黒沢永紀オフィシャルブログ(旧・廃墟徒然草)

産業遺産と建築、廃墟、時空旅行、都市のほころびや不思議な景観、ノスタルジックな街角など、歴史的“感考”地を読み解く

東京陸軍第一造兵廠倉庫の再生

2016-06-03 01:01:13 | ・軍都十条逍遙
2006年にアップした「十条逍遙 275号棟倉庫
あれから約10年。あの廃墟だった煉瓦倉庫は、
北区の図書館の一部として甦っていました。
復活したことは知っていましたが、
今年のはじめにやっと訪れることができたので、
ここにアップしておきます。



廃墟時代の様子は上記リンクをご覧ください。
東京第一陸軍造兵厰の倉庫として使われ、
その後GHQの接収時代を経て民間企業へ。
閉鎖後は廃墟として時間を積み重ねていた通称275号倉庫。
10年前の記事は、その廃墟時代に訪れた時のリポートでした。
その軍事施設が、悠久の時を超えて、
区立図書館の一部として、2008年(平成20年)に復活しています。



北区中央図書館のファザード。
クリックすると、かつての様子が表示されます。
かつては倉庫の背後になにもありませんが、
現在は、図書館のメインの建物が建っています。
細かなディテールは別として、
ほぼ当時の姿と同じような印象を受けますが、







横から見るとその印象は一変。
まるで図書館の建物が倉庫を飲み込もうとしているような外観にはビックリ。
公立の施設で、よくこんな設計が叶ったものだと、
ただ驚くばかりです。







クリックするとかつての外壁が表示されます。
窓枠や出入口などは改装されているものの、
大半を占める煉瓦の壁面がそのままなので、
10年前とそれほど印象が変わりません。
ちなみに廃墟時代の画像の壁面に残る「275」の番号は、
米軍の接収時代に付けられた番号です。







クリックするとかつての壁面の画像が表示されます。
外壁も、その印象はあまり変わりません。
それだけ、廃墟時代の倉庫が劣化していなかったとも言えます。







図書館の中も見てみましょう。
受付カウンターと書庫の間を仕切る煉瓦の壁が、
かつての煉瓦倉庫の外壁。
倉庫の外壁は、そのほとんどが当時のまま使われていて、
約半分が図書館の建物の中に組み込まれてます。
なお、煉瓦壁の内側には、
現代の建築技術によるコンクリート補強がなされているので、
耐震面では安全をきしている、とのこと。
事実、3.11の被害はほとんど無かったといいます。







また、館内にあるラチス構造の鉄骨柱も、
すべてオリジナルのもの&位置で再施工させています。
クリックすると倉庫時代の鉄柱の様子が見れます。







鉄柱の側面には「SEITETSUSHO YAWATA」の刻印。
八幡製鉄所製の鉄柱です。







特に館内の奥に立つ1本の鉄柱は、
その位置をいっさい移動せずに館内に組み込んだもの。
図書館の建設中、
基礎から倉庫時代のまま手をつけずに工事したというから驚きです。







一切手をつけずに甦った鉄柱の基礎部分は、
厚く張られたガラス越しに見学することができます。







さらに、天井のトラス構造も、
接続するリベットが同じ物がないという理由から、
オリジナルの接続のまま、
館内の設計図に従って必要なサイズに切断し、
そのままの状態ではめ込んだそうです。



細部に至るまでオリジナルにこだわった軍事施設の再生は、
その大胆な外観とともに、
これが公共施設の建築か?と思うほど、驚きに満ちています。
この倉庫が、単なる煉瓦倉庫だったとしたら、
かろうじて現存する近代遺産としての煉瓦建築を再生させる、
かっこうのサンプルとなるでしょう。

しかし、問題はこれが軍事施設跡ということです。
恒久平和を望むモニュメントとして残したのだとすれば、
その外観はあまりにもスタイリッシュで、
ともすれば「戦争はカッコいい」と思わせる仕上がりに、
疑問を感じます。

※館内の画像は北区中央図書館の許可を得て撮影したものです。
通常は館内は撮影禁止です。(外観は撮影可能)


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