第六話
あなたが越えるは屍の山
私が越えるは砂の上
骸の束も砂礫の塚も いつか消えるは同じこと
しかしあなたの過ぎた跡に
決して息づく音は止まず
ああ、あなたは殺すために行くのではないのだ
ギンが最後にイヅルに用意したこの家に訪れてから、もう七日経つ。それは間違いない。あの日丁度あと一週間だと話していたからだ。他でもない、霊術院の入学式の話である。とうとう当日の朝になったが、それほど緊張はしていなかった。それよりも、あの人と同じ位置に立てるようになれるかもしれないという期待の方が大きかった。
「制服、よお似合うとるよ。」
「ありがとうございます。」
素直に答えると、ギンはさも満足といった様子でうん、と頷いた。そして一瞬イヅルが見たこともない程に切なそうな顔をしてから、イヅルの髪に唇を落とす。
「ご免な、イヅル。」
「…はい。」
その言葉が意味することは分かっているつもりだった。次にいつ逢瀬を果たすことが出来るか定かではない、もしかすると二度と会うことはないかもしれない、という意味だ。あれだけ強く抱いておきながら、捨てる時にはひどく潔い男であると思った。
なぜギンが自分を捨てるのか、その理由は定かではなかった。今でこそ分かることであるが、ギンは恐ろしかったのだ。いずれはイヅルを抱くであろうと決心を固めていた。それをすることでイヅルが穢れようとも構わないと思っていた。しかしいざ抱いてみると、あまりにその姿は頼りなく、この先自分が一生かけて穢していくには淡すぎると感じた。
だからといって他人がイヅルを穢していくのを易々と見ているつもりはないが、自分の手で彼が黒ずんでいく様を眺めるのは、自分がこれまでしてきた凄惨な行為の中で最も残酷なことのような気がしたのだ。
「イヅル…―」
名を呼んだはいいが先の言葉が出てこず、そのまま踵を返した。一度イヅルの方を振り向いたが、それ以上目を合わせることはなかった。最後にイヅルの目に映った自分はどれ程までに情けない顔をしていたのだろう。そればかりが頭を掠めた。
「…市丸、さん。」
お帰りをお待ちしていますと呟こうとしたが、果たして「お帰り」という言葉は正しく当てはまっているのかと自信がなくなり、そのまま口をつぐんだ。それならば何と言えば良いのであろう。またお会い出来るのを、と言えども、それはあまりにも残酷な言葉のような気がした。ギンは、行為の後にイヅルの髪を撫でながら、自分には帰る家もないと言った。それならばいっそここを帰る家とした方が幾分彼にとっては救いになるのではないだろうか。また会える日を、などと、場所すらも定まらない言い方で侘しく言い放つよりも、幾らか。
イヅルはふう、と一つ息を吐き、荷物を取るべく家の中へ足を戻した。
学院に発つ前に、両親へ一言残して行こうと吉良家の墓へと足を向けた。憧れてやまなかった彼等へ、せめてもの手向けの言葉だ。これから自分は、暫くの間両親との別離を体験しなくてはならない。ただ、精神を自立させたとしても休みの日に花を供えることだけは忘れるまいと思った。
「…では言ってまいります。父上、母上。」
特別な言葉は何一つ言わず、軽く手を合わせ目を閉じた。おそらく父も母も全て理解しているに違いない。聡いあの人達のことだ。そう思った。
墓参りをする上で、多少の問題もあった。しかしそれは後に歓喜を呼ぶものであり、不快なものでは決してなかった。ただ、燃えるような赤毛の少年と艶やかな黒髪の少女との出会いにより、自分の運命が大きく変えられたということは否定出来ない。それでもイヅルは、ギンとの出会いよりは幾らかましだと思うのであった。
(あの人が僕に与えた、皮肉な宿命に比べれば。)
ギンが現れなければ、イヅルが死神になることもなかったであろう。ここまで様々な手配をされなければ、イヅルは路頭に迷うか、あのまま伯父に捕まり、それこそ耐え難い運命へと歩みを進めていたに違いない。それは感謝すべきことでもあり、同時に悲観することでもあった。
ギンがイヅルに与えたものは、大きく、そして冷たい。優しさをも孕んでいるものだと分かってはいるが、そのことをいささか信用することが出来なかった。しかし、イヅルはここまで歩いて来た。数奇な運命を辿ろうとも、足を動かしてきた。生きてきた。
