goo blog サービス終了のお知らせ 

Runrun日記

~ わがままを控えて一日全う、ひび楽し ~ 団塊世代の独り言
(写真はクリックすると大きくなります)

昔の写真を整理しています

2017年08月26日 | 散歩道


パソコンの中に溜まった昔の写真を整理しています。思い切って捨ててしまおうなんて思っても、捨てられませんね(笑)
この頃の自分は何をしていたのだろうか? 何を思っていたのだろうか?

9年前の今頃8月24日には、らんちゃんと北京オリンピックを見ていた。マラソンはケニアの選手が優勝し、日本の選手は尾方が13位だったらしい。

この頃の自分は、会社を定年退職し、新しい職場にいた。仕事は楽しかったが順調ではなかった???

◇◇◇◇◇

今朝は、スポーツクラブへ行ってきました。私の好きなインストラクターの初級エアロです。最初はゆっくり、それからテンポよく、最後はヘロヘロになるまでノリノリにしてくれます。今日は、さほどでもなかったかな! 気持ちよく汗をかけて幸せです。 

誕生日

2017年08月23日 | 散歩道


有りがたい事に、今年も誕生日を迎える事が出来た。

70歳の誕生日で、昔務めていた会社の労働組合からは、御祝の商品券が届いたし、来月からは医療費も2割負担に減額されるらしい。特別の誕生日らしい

御祝の食事は、いつもの通り、私の大好物の妻特製のカレーライスにビールをひと缶付けてもらった。

二十歳の時に雪崩に潰されて死にそうになった。その時に受けた輸血のため、C型肝炎になり、医者からは放って置くと肝硬変になり肝癌になり死んでしまうよと云われた。五十代半ばで辛いインターフェロンの治療を受け、C型肝炎は完治したが、その副作用で、妻に云わせれば一気に老けた。三年前に脳出血を発症。私に言わせれば、インターフェロンの治療の副作用のせいだと思うが、医者はそんなことは無いと云う。

有りがたい事に、70歳の誕生日を迎える事ができた!

◇◇◇◇

最近、パソコンの中に溜まった写真を整理しています。整理しなければ、二度と見る機会もないだろうと思える写真。デジカメを初めて買った時期からの写真が、パソコンやハードディスクやDVDの中に眠っています。要らないものは捨ててしまおう。解像度も圧縮すればパソコンのHDにも余裕ができるんだ!

20年程前からの写真が残っているので・・吃驚!・・老ける前の自分が居た!!

最近読んだ本ー武器よさらば

2017年08月17日 | 本と雑誌


ヘミングウェイ 著 金原瑞人 訳 「武器よさらば 上/下」 光文社文庫

イタリアの歴史小説は、古代ローマの話、ベネツィア共和国の話と読んでみたけれど、ベネツィア共和国がナポレオンに滅ばされた以後のイタリアは如何だったのだろうか。小さな王国、公国、共和国に分かれていたイタリアは、フランスやオーストラリアなどの大国にいいようにされていた? 戦争ばかり繰り返していたヨーロッパの事は、結局理解できません

この物語の第一次世界大戦の時は、イタリア王国となっていて、オーストリア=ハンガリー帝国と戦っていた。
この物語の主人公フレデリック・ヘンリーはアメリカ人だが志願してこのイタリア戦線に来ていて、負傷兵を運搬する部隊の指揮官となっていた。
ヘンリーは、負傷してイギリス人の看護婦キャサリン・バークリとの恋に落ちるのだが・・

この小説では、何を描こうとしているのだろうか?
恋物語? それとも悲惨な戦争? 反戦?

戦争は、宗教や民族、イデオロギーの対立で起きて居るのか? 富める者、支配者層が自分たちの利権のためにやっているのではないか?

この小説では、被爆して死んで行く兵隊パッシーニに言わしている
『国を支配している階級があって、その連中が愚かで、何もわかっていないし、・・』
『その連中は、戦争で金をもうけている』

神父に云わしています。
『・・兵士は・・畑から連れてこられて軍隊に放りこまれた時点ですでに負けているんです。・・農民は賢い、なぜ賢いかというと最初から負けているからです。農民を為政者にしてみればいい・・』

でも、農民が為政者になると、利権を求め出し、また、戦争を始めてしまうのじゃないかい!!!

