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弁護士・元ロースクール教授宮武嶺の社会派リベラルブログです。

【橋下維新の会とハシズム 番外編】石原慎太郎氏は橋下徹氏の政治家モデル。数限りない暴言虚言と人権無視・傲慢・強権・無責任・反知性。歴史上、石原氏は日本最悪の政治家の一人だった。

2022年02月01日 | 橋下維新の会とハシズム

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東京を弄んだ男 「空疎な小皇帝」石原慎太郎 (講談社文庫)

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空疎な小皇帝: 「石原慎太郎」という問題 単行本

石原慎太郎評伝の決定版です。

斎藤貴男  | 2021/3/19

 

 

 2022年2月1日、元東京都知事で芥川賞作家だった石原慎太郎氏が亡くなったそうです。

 ブロガー界でも上品で穏やかな人柄で知られるわたくしですが(笑)、「ご逝去に当たり謹んでお悔やみ申し上げ」る気がこれほどしない政治家も珍しいです。

 一時、橋下徹氏と組んで日本維新の会を結成して代表になったように、石原氏と橋下氏は当時年齢は倍近く違ったのですが気が合ったようで、この人の悪口を言わせたら天下一品の二人が、袂を分かつことになった時もお互いのことを悪く言うことは全くありませんでした。

 それだけ二人はそっくりでしたし、橋下氏にとっては石原氏はまさに政治家としてのモデルでした。

【橋下維新の会とハシズムの歴史を振り返る2】盟友石原慎太郎氏に「彼の演説のうまさ、迫力っていうのは若いときのヒトラーですよ」と褒められた橋下氏とヒトラーの演説に共通するのは、むしろ嘘八百なところだ。

 

 

 まず、どんな暴言を吐いても辞めさせられないという悪しき先例を残したのが石原氏でした。

 石原氏のウィキペディアを見ると橋下氏と同じくらいの量の暴言の数々が記載されているのですが、私がこれは東京都知事を絶対やめさせられるだろうと思ったのに辞めないで済んだのが、2011年3月14日に吐いた、東日本大震災の津波や地震で亡くなった2万人近い方々に対する「天罰」発言。

「アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等。日本はそんなものはない。日本人のアイデンティティーは我欲。物欲、金銭欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う

と言ったこと。我欲、物欲、金銭欲ってそれは自分だけやろ!

 のちに謝罪はしたものの、亡くなった方々とそのご遺族を傷つけて止まないこんな暴言を、現職の都知事が言ったのにまだ辞任しなくていいのですから、あとから大阪府知事や市長になった橋下氏がここまで行ってもいいのかと思ったのも無理はありません。

 

 2008年に大阪府知事になった橋下氏は2010年に大阪維新の会を創設し、2011年には大阪府で教職員らに君が代の斉唱と日の丸掲揚の時の規律を義務付けた「国旗国歌条例」を制定したのですが、これなんかは極右政治家として東京都の教育委員会を梃子に君が代と日の丸で教職員らを締め続けてきた石原氏の猿真似です。

 彼らには、他人の思想良心の自由や表現の自由を基本的人権として尊重しようという心情はかけらもありません。

 そして、大雑把な石原氏に比べて実に細かい橋下氏は、公募校長の第1号に自分の大学同期の友人である中原徹氏をつけ、君が代斉唱の時に先生と生徒がちゃんと歌っているか、口パクじゃないかとチェックをさせました(呆)。

 これが有名な「口元チェック」なのですが、さらに橋下氏はこの中原氏を大阪府の教育長にまでしてしまったのですから、それこそ呆れてものもいえません。

君が代斉唱のときの姿勢までチェックしている橋下大阪市長はマジで全体主義者なのか

君が代斉唱口元チェックの中原校長を教育長にする大阪府 教育委員会をどう改革するか2 教育委員会公選制へ

カジノしかない大阪「都」構想 橋下市長のご学友のパワハラ教育長中原徹氏がパチスロのセガサミーに就職 

 

 

 橋下氏は教育勅語を信奉する石原氏のように思想的に右翼で一貫していたわけではなく、公務員叩きで大阪府知事になれたことと自分の高校時代の先生に恨みがあったことで教職員を専制支配したかっただけなんです。

 というか、このコロナ禍で医療機関に対しても強烈な制裁を加えるべきだと主張するように、もともと他人を支配して強制的に何かをやらせるのが好きなんですね。

【橋下維新の会とハシズムの歴史を振り返る1】菅直人元首相の「ヒットラーを思い起こす」ツイートは人権侵害でもないし、国際的にも何ら問題にならない。

 

都合よく「民意」をつまみ食いする「小皇帝」石原都知事 原発是非問う住民投票条例案否決で傲慢ポーズ  

 

 

 そういうところも、橋下氏と石原氏の体質がそっくりなところでした。

 大秀才だった岸元首相を祖父に持つ安倍晋三氏とも共通するのですが、橋下氏は出自の問題、石原氏は故石原裕次郎という昭和の大スターが弟だったことによって根深いコンプレックスを抱えているので、3者ともその裏返しで他人の上に立って支配することに異常な執念を燃やしてきたわけです。

どう見ても、弟石原裕次郎の方が格が上。これでは先に生まれた兄貴が劣等感でいっぱいになるのも無理はない。

 

その慎太郎氏が「おとうと」という本を出版した時には恥ずかしくないのかと呆れた。

 

 

