Doll of Deserting

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夜を儚む。(ギンイヅ)

2005-11-12 23:41:38 | 過去作品(BLEACH)
*糖度5割増です。免疫のない方はご注意下さい。(笑)





 細々と山茶花の花がさんざめき始め、夜だけではなく昼もそれなりに冷えた空気を孕んできている。もう流石に薄着では寒いと思い、家の中でも着物に加え羽織を一枚増やすことが多くなった。非番ではない勤務日は、立場上袴の上から何かを羽織るということがないので、本格的に寒さが身を裂くようになればどうなるのであろうと今から懸念している。
 仕事柄、決まった休日を取ることが出来ないのが常である。ことイヅルならば、仕事中毒と異名を取るほどに仕事に没頭していることが多く、むしろ非番などという有難い日は至極少ない。なのでこれよりまだ寒くなるということになると少々鬱になる。つまりはこのように暖かくしてのんびり過ごすことの出来る時間よりも、仕事に追われる時間の方が増えるのだから堪ったものではない。
「…寒…。」
 ふいに肌寒い風が身を掠め、反射的に両腕を両肩に添えて袖を撫でた。そろそろ閉めるかと思い襖を引いて部屋に入ると、畳にはまだ布団が敷いてあるままになっている。中には男が一人掛け布団を被っており、そのまま動く気配がなかった。朝に弱いのは分かるが、時刻は昼にさしかかっているため部屋が片付かないと思い、イヅルはそっとその場所へと近付いた。
 イヅルが一人で非番を取るというのは珍しい。大抵が上司と同じ日に取るようになっている。いや、取ることが義務付けられている。上官が二人揃って非番を取ることに対して時折部下はぼやくが、三席が取り計らってくれているらしい。その分残業が増えるのだが、ギンの方は少しも気にしていないようである。
「隊長、そろそろ目を覚まされませんと。」
「何や忙しないなあ。まだええやないの。それよかイヅル、寒いんか?」
 そんなら入ればええのに、とぽんぽん敷き布団を叩きながら言う。そういうことではなくて、と答えてから、イヅルはあやすようにギンの儚い色の髪を梳いた。そうして掛け布団を剥ぎ取ろうとすると、突如として腕を引かれ、高い声を上げた。
「うわっ…。」
 そのまますっぽりとギンの懐に収まり、もう、といかにも不本意というような声を出す。暫くそうしていると、またギンが寝息を立てようとしていたので、咄嗟に身を引いてその身を揺り起こした。
「何やの、そない急がんでも。」
「そういう問題ではございませんでしょう。休みだからといって日がなだらだらしていては、折角の非番も台無しになってしまいます。」
「それがええのに…。」
 眉尻を吊り下げつつすっかり目が覚めてしまったらしいギンが身を起こし、その場に両足を軽く絡ませて胡坐を掻く。そしておもむろに立ち上がると、着物の襟を合わせて乱れを直した。そのまま洗面に行こうとするギンにお着替えを、とイヅルも立ち上がろうとしたが、先に食事だろうかと思い直して羽織にしっかりと袖を通した。