1917年の秋、ヘンリーは、傷も癒え戦線に戻ります。そして10月24日からの「カポレットの戦い」に巻き込まれていきます。イタリア軍は惨敗し、敗走します。イタリアの憲兵達は、敗走してくる将校たちを捕まえて、理不尽にも処刑しようとします・・・。?なんで?
戦争とは非条理の世界なのだ! 中尉だったヘンリーは、これから逃れ脱走兵となりキャサリンの元に戻ります。

スイスへの逃避行。戦争から逃れての逃避行は、熾烈でも甘味。スイスで蜜月を送りますが、物語は突然終わります。第一次世界大戦は、1918年には終わったと思うので、キャサリンとヘンリーはもう少しで幸せになれるのかと読み進んでいたのに・・、あれっ、と云った感じです。
淡々と、乾いた文字で描かれていて、主人公ヘンリーの喪失感が伝わってくるラストシーンです。

この小説のお気に入り度:★★★★☆

街のインターネット事情は?

2017年08月12日 | 散歩道
 ゆだんすると にわか

私は、Windowsのタブレットを持っていて、家の中のWiFiを使ってインターネットに接続しています。
昔は、息子のポケットWiFiなんぞを貸してもらって、外出中もインターネットにつないだこともありましたが・・。

近頃は、街のインターネット環境も進歩して、無料で使えるFreeWiFiのアクセスポイントも、あちこちに設置されたと聞きますので、Windowsタブレットを持って外出しました。

まずは、地下鉄の駅のホーム。「Nagaya Free Wifi」 につながりました。案外、あっさりと繋がった。
でも、駅のホームのベンチじゃなくって、喫茶店なんかでゆっくりインターネットをしたいのだ。

次は、いつもよく行く喫茶店。「KOMEDA Wi-Fi」が有りました。なんだ、何処でもつながるんじゃ!

次は、ショッピングモールのフードコートへ。
なんだ繋がらない。ソフトバンクなどの有料のアクセスポイントばかりじゃ!!!

今日は、もう一軒のコメダへ・・・???
コメダなら、どの店にも「KOMEDA Wi-Fi」があるとは限らないようです。
「Aichi Free Wifi」が有りました。これも使えるんだ!

どうやら、環境庁あたりが、無料公衆無線LANの整備に取り組んでいるようです。
それで、市や県が観光地や公共施設にFreeWifiを設置している。喫茶店やコンビニも集客にはこれが必要なんだ。

外出先でインターネットにつなぎたい時は、タブレットを持っていくべきとわかりました。

・・でも私のタブレット、古いもので、電源スイッチ辺りが壊れそうではありますが(悲しい)