(あの人に、会いたいなあ…。)
イヅルは初めて、自分から会いに行きたくなった。
その日のことは、運が悪かったとしか言いようがない。よもや初めての実習で、あんなことがあろうとは。
イヅルは、恋次などと親しくなっていくうちに、普通の人間関係を覚えていった。明らかに異常な人間と人間との繋がりを垣間見てきたイヅルには、それがどういうものなのか理解出来なかったが、全て恋次が教えてくれた。
両親が死神ということもあり、既に霊力の正しい使い方を知っていたイヅルは、着々とクラスの中でも卓越した存在になっていった。しかしそれでも、出来ることはまだ限られている。そんな自分がもどかしく感じてきたある時、初めてあの人に出会ったのだ。
「お前、そう、そこの一回生。そんなとこで何やってんだ?」
「檜佐木先輩…。」
「…俺の名前知ってんのか?」
「ええ、先輩のお名前はよく耳にしますので…。」
そこは、学院で管理されている茂みの中だった。中庭、といえば聞こえはいいが、本来ならば生徒が入るべきところではない。もしかすると檜佐木は、自分をこのまま教員に差し出すつもりではないのだろうかと懸念する。何しろ彼は外見は少々不真面目であっても優等生なのだ。彼がここに入ることも許されはしないはずだが、何か後ろ盾があるのかもしれない。そう思った。
「す、すみません!決して不純な動機で入ったわけでは…。」
「不純じゃねえって、許可もなしに入った時点で既に不純だろうが。」
「…申し訳ありません。」
素直に謝ると、彼はふと控えめに破顔し、何を思ったのかその場に座り込んだ。
「先輩…!?」
「冗談だっつの。俺も許可なんて取ってねえんだよ。…静かでいいだろ?ここ。」
「そう、ですね…。」
それから時折、檜佐木とはここでよく顔を合わせることとなった。イヅルは、この学院へ訪れてから何度も出会いを重ねたが、後々後悔に繋がるようなものは一つも存在しない。それは一重に、この場所の雰囲気も手伝っているように思えた。
ここは、確かに楽園だったのだ。
前々から計画されていた現世での実習は、上手くいったように思えた。引率が檜佐木であると知った時には歓喜を覚えたし、実習も滞りなく進んだ。檜佐木や蟹沢、青鹿の努めもあったが、それにしても初めてにしては上々の出来なのではないかと思われた。
「しっかし、吉良が檜佐木先輩と知り合いだったとはな。」
「きっと先輩は何とも思っていないよ。ただちょくちょく顔を合わせるだけで。」
「知り合いなら知り合いらしく、立てるような言い方してやれよ。よりによって自分の才能の方が上だなんて言わなくてもいいと思うぞ。」
「あれ?そんなこと言ったっけ?」
「言った。間違いなく言った。」
度々軽口も交えつつ、任務が終了すると共に踵を返す。桃も僅かに疲れた様子だが、明るく笑っていた。しかしその時、行く先の方角から悲鳴が轟く。三人共そちらを見るが、ばっと血飛沫が飛んだ以外には何も分からなかった。
「退がれ!!逃げろ一年坊共!!出来るだけ速く!出来るだけ遠くに逃げるんだ!!」
檜佐木から大きく声が発せられるが、そらすらも遠くの出来事のようにイヅルには思えた。目前では彼が刀を振り上げており、その視線が動く先には巨大な化け物が見える。虚である。
呆けているイヅルの腕を引くようにして、恋次が走り出す。しかしそれを押し止めイヅルが別の方角を見た。桃だ。彼女が黒目がちな眼球を丸く見開き、自問しているように見える。その表情は、狂気にも似ていた。
「何してるんだ雛森君!止まっちゃ駄目だ!!」
「どうして…あたしたち…逃げてるの…?」
世界が止まった。
考えてみればそうなのだ。どちらかといえば彼女が正しい。イヅルは自分に問いかける。檜佐木が、彼が自分の命も顧みず立ちはだかり、押しとどめているというのに、自分は何をやっているのだろう、と。
「ああ、そうだね…。」
うわ言のように呟き、足を踏み出す。恋次はそれに驚愕したが、すぐに後に続いた。イヅルと桃の中に、何か恐ろしいものを感じたからだ。このまま見過ごすわけにはいかなかった。
