Doll of Deserting

はじめにサイトの説明からご覧下さい。日記などのメニューは左下にございますブックマークからどうぞ。

千紫万紅。(日乱、日番谷君お誕生日記念フリーSS)

2005-12-20 00:00:00 | 過去作品(BLEACH)
*色々なお話とリンク致しております。特に「月下氷人」、「寒月の紅葉」、ちょこっと「夜を儚む」の内容を含みますのでご注意下さい。
*三番隊もやたら出張っております。それでも大丈夫と言って下さるかたはどうぞ↓





ゆるゆると、根底から蝕まれてゆくような感覚を覚える。
崩壊である。再び崩れ落ちることを知りながら、尚も身を起こすそれは、やはり崩壊である。
行き着く先は正しく死であるのに、生まれることを止めない、崩壊の名。
その名を―…再生と言う。



 屋根に氷柱が下がるようになった。死後の世界と言えど、尸魂界は楽園ではない。現世と同じく四季を抱く、ということはやはり冬も厳しいのだ。特に死覆装一枚のみ着用を許される死神にとって、冬は過酷以外の何ものでもない。夏は夏で暑苦しいのだが。
 さりとて、身に着けるものは死覆装以外にあって襟巻きくらいで、他にはこれといって何もない。確かに寒いという気持ちはあるが、動いていれば徐々に薄れてくる。そういった職に就いているのが、死神というものなのである。
 しかしながら、乱菊ほど襟元をしどけなく乱し、煩わしげに副官証を腰などに身に付けていれば、やはり気にはなる。服装面に規定は特に存在しないので口煩く言うつもりはないが、この厳冬の中その格好は如何なものかと思う。
「おい、松本。寒くねえのか?」
「いいえ、別に。隊長こそ寒くありません?」
「俺はお前に比べれば強いんだよ。羽織もあるしな。」
「ああ、子供の方が寒さには強いって言いますもんね。」
「…喧嘩売ってんのか?」
 乱菊が茶化すように言うと、日番谷がいかにも不機嫌そうに眉を顰めたので、「冗談ですよ、冗談」と同じ調子で誤魔化した。
 普段と同様胸元は開いていても、襟巻きをしているので別段冷えた風の感覚はない。いささか袖の内側に肌寒さを感じるが、耐えられないというわけではないので、黙っていた。
 任務に向かうのに、こんなにも息苦しさを感じたのはこれが初めてのことだ。



 暦を見れば―…愛しい期日が差し迫ってきている。



 昨年の日番谷の誕生日には、五番隊も連れ立って共に冬の花火を眺めた。今年の乱菊の誕生日には、日番谷からの贈り物を二人で食し、紅葉狩りの約束を取り付けた。するとやはり明日の日番谷の生誕祭には、何か返さなければならないであろう。部下として、というよりも、一人の女として、このままではならぬと自身が告げていた。
 任務は滞りなく進み、あっけなく幕を閉じてしまった。しかし早く終えれば終えたで、悩みは深くなるばかりである。むしろ多忙であった方が、日番谷の気も自分の気も別に削がれる。まして自分の出生日すら他人越しでなければ明かさぬ日番谷のことだ。実質的には一度ずつ贈り返しているのだから、日番谷にしてみればお互い様とでも思うであろう。元より、見返りなど気にしない男である。
 だがしかし、そういうわけにもいかない―…乱菊はよく分かっていた。そして、何かすべきと決めたからには、こうして一人執務室でじっとしているわけにもいかない。日番谷は任務終了の報告に行っているらしい。隊長副隊長同行の任務といっても、内容はそれほど大したものではなかったのだから部下に任せれば良いのにと思うが、彼はやけに律儀だ。
 そうと決まれば、と、乱菊はおそらく今日はもう終いであろうと見切りをつけて、執務室を後にした。



