Doll of Deserting

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花標~はなしるべ~:第一話(ギンイヅ。14800HITキリリク連載)

2005-10-10 18:01:01 | 過去作品連載(キリリク作品)
*このお話は、必ずカテゴリーから「キリリク連載」を選択し、最下部にある記事の注意書きをお読みになってからご覧下さい。



第一話

 適当に切り分けられた和菓子の断片を見つめているように思わせておいて、ギンは事実どこにも焦点を合わせてはいなかった。目の前の教員には、ギンが先程からずっと和菓子を眺めているように見えているであろう。しかし教員はギンのことを卑しいなどと思わず、むしろお気に召さなかっただろうかと懸念しているようであった。
「市丸副隊長、練り切りはお嫌いでしたか。」
「あ、あァ、ちゃいますよ。頂きます。…大海原先生、聞いてもええでしょうか。」
「はあ。」
「先生のクラスにおる吉良イヅルは、どないですか。」
 ギンの言葉に、大海原はああ、と息を吐く。入学する以前に、吉良イヅルの両親からは広く言い渡してあった。五番隊副隊長市丸ギンは、吉良イヅルの許婚であるのだと。イヅルがそれを聞かされたのはつい最近のことであったので、ギンが自分の命を救ったためだと両親から言われているらしかったが、何しろ聡い子である。自分の両親が前々からギンと面識を持ち、あまつさえ自分と婚姻を結ばせたかったということは承知していることであろう。
「良い生徒ですよ。成績も優秀ですし、人望もある。」
「そういうことやありまへん。…人望がある、いうことやのうて、どないな子と仲がええんですか。」
 つまりは、自分の許婚に悪い虫が付いているか付いていないかということか。大海原はそれを察し、イヅルが最も懇意にしている相手が男子生徒であるということを言うべきか言わざるべきか思案したが、後々判明することであるのだし、と口を開いた。
「何せ、男子生徒として生活しておりますので…特に懇意にしているのは阿散井恋次という男子でしてね、しかし阿散井には決めた相手がおるようですので、それほど懸念されることもないかと。」
「そんならええわ。」
 心底ほっとした様子とは言い難かったが、とりあえずは妥協したらしい。イヅルは元々男児として生きてきたので、突如として女子と親しく接するのは難しい。女子の方はイヅルのことを男子生徒として見てはいないようなので問題ないかもしれないが、イヅルとしては不本意なのであろう。
「さ、そんなら視察も終わりましたんで、お暇さしてもらいますわ。」
「お帰りですか。ありがとうございました。」
 頭を下げながら、大海原は厳めしい顔立ちを更にきつく歪めた。おそらくこのまま踵を返しはしないでろうと分かっていたからである。鬱陶しいなどとは毛頭思わないが、いささかイヅルの同様振りがうかがわれて不憫な思いがする。イヅルとギンは周囲から何と言われようと明らかに好き合っているのでその点問題はないが、イヅルはまだこういったことに不慣れであるので、ギンが赴いたことを知ればさぞ狼狽することであろうと思ったのだ。
 ギンの背を見送りながら、大海原はこの先波乱に見舞われるのだけはご免だと再度一つ息を吐いた。


***


「市丸副隊長が、来てる…?」
「おい、吉良お前大丈夫か…?」
「どうしよう…。」
「お前そんなに市丸が怖いのか?」
「そうじゃなくて!」
 イヅルがすっくと立ち上がったところを、恋次が驚きを隠さずに見つめる。まあ確かに、イヅルが周囲に何と言おうとも二人が好き合っているということは一目瞭然であったので、今更ギンを拒むつもりがないことだけは分かる。というか恋次としてはむしろ、先程からのイヅルのギンに対する拒絶具合の方を信じられなく思っていたが、やはりそれは杞憂であったらしい。
「はばかりに行って来る。」
 次が教室移動であるということは既に頭にないらしい。一時限はサボリか、とタカをくくる。平たく言えば厠なのにも関わらず、あえて友人等の前でも丁重な言い方を崩さないイヅルに、何となくではあったが何やら下らないものを感じ取って、「お前やっぱお貴族様だよ。」と恋次がやや悪態をついた。しかしイヅルは、それすらも聞こえていないかのように鏡台を求めて厠へと足を向けた。
 

***


 わざわざ教室などを探し回らなくとも、霊圧を探れば容易にイヅルの居所を掴むことが出来る。ギンはふと足を止めてイヅルの居場所を探ってみるが、どうもこの近辺には姿はないようである。暫く歩いてから再度気配を探ると、どうやら後方にイヅルらしき者の霊圧を感じ取ることが出来た。
(どんだけ行ったらええんやろなあ…。)
 イヅルのいる方角は分かるが、どうもイヅルとの距離感を掴むことが出来ない。どれ、もう一度探ってみるかと意識を集中させたその時、丁度厠から姿を見せたイヅルが目の端を掠めた。
「イヅルッ…。」
 思わず声を上げると、淡い色の金糸が顔をこちらに向ける。
「市丸さんっ…。」
 何か言い知れぬ不安にいても立ってもいられず、イヅルを追いかけてきた恋次が、逢瀬を果たした二人を目に留めた。しかし次の瞬間、なぜだかこのまま帰ってしまいたい衝動に駆られる。
「イヅル…学校上手くやっとるか?心配で堪らんやったんよ。おかしな男がついとらんやろかーとか。でももうええわ。一週間ぶりやな。会いたかったで。」
 お前等既に一週間前に会ってたのかよ。近!というような突っ込みをしてやりたくなったが、あいにく恋次は二人に気付かれてはいない。というか今二人の間に割って入るようなことをすれば呪われそうだ。そう思いつつ、恋次は尚もしっかりとその様子を眺めている。
「はい、大丈夫です。僕も早くお会いしたかったのですが、生憎今日は少し身だしなみがおろそかになっておりまして…このまま顔を合わせるのも忍びないと思い、避けるような真似をしてしまい申し訳ございません。」
「ええんよ。授業あんのにご免な。」
「いえ…。」
 ええお前そういうことだったの?だからあんなに必死に会いたくないって言ってたわけ?身だしなみがいつもよりおろそかになってたとか俺全然気付かなかったけどな。違いの分からない男ですみませんねー。などと心の奥で毒づきながら、恋次はこれ以上見ているとその内二人でどこかへしけ込むのではないだろうか。そして見つかってしまうのではないだろうかと懸念し、そのまま視線を離した。


 親友の前途は、今のところ先行き上々のようである。



あとがき
 この前のシリアスっぷりが嘘のようだ!(汗)序章でイヅルがなぜ市丸さんを頑なに避けていたのか。理由は至って下らないものになりました。第二話では吉良夫妻ご登場でまた一波乱ありそうです。次の犠牲者は恋次なのかはたまた修兵か。(笑)

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