Doll of Deserting

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イヅルの日ですってよ奥さん。

2006-01-28 18:06:32 | 過去作品(BLEACH)
 126(イヅル)の日ということで、今更ながらイヅルの日ネタ。(笑)

三やら四やらは席番号。「隊員」は三番隊隊員全員で。(笑)



 朝からガヤガヤ三番隊。何やってんだか三番隊。こういうときって大体隊長か三席が火種なんだよね三番隊。


 そんなわけで、朝早くから皆様ご出勤です。イヅルが出勤する前から皆様ご出勤です。(笑)


市「…どうしたらええと思う?」
三「とりあえず何か吉良副隊長が喜ばれそうなものを贈られたらどうですか。渡す係は私で。これだけは譲れませんから。
市「(無視)…ちゅうかな、それ以前に今日は去年のボクの誕生日から約150日記念やねん。
隊員「あんたのかよ!!!
三「せめて吉良副隊長のと仰れば宜しいのに…。」
市「何言うてんの、毎年イヅルがおめでとう言うてくれる貴重な日やぞ。ちゅうわけで、ボクとしてはそろそろこんなんどうかと思うとるわけなんやけどNE☆
隊員「却下。


市「イヅルが一番喜ぶもん言うたらコレしかないやろ!?」
隊員「婚姻届ならまだしも母子手帳ってアンタ。(アンタ呼ばわり)
三「大体どこからせしめてこられたんだか…。」
五「むしろここのサイトはそれしかネタがないのか…。」
市「せやけど結婚5年目、そろそろ子供が欲しいやん?」
四「いつ結婚したんだよコラ。

 既に礼儀なんて知りません☆態度。(コラ)


三「大体母子手帳というものは本来お子様がお生まれになった後に頂くものであって…。」
市「そうか!まず子供やね!せやったらプレゼントは子作っゴッフゥ!!
乱「朝から公共の場で何を言っているのかしらねコイツは?」


三「松本副隊長!そうですねはじめから貴方様に伺っていればこんなことには!」
乱「…何よ、あたしは久しぶりにすごい早く目が覚めたからご飯を食べに行くところなのよ。だけどここを通りかかった時にコイツがこっ恥ずかしいことを大音量で喋ってたからいてもたってもいられなかっただけよ。
市「こっ恥ずかしいレベルやったらお宅の隊長さんも張れるで。
乱「お黙り。煮卵にするわよ。
市「なして煮卵…。」
乱「丁度食べたくなったんだもの。」


乱「それで?アンタ達は何をしてるわけ?」
三「実はですね…今日は1月26日にございましょう?」
乱「そうね、それで?」
四「…略すと126っすよね?」
乱「ええ、だから?」
五「吉良副隊長のお名前はイヅルさんですよね?」
乱「そうよ、で?」
六「ですからそのお名前を数字で語呂合わせにすると126ですよね?」
乱「まどろっこしいから早く言いなさいよ。」
三「そのような理由から、三番隊では12月6日と1月26日は吉良イヅルデーと称されているのですよ。
乱「そこはかとなく電波な話題ね。
市「せやけどな、12月は色々ゴタついとって出来へんやったから、今月はイヅルに何かしたろう思うて…。」
乱「ここは常に吉良イヅル愛護デーみたいなもんなんだから今更いらないんじゃないの?全く恥ずかしいわね、もう…。」
市「恥ずかしい恥ずかしいて、もし乱の名前が数字で語呂合わせ出来るヤツやったら毎年十番隊には松本乱菊デーあるで絶対。
乱「そんなもしもはいらないわ。っていうか、お陰様で毎年菊の節句になると餌食にされてるけど何か?
市「主に隊長さんとか隊長さんとか隊長さんとかやね。」
乱「そうよ。しかも菊の節句の次の日があんたの誕生日っていうのが更に眉間の皺を増やしてるのよ。」
市「ああそう…。」


三「とにかく、吉良副隊長が喜ばれそうなものはございませんか?」
乱「そうねえ…酒とか。
市「明らかに飲めへんイヅルが自分とこ持ってくんの期待しとるやろ。
乱「ああもううるさいわね…。そんなのあんた達が勝手にやってる祝日なんだから休みでもくれてやりなさいよ。」
市「嫌や。ボクのおらん日に非番やなんてボクが耐えられへん。」
乱「そもそもアンタが吉良にやってる休みは全然休みになってないのよ。
市「なっ…ちゃあんと休みの日はボクが食事作るし家事するし庭の手入れもやりよるのに!!出かける時も着物新調したるし!
四「家族サービスしてるお父さんみたいっスね。
乱「そんなんだからここのサイトのアンタはへタレって言われるのよ!うちの隊長なんてねえ…うちの隊長、は…。」
市「どうせ同じようなモンやったんやろ?」
乱「うっ…うるさいわね!とにかく吉良なんてあと2ヶ月で誕生日なんだから何かやろうなんて思うんじゃないわよ!」


退場。(笑)


三「ああ、行ってしまわれた…。」
五「もうさあ、この際デパートの商品券とかでどうだろう。
四「いや、主婦じゃねえんだから。
五「そうかなあ。結構喜ばれると思うんだけどなあ…。」


イ「おはよう…わ、隊長いらしてたんですか!?おはようございます!」
市「おはよ。」←ヤバイなーと思っている。
三「お早うございます吉良副隊長。」←気付かれてないとは思うけど、結局何も用意してねえなーと思っている。
四「おめでとうございます吉良副隊長。」←何もかもが入り混じって錯乱。
五「おめ…お早うございます吉良副隊長、今日もバーゲン日和ですね!」←錯乱その2
六「お早うございます吉良副隊長!ダメじゃありませんかこんな早くから!もう一人のお身体じゃないんですから!!」←脳に母子手帳が降臨した。


イ「お、お元気なようで何よりです…。」
隊員(何かおかしいと思っててもツッこまないあなたが大好きです!!