橋下徹氏が新潮社に敗訴。「『最も危険な政治家』橋下徹研究」は真実で公益目的あり。

怨念の政治家 橋下徹大阪市長と安倍晋三元首相が日本を不幸にする

「狂った果実」石原慎太郎をまだなんとかできないか、東京都民

 

 

 細かいところで言うと、石原氏も東京都庁にとくに登庁せず肝心の仕事は副知事任せだったのですが、橋下氏も維新の会に関連する選挙になると選挙活動に出ずっぱりで、全く大阪府庁や市役所に出勤しませんでした。

 こういうところも石原氏が地方自治体の首長なんてそれでいいんだという悪い見本を橋下氏に見せてしまって、今も維新の会の松井市長はめったに大阪市役所に行きませんし、吉村府知事はもっぱらテレビに出ています(笑)。

 あと、何度も書いてきた橋下維新の会のカジノ推しも、東京にカジノ誘致しようと執念を燃やした石原氏の二番煎じ。

 二人に共通するのは政治家として地道に努力しようとするのではなく、派手に安易に儲けようという姿勢です。

カジノ利権の正体 (別冊宝島 2261)

橋下維新の会の唯一の経済政策はカジノ。その大阪万博・IR予定地の整備費用予算が1年余りで2300億円も上ぶれ。新国立競技場の二の舞!松井市長は税金投入を「市民の負担ではなく投資だ」とギャンブラー発言

 

 

 石原氏は2017年に東京都の百条委員会に呼ばれ、築地市場の豊洲移転について用地買収過程に疑惑があると問いただされた時に、百条委員会って偽証罪の制裁がありうるのでビビってしまって、

「お答えする前に一言、お断りしておきますけど。私ごとになりますが、私、2年ほど前に脳梗塞を患いまして、いまだにその後遺症に悩んでおります。

 現に、利き腕の左腕が使えず、字も書けませんし、絵も描けません。患部がですね、右側頭頂部だったために、その近くに「海馬」と言う不思議な部分がありまして、記憶を埋蔵している箱のようなものですが、これがうまく開きません。

 そのため、残念ながら全ての字を忘れました。平仮名さえ忘れました。

 物書きでありますから、ワードプロセッサーを使ってなんとか書いてますけど、そういう点で記憶を引き出そうとしても思い出せないことが多々ありますので、一つ、ご容赦いただきたいと思います。」

と思いっきり逃げたんですよ。

 弟裕次郎へのコンプレックスから、あれほどマッチョ思想を前面に出していた人が、安倍元首相と同じく病気に逃げる。

 まさに晩節も汚す、いや万醜を重ねるとはこのことだと思いました。

 

その百条委員会に出た前の年に、石原氏は

天才 

って本を出してるんですから、日本語も読めなくなっちゃってるとか言う言い訳にも、この本の表題にも笑っちゃいますよねwww

そして、豊洲市場の用地売却については

「(副知事だった)浜渦に一任していた。報告は受けていない。私がいろいろ立ち入って詮索できる立場でもないし、見識もない」

としっかり答えて責任転嫁をしたんですから、「右翼は間抜けで卑怯」を絵にかいたような人生の終わりでした。

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東京都知事や運輸大臣などを務め、芥川賞作家としても知られる石原慎太郎氏が、1日、亡くなりました。89歳でした。

石原慎太郎氏は、昭和7年に神戸市で生まれ、一橋大学在学中に小説『太陽の季節』で芥川賞を受賞しました。
「太陽族」という流行語も生まれ一躍、文壇の寵児(ちょうじ)となりました。

弟は俳優や歌手として活躍した昭和の大スター、石原裕次郎さん。
自民党幹事長を務めた伸晃氏と衆議院議員の宏高氏、俳優で気象予報士の良純氏の父親です。

石原氏は、執筆活動を続けながら昭和43年の参議院選挙で自民党から初当選し、4年後には衆議院議員に転身して通算9回の当選を果たしました。
歯に衣着せぬ発言で知られ、環境庁長官や運輸大臣などを務めたほか、自民党の派閥横断的な政策集団、「青嵐会」の主要メンバーとしても注目されました。

平成元年には、自民党総裁選挙に立候補し、敗れました。

平成7年に勤続25年の表彰を受けた直後に衆議院議員を辞職しました。

このころ『「NO」と言える日本』を共同で執筆し、日米関係に対する考え方を鮮明にしたほか、裕次郎さんの生涯をつづった『弟』などを出し、話題となりました。

その後、平成11年の東京都知事選挙に挑戦した石原氏。
「石原軍団」も参加する選挙戦を展開して初当選しました。
在任中、▽有害物質を出すディーゼル車の規制、▽「新銀行東京」の設立、▽大手銀行への外形標準課税の導入など、独自の政策を次々と打ち出したほか、▽東京マラソンの実現を主導し、オリンピック誘致にも取り組みました。

また、中国に対する強硬姿勢を貫き、沖縄県の尖閣諸島を都が購入する考えを表明するなど国の外交問題にも影響を与えました。

平成24年10月、4期目の任期途中、突然知事を辞職して新党を結成。

当時、大阪市長で日本維新の会を率いていた橋下徹氏と手を結び国政に復帰し、2年後に引退しました。

引退後も石原氏は、執筆や講演などを精力的に行いました。
かつて痛烈に批判していた田中角栄元総理大臣を評価し、その生涯を一人称で記した『天才』は平成28年のベストセラーになりました。

また、平成27年の春の叙勲では「旭日大綬章」を受章しました。
石原氏は、1日、亡くなりました。

89歳でした。

 

 

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