とはずがたり

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HHMIがHeLa細胞の使用に対して賠償金を支払うことを決めた

2020-10-31 12:28:52 | その他
HeLa細胞という不死化細胞を見たことがあるでしょうか。私は30年近く前に研究で使用したことがありますが、増殖能に富んだ大変美しい細胞です。この細胞はHenrietta Lacksという名前のアフリカ系アメリカ人女性の子宮頸癌から1951年に樹立された初めてのヒト細胞株(彼女の頭文字をとってHeLaと名付けられた)であり、その後ポリオワクチンの開発など、この細胞を元に得られた科学・医学の分野の成果は数えきれず、また製薬企業には巨万の富をもたらしてきました。問題だったのは、彼女や家族の承諾を全く得ずに細胞の採取が行われたことです。Henrietta Lacks自身は1951年に亡くなりましたが、その事実を知った遺族が、本人や家族の同意を得ずに無断で採取された細胞から得られた情報は不当なものであり、そのゲノム情報なども個人情報であって公開は許可できないと訴えました。このあたりの詳細な経緯はRebecca Sklootの『The Immortal Life of Henrietta Lacks』(邦題『不死細胞ヒーラ 〜 ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生』講談社) の中で述べられており、また2017年にはHBOによって同じタイトルで映画化されています。その後NIHのFrancis Collinsらの努力で、HeLa細胞のゲノム情報の公開はケースバイケースで認められることになりましたが、この件は「患者の細胞やDNAを用いて得られた情報をどのように扱うべきか?」という大きな倫理的問題を提起しました。
今回のNatureの記事はHoward Hughes Medical Institute (HHMI)がHeLaの使用に対して賠償金を支払うことを決めたというものです。これは最近のBLM(Black Lives Matter)運動とも連動しているようですが、遺族にとっては一歩前進であることは間違いなく、この記事でも好意的にとらえられています。


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