 二人の閨といえば大半がギンの家であったが、この日は珍しくイヅルの家にて休日を過ごすこととなった。成り行きといえば成り行きなのだが、ギンがイヅルの家の方が自宅よりも安心する、と言ったことにもよる。「仕方ありませんね」と応じたイヅルの表情は何より温かかった。
 朝食をこしらえ、配置よく盆に乗せて運んでくるイヅルを眺めながらギンは優しい笑みを見せた。たまにそそっかしくなる副官の足取りを少々不安に思いつつ、座布団から立ち上がって盆を持ってやる。さらさらと音を立てる髪を横に振ってはじめは抵抗するものの、ギンに取り上げられてしまうと何も言えずに黙って従ってしまうイヅルは、やけに可愛らしかった。
 二人机に向かい合い箸で料理に手を付けていると、大方食べ終えたところでギンがふと襖の外を気にしている。そうして「開けますか」とイヅルが尋ねる前に、自分から吸い寄せられるようにして襖に歩み寄り、それを開いた。外には蕾を開き始めた山茶花の花が密やかに陣取っている。それを見てギンは、普段よりも更に目を細めた。
「あれ、山茶花やったんやなあ。」
「…お好きなんですか?」
「嫌いやない。」
 言葉は簡潔であったが、ギンが花を賞賛することはあまりないのでそれは褒め言葉といってもよかった。空になった茶碗などもそのままにしてギンが外に出ようとするので、イヅルが慌てて羽織を持ってきて肩に掛けた。ほぼ縁側の下に常備してある草履に裸足のまま足を通して、すらりと地に降りた姿はまるで一枚絵のように美しいものである。
「早う綺麗におなり。」
 繊細な細い指で蕾を撫で上げると、心なしか花弁が紅く染まった気がして、イヅルは僅かに顔をしかめた。どうも面白くないような気分がしたのである。自分でも感情を持たぬはずの花に嫉妬心を与えられるなどとは夢にも思わなかったのだが。
「…咲かなければいいのに。」
 聞こえてしまわぬようにとぽつりと呟いたはずだったのだが、当たり前のようにギンには聞こえていた。そして苦笑すると、こちらへ向かい長い腕を伸ばして今度はイヅルの頬に指を這わせた。縁側の作る段差が距離を開いているようで忌々しい。
「可愛えなあ、妬いとるの?」
「…そういうわけでは。」
 しかしそう言いながらも、確かにイヅルの表情は今にも泣き出しそうである。乱菊や他の人間に対する嫉妬とは異なるし、ましてやそれより強くもないのであるが、イヅルは本来嫉妬心を露にはしない。それなのに今回ふいに本音を口にしたので、ギンは堪らなくなってイヅルを引き寄せた。
「わ、」
 今日は急に引き寄せられることの多い日だ、と思いながら、先程と同じように声を上げる。段差があるので尚更驚いてしまったが、当然落ちるということはない。裸足のまま抱き寄せられ、羞恥心に顔が染まった。
「あの、降ろして下さい…。」
「あかん。」
 このまま降ろしてしまえば、イヅルの足が地に着いてしまう。汚れるというのも勿論だが、冬に入ったばかりの時期である。冷えた地面に足を着けさせるということはしたくなかった。イヅルとしては縁側に降ろしてくれと言いたかったのかもしれないが、構わず抱き上げ移動した。
「イヅルが一番やていつも言うとるのに、まあだ信用せんのやね。」
「…申し訳ございません。」
「せやかてイヅルには、『綺麗におなり』なんて言う必要あらへんやん。もう充分綺麗なんやから。」
「…。」
「あかんよ、そこで黙ってしもたら。」
 ほんまのことなんやから胸張り、とギンが言うので、益々イヅルは押し黙ってしまう。しかしそのお陰で、うつむいた拍子にけぶる睫毛がよく見える。その淡い色の睫毛は自分のものとは少しばかり異なった色をしているが、本質は同じである。そのことを嬉しく感じ、ギンはもう一度花を見る。
「よう咲くとええな。」
「…そうですね。」
 やっと口を開いたイヅルにふと微笑み、顔を近付けるとそれは拒まなかった。口付けると冴えた香りが辺りに広がる。まだ咲いてもいないのに、と不思議に思ったが、気にしないことにした。



 非番の日から暫く経つが、その日から山茶花のことを気にしたことはなかった。元々水をやる必要などはない花である。しかし一週間ほどして、何とも不思議なことが起こった。昨年咲いた時には淡紅色をしていた山茶花が、今年は深紅の花として咲いたのである。イヅルは首を傾げ、どうしたものかと思うがどうすることも出来ない。
 何か粗相をするわけもないのでとりあえずそのままにしておいたが、ふとある時思い立って、仕事を終えた後に、他の部下に聞こえぬよう声を潜め、遠慮がちにギンに尋ねた。
「市丸隊長、申し訳ありませんが、この後拙宅においでになりませんか。」
「ええよ。イヅルから誘うやなんて珍しなあ。」
 別の意味で取られているような気もしたが、別段何事もなく振舞った。外は既に宵闇を通り越してただの闇である。冬場なので陽が落ちるのも早く、半ばまで仕事を終えた辺りですぐに周囲は陰りを見せるようになった。
 イヅルは部下の姿がまばらになると、「先に失礼するよ」と言って荷物を纏め、席を立った。ギンの方もすぐに席を立ち、「ほな、後は宜しゅう」と言い残してイヅルに続く。はじめは僅かに気を遣い、どちらかが出た後には少し時間を置いて出るようにしていたが、暫くすると部下の方が気を遣うようになり、「お気になさらず」と言い出したので、余計に気恥ずかしくなりやめた。ギンはどちらでも良かったのだが、イヅルが部下の言い分をひどく気に病んでいたので、了承することにした。