 上司との仲を向上させるためには何が必要か、と元来昔馴染みとして火急の際に頼ってきた男に問うと、訝しげに首を傾げられた。しまった、彼の副官に尋ねるべきだったかと後になって思うが、時既に遅しといったところか。
「何や、珍しなあ。」
「何がよ。」
「隊長と副隊長を仲良うするやなんて、乱菊がいっちゃん詳しいんやないの?」
「…え?」
 人の誕生日ん時はあない大層なこと言うとったくせに、とギンが口の端を上げながら言う。確かに乱菊は、ギンの誕生日に副官との仲を取り持つようなことをした。しかしそれとこれとは別問題だ。自分のこととなると、相手の性格も違えば状況も違う。
「そりゃ…あんたのことも吉良のこともあたしはよく分かってたもの。」
 しかし日番谷は違う。昔馴染みや後輩ではなく、ただ一人の男である。見てくれは少年であるが、他でもない一人の男である。ギンは乱菊の言葉にふうんと頷き、一瞬嘲るように笑ったかと思うと、おもむろに口を開いた。
「同じや。」
「は?」
「人んことも自分のことも、おんなじようにすればええんよ。大体十番隊長さんなんて物もらうのに拘るようなお人やないやろ?そんならこないだのイヅルみたいに、身一つでおめでとうて言いに行けばええんやないの。」
「吉良は知らなかったんだから身一つでも仕方ないでしょ。あたしは前から知ってたんだからそういうわけにはいかないじゃないの。」
「せやったら花の一輪でも添えたったらええ。」
「買いに行く暇なんてないわ…こんなことならもっと早く告白でもしとくんだった…。」
 部下として誕生日を祝うことは、乱菊にとって虚しいものであった。だからこそ今回も祝うことを躊躇い、まだ分からぬからと贈り物も用意出来なかった。しかし、だからといって想いを告げることも出来ない。試みたことは幾度となくあるが、自分の方が随分と年かさであること、日番谷にとっての桃の存在などを考えれば、段々と先延ばしにしてしまうのだった。
「せやけど、十番隊長さんは乱菊の誕生日、祝うてくれはったんやろ?」
「そうよ。もしかしたら脈があるんじゃないかと思って、その時一応『好きです』って言ったんだけど…わざと聞こえないように言ったからちょっとね。」
「せやったら、くっついてへんのに抱き合いよったんや?」
「なっ…何であんたがそんなこと知ってんのよ!」
 本当にギンという男は、いつどこに潜んでいるか分からぬものである。当のギンは息を殺して笑っていたので、こちらに向けた背を強く打ってやった。
「酷いなァ、乱菊…。そういや十番隊長さんて、自分から誕生日教えはったん?」
「そんなわけないでしょ。あの人はそういうことしないもの。去年桃から聞いたのよ。」
「…なァ、乱菊。ボクはイヅルに副官の義務で祝われたない思うて自分から言わへんかったやろ?」
「ええ、そうね。」
「十番隊長さんも、ボクと同じや。」
 どういうことか、分かるやろ?と悪戯をするように笑んで、ギンが呟く。何の根拠があるのよ、と言いつつも乱菊が立ち上がると、ギンがそれを引き止めた。
「花がないんやったら、イヅルの家の庭に咲いとるからもろうて行き。あの子非番やから家におると思うわ。」
「…やけにお詳しいこと。」
 ありがとう、と呟きながら、ふと乱菊が毒づいた。ギンはそれを慈しむような顔をして見つめていた。間違ってもこんな男を親にしたくはないが、乱菊はギンのその表情を、まるで母親のようだと笑った。せめて父親ではないかとやや不本意そうにギンが眉を寄せたが、そのままにして乱菊は踵を返した。