中原中也の詩を読みました

2017年08月05日 | 本と雑誌
中原中也の詩を読みました。
借りて来たのは、佐々木幹雄/編の「汚れちまった悲しみに・・」です。

中原中也/著 佐々木幹雄/編 「汚れちまった悲しみに・・」 角川文庫

『春日狂想』

    1

 愛するものが死んだ時には、
 自殺しなきゃあなりません。

 愛するものが死んだ時には、
 それより他に、方法がない。

 けれどもそれでも、業が深くて、
 なおもながらうことともなったら、

 奉仕の気持に、なることなんです。
 奉仕の気持に、なることなんです。

 愛するものは、死んだのですから、
 たしかにそれは、死んだのですから、

 もはやどうにも、ならぬのですから、
 そのもののために、そのもののために、

 奉仕の気持に、ならなきゃあならない。
 奉仕の気持に、ならなきゃあならない。

    2

 奉仕の気持になりはなったが、
 さて格別の、ことも出来ない。

 そこで以前(せん)より、本なら熟読。
 そこで以前より、人には丁寧。

 テンポ正しき散歩をなして
 麦稈真田(ばっかんさなだ)を敬虔に編み――

 まるでこれでは、玩具の兵隊、
 まるでこれでは、毎日、日曜。

 神社の日向を、ゆるゆる歩み、
 知人に遇えば、にっこり致し、

 飴売爺々と、仲よしになり、
 鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

 まぶしくなったら、日蔭に這入り、
 そこで地面や草木を見直す。

 苔はまことに、ひんやりいたし、
 いわうようなき、今日の麗日。

 参詣人等もぞろぞろ歩き、
 わたしは、なんにも腹が立たない。

     《まことに人生、一瞬の夢、
     ゴム風船の、美しさかな。》

 空に昇って、光って、消えて――
 やあ、今日は、御機嫌いかが。

 久しぶりだね、その後どうです。
 そこらの何処かで、お茶でも飲みましょ。

 勇んで茶店に這入りはすれど、
 ところで話は、とかくないもの。

 煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
 名状しがたい覚悟をなして、――

 戸外(そと)はまことに賑やかなこと!
 ――ではまたそのうち、奥さんによろしく、

 外国(あっち)に行ったら、たよりを下さい。
 あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

 馬車も通れば、電車も通る。
 まことに人生、花嫁御寮。

 まぶしく、美(は)しく、はた俯いて、
 話をさせたら、でもうんざりか?

 それでも心をポーッとさせる、
 まことに、人生、花嫁御寮。

    3

 ではみなさん、
 喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
 テンポ正しく、握手をしましょう。

 つまり、我等に欠けてるものは、
 実直なんぞと、心得まして。

 ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
 テンポ正しく、握手をしましょう。
この本には、中原中也の詩の全部は収められていませんが、近頃は、ネットで詩が読めるのですね。収められていない詩も読む事が出来ました。美しい詩ばかりです。

三十歳で亡くなってしまった人ですが、恋をし失恋をし、結婚をすれば我が子を亡くし、病気をし。ネガティブな詩ばかりかと思いきや。右の詩を、私はどうやら一番気に入ったらしい。

亡くなる10ヶ月ほど前に書いた詩とか。愛息の病死を悼んだ詩とか。しかし最後は、やけになり春日狂騒、人生を達観してしまったというか、ポジティブな詩になっているのではないか!


私の気に入った詩をもう少し・・・

『骨』という詩があります。
「ホラホラ、これが僕の骨だ/生きてゐた時の苦労にみちた/あのけがらはしい肉を破つて、/しらじらと雨に洗はれ、/ヌツクと出た、骨の先。/・・/生きてゐた時に、/これが食堂の雑踏の中に、/坐つてゐたこともある、/みつばのおしたしを食つたこともある、/と思へばなんとも可笑しい。/・・」と歌います。

死んでから、自分の骨を見る事は出来ないわけだが、そんなことを想像した詩で、可笑しい。

『正午』
「ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ/ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ/月給取の午休み、ぷらりぷらりと手を振って/あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ/大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口/・・・」

サラリーマン時代の自分を思い出します。たった一時間の昼休みに、混んだレストランに並んで食べた事。それが楽しみだった事。中原中也はサラリーマンをした事は無いんじゃないのか?

『春の日の夕暮』
「トタンがセンベイ食べて/春の日の夕暮は穏かです/アンダースローされた灰が蒼ざめて/春の日の夕暮は静かです/・・」

夕日が沈む美しさに声をなくし、たたずんだ経験は誰しも有るのではと思います。そんな景色を思い出させます。

中原中也の詩を読むためには、素子との恋と失恋を知っておくと必要があるのかも知れませんね。中原中也の書いた恋の詩は、すべて素子との恋を描いたように思えますが。

『盲目の秋』
「・・・・/せめて死の時には、/あの女が私の上に胸を披いてくれるでしょうか。/その時は白粧をつけていてはいや、/その時は白粧をつけていてはいや。/ただ静かにその胸を披いて、/私の眼に副射していて下さい。/何にも考えてくれてはいや、/たとえ私のために考えてくれるのでもいや。/ただはららかにはららかに涙を含み、/あたたかく息づいていて下さい。/――もしも涙がながれてきたら、/いきなり私の上にうつ俯して、/それで私を殺してしまってもいい。/すれば私は心地よく、うねうねの暝土の径を昇りゆく。」

この詩集のお気に入り度:★★★★★