場所と人にまつわる物語

時間と空間のはざまに浮き沈みする場所の記憶をたどる旅

歳月

2021-10-15 10:49:43 | 場所の記憶
 異母姉妹の妹が結婚するという相手は、姉のおつえがかつて付き合っていた男だった。自身は今、材木問屋上総屋の妻女である。が、この商家も時とともに傾きかけていた。ある日、所帯をもった妹の家を訪ね、かつての相手に会う。懐かしさがこみあげるが、すでに長い歳月が流れている。家に帰ると、夫が呑んだくれていた。その姿をみておつえは哀れになった。と同時に、これまで気づかなかった夫婦の情愛のようなものが胸にあふれてきた。「病気の姑のほかは女中一人しかいなくなった家の中は暗く、ひっそりとしている。暗く長い廊下を歩きながら、おつえは夫に何かやさしい言葉をかけてやりたい気持ちになっている。 『霜の朝」より

小説の舞台:深川   地図:国会図書館デジタルコレクション「江戸切絵図」ー深川絵図   タイトル写真:江戸深川資料館

・佐賀町にある船宿橋本は、屋根船二艘。猪牙船五艘、船頭二十人を抱える家で、おつえはこの家で生まれた。
・橋本は油堀に架かる下ノ橋きわにある。
・秋の日射しが斜めに川の水を染めていた。橋本のあるあたりから下佐賀町の白壁の蔵がならぶあたりまで、河岸の家々は赤くやわらかい光に包まれ、霊岸島から中洲にのびる西河岸の家々は黒ずんだ影を川に落としている。
・おつえは橋を渡り、下佐賀町の町通りを抜けて永代橋まで行った。
・小名木川に架かる高橋にのぼると、四方に平べったくひろがる町が見えた。西空にかすかに朱のいろが残っているだけで、町も大川の水も青黒く暮れいろに包まれようとしている。
・小名木川に架かる高橋にのぼると、四方に平べったくひろがっている町が見えた。西空にかすかに朱の色が残っているだけで、町も大川の水も青黒く暮れいろに包まれようとしていた。家々の窓に、ぽつりと灯がともりはじめている。四月半ばの一日は、暮れてもまだあたたかかった。