ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

霊も探している? その2

2017-09-13 | 系図のこと

http://laoblogger.com/images/disney-haunted-mansion-clipart-silouetts-3.jpg

叔母の取り寄せていた戸籍謄本は、異なる戸主名で数通あった。一般に戸籍謄本だけで、7~8代遡れることがあるし、私自身も1790年生まれの先祖まで遡れた。叔母の父方は、送られてきた戸籍謄本だけで 5代遡れたのである。1775年に生まれた先祖までである。これ以上は戸籍以外の書類を探さなければならないし、オンライン化されていないので、実地調査が必要である。

見つけた名前を英文化し、コンピューターでぺディグリーチャートに書き込み、ファミリーグループレコードシート(ひと家族の生年月日場所、配偶者の名前、子供の名前)何枚か作り、東部の従兄に送った。この作業をしていて気づいたのは、この先祖の名前を叔母が、自分の子孫に覚えていて欲しいのだ、ということだ。あの、「お願い、よろしくね」はこのことだったのかもしれない。

幼い頃私は、この知的でセンスのよい一番若い叔母が大好きだった。疎遠にしていた時期を悔いるが、亡くなった時、それを報せてくれて、夢の中にも現れ、系図調査をする私に託してくれたのだと思う。その”仕事”を終えて、嬉しく思った。いつかこの叔母と彼女の夫の眠るアーリントン国立墓地を訪問して、”話して”きたいものだ。

こういうあちら側からの示唆は、これだけではない。今から4年前の4月家族の歴史センターで詰めていた晩、いつものようにパトロン(センターにお越しの利用者はこうお呼びする)のお手伝いを終え、丁度午後9時。センターは9時までだから、帰宅準備をして玄関口へ歩いていった。フォイアーには大抵いくつかイーゼルが立ててあり、そこにこれからの催し物の案内が置いてある。

そこを目の前にして廊下を歩いていた時、イーゼルの陰にアロハシャツを着た中肉中背の男の人がよりかかるように、立っているのをふと目の端に捕らえた。もうセンターは閉まったし、どなたかともう一度その方を見ると、イーゼルしかない。見間違いかと、あまり考えずに玄関を出て、車に乗り込んだ瞬間、あれは私の知っている人だ、と気がついた。変だな、彼だったら、ケンタッキーに居るはず。エンジンをかけると、突如鳥肌が立った。叔母の時と同じなのでは?

”彼”とは、亡くなった姉の元夫である。姉が長女を出産した直後に離婚している。その長女、つまり私の姪は、2010年の夏急逝している。帰宅して夫に話すと、見間違いじゃないの?と言う。でも見間違いでアロハシャツの色まで覚えているなんてことあるのだろうか?

ことはそれからひと月ほどして起こった。家は、セキュリティアラーム装置があるのだが、誰も居ない筈の家で、センサーが何かの動きをキャッチしてアラームを突然鳴らした。連絡は警察と夫に即時届き、夫が帰宅するとすでに警官が家の周囲を見回っている。そして警官が夫と共に家の中を見ることになった。ドアの鍵を開け、まずアラームを切って、ゆっくり各部屋を点検するが、誰もいない。

ドアや窓がこじ開けられた形跡もない。警官は夫に、犬猫を室内で飼っているか尋ねたが、マヤはその時にはすでに他州に住む息子家族に引き取られていた。立てかけてあった箒が倒れたというのでもない。だいたい箒類はランドリールームに置いてある。センサーは、少し大きめの虫が飛んだくらいでは作動しない。その時分太陽の電磁波が大量に放射されていたから、その影響がうちのアラームに作用したのか、と思ったが、それならば、殆どのご家庭にアラームのあるお隣やご近所のアラームも作動されるのではないだろうか?

現実にアラームが鳴ったのは、我家だけであった。結局警官も夫もなにも異常は見つけられなかった。その夜帰宅した私に、夫は、「もしかして連れてきたんじゃないの?」と言った。連れてきた、ってどういう意味?「霊。」と夫は言った。まさか。

夫にそう言われて笑いとばした私だったが、なにかひとつ気になって、マックブックを開けた。Ancestry.comへ行き、心当たりの人の死亡を確認しようと思ったのだ。先に家族の歴史センターのフォイアーで見たと”勘違い”した姉の元夫じゃないか、と思ったのである。

 

私でよければ、喜んで!

続く。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする