冷艶素香

現ES21がいろんな人達から愛されていたり、割れ顎の堅物侍を巡って、藤と金の人外魔境神未満ズが火花を散らしたりしてます。

福在眼前(フゥザイイエンチエン)

2009年04月04日 | 阿含×瀬那
ドーン、ズガラゴワッシャー──!!!

ジグザグ形の閃光が、黒雲垂れ込める雨空に瞬いたかと思うと、凄まじい
轟音がとどろいた。

(光が音よりも速いってホントなんだなぁ……)

中学校の理科の時間に習った知識を、瀬那は、人の姿をした“臥竜”の上
に突っ伏しながら、思い返していた。

──

「お゛ぃ、チビカス……うぜぇ、どけ」

熟睡しているものとばかり思っていた竜が──正確には、熟練の匠の手に
なる丹青の竜を、その逞しい背中に住まわせている、神に限り無く近くはあ
るが、今はどうやらまだ“人”である男が、明らかに機嫌が悪いと分かる、ド
スの効いた低い声で凄んだ。

「や、です」
「あ゛ぁ゛ぁ゛ー?」
「だって、こうしてないと阿含さんが飛んでっちゃいそうなんですもん」
「……テメェ、雲子に今度は何吹き込まれやがった」
「雲水さんはなんにも言ってませんってば。今日、阿含さん待ってる間、書
庫の方にお邪魔させてもらってたんです。で、そこに在った本の中の一冊に、
雷雨の日に空へ上ってく竜の挿絵が入っててですね……」
「現実と非現実の区別がつかねー馬鹿がこれ以上アホなことぬかす前に息
の根止めてやる」

一息にあっちの世界へ送ってやる俺様の慈悲にせいぜい感謝しやがれ地
球のCO2削減にも貢献してあ゛ー俺って凄ぇ善い奴ーと、一息に言うが早い
か、寝起きとは思えない俊敏な動きで、男──金剛阿含は、起き上がった。

その弾みで、瀬那はベッド脇の壁に、したたかに背を打ち付け──そうにな
ったが、何の気紛れか、元凶が起床と同時に発動した神速のインパルスに
より、相手に首っ玉を猫の仔のように掴まれて、予想していた痛みを、とりあ
えずは回避出来たのだった。

「でもこれはこれで痛いですよぅ……」
「さっさとどかねーからだ、ド阿呆が」

そのままゴロリと床の上に転がされ、ついでに(阿含にしては)軽い蹴りも一
発お見舞いされた少年は、幼児期以来、十何年振りかに「いーもーむーしー
ゴ~ロゴロ~♪ ひっくり返ってゴ~ロゴロ~♪」をする羽目に陥った。

「大体テメー、空の上に何か有るだなんて、その年でマジ信じてんのかよ?」
「え? えーっと……さ……さあ……?」

どうなんでしょうねと、少年は小首を傾げた。

「もし仮に地上(ここ)より佳い女や美味い酒がワンサとあって、おもしれー事
にも事欠かねーってなら確かに悪かねーが、だからってこの俺にわざわざ足
運べなんてトコ、存在する価値も必要も無ぇし」

傍若無人な物言いはいつものことながら、自分の言葉に阿含が反応を示し、
返事を返してくれるのが、少なくとも傍に居ることは鬱陶しがられていないよ
うだと、仄温かな思いが込み上げてきて、瀬那は僅かに口端を緩めた。

「確実に存在するって保証があんならともかく、ハッキリしねーことに体力使っ
て無駄足踏むなんてのは、まさにテメーら愚民どものすることだな」

ゴ……ゴロ……ピカッ!……ドォォォン!!!

吐き捨てるように言うと、改めて惰眠を貪り始めようとした男を、一喝するかの
ように再び、雷鳴が轟く。

「だぁっ、るっせー!!!」

もともと怒りの沸点の低い男である。

「別に“こっち”でそれなりに楽しくやってんだから、誰もわざわざ“そっち”なん
か行かねーっつだよ、ボケが!」 

何に対してなのかは謎であったが、とにもかくにもブチ切れた阿含は、瀬那
が転がったままであるのもお構い無しに、数個有った枕のうちの一つを、床
に向かって投げ付けた。

「う、わぁ……っ!」

たかが枕と言うなかれ。百年に一度、出るか出ないかと言われる天才が投
げたそれならば、岩にも等しい凶器となり得るのである。瀬那は素肌の上に
巻き付けていた薄い毛布を、慌てて上に引き上げて、頭まですっぽりと覆っ
た。

