第一章 トーマス十二歳、生まれ故郷を後へ 初恋の人との別れ
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トーマス十二歳、生まれ故郷を後へ フレーザーバラを離れる
それはトーマス・グラバーの初恋であった。 グラバー家は中流以上の家庭(父は海軍大尉でこの時は沿岸警備隊の司令官)であり、このため彼は九歳のとき、自宅から歩いて五、六分で行ける教会に隣接した学校(現在の小学校に相当)に通っていた。
フレーザーバラは、小さな田舎の漁村のため、子供を通学させるような裕福な家庭は少ない。 トーマスが入学したときの生徒数は、一学年で三十人程度、そのうち女子は一〇人もいなかった。
その一〇人弱の女子の中に、実はトーマスが生涯忘れることのない初恋の人がいたのである。
同年のその娘の名は『エリザベート』といい、この町の数少ない開業医の長女であった。トーマスは入学の際、彼女を初めて見た瞬間「なんと魅力的な、美しくかわいい女の子だろう」と、すっかりエリザベートの虜になってしまったのだ。
先にトーマスの三人の兄弟が学校で寄宿生活を送っている事を述べた。 それは父母の目から見ても、三人共に中々な優秀頭の持ち主だったからである。 英国海軍の大尉というクラスは決してエリートとは言えない。
三人の息子を寄宿生として送り込み、その上トーマスを教会学校に通わせるのは、経済的に決して楽ではなかった。
四人の兄弟の中で、父ベリーが最も将来を期待していたのは実は五男(四男は没)のトーマスで、記憶力、創造力に関しては、三人の兄弟もはるかに及ばない『逸材』と見て取っていた。
事実、父の眼力が間違っていなかったことは後に証明される。 それだけ最大の評価をしているトーマスが大声を張り上げて「この家を出ていきたくない」と父母に反抗する彼の真意を、さすがの父親も計りかねていた。
トーマスの教会学校は午前九時に始まり午後二時には終わる。 大変人懐っこく冗談を言っては人を笑わせるトーマスだが、この日ばかりはすっかり笑顔を消し、何やら物思いに耽った暗い表情に終始していた。
友人達もすぐに彼の暗い表情に気付き、身体の具合でも悪いのかと声をかけた。 体の具合が悪いのではない。 ただ心の具合が悪いだけなのだが、「ちょっと風邪を引いたみたいだ。心配するほどのことはないよ」と口ごもりつつ、視線はそれとなく恋しいエリザベートの姿を求めていた。
授業が二時に終わり、その後天気が良ければ、生徒たちは小さなグランドに出て、男女が一緒になって親から教わったスコットランド民謡を歌ったり踊ったりして時を過ごす。
その日も天気は気持ちよく晴れ渡っており、いつものように二〇人余りが歌、踊りを楽しもうとグランドに繰り出した。
しかし、トーマスは「どうも風気味で調子が出ないよ」と、すでにグランドに出て行ったエリザベートへさりげなく素早い視線を送りながら学校を後にした。
頭の回転では兄たちにも引けを取らないトーマスは、母メアリーに対して「この家から移りたくない」と強く反抗したものの、父から改めて説得を受けるまでもなく、十〇後にはこの家とも、そしてエリザベートとも別れなければならない事をハッキリ自覚していた。
しかし、理屈でよくわかっていても、感情の上ではどうにも納得できない、と言うのがトーマスの心情だった。
「あのエリザベートともうすぐ会えなくなるなんて。 そんなことがあって良いものか」、トーマスは家へ帰らず、このままどこかへ消え去ってしまいたいような沈鬱な心を抱いて我が家のドアを開けた。
トーマスは「ただいま」と母親に声をかけたものの、そのまますぐに二階の寝室へ駆けあがり、ベッドに仰向けに寝転んだ。 両目をつぶると瞼に先ほど会ったばかりのエリザベートの美しく可愛い笑顔が浮かんでくる。
エリザベートの居るこの町でずっと暮らしたかった。それなのにもうすぐお別れなのだ。
ただの一度も彼女との別れがあるなんて考えたこともなかった。 しかし、人生には悲しい別れというものがあるのだ。 悟りの早いトーマスが悲しい覚悟を決めたのは、このベッドの上であった。
(関連情報)
01.明治維新の大功労者 トーマス・グラバーのシリーズを始めます
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02.明治維新の大功労者 トーマス・グラバー フリーメーソンつぃいての活躍
本の 表紙と帯
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03.トーマス・グラバーと明治維新 FACTベースの基礎知識
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04.トーマス・グラバー 第一章 トーマス十二歳、生まれ故郷を後へ 初恋の人との別れ
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この本には、歴史的に貴重な写真、図、文献なども数多く掲載されている秀逸な作品ですが、それらをPDF化して皆さんに紹介することもできますが、著者と発行所の『長崎文献社』に敬意を払って、全てを紹介するのは、控えたいと考えております。
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