昔々、鉄道を通そうとしたときに、増田の親方衆が、陸蒸気を自分達の集落に通すわけにはいかないと、原野で通り道だった猩々もいる十文字を真っ直ぐに行かせたんだそうです。
もし、その時に、増田に駅が出来ていたならば、私がすんでいる近くにも一個か二個の駅が出来ていたらしいのですが、直線で通った原野にできた駅の周りには、色々と寄ってきて町になったけれども、蔵がたくさんあった街だった増田は、時代に乗り遅れて、寂れてきて、いま、ようやく、観光地「蔵のまち」として、逆に時代遅れになったことを利用して街づくりをしようとしています。
そこから山あいにもう少し入ったこの地域は、少しずつ人が減っていき、原野と化すことになるでしょう。
蝦夷の時代のように、山々の植物や野性動物にとって住み心地のよいパラダイスとなることでしょう。
その前に駆逐されてしまわなければ…の、話ですが。
50年後に、この辺にすんでいる人は、戦後の人口の何割に減っていることでしょうか?
今時の子ども達の世代は、私たちの世代の6分の1以下ですから、戦後の子沢山な時代の一割ぐらいでしょうか
過疎かが加速されていくと、駅どころか、鉄道の存続も危なくなるのかな?
PASMOもICOCAも電子カードで利用できない路線は、早々に廃線になりやすいのでしょうね
東北新幹線が、ただ、ただ、素通りする地域に成り下がるのでしょうか
自然豊かな原野だけが広がっている世界…私はその頃まで生き残っていないので、見ることはできませんから、こうやって、単純に想像することしかできません。
奥羽山脈の日本海側は、早々にもとの戦国時代以前の住人数になるのかな?
列車が使えない地域は、自力で頑張らないといけなくなって、電気自動車だけがたよりの世界になっているのでしょうか?
広い広い原野になってしまった景色のなかに、どんな家が、ポツポツと残っているのでしょうかね
それとも、日本沈没の物語のように、フォッサマグナとか、日本海溝や、地盤の歪み・裂け目によって、地獄絵の世界が起きていないことを祈りたいと思います。
空から恐怖の大魔王が?
人類滅亡の可能性を少しずつでも削って減らして、人間はいきながらえています。
この辺の人工は減っていたとしても、簡単には滅亡しないことでしょう
なくなるかたが多くなったと感じるこの頃、そういう昔や未来のことを想像すると、足元が見えなくなって、自分自身の細かい苦しみなんて、なにもなかったことになるのだと思うと、いま、というときを楽しく感じて生きていかないと空しさだけの人生にしたくないものだと思い煩っている自分自身を慰めることもできないままで、明日、ちゃんと目覚めることを願って生きていくしかないんだなぁ、きっと
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます