵士達が、皇太子が帰ってくるまでは何としてもと、悲壮な決意の下、高い
士気をもって勇敢に戦っていたからである。瀬那も、そんな中の一人だった。

瀬那は本来、気弱と言ってもよいくらいの心優しい少年だ。幼い頃から他の
子ども達にいじめられては、幼馴染のまもり、鈴音、モン太に庇われていた。
争いを厭い、他者に対して手を上げたことすらない彼が、それでも今回の戦い
に身を投じる決意をしたのは、時には乱暴ともいえるやり方ではあったが、彼
なりの愛情表現で瀬那を可愛がってくれた皇太子への恩返し、そして……

一年に一度だけ、東の隣国・王城からやってくる使節団に随行してくる騎士、
進に、二度と会えなくなるかもしれぬという恐怖からであった。
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