 結局126デーは何も出来ませんでしたというオチ。まあ年中吉良イヅル愛護月間ですから。(笑)
 きっとイヅルはこの後「よしよしこんなヤツらほっといて俺と朝メシでも食いに行こうなー」と檜佐木先輩に攫われるに違いない。(コラ)

アニメ感想65話。

2006-01-25 19:44:20 | 過去作品(BLEACH)
*今週は完全に趣味に走ったシーンしか語っておりません。(汗)









 メー!(奇声)


 ちょっとちょっとちょっとおおお!!!!(落ち着け)


 えー、色々ありまして先週は見れていなかったのですが、何だあのオリキャラの女の子…!何だっけ名前!(最悪)
 スタッフさん、これ以上金髪碧眼を出してどうするつもりですか?イヅルと乱菊さんを出しておくれよー。


 乱菊さんとイヅルの姉妹っていうんだったら許してもいいです。(それ以前に何かに気付け)乱菊さんが現世に来た時お姉ちゃんと言ってみたり「あれ?イヅルお姉ちゃんは?」と言ってくれたりするんだったら許し(星へ帰れ)
 おっとっとイヅルお兄ちゃんと書くつもりがうっかり手が滑ってしまったYO!(明らかにわざとだろ)
 すみませんいつも以上に調子に乗りました。(死ね)


 
 というか、織姫の家にカップが二つあった時、素で十番隊が二人でお茶を飲んでいたんだと思ったアホがここにおります。(黙れ)
 しかも「織姫の顔見知り」という説にうっかり勝手に確信を覚え、「えええ向かい合わせでお茶飲んだの!?どっちが入れてあげたの!?←コラ)とか思った病人がここにおります…!!(自虐)
 でもあれじゃんか考えてもみれば顔見知り=織姫も一緒にいるってことなんだから二人ってありえねえじゃん…!(自分ツッコミ)orz



 どうでもいいことですが、近頃市丸さんがなかなか現れないのは、イヅルが現世に訪れる時を狙ってるんじゃないかなあと思い始めました。(レッツポジティヴシンキング)



 そしてシゲクニが「元五番隊隊長」だの「元三番隊隊長」だの「元九番隊隊長」だの言ってるのが居た堪れないのでやめて欲しいと思う今日この頃です。(涙)畜生むしろ藍染様やら市丸様やら日番谷様やら(?)とお呼びして下さいシゲクニ!(総隊長は呼び捨てにする女)
 シゲクニの有難みは分かっているつもりです。が…!!!(しかし尚もシゲクニ)いや、山本総隊長ってうちのパソコン一発で変換出来ないんですって!でもシゲクニは出るんですって!(謎)
 どうでもいいことですが、東仙さんは東仙さんがいいです。破面も東仙様とか呼ばないで欲しいんです。何となく要さんとかの方が好きなんです。(やはり謎)


 
 それにしても織姫の身の安全を気にするようなことを雨竜が言うたびに無駄にトキメキを覚えます…。このフェミニスト!このフェミニスト!(笑)
 でも鰤の男性キャラは基本フェミニストなような…。女の子にヒドイことする人あんまりいないような…いえ私は充分に覚えてますけどね!桃刺した人とかルキアの首根っこ掴んだ人とか!!(涙)←同一人物なところが痛い



 ED…本来死神が出るべきところで無駄にあの乱イヅジュニア(コルァ)が出張っているのが非常にウザ(好きですよ!好きなんですよ…!笑)
 いえ、あの子はとても可愛いですよ。ただアニメスタッフにもう少し死神を出して欲しいなって…!(笑)


 
 そんなこんなで、無駄に下らないところばかり語ったような気もしますが(今更)来週からは絶対観ようと心に誓ったのでした。(笑)だっていつ何があるか分からないんだもの…! 

護人の故。(ギンイヅ)*パラレル注意

2006-01-15 21:02:48 | 過去作品(BLEACH)
*「百鬼夜行抄」のパロディーです。設定などは多少違いますが、話はほぼ同じです。女装、妖怪奇憚モノが苦手な方はご注意下さい。




散る花は浅はかに映ゆ。
保てば手折ってもらえるものをと、
散る花は浅はかに映ゆ。




 父は物書きである。特に怪奇を題材にしたものを手がけ、人間と妖怪の共存する日常を書くことに殊の外長けていた。小説の様子があまりに如実であり、まるで直に触れてきたかのような錯覚を読み手に覚えさせるので、幻想小説で高く名を上げている。けれどもそれが仇となり、事実妖怪と心を通わせたのではないかと噂をされたこともあった。しかし読者の数は減ることがなく、日々執筆に忙しくしている。
 それでも日に日に身体は衰え、この頃は本来の歳よりも二十は老いて見える。精悍で整っていた容貌は頼りなげになり、そのうち私はそろそろ寿命であると母やイヅルに触れ回るようになった。母であるシヅカははじめ取り合おうとしなかったが、実際に衰えてゆく夫を見ながら確信を持ったようだ。何があっても心配せぬようにと、とうとう母までイヅルに言い聞かすようになった。
 そうしてそれから一月が経過し、父が亡くなった。イヅルは細々と涙を流したが、驚きはしない。元より何かに魅入られたような父である。恋しくはあるが、なぜ死んだのか分からずとも仕方がないと諦めるよりほかなかった。
 イヅルはまだ七つであったが、それ程の子供にしては冷めていると言われることがままある。この時もそうだ。葬儀の席に現れた親類の皆々より、「お父さんが死んだのに悲しくないのかい?」という言葉を賜った。確かにイヅルは泣いたのだ。けれども皆にしてみれば、もっと泣き喚くものであろうと言いたいらしかった。
 



 父の初七日に七人の客が現れたのは、夕闇も過ぎた頃のことである。生前より自分が永くないことを知り、通夜に葬儀にと全て手配した父の残した、最期の遺言であった。軽い食事と酒を用意し、我が友人をきっちり七人、初七日の日に迎え入れてやってくれ、と。
 十二時の刻限が過ぎれば宴は終了するらしい。イヅルはその間、蔵の中で身を潜めることを強いられる。父の意図するところはまるで分からなかったが、母から「いい子に出来るわね?」と問われた時には聞き分けよく応じた。
 施錠まで施された蔵の中は、灯りが浸透しているために程好く温かい。今日この日は必ず紅い着物を身に付けるようにと、それも父の遺言である。そういえば、とイヅルは思いを巡らせた。今より幼き頃、父はよく口にしていた。「紅い着物は魔を退ける」と。
 囚われているわけではないので、手足は自由に動かすことが出来るし窓の外も充分に窺える。イヅルは格子のない部分を探し、そこから顔を覗かせると夜の様子を垣間見た。するとあちらから、黒い紋付袴を身に付けた者が歩んでくる。後方に見える黒い着物はおそらく女性であろう。
 けれども彼らがこちらへと近付いてくる度に、何やら違和感を覚えた。皆一様に首から上が人間ではない。否、よく見てみれば着物以外の部分はやたら爪が尖ってみたり、水かきが付いていたりで尋常とは言い難かった。
(うちのお客様…?)
 間違いかとも思ったが、この辺りで供養をしている家といえば吉良家しか存在しない。そうして確かに、異形はイヅルの家の門を抜けてくるのである。
 不審に思い、内鍵をそっと開いて外に出る。見つかれば叱責は確実なのではないかとも思うが、気にしてはいられなかった。そうして玄関の脇まで来ると、物陰から様子を窺う。
「いらっしゃいませ。」
 聞こえるは母の声だ。見れば異形の面々は、これまでとは異なり皆人の姿を見せていた。成る程変化か、と思うがいかんともしがたい。
 母に知らせるべきか迷いつつ家の中を散策していると、突如として目の前が暗く病んだ。はっとして目を見開くが、そこに何があるのかは判別し難い。しかしすぐさま辺りは明るみを取り戻した。どうしたのかと周囲を見回すと、目前に痩身の男の姿が見えた。
 今日招かれている客の層からしてみれば、やけに若い。同じように黒い紋付の羽織袴を纏い、いかにも寒そうに袖の中に手を入れ歩んでくる。そうして目を離さずにいると、向こうがイヅルの存在に気付いた。
「お譲ちゃん、この家の子?」
「はい、そうですが…あなたは?」
「景清さんにお呼ばれしとるんやけどなあ…。」
「…精進落としのお客様なら、お座敷はあちらです。」
 今日呼ばれる客は皆精進の後なのだと母は言った。肉を喰わず、身を清めるような生活を送っていたのであると。けれども父と懇意にあるからといって、そこまでするとはどのような知り合いなのであろうとイヅルは訝しく思ったのを覚えている。
「…あれ?」
 案内した先で、思わずイヅルは声を上げた。
「何や、席が埋まっとる。」
「…申し訳ございません。母に、」
「ええよ。」
 言いかけたところで口を阻まれた。元より精進落としが目的ではないという風である。すると男は、何か思いを巡らせるような様子で闇の中へと再び消えていった。
 イヅルは尚も障子の向こうを窺っていたが、話し声はよく聞こえない。けれども今日招かれた客達が、一様に只者ではないということは見受けられた。
『ああ腹が減った。』
『全くだ。景清は一体何を考えているのやら。』
『そういえばあれはどうした?』
『あれ?』
『ああ、化け狐の坊はどうした。』
『ああ、奴か。…ほんにどうしたものやら…。』
 招かれていないわけではあるまい、と、やや白髪の混じる頭を覗かせながら男が言う。するとまた別の者も、どうしたものやらと頭を巡らせた。




 イヅルは先程の男の姿を追いながら、昔のことを思い出していた。今より更に幼い、三つか四つの頃である。周囲に目ぼしい家もなく、イヅルは独りで遊ぶことに慣れていた。しかし、いつものように独りで庭の木などを弄くっていたところに、小さな異形が現れた。
 頭にちょこりと角を付けた、実に可愛らしい異形である。けれどもそれを見た父は触れようとしていたイヅルの手を制した。
「じっとしておいで、すぐにどこかへ行ってしまうよ。」
「父上、あれは何か悪いものなのですか?」
「そうだね…今は害がなくても、いつかは何かあるかもしれない。こちらが気が付かなければあちらもこちらに気が付かないものなんだが…見える人間はね、利用されることもあるし利用することもある。」
 あの頃は今より世を知らぬ子供であった。よって父の言うこともよく分からなかったし、分からなくとも支障はないと思っていた。すると、父は更に続ける。
「困ったなあ、お前は私に似たらしい。勿論私の傍にいれば何かあることもないが…私に何かあった時には、お前は誰が護るんだろう。」
 哀しそうな声で言う父を見つめながら、自分の身など自分で護れますと答えるつもりであった。けれどもあの時は、どうしてかそうすることが出来なかったのである。