 イヅルの家は静かであったが、彼にはそれがよく似合うと乱菊は思った。休日仕様の若草色の着物に袖を通したイヅルは、夕暮れ時に姿を現した乱菊を快く迎え入れる。寒かったでしょう、と問うイヅルをそれこそ母親のようだと思うが、黙っていた。
 温かい煎茶を乱菊の前に差し出し、穏やかにイヅルが口を開いた。
「今日はどうされました?」
「あの、花を、頂けないかしらと思って…。」
 途切れ途切れに乱菊が言う。ギンと同じようにイヅルが首を傾げるのを見て、可笑しく思いながらも躊躇いがちに事の始終を説明する。自分の気持ちはひた隠しに、ただ日番谷が明日に誕生日を迎えること、しかし何も用意しておらず、ギンに相談したところここを教えられたことなどを簡潔に続けていくと、イヅルはやはりギンと同じように、慈しむような顔で乱菊を見つめていた。
「それで、どう?」
「ええ、僕の庭に勝手に咲いた花ですから、幾らでもどうぞ。」
 イヅルの育てた花ではないと、前に言っていたのを思い出した。家を借りた時にはもう既に咲いており、前の住人のものかと大家に問うてみたが、違うと言われたらしい。世話をせずともぐんぐんと成長し、四季折々の情景を見せる庭は、イヅルの密かな癒しであった。
 庭に下りると、彩り朗らかな花々が咲いているが、総じて冬の花である。思えば冬の花というものは、これほど種類の多いものであっただろうか。中には春咲きのものまであるように見える。
「…どれがいいと思う?」
「そうですね…冬の花というと、あまり贈り物に適したものはないような気がしますが…。」
 椿は誕生日の贈り物に相応しい花ではないし、だからといって山茶花は切花にしてもどうだろうか。菫の花は小さく、篝火草は華やかだが、些か形が寂しい。すると残るのは、と捜すと、ふと視線の先に白い花が止まる。
「あの水仙、初めて見るわね。」
「ああ…ラッパ水仙と言うのだそうです。」
 勝手に咲いたとは言えど、家にある花の名は全て調べてある。そういったところが律儀だ、と乱菊は思った。その水仙は、花弁は白いが柱頭辺りの部分がやけに大きく、鮮やかな黄色をしていた。中には花弁が黄色いものもある。
「本当は、遅咲きの花なんですよ。三月頃にならないと普通は咲かないんです。」
「あら、それならどうして?」
「たまにね、そういうことがあるんです。」
 常々不思議な庭だと思っていた。山茶花の花が人間に懸想したり、少し前には時節を無視するかのように全く異なった季節の花が咲いたりもした。しかし目に麗しい花々は決して不快なものではないし、何か粗相をすることもないので出来るだけ世話をしてやっている。が、やはり山茶花の花には相変わらず好かれていないらしい。
「どうします、僕はそれが一番良いものと思いますが。」
「そう?」
「ええ、水仙の持つ言葉を前に調べたことがあるのですが、日番谷隊長にさぞ宜しいかと。」
 水仙にも花言葉というものがある。ラッパ水仙という花を文献により調べた時、丁度その本に記してあったのだ。花言葉にも様々な見解があり、著者によって異なるが、その本に書かれていた水仙の花言葉は、日番谷によく似合った。
「―…持って生まれた資質、というのですよ。」
「持って生まれた…。」
 天童と称される日番谷が、最も嫌う言葉ではあった。が、しかしその言葉は正しい。努力の結果とは言えど、日番谷が才を持って生まれたのは確かだ。乱菊は、だからこそそれを認め、胸を張れば良いと常日頃思っているのだが、日番谷はそういった賞賛をお気に召さないらしい。
「松本さん、それにラッパ水仙の花には、『尊敬』という意味もあるんだそうですよ。」
「え…?」
 自分より随分歳が下の彼を、幾度となく「立派な方です」と賞賛してきたが、彼自身がその言葉を信じることはなかった。それも当然のことだ。自分より年下の男を上司に迎え、不本意に思わぬはずがないと日番谷は思っているのだろう。乱菊のその賛美を、おべっかであると思うこともあったかもしれない。
「そうねえ…あたしはホントに尊敬してるのに。」
 少年の体躯を持ちながらも、日番谷は立派であった。外見にそぐわぬ冷静さと判断力を携え、歳若くして卍解を会得したにも関わらず自分の強さを驕らず、常に更なる高みへと思いを馳せていた。鍛錬を怠ることなく、常に更なる強さを模索していた。その姿を、憧憬せずしてどうするというのか。
「でも、ねえ…あたしの誕生日にはすごく嬉しいものをもらったのに、たった一輪の花をあの人は受け取ってくれるかしら。」
 別にあんたの庭の花を愚弄してるわけじゃないし、もっと多くってねだってるわけでもないのよ、と断ってから、乱菊はふと俯いた。「分かってますよ」というイヅルの声は、やはり優しかった。
「幾らでも、と言ったでしょう?数はどれだけ持って行ってもらっても構わないんです。でも松本さんが仰っているのは、そういうことじゃないんですよね。」
「ええ。ただ…。」
 言葉を切って、乱菊がその場にうずくまる。ああ、泣いているのだ、と理解したイヅルは、そのままにしてそっと屈んだ。
「何だか、期待してるみたいで恥ずかしいのよ。」
 確かに涙を流していることは分かるのに、声は震えずしっかりしていた。本当に、強い女性だ。そう思いながら、イヅルは松本さん、と呟くように呼びかける。乱菊は尚も顔を上げずに、ただ「何」と一言答えた。
「僕の時には気丈に『身一つでお行きなさい』と言って下さったのに、ご自分の時にはどうされました?」
「…やっぱりアンタもギンと同じことを言うのね。」
 これが今でなければ二人揃って同じことを言うなんて微笑ましい、と思うところであろうが、忌々しいとしか思えない。艶のある亜麻色の髪が冷たい地面に垂れたのを見て、ふとイヅルが乱菊の髪をたくし上げてやった。
「そうですか?今のあなたになら、誰でも同じことを言うと思いますよ。『いつもの強さはどうされました』と。」
「でも…。」
 反論しようとする乱菊を、イヅルは笑い顔で制す。それに何も言えなくなり、黙り込んだ乱菊の腕に先程切花にした水仙の花を精一杯持たせ、一言告げた。
「少なくとも、日番谷隊長はいつものあなたに花を頂きたいと思っていらっしゃいますよ。」