何度か致命傷を与えようと試みたが、少しも怯まず虚はこちらへ向かってくる。全く歯が立たなくとも、とにかく救援が訪れるまでは足止めをしなくてはならない。それは心得ていた。
しかし、信じられないものが全員の目に映る。一匹ではない。
「ダメだ。」
背後から檜佐木の声が聞こえる。その声は決して情けないものではなく、諦めたようなものでもなかった。しかし、どう見ても自分達には応戦しきれないと思われ、イヅルは絶望する。
「嘘だ、こんな…。嫌だ、死にたくないよ…。」
本音が漏れた。怯えたような、何とも情けない声を発していることは自覚している。親から受け取った生を、親から護られた生を、そして…ギンから再び与えられた生を、無駄にはしたくない。しかもまだ、自分はまだ彼と再会してはいないのだ。
「う…ああ…あ…ああああああああああああ!!!!!!!」
力の限り叫ぶと、身体から力が奪われていくような感覚を覚えた。ふ、と閃光が走る。背後から放たれたそれは、まるで精巧な弓を打つかのように目前の標的を粉砕した。その白い光は、まるであの人を思い出させるような気がして、期待混じりに振り向く。
「藍染…隊長…!市丸…副隊長…!」
檜佐木の口から、何やら不穏な声が聞こえる。今何と言ったのだろう。あの人は、一体誰であると…誰であると言った?
ギンが、神鎗を戻しながらイヅルに向かって静かに微笑んだ。
あなたが越えるは屍の山
私が越えるは砂の上
骸の束も砂礫の塚も いつか消えるは同じこと
しかしあなたの過ぎた跡に
決して息づく音は止まず
ああ、あなたは何かを生かすために、死の上に立って待ち続けているのだ
イヅルと修兵があの時点で既に面識アリってどうですか。(真顔)私はどうも原作で出会う前のことを捏造する癖があるようでして…。(タチ悪っ)
逢瀬編は第七話でございます。第五話は裏にありますが、読まずとも平気…じゃないかもしれないけど(泣)多分大丈夫な内容ですので、ヌルくとも苦手な方はご遠慮下さい。
あなたが越えるは屍の山
私が越えるは砂の上
骸の束も砂礫の塚も いつか消えるは同じこと
しかしあなたの過ぎた跡に
決して息づく音は止まず
ああ、あなたは殺すために行くのではないのだ
ギンが最後にイヅルに用意したこの家に訪れてから、もう七日経つ。それは間違いない。あの日丁度あと一週間だと話していたからだ。他でもない、霊術院の入学式の話である。とうとう当日の朝になったが、それほど緊張はしていなかった。それよりも、あの人と同じ位置に立てるようになれるかもしれないという期待の方が大きかった。
「制服、よお似合うとるよ。」
「ありがとうございます。」
素直に答えると、ギンはさも満足といった様子でうん、と頷いた。そして一瞬イヅルが見たこともない程に切なそうな顔をしてから、イヅルの髪に唇を落とす。
「ご免な、イヅル。」
「…はい。」
その言葉が意味することは分かっているつもりだった。次にいつ逢瀬を果たすことが出来るか定かではない、もしかすると二度と会うことはないかもしれない、という意味だ。あれだけ強く抱いておきながら、捨てる時にはひどく潔い男であると思った。
なぜギンが自分を捨てるのか、その理由は定かではなかった。今でこそ分かることであるが、ギンは恐ろしかったのだ。いずれはイヅルを抱くであろうと決心を固めていた。それをすることでイヅルが穢れようとも構わないと思っていた。しかしいざ抱いてみると、あまりにその姿は頼りなく、この先自分が一生かけて穢していくには淡すぎると感じた。
だからといって他人がイヅルを穢していくのを易々と見ているつもりはないが、自分の手で彼が黒ずんでいく様を眺めるのは、自分がこれまでしてきた凄惨な行為の中で最も残酷なことのような気がしたのだ。
「イヅル…―」
名を呼んだはいいが先の言葉が出てこず、そのまま踵を返した。一度イヅルの方を振り向いたが、それ以上目を合わせることはなかった。最後にイヅルの目に映った自分はどれ程までに情けない顔をしていたのだろう。そればかりが頭を掠めた。
「…市丸、さん。」