 何かするでもなくひたひたと廊下を進んでいると、ようやっと前方に先程の男を見受けた。けれどもその様は、まるでイヅルのことを待っているようにも見える。男は細められた目を更に細めて顔を綻ばせた。
「…父は本当にあなたをお呼びしたのですか?」
「本当や。景清さんが何やご馳走してくれる言うからお邪魔しとるんよ。」
「あなたのお名前は?」
 イヅルが問うと、男は細めた瞳を一度開いてから、再び細め直すと口唇を吊り上げる。畏怖すべき表情であるのにも関わらず、どうしてかイヅルには人間にはない美しさを孕んでいるように思えた。
「お譲ちゃんのお名前、先に教えてくれはったら教えたるよ?」
「…教えませんよ。」
 おそらく異形であろうと分かっている男に名を知らせることは自殺行為に値する。けれども男が面白そうな表情を浮かべたので、イヅルは少しばかり溜息を吐いて一つ提案をした。
「こうしましょう、あなたが私の名を当てられたら、私はあなたの言うことを何でもききます。でも私が先にあなたの名を当てたら、あなたも私の言うことを何でもきいて下さい。」
「…ほんまに面白い子やねえ…ええよ。」
 不快に思っている様子はなかったが、男の表情は何か不思議であった。まるでイヅルの名を、遠い昔より既に知り得ているような印象を受けるのである。けれどもイヅルは今になって自分が言い出したことを曲げることが出来ず、背を向けた男に付いて歩き出した。




 男は客人の集まる座敷に再び戻ったかと思うと、そうっと襖を開けて中の様子を窺った。イヅルも同じく部屋の様子を覗いてみると、中の客人は全て異形の姿に戻っており、ひそひそと談笑を交わしていた。
『ああ、腹が減った。』
『たまらん、腹が減った。』
『この家の者が逃げ出す前に喰ろうてしまおうぞ。』
『待て待て早まるな。景清の供養も済んどらん。…狐の坊もまだ来ておらんことだしな。』
『狐なんぞ放っておけ。早う来た者から喰らうのが道理じゃ。』
 口々に言い合う妖かしの面々を一瞥し、男は密やかに笑みを深める。イヅルはそれを見て、初めて男のことを恐ろしいと感じた。
「…大分酒が回ってきたみたいやね。」
 呟くと、中の一人が堪らなくなってこっそりと腰を上げたのが見えた。
『ちょいと厠に行って来るぞ。』
 異形のものが厠などと、と訝しく思うところなのにも関わらず、酒の回った妖かし共は一様にころころと笑うばかりである。部屋を出た妖かしが、先に人間を捕まえて喰らおうと考えていることは一目瞭然であった。
 すると座敷から出て廊下を歩み始めた異形の頭を掴む手が見える。イヅルは目を疑ったが、確かにごつごつとした頭が、鋭い爪に裂かれる姿が見受けられた。
 恐ろしさに声も出せず、その場に膝をつく。先程の妖かしは確かにそれまで男であったはずのものの牙に噛み砕かれ、もはや塵のようになっていた。目前に見えるのは、長い手足を血に汚した巨大な狐である。細められた瞳は完全に見開かれ、赤黒い血色をしていた。
 狐は妖かしを始末した後、すぐさま人型に姿を戻し口元を拭った。
「…景清さんに招かれたんはボク一人なんよ。」
 狐は一言発すと、鋭い爪はそのままの手でイヅルの腕を引いて言い聞かせた。
「静かにせんとキミも喰うてまうよ?」
 イヅルはこくりと頷き、元より声の出ない口を更に押さえる。狐はそれを満足げに認めると、イヅルの腕を放す。するとイヅルは、呟くように言った。
「この家の人間に手を出すのはおやめ下さい…市丸さん。」
 市丸と呼ばれた男は、それを聞いておや、と眉をひそめる。驚いているようでもあったし、少しばかり悔しげでもあった。
「ようボクの名当てたね?」
「…父が、父の話に一番よく出てくるお名前でした、から。」
 契約だの何だのとそういったことはよく分からなかったが、父から異形の話を聞くのは好きであった。父の話はまるで自分が実際に妖怪と接しているようでとても不思議な気分にさせられたものだが、それはやはり全て本当のことであったのだ。
 そうして、父の話に最もよく出てくるのが、美しい銀糸の九尾の妖怪であった。こちらへ出てくる時には銀の髪をした背の高い男になっているんだよ、と聞いていたのに、なぜはじめに気が付かなかったのだろう。
「せやけど、市丸言うんは景清さんが足した名前なんよ。ほんまの名はギンや。」
「ギン…さん。でも父は、七ではなくて八が最も神秘的な安定した数だって…あなたもあの人たちのお仲間なのでしょう?」
「…そうやね、ボクも合わして皆お仲間やった。」
 イヅルが再び訝しい顔をしたのを見て、ギンが言葉を続ける。
「景清さんはな、自分の寿命使うて昔八匹妖怪呼び出したんよ。せやけど自分が死んだらどないなるか分からんて、ボクと死ぬ間際に取り引きしたんや。」


―…お前以外の妖かしを全て喰ろうてくれ。そうして、そうして―…


 迎えが来る間際の景清の表情は、穏やかなものであった。ギンはそれを思い出す度に、何やら不思議な心持になる。これから死のうという人間が、なぜあのような表情を見せたのか、と。けれども自分の目の先には、あの子がいるのだ。それを見れば、あの子の行く末に立ちはだかるものを取り去ることが叶って安心していたのかもしれぬと理解することが出来た。
「キミにもシヅカさんにも手なんて出さへんよ。それが約束や。」
「約束…?」
 きょとんと見上げるイヅルを目をやると、ギンはイヅルを抱き上げた。そうしてあることに気が付くと、忌々しげに呟く。
「…お前は女の子やないんやね、イヅル。」
「…え?」
「何が娘や景清さん…謀りよって。」
 益々イヅルの表情が疑念を深める。ギンはイヅルの背を一撫でしてから下に降ろしたが、イヅルの表情は変わらなかった。けれども何事もなかったかのように諭す。
「しゃあない、契約は契約や。引き換えに跡取り一生護る言うてしもうたからなァ。旧家の跡取りが女言うた時点で気付くんやったわ。」
 さも悔しげにギンが息を吐く。けれどもイヅルは何を言っているのか分からず、尚も大きく見開かれた瞳を湛えて首をこっくりと傾げていた。するとギンが更に言う。
「今夜のことは誰にも言うたらあかんよ。書いても駄目や。それがキミの約束。」
「…はい。」
 おそらく父から自分の名など聞いていたのだろうと思うと、馬鹿なことを言い出した自分を叱責したくなる。けれども何事もないようなので、先程の賭けはなくなったのかとほっと胸を撫で下ろした。言い当てたのは自分が先だが、知り得たのはギンが先であるのだから。
 ギンは知っていた。生ある人間が異形と接したことを他人に話せば、必ず寿命を縮めることになる。しかしそこまで考えて、否、イヅルは生涯人間であるわけではないのだから、あまり意味はなかったかと思い、ひっそりと口の端を上げた。
 
『そうして-…私の娘を一生涯護ってはくれないか。その代わり、成長すればお前の妻にしよう。人間の妻が欲しいと、お前は言っていたのではなかったか。』
『命があらはっても、化けモンの嫁なったら意味あらへんのやないの?』
『いや…いいんだ。生をまっとうしてくれればそれでいい…。それに、お前の嫁も悪くはないんじゃないかと思うんだよ。』
『…は、危篤なお方や。』

 何が嫁だ、とせせら笑うが、イヅルを見て感じた想いが変化することはない。時が来れば連れて行こう。必ず連れて行こう。そう思った。
 



 形だけの支度であったが、確かに七人案内をしたと母は言った。イヅルはそれを否定せず、ことの次第を説明してみたが、母は分かっていたようである。自分の夫が何をしたかったのか、あの日何が来るはずであったのか、だからこそイヅルを蔵にやったのである。そうして一言、「…仕方のない人」と呟いた。

 父は大層迷信深い人で、今年七つになるまで、イヅルは女子の着物を着せられて過ごしていた。翌年よりは男子として過ごすこととなる。
 ある時家の襖を見てみると、ひどく美しい銀糸の狐が描かれていた。それを見てギンを思い出したが、ギンはあれから「残りを喰ってくるわ」と言って去ったまま会っていない。しかし確かに、自分を取り巻くあまり宜しくないものが、いつの間にか喰われているのを感じる。
 そうしてイヅルは、時折襖を眺めては「ありがとうございます」と声をかけるのである。


 

咲く花は密やかに萌ゆ。
散れば離してやるものをと、
咲く花は密やかに萌ゆ。




■あとがき■
 青嵐が好きなんです。(黙れ)設定が美味しいと思ったら最期、書かずにはいられませんでした。(笑)
 青嵐は龍なんですが、市丸さんはやっぱり獣がいいなあということで狐にしました。多方面に同設定が見受けられるかもしれませんが、パクリではございません。(一応主張)
 実はこれ気長にシリーズ化というか、イヅルの成長した後を書きたいので第一部という感じです。
 おそらく次回は日乱が出てきます。妖かしで。(笑)

CPさんにくだらない質問。

2006-01-11 23:34:13 | 過去作品(BLEACH)
 本当は素敵な100質があるので、そちらを回答させて頂くつもりでいたのですが、とりあえず今回は適当にいくつか小ネタ程度に。(素直に時間がありませんでしたと言え)

 
 とりあえずご解答頂いているアンケで抜きつ抜かれつ(笑)な三番隊と十番隊を。


Q1:お互いの性別は?


~三番隊~

市「見たら分かるやろ。ボクは男でこっちは吉良イヅル16歳(大嘘)花も恥らう乙mや、軽いアメリカンジョークやてイヅル。
イ「乙女って何ですか乙女って!」
市「まだ最後まで言うとらんのに…見たまんまやないnイヅル!か弱い女の子が木刀とかあかんて!!
イ「誰が女の子ですか!誰が!!」


 
~十番隊~

乱「隊長が男であたしが女よ。見れば分かるでしょ?」
日「いや…実は逆だ。
乱「はぁ!?」
日「…と、言ったらどうする?
乱「隊長ギャグが分かりにくいんでやめて下さいよ。」


 相変わらずうちの乱菊さんはツッコミです。(コラ)



Q2:受が風邪ひいたらどうします?


市「そら、ボクも仕事休んで看病したるわv」
イ「…お仕事をされて下さい。
市「せやかてイヅル、一人暮らしなんやしボクがおらんとあかんやん。心配せんでもお粥はちゃんとふーふーして冷ましたるしリンゴはうさぎさんに切ったるし身体拭いたげるし夜は添い寝したるよ?…まあ元々二人暮らしみたいなモンやからええか。」
イ「そっ…そういうことは人前で言わなくていいです!」

 えっホントにそうなのかよ!?というツッコミはそのぅ…(笑)イヅルは猫舌だったら可愛いと思います。しかし別にふーふーしてもらわなくてもいいと思います。(書きながら流石にヤバイと思った。笑)
 さりげなくリンゴをうさぎさんに出来る隊長。(料理が出来なくてもこれは出来る←謎)可愛いとは思うけどホントはすりおろして欲しいイヅル。(笑)


~十番隊~

日「風邪か…。」
乱「ちゃんと看病して下さいよ?(笑)」
日「…とりあえず先に人肌で体温を確認ゴッフゥ!!!
乱「隊長さては酔ってるでしょ!?酔ってるってあたしは信じてますから!!!


 …いや、彼はシラフだけど乱菊さん(黙れ)つくづく変態ですみません。(土下座)これでもカッコいい日番谷隊長信者です。(説得力ねえー!)

茨の胸壁:全編(日乱、ギンイヅ)*パラレル注意

2006-01-07 22:05:01 | 過去作品(BLEACH)
*ラプンツェルの設定だけお借りしております。話は作り物です。




 あれを、あれを俺にください。
 ファウストだろうが何だろうが、今の俺の志向に勝るものはおそらくない。
 あれを、あれをボクにください。
 塔の上の魔術師も、まるで同じことを想っている。



 俗に王子と呼ばれる男がその声に誘われたのは、何ともはっきりしない日であった。聳える塔には見覚えがなく、空は霧で覆われ目前は棘の嵐である。さてどこへ行くべきかと思えども、道は塔の内部を辿るしかなさそうだ。塔を抜ければおそらくまともな道がある。けれどもそのよく通る美しい歌声は塔の上から響いていた。
 見れば塔の最も高い部分から、少しばかり癖のある亜麻色の艶めいた髪が流れている。訝しく思いつつも、もしやあれが梯子か、と考えそちらへ歩みを進めようとすると、背後から穏やかな声に呼び止められた。
「いけませんよ、あそこへ足をかけてはいけません。」
「…お前は?」
 塔から流れる金糸よりも、幾分薄い色の髪を持つ者であった。女かと思ったが出で立ちからすれば男のようである。片目を隠すように覆われた金糸からは、深い蒼の隻眼とか細い肩が覗いており、大層儚い容貌であった。
「この辺りの監査を職業としている者にございます。…貴方はもしや、行方知れずと噂の王子とお見受け致しますが…如何でしょう?」
「いかにも。行方知れずと噂されてるかどうかは知らねえが…日番谷 冬獅郎だ。」
「ならば尚のこと、あちらへご案内するわけには参りませぬ。」
「…案内されようとは思っちゃいねえが、あそこには何がある?」
 馬術中に馬が暴れ、終ぞここまで訪れてしまったのも宿命である。都市伝説の類であろうと構わぬので、せめてあれが何なのか聞かせろと尋ねれば、男は長い睫毛を翳らせて押し黙った。すると日番谷は、溜息を吐いて口を開く。
「お前が何も言わねえなら、自分で確かめにいくまでだ。」
「…それはなりません。宜しいでしょう。そこまで仰るのならばお応え致します。…あそこには、女性がおります。それも大層豊かな髪と肉体を持つ、とても美しいお方です。」
「…それだけなら何で隠すんだ。」
「彼女は、憑かれております。」
 憑かれる、とは、と再び尋ねれば、男は些か気まずげに顔を背ける。けれども日番谷が足を先に進めようと動かすと、それを制するように声を出した。
「…贄なのです、彼女は。化け物の生贄なのです…。」
「化け物…。」
「…人の形をした化け物と、皆は言います。」
 つまりは、『魔法使い』と呼ばれる類かと王子は眉をひそめる。けれども「生贄」と言っているのであるから、もしかすると人間を捕食する種族なのやもしれぬ。もしくは伴侶か、と王子は塔を仰いで再び眉根を寄せた。
「なら、あの髪は救いを求めているのか。」
「いいえ、あの髪も化け物の差し金です。」
「何のために?」
 尋ねてはみるが、男はいっこうに口を開こうとしない。此度ばかりは口を割るつもりがないらしく、日番谷もそれ以上追求することはしなかった。けれどもあの中に何があるのか、それは変わらず疑念として心の中に残ったままである。
「…とにかく助かった。お前、名は?」
「吉良…吉良イヅルと申します。王子、宜しければお城までお送り致しましょう。」
「構わん、方角さえ教われば充分だ。」
「…くれぐれも、道をお誤りになりませぬよう。」
 お城は西にございます、という言葉だけ賜り、王子は馬の手綱を引いた。一度慣れた道に出てしまえば、この馬が城までの道のりを覚えている。けれどもイヅルの言葉が、帰り道の意を表しているのではないということは充分に聞き受けられた。



 やはりというべきか、裏へと回ればあの髪を辿らずとも入り口が見つかった。どいつもこいつもはじめからこちらを使用していれば、あの束ねた繊細な髪で女が大の男を抱え上げる必要などなかったのに、と嘆息するが、後の祭りである。
 べったりとした血色の扉は、これまで欺かれてきた男達の血で彩色したのであろうかとつらつら考えてみる。けれどもいっこうに恐ろしさなどは沸いて来ず、神妙な面持ちで王子は中へと足を踏み入れた。そのまま確実な一歩を認識するように慎重な歩みを進めていると、突如として階段が浮き上がり、王子は最上階へと投げ出されてしまう。
「うわっ…。」
 あまりのことに声を上げるが、状況は改善されずそのまま一室へと放り出される。最上階には二部屋あるらしいとそこでようやく気付いた。鋭い眼光で見定めると、目前には長身痩躯の若い男が佇んでいる。
「どないしたん?裏の入り口から入ってくるやなんてキミが初めてや。」
「…髪を辿ろうとしたら吉良って男に止められたんだよ。」
 苦々しい表情で呟くと、化け物であるらしい男は可笑しそうな顔をした。確かに特徴的な顔をしている。細められた瞳といっこうに下がらぬ口の端が印象的であり、髪は王子と全く同じ色をしている。否、自分よりも青いか、と品定めをするようにして王子はそちらを見据えた。
「あの子も毎回毎回忙しいなあ。そないなことしても無駄やのに。」
「…無駄だと?」
「あの子が止めても、あの子がボクから逃げ回っとるうちに男は髪に縋ってここに来てまう。」
 キミみたいにボクでも厄介や思う子がおる時にはあの子を追いかけたりせえへんのやけどね、と男が笑みを深める。どういうことだ、と王子は思った。生贄はあの髪を持つ女のはずであるのに、何故吉良が追いかけられなければならぬのだ、と。
「なァ、キミは何しに来たん?」
「…隣の部屋にいる女を攫いに来た。」
 王子の返答に、はっと男が笑う。茶番だ、と男は思った。目前に迫るのは王子とは言えど幼い少年である。いかに剣の腕に長けていようとも、女を娶るような年齢には達しておらず、どうせただ美しいという話のみを聞きつけたのであろうと思った。
「…そんならええわ。ボクの言うこと聞いてくれたら会わしたるよ。」
「何だ。」
 即座に返された言葉に、男が満足げな瞳を浮かべる。出会いもしない女に何故ここまで執着しているのか、王子には見当も付かない。ただ、捕らわれの女を逃がしてやろうと思った。理も定かではない使命感にここまで突き動かされたのは、初めてのことである。


「―…あの子をボクに頂戴。」


 ひどく無機質な色をした壁からは、鬱蒼とした空気が漂っていた。王子が息を呑むと、目前の男は尚も薄い笑みを保っている。王子にはそれが誰なのか、もはや理解出来ていた。



 かたかたと、下のほうで淡い色の髪と共に、儚い風貌の腕が震えた音がする。



■あとがき■
 書いてみたかった真面目に童話パロ。三話くらいになりそうな予感が致します。

鋭利な無常。(日番谷+ギン)

2006-01-07 22:02:25 | 過去作品(BLEACH)
*日番谷君も市丸さんも大変人でなしです。
*大人日番谷が苦手な方はご注意下さい。





 人であるために男である自分というものは必要なく、けれども女である自分を発見する必要も
 ない。 
 ただ、欲す者が自分をどういうものとしているのか、それのみが漠然と遥かに沈む。
 ふとした瞬間に、抱いてみたり抱かれてみたり。
 嗚呼、実に馬鹿らしい。





 緩慢な動作で口の中の煙を吐き出せば、傍らに座る男も同じことをしている。顔を見合わせることなくそれが誰であるのか見受けて、日番谷は再び煙管を口に含んだ。すると男は、ふとこちらを向いて言葉を投げかける。
「奇遇ですなァ、十番隊長さん。」
「ああ。」
 日番谷は一言しか発さなかった。けれどもそれ以上の会話を煩わしいと言っている風もないので、ギンはおもむろに肌蹴た着物を肩まで上げる。が、見れば日番谷も珍しく着物を肌蹴させてしどけない風であった。非番であるから、という理由ではないのだろうなとギンは思う。
「…抱いてきはりました?」
「まあ、な。」
 女であるのか男であるのか、確証は持てない。けれどもこの過去に天童と呼ばれた男は、実に多彩な人付き合いをするようになった。突出した実力を持っているのは未だ変わることのない事実である。見目が成人したからといって、根底から性情が変化するというわけでもない。ただ、男や女に対する意識ががらりと変貌したのである。
 女のすることに一喜一憂してみたり、女からの好意に頬を熱くしてみたり、そのように可愛らしい少年はどこにもいない。ここにいるのは、艶やかな情交を知るただ一人の美しい青年である。慣れた手付きで煙管を扱う指先を見ながら、ギンは初めて女を知った頃の自分によく似ていると思った。
「汚いこと何も知らんて顔して影でそないなことしてはったら、今に後悔しはりますよ。」
「…やりたくてやってるわけじゃねえよ。」
「寄ってくるんやったら突き放せばええ。昔のあんたやったらそないしてはったやろ?」
「そういうお前は、」
 言いかけて、日番谷は黙り込む。そうして、そのまま煙管の先で肌蹴ていたギンの胸元を示した。するとギンは、くつくつと可笑しそうに笑ってから口を開く。
「こないなってしもたら終わりやいうことです。」
 そう言いながら、再び襟元を上げる。日番谷は背を柱に寄り掛からせ、煙をふう、と吐き出した。か弱そうな柱の背後には、寒々しい空が紙のように広がっている。どうやら本日の市丸の相手は男らしい、と、首に残る跡を一瞥しながら思った。
「…抱かれるってのは、どんな気分だ?」
 日番谷が尋ねると、ギンは些か細められた双眸を開き、その後何とも婀娜な微笑を浮かべた後にじっと日番谷の方を見据えながら言う。まるで哀れむような表情を浮かべたままにして、だ。
「…お薦めは出来まへんな。特に十番隊長さんには。」
「抱かれるなんて頼まれてもしねえよ…どんな気分なんだ。」
「そら、哀しいだけや。」
 そうやろ?とギンは意味深に答える。経験のない自分には理解出来ぬ、と日番谷が顔をしかめると、「分かるはずや」とギンが諭すように発した。けれどもやはり日番谷には、女を抱くことは想像出来ても抱かれることなど想い難い。
「どないしはってもボクらは男や。抱かれて楽しいわけあらへん。」
「そりゃ…そうだろうな。」
「おまけに、ほんまは抱かれるんやのうて抱きたいんや。…せやろ?」
 確信を突かれ、日番谷ははっと馬鹿にしたように笑った。確かに、そんな想いを抱えておきながら抱かれてみたりするのはひどく、虚しい。しかし、ならばなぜ市丸は抱かれるのだろうと思い尋ねてみれば、何とも哀しい答えが返ってきた。
「あんまり阿呆なことしよったら、あの子が気にしてくれるんよ。」
「…吉良ならそんなことしなくてもお前のこと気にしてんだろ。」
「あの子はボクのことが大事なんやない。『三番隊隊長』が大事なんや。」
「馬鹿か。」
 そんなことがあるはずないだろうと言ってはみるが、ならば乱菊はどうだと問われれば確かに口を噤んでしまうに違いない。女を抱き、酷い時には男すらも厭わず、そのように無様な自分を、果たして乱菊は一人の男として見ているのであろうか。ただ、十番隊隊長が大事なだけではないのか。ああ、だから自分はそれを確かめようとしてこのように馬鹿げた生活を送っているのかと考えて、堂々巡りだと苦笑する。
「…ほんまは、男も女も要らんのに。」
「…ああ。」
 この世界は儚いものであると、はじめに定めた人間は果たして誰なのであろうか。この世というものは、確かに儚い。けれどもひどく、ひどく鋭い。時折刀で貫き、貫かれ、それでも尚、己の全てを渇望する。男である己も女である己も、まるで必要ではない。ただ、あれだけを欲しているのだ。まして酸素のように、あれだけを欲しているのだ。
「あの子だけでええのになあ。」
「…ああ。」
 日番谷はただ相槌を打っているだけで、けれども意思だけはありありと伝わっている。気が付けば雨が辺りを包み、剥き出しにされた屋外は蒼く染まっていた。しかし二人とも中へと踵を返そうとはせず、黙って柱に寄りかかったまま煙管を吹かしている。そうするといつしか、煙が消えた。


 
 本日は非番であるので、番傘を下げた副官など訪れぬということは知っている。けれども雨に染め替えられながら、いつしか平日のように紅い傘が視界を掠めるのを待っていた。傍らのギンもおそらく、心持は同様である。
 ひどく幼い想いに内を掻き乱され、まるで昔に戻ったようだと日番谷は静かに思う。美しい日だ。拭い去れぬ行いすらも白く去り過ぎるような、何とも美しい日である。



 遠い木の幹の角から、密やかな呼び声が聞こえたような気がした。




■あとがき■
 永い間片思いな二人。大人日番谷君。そうして大変な人でなし。そんな話が浮かんできた時はどうしようかと思ったのですが(笑)意を決して出すことにしました。
 市丸さんのお相手は藍染隊長などではございませんよ。(笑)

白炎。(修イヅ←ギン?)

2006-01-07 01:41:47 | 過去作品(BLEACH)
駆け走る白金の色
たゆたう草の淡
まみえる双眸は
大地と同じく紅色をしている





 駆けていくものは目に煩かった。けれどもイヅルはそちらを見据えながら、そんなことして楽しいんですか、とぼやく。修兵は相も変わらずそれに跨り、一言呟いた。イヅルは微かに動く修兵の唇を、余すことなくじっと見つめている。
「楽しいか楽しくないのかなんて問題じゃねえんだよ。」
「じゃあ何が問題なんですか。」
「たまには走らせてやらねえとこいつが可哀想だろ。」
 お前は馬になんて乗れねえし、だから俺が乗ってんだ、と言い訳のように修兵が言う。イヅルはへえ、と返事をしたまま、どちらともなく空虚な瞳を向けた。一面の草である。辺りからは湯気のような空気の香りが漂い、モンゴルみたいだ、とイヅルが呟けば、修兵が訝しげな表情を見せた。
「どこだよ、モンゴルって。」
「知らないんですか、モンゴル。」
「知る必要もねえけど。」
 ここにいりゃあな、と、答えを聞かぬまま修兵は馬の手綱を引いた。そうしてそれをイヅルに持たせると、いかにも乗ってみろといった風である。イヅルはやや顔をしかめ、そのまま鞍に足をかけてみるが、やはり経験もないのでそこからどうすれば良いのか分からない。
 鞍に足をやったままもう一度辺りを見回し、よく自分の上司の自宅の裏にこのように広大な草場があったものだと感心する。まず馬があったことからして驚愕の事実であった。けれどももはやそれも昔のことである。趣味趣向には何も惜しまぬ男であったと、ただそれだけのことだ。すると見かねた修兵は、イヅルの傍に寄って腰から上を支えてやる。
「いいですよ、乗せてもらっても走らせることは出来ないし。」
「肉体能力は大したもんなんだから乗ってみりゃ何とかなるだろ。」
「そんな無茶な…わっ。」
 無理に押し上げられ、小さく声を上げると馬が不快そうに鳴く。けれども一度イヅルが腰を落ち着ければ大人しくなった。修兵は共に乗ってやろうかと思ったが、イヅルを抱いて乗ることに恐れを感じたのでやめておいた。振り落とす心配ではない。イヅルを抱くようにして乗れば、振り払おうと必死になっている己の情念が再び芽吹く。否、今も芽吹いたままの情念にそのまま縋り付くような真似は、あの男の跡に陥るようで心持ちが宜しくない。
 イヅルはゆるゆると動き出した馬の流れに沿って手綱を取り、暫くすると大分慣れた様子である。段々と早くなる馬の足を見ながら、修兵は瞼を伏せた。しかし逃げてはならぬと再び押し開ける。
「檜佐木先輩、こういうのって気持ちいいんですね。」
「ああ…だろ?」
 答えながら修兵は、険しい顔でそちらを見つめている。快い面持ちで手綱を引くイヅルの姿を一瞥し、その後に白金と言っても過言ではない美しい色の馬を窺う。イヅルと共にこんな厄介なものを残して、あの男は一体どういうつもりなのであろう。いずれ再び攫うと、そういうつもりか。




―…馬が靡かせる鬣の、あの色はあの人の