Doll of Deserting

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花標~はなしるべ~(ギンイヅ14800HITキリリク連載):序章

2005-09-26 21:08:31 | 過去作品連載(キリリク作品)
*この小説をお読みになる前に、必ず下記記事の注意書きをご覧下さい。


 序章

 微かに香る芳香がここらにも昇ってきたような錯覚を覚えて、イヅルは眉をひそめた。その香りは、正しく彼の香と同じものだ。少しばかり顔をしかめ、鼻を鳴らすと、今度は芳香とは違い、やたらと強大な霊圧が感じられる。どうか間違いであれ、とイヅルは不安に喉を鳴らした。
(全く、これ程恐ろしいものだとも思わなかった…。)
 よく知らぬ男に蹂躙されるのではないかという恐怖は、すぐそこにまで危機が迫った今、あながち他人事でもなくなってきている。しかしもしそうなってしまった時には、自分は抗うことなど出来ないに違いない。家のため、面目のため。そういった煩わしいものに、イヅルは今も尚縛られたままだ。
「阿散井君、何やってるのさ。早く行こうよ。」
 教室移動という名目があるにしても、とにかく早くここから離れてしまいたい。そんなイヅルの表情を読み取ったのか、おかしなところで聡い友人は訝しげに口唇を結んだ。
「…なあ吉良、お前、本当にアイツと結婚する気なのかよ。」
「何を今更。」
 真央霊術院一回生である吉良イヅルは、女子であるのにも関わらず男子の制服を着用しているという少々変わった生徒だった。しかし肉感的という言葉からは程遠いが、全体的に華奢でしなやかな身体を持ち、日本人離れした色彩を母から譲り受けた彼女の中世的な美貌に、憧れる者が多いというのもまた確かだ。
「お前、嫌だって言おうと思えば幾らでも言えるだろ!ここでだって、我侭言って男として生活出来てんだ。今更親の決めた結婚相手を振ったって…。」
「どうでもいいさ。」
 イヅルの口から出た言葉に、恋次の背筋が凍る。まるでイヅル自身がそれを望んでいるかのようで、恋次は、大事にしていた幼馴染が大貴族に引き取られた時と同じような疎外感を感じた。
「そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。自分のことはどうにでもなるさ。しかし阿散井君、そこに他人が交わるとそうもいかない。それに僕は、このことを後悔などしていないんだよ。」
 男のような口調で話し、一人称は僕を使う。そんな些細なことであっても、男として友人と付き合うためには大事な要素だったのだ。しかしそれも、おそらく彼と結婚するにあたり必要なくなる。女として、生きなければならなくなる。
「彼は何にしろ父と母から授かった僕の命を救ってくれた。両親はそれを名目にしているけど、本当はそんなことがなくとも昔から僕と彼を結婚させたがっていたんだ。嫌でも分かる。それに、僕は―…。」
 結局、彼のことを愛しているんだよ。消え入るように放たれた言葉が本心から出たものなのかは読み取ることが出来なかったが、恋次はそれ以上何も言わなかった。本当に苦しいのは自分ではなく、本気でイヅルのことを恋愛対象として見た上で愛していた人間なのだとも思ったからだ。
「とにかくきちんと学校は卒業するさ。彼も―…市丸さんも、それを了承してくれてる。」
「…そうか。良かったな。」
 ギンは、むしろイヅルには一刻も早く死神になってもらい、ゆくゆくは自分の副官にするのだと語ったらしい。そのことを嬉しくはないと言えば嘘になる。何よりも、彼に期待をされることがイヅルは嬉しいのだ。
「…幸せか?」
「…分からない。でも、うん…幸せだよ。」
 イヅルが紡ぐ言葉の一つ一つを、風の音でも聞いているかのように空間に耳を寄せて聞き取る。ささやかな声ではあったが、後悔はしていないという言葉通りに、柔らかな声色だった。


 暫く教室移動のことも忘れてそのままにしていると、声高らかに同窓の声が鳴った。
「なあ!今、市丸副隊長が来てるらしいぜ!!」
 イヅルの背筋がびくりと震えたのを、恋次は見逃さなかった。視察ならばついこの間五番隊二人で訪れたばかりだ。例え視察とは言えども、それがただの偽りであるということは、嫌にでも分かった。



 とりあえず最初はシリアスですが、これから明るくなる予定です。

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