ガッ……ゴロ、ゴロン……

羽毛製の凶器は、瀬那のすぐ傍の、彼が今日、書庫から借りて来た、件の昇
竜の挿絵入りのものを始めとした古書数冊と、それらと共に借りてきた(勿論、
拝見後はきちんと返却の予定である)、恐らくは骨董品が納められていると思
われる、小さな木箱にぶつかった。

(あ~ぁ、壊れてたらどうしよ……雲水さんは全部ガラクタだって言ってたけど
……)

しばらく経ってから、恐る恐る、毛布の中から顔を出し、阿含が再び寝入ったの
を確認すると、瀬那は木箱から飛び出してしまった中身を──蝙蝠と、真ん中
に穴の開いた古銭とを組み合わせた文様があしらわれた、幾多の歳月を経て
かなり黒ずんでしまっている、馬蹄形の銀塊十数個を拾い集めた。

(良かった、欠けたり皹入ったりはしてないや……)

一つ一つを素早く点検し、すべて問題無しと分かると、掌の上の、最後に確認
した一個をそっと撫で、やれやれと安堵の溜息を一つ。

そうして瀬那が、それらを再び、箱の中に戻そうとした時──

「う、わぁっ」

グイと体を引っ張られ、少年は、思わず小さな悲鳴を上げた。

「もともと殆ど無ぇ色気もさっきとっくに使い果たしちまったテメーなんざ、いつも
ならさっさと叩き出すとこだが……」

普段全然居ないし使わないんなら有っても意味無ぇとかフザけた真似しやがっ
て、あのクソ親ども&雲子の野郎……と、しかし罵声の後半が途切れ途切れ
になってきたかと思うと、阿含は瀬那を、隆々とした筋肉の波打つ懐の辺りへ、
乱暴に掻き抱き。

「カスちび体温……なんにも無ぇよりゃ……マシ、か……zzZ」

そして再び、臥竜となった。

──要するに、不在がちの部屋の主の意向は完全無視の形で、此処のエアコ
ンは取り外され、売却処分か廃棄処分をされてしまったということらしい。(←家庭
内に於ける最近の地位は意外と低い?)


(に、してもやっぱ阿含さんの頭って油くさ……しかも……ヒィィィ……寝顔でも、
こ、怖っ!)

けれど、直に感じるその体温と、微かにアルコールの匂いも混じった“竜”の体
臭は、彼がその気になれば、いとも容易く潰せるであろう、小さな蝙蝠にとって、
しかし何故だかその晩は、とても心地良いものだったようである。

                                       <おしまい>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少しだけ加筆訂正を致しました。最近は阿含と蛭魔さんの口調が上手く書き分
けられず、密かに悩みの種となっております。執筆当時は下記状況に↓在りな
がら、

先月、日本だったら洪水扱いされんだろーなーってくらい、物凄い雷雨の日があ
ったんです。周囲は半ば川と化し、あっちこっちで落雷するもんだから殆ど一日
停電しちゃってもう、大変でした。蝋燭の灯りの下、ビカビカ(“p”じゃなくて“b”
でした)不気味に光る夜空を窓から眺めながら、御飯を食べている時に思い付
いた話です(ロマンが無いよ)。
“福在眼前”、本来の意味とそう離れてはいないし、直訳すればつまりはそうい
う事じゃない、ねえvv?←誰に対して言ってんですか、香夜さん。


と、蝶・ノリノリで書いていたというのに……!(「ノリノリ」って表現はもしかした
らもう、死語……?) 今の香夜さんには、馬カッコ可愛い阿含が(=馬鹿でアホ
で強くて所により可愛い阿含。←って、何か増えてる、余計なのも入ってるΣ(゜ロ゜;)!!!/苦笑
足りない、足りないわ……orz! Give me 原作(WJと最新刊), please……!

今回のタイトルは、中国の吉祥図案の一つを拝借しました。
“福”「フゥ」=幸福(→“蝠”「フゥ」=コウモリ)在(=存
在する)
“眼前”「イエンチエン」=目の前に(→“眼銭”
「イエンチエン」=五円玉のように、真ん中に穴の開
いた硬貨)

コウモリが硬貨を抱き締めていたり、コウモリの顔の前に硬貨があったりと、パ
ターンは色々あるようですが、意味としては要するに、読んで字の如く「幸せは
目の前に(すぐ傍に)」、或いは「幸せはもう目の前、すぐそこまで来ている」とい
ったものらしいです。ちなみに作中の銀塊がどーのこーのというのは、いつの時
代か詳しくは存じませんが、とにかく、昔々の中国のどこかに、そういう物が有
ったとか無かったとかいう記述を(どっちよ)物の本で読んだ、石丸さん並みにう
すらボンヤリとした記憶によるものです(つまり信憑性ゼロって事ですね、香夜
さん!)。
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