お帰りをお待ちしていますと呟こうとしたが、果たして「お帰り」という言葉は正しく当てはまっているのかと自信がなくなり、そのまま口をつぐんだ。それならば何と言えば良いのであろう。またお会い出来るのを、と言えども、それはあまりにも残酷な言葉のような気がした。ギンは、行為の後にイヅルの髪を撫でながら、自分には帰る家もないと言った。それならばいっそここを帰る家とした方が幾分彼にとっては救いになるのではないだろうか。また会える日を、などと、場所すらも定まらない言い方で侘しく言い放つよりも、幾らか。
イヅルはふう、と一つ息を吐き、荷物を取るべく家の中へ足を戻した。
学院に発つ前に、両親へ一言残して行こうと吉良家の墓へと足を向けた。憧れてやまなかった彼等へ、せめてもの手向けの言葉だ。これから自分は、暫くの間両親との別離を体験しなくてはならない。ただ、精神を自立させたとしても休みの日に花を供えることだけは忘れるまいと思った。
「…では言ってまいります。父上、母上。」
特別な言葉は何一つ言わず、軽く手を合わせ目を閉じた。おそらく父も母も全て理解しているに違いない。聡いあの人達のことだ。そう思った。
墓参りをする上で、多少の問題もあった。しかしそれは後に歓喜を呼ぶものであり、不快なものでは決してなかった。ただ、燃えるような赤毛の少年と艶やかな黒髪の少女との出会いにより、自分の運命が大きく変えられたということは否定出来ない。それでもイヅルは、ギンとの出会いよりは幾らかましだと思うのであった。
(あの人が僕に与えた、皮肉な宿命に比べれば。)
ギンが現れなければ、イヅルが死神になることもなかったであろう。ここまで様々な手配をされなければ、イヅルは路頭に迷うか、あのまま伯父に捕まり、それこそ耐え難い運命へと歩みを進めていたに違いない。それは感謝すべきことでもあり、同時に悲観することでもあった。
ギンがイヅルに与えたものは、大きく、そして冷たい。優しさをも孕んでいるものだと分かってはいるが、そのことをいささか信用することが出来なかった。しかし、イヅルはここまで歩いて来た。数奇な運命を辿ろうとも、足を動かしてきた。生きてきた。
(あの人に、会いたいなあ…。)
イヅルは初めて、自分から会いに行きたくなった。
その日のことは、運が悪かったとしか言いようがない。よもや初めての実習で、あんなことがあろうとは。
イヅルは、恋次などと親しくなっていくうちに、普通の人間関係を覚えていった。明らかに異常な人間と人間との繋がりを垣間見てきたイヅルには、それがどういうものなのか理解出来なかったが、全て恋次が教えてくれた。
両親が死神ということもあり、既に霊力の正しい使い方を知っていたイヅルは、着々とクラスの中でも卓越した存在になっていった。しかしそれでも、出来ることはまだ限られている。そんな自分がもどかしく感じてきたある時、初めてあの人に出会ったのだ。
「お前、そう、そこの一回生。そんなとこで何やってんだ?」
「檜佐木先輩…。」
「…俺の名前知ってんのか?」
「ええ、先輩のお名前はよく耳にしますので…。」
そこは、学院で管理されている茂みの中だった。中庭、といえば聞こえはいいが、本来ならば生徒が入るべきところではない。もしかすると檜佐木は、自分をこのまま教員に差し出すつもりではないのだろうかと懸念する。何しろ彼は外見は少々不真面目であっても優等生なのだ。彼がここに入ることも許されはしないはずだが、何か後ろ盾があるのかもしれない。そう思った。
「す、すみません!決して不純な動機で入ったわけでは…。」
「不純じゃねえって、許可もなしに入った時点で既に不純だろうが。」
「…申し訳ありません。」
素直に謝ると、彼はふと控えめに破顔し、何を思ったのかその場に座り込んだ。
「先輩…!?」
「冗談だっつの。俺も許可なんて取ってねえんだよ。…静かでいいだろ?ここ。」
「そう、ですね…。」
それから時折、檜佐木とはここでよく顔を合わせることとなった。イヅルは、この学院へ訪れてから何度も出会いを重ねたが、後々後悔に繋がるようなものは一つも存在しない。それは一重に、この場所の雰囲気も手伝っているように思えた。