 夜の闇が鮮やかな木花の色を覆い隠してしまっているのではないかと思い灯りを持って行こうとしたが、むしろ漆黒の闇がその色を引き立たせていたので、そちらの方が風情を感じるのではないかと置いたままにした。ギンがそのようなことを気にするとは思えなかったが、どうもこのような夜に灯りを持参するのは野暮のような気がしたのである。
 はじめはおや、と首を傾げるようにしていたギンも、イヅルが外へと向かう準備をし始めると黙ってそれを見ている。つまりは”そのようなお誘い”ではないということを理解したのであろう。大人しくそこに佇んでいる。
「…つまりませんか?」
 所在なさげにしているギンを見て、イヅルが呼びかける。
「あァ、せやないよ。何や夜に散歩するいうんも久々やなあ思て。イヅルと。」
「そう、ですね。」
 そういえば、と天井を仰ぐと、ふっとギンを見て微笑む。時節柄寒々しいとは思うが、今にも花が芽吹き出しそうに美しい。儚い色香を醸し出すその笑みは、山茶花と同じ色を孕んでいた。



 縁側から外に降りると、やはりそこには山茶花が花を咲かせていた。ギンはそれを見てあ、と一言声を上げると、口唇を吊り上げる。イヅルは、月明かりによく映えるような角度へギンを向き直らせると、綺麗に咲きましたよ、と言った。
「ほんまに、綺麗に咲いたんやな。」
「ええ…。」
「綺麗な紅や。」
ギンの感嘆符に、いいえ、とイヅルが答えた。
「今夜お呼びしたのは、そのことなのです。」
 昨年は確かに薄紅色に咲いたはずである。昨年の今頃はまだギンを家に誘い出すといったようなことはなく、ギンもイヅルの家に赴くことはなかったのでギンが知るはずもないが、イヅルは淡色の山茶花をその目にしかと焼き付けているのだ。
「昨年は桃色に花を咲かせたのにも関わらず、今年は深い紅に身を染め上げているのです。」
「そら、珍しなあ。」
 そう言いながら、ギンは開ききった花弁を撫でる。すると心なしか、更に花の紅が深まったような気がして、イヅルはやはり、と思った。それを素直に口に出すと、ギンが顔を上げる。
「どないしたん?」
「いえ…馬鹿なことと思われるかもしれませんが、聞いて頂けますか。」
「言うてみい。」
 ギンに促されて、では、とイヅルがおもむろに口を開く。

「おそらくその山茶花は、あなたに懸想しているのです。」

 はあ、という言葉と共に、生ぬるい吹雪のような風が流れる。それはイヅルの言い分を馬鹿にしているように思えたので、イヅルは少しばかり顔をしかめた。するとギンは自分の反応に気を悪くしたと思ったのか、「馬鹿にしとるわけやないよ」と一言弁解したので、少々表情を緩めてしまった。
「そうか、成る程なあ。」
「花が散るまでの間でも宜しいので、構って頂けませんでしょうか。いえ、あの、お世話をして下さいという意味ではありませんので。」
「ええよ。そんならこれから暫くここに泊まろか?」
「えっ…。」
 茶化すようにギンが言うので、冗談なのか本気なのか分からずイヅルが困惑する。すると冗談などではなかったらしく、やや苦笑気味にギンが続けた。
「嫌ならええけど。」
「いっ…いいえ滅相もございません…!!」
 慌ててイヅルが返すと、ギンが今度はうん、と頷いてからイヅルの肩に顔を埋めた。イヅルはそれに対して口元を緩め、淡い色をしているものの鮮やかな印象を見せる髪を掬ってから、そのまま緩やかに背中に手を回した。


 その様子を、深紅の彩だけが黙って見つめている。イヅルはふとその花に向かって「ご免ね」と心の中で言うと、葉がざわざわと動いた。その様子からして不服らしい。
 しかし、夜に紛れる花というのもまた趣を感じる。そう思いギンに呟くと、今度は反対に花がその肢体を穏やかに揺らした。背後に光る月だけが、猫の目のように鋭く光っている。


 あと何度この花は夜に添うことが出来るだろう、と思うと、突如として夜が儚いものに思えて、しんとした空気に白い息を流した。



***



■あとがき■
 はじめは花に懸想される、というイメージからして花に優しそうな(笑)日番谷君かイヅルかもしくは白藍染隊長にしようかと思っておりましたが、「花を愛でる市丸さんとかどうですか」と思い立ち市丸さんに。(コラ)
 いつもより糖度高めです。ぶっちゃけ「早う綺麗におなり」のところなんか書きながら爆笑しましたすみません。(帰れ)

*この小説を書くに辺り、梨木香歩様の「家森忌憚」より「サルスベリ」の項を少々参考にさせて頂いております。ご了承下さい。

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