***



 当日になると忙しいかと思いきや、そうでもなかった。朝から桃が贈り物を持って来るくらいで、後はどこから調べてきたのか、浮竹や京楽などが朝から酒を持って祝いの言葉を述べにやって来ただけである。元より日番谷の誕生日を知っている者自体が少ない。もしかするとギンなどが冷やかしに来るのではと懸念していたが、どうやら気を遣ったのかイヅルに引き止められたのか、訪れることはなかった。
 水仙は早くから茎を水に浸しておいたので、未だ瑞々しさを保っている。そろそろか、と思い仕事を抜け自室に戻り、あり合わせのものではあるが出来るだけ包装をし、装飾を施していたところで背後から声をかけられた。
「何やってんだ?松本。」
「ぅおおぅっ!」
 思わず声を上げると、「もうちょっと可愛げのある声を出せ」と非難を喰らう。見ればそこには日番谷が立っていた。おそらく突如として仕事を抜け出したことを訝しく思ったのであろう。そのままつかつかとこちらへ歩みを進めてくるので、乱菊は咄嗟に集められた花を隠した。
「…何だ、それは。」
「何でもありません。」
 今ここで悟られたくはなかった。出来ればもう少し時を見計らってから渡したいと思い、あからさまに包みを背後にやる。当然日番谷はそれを許さない。日番谷は全て分かってやっているのだ。いざとなれば乱菊は自分に明かさなければならないということも、全て。
「隠しても無駄だ。どうせ後になれば分かる。」
「じゃあ後に分かって下さい。」
「だから今見せろって言ってんだ。」
 鋭い眼光に射すくめられ、それ以上抵抗出来ぬと理解した乱菊は、おもむろにそっと花束と化した水仙を差し出す。日番谷は瞠目したようだったが、今度はこちらから鋭い視線を一瞬見せたかと思うと、乱菊が口を開いた。
「…お誕生日、おめでと「待て。」」
 言葉を切られ、訝しげな顔をするが日番谷はどうと思った様子もない。それとも自分に誕生日を祝われるのがそこまで気に入らないのかとも思うが、そうではないらしい。
「お前に誕生日おめでとうなんて言われたくねえんだよ、俺は。」
「どうしてですか?そんなにあたしのこと気に入りませんか。」
「そうじゃねえ…生まれるっていうのはな、死ぬことだと俺は思ってるんだ。」
 日番谷の言葉に、乱菊は理解出来ないというような顔を見せる。日番谷はふと息を吐き出し、つらつらと声を紡ぎ出した。
「生きるってのは、死にに行ってるようなもんだ。つまり生まれるってことは、自ら死ぬためにこの世に出てくるってことだろ?」
「そう…ですね。そう考えれば。」
「だから俺は、誕生日をめでたい日なんて思わねえ。俺は、お前にだけは『誕生日おめでとう』なんて言われたくねえんだ。」
「それ、どういう意味ですか?」
「…分からないのか?」
 真剣な顔をする日番谷の目は強い。しかし、微笑みながら乱菊は尚も故意に言う。
「分かりません。」
「…お前が好きだって言ってんだろうが。」
 明らかに不本意に思うというような素振りで、日番谷が言う。乱菊は笑って水仙の花を日番谷の腕に持たせた。日番谷は、花だけは素直に受け取った。
「あたしも好きです、隊長。」
 やっとそう呟いたが、ふと泣きそうになって顔を背ける。しかし日番谷は、乱菊の顔を前に向けて袖で涙を拭ってやった。乱菊が屈まなければそういったことが出来ないのを悔しく思っているが、そのことを決して面には出さずあくまでも表情を崩さない。しかし、拭うついでに口付けるのは忘れなかった。口付けた後、乱菊は可笑しそうに笑っていたが、気にはしない。



ひらひらと、残響が舞う様を穏やかに見つめていた。
鮮明である。覚醒しながらも未だ身を起こさず息を潜める花の白さは、やはり鮮明である。
死を恐れながらも、共に生きることを選択した、その花の名。
その名を―…


 

【完】



*あとがき*

 日番谷隊長お誕生日おめでとうございまーす!(叫)

 そんなわけで告知通りに更新日時を捏造、捏造。(コラ)

 やっとくっついてくれました…。手が痛え。(涙)詩はですね、共に生きることを選択した花は言わずもがな十番隊です。(笑)
 何だか色々な話の集大成といった感じですが、ここまで三番隊が出張るとは夢にも思わず…。(コラ)もう市丸さんは乱菊さんのお母さんでいいじゃないか。(笑)いえ、最初は父親と表現していたのですが、穏やかに諭すのはお母さんでしょうがと思いまして。(笑)
 イヅルもお母さんでいいよ。(殴)
 日番谷君の誕生花も「あなたは完璧」という花言葉だったり、「あなたを護ります」とかいう花言葉だったりで大変おいしかったのですが、あえて水仙で。(笑)

 こんな話ですが一応フリーとなっておりますので、もしお受け取り下さる方がいらっしゃいましたらコピペでどうぞv報告、リンクは不要ですが、最低限サイト名は表記して下さるようお願い致します。