ここは、確かに楽園だったのだ。
前々から計画されていた現世での実習は、上手くいったように思えた。引率が檜佐木であると知った時には歓喜を覚えたし、実習も滞りなく進んだ。檜佐木や蟹沢、青鹿の努めもあったが、それにしても初めてにしては上々の出来なのではないかと思われた。
「しっかし、吉良が檜佐木先輩と知り合いだったとはな。」
「きっと先輩は何とも思っていないよ。ただちょくちょく顔を合わせるだけで。」
「知り合いなら知り合いらしく、立てるような言い方してやれよ。よりによって自分の才能の方が上だなんて言わなくてもいいと思うぞ。」
「あれ?そんなこと言ったっけ?」
「言った。間違いなく言った。」
度々軽口も交えつつ、任務が終了すると共に踵を返す。桃も僅かに疲れた様子だが、明るく笑っていた。しかしその時、行く先の方角から悲鳴が轟く。三人共そちらを見るが、ばっと血飛沫が飛んだ以外には何も分からなかった。
「退がれ!!逃げろ一年坊共!!出来るだけ速く!出来るだけ遠くに逃げるんだ!!」
檜佐木から大きく声が発せられるが、そらすらも遠くの出来事のようにイヅルには思えた。目前では彼が刀を振り上げており、その視線が動く先には巨大な化け物が見える。虚である。
呆けているイヅルの腕を引くようにして、恋次が走り出す。しかしそれを押し止めイヅルが別の方角を見た。桃だ。彼女が黒目がちな眼球を丸く見開き、自問しているように見える。その表情は、狂気にも似ていた。
「何してるんだ雛森君!止まっちゃ駄目だ!!」
「どうして…あたしたち…逃げてるの…?」
世界が止まった。
考えてみればそうなのだ。どちらかといえば彼女が正しい。イヅルは自分に問いかける。檜佐木が、彼が自分の命も顧みず立ちはだかり、押しとどめているというのに、自分は何をやっているのだろう、と。
「ああ、そうだね…。」
うわ言のように呟き、足を踏み出す。恋次はそれに驚愕したが、すぐに後に続いた。イヅルと桃の中に、何か恐ろしいものを感じたからだ。このまま見過ごすわけにはいかなかった。
何度か致命傷を与えようと試みたが、少しも怯まず虚はこちらへ向かってくる。全く歯が立たなくとも、とにかく救援が訪れるまでは足止めをしなくてはならない。それは心得ていた。
しかし、信じられないものが全員の目に映る。一匹ではない。
「ダメだ。」
背後から檜佐木の声が聞こえる。その声は決して情けないものではなく、諦めたようなものでもなかった。しかし、どう見ても自分達には応戦しきれないと思われ、イヅルは絶望する。
「嘘だ、こんな…。嫌だ、死にたくないよ…。」
本音が漏れた。怯えたような、何とも情けない声を発していることは自覚している。親から受け取った生を、親から護られた生を、そして…ギンから再び与えられた生を、無駄にはしたくない。しかもまだ、自分はまだ彼と再会してはいないのだ。
「う…ああ…あ…ああああああああああああ!!!!!!!」
力の限り叫ぶと、身体から力が奪われていくような感覚を覚えた。ふ、と閃光が走る。背後から放たれたそれは、まるで精巧な弓を打つかのように目前の標的を粉砕した。その白い光は、まるであの人を思い出させるような気がして、期待混じりに振り向く。
「藍染…隊長…!市丸…副隊長…!」
檜佐木の口から、何やら不穏な声が聞こえる。今何と言ったのだろう。あの人は、一体誰であると…誰であると言った?
ギンが、神鎗を戻しながらイヅルに向かって静かに微笑んだ。
あなたが越えるは屍の山
私が越えるは砂の上
骸の束も砂礫の塚も いつか消えるは同じこと
しかしあなたの過ぎた跡に
決して息づく音は止まず
ああ、あなたは何かを生かすために、死の上に立って待ち続けているのだ
イヅルと修兵があの時点で既に面識アリってどうですか。(真顔)私はどうも原作で出会う前のことを捏造する癖があるようでして…。(タチ悪っ)
逢瀬編は第七話でございます。第五話は裏にありますが、読まずとも平気…じゃないかもしれないけど(泣)多分大丈夫な内容ですので、ヌルくとも苦手な方はご遠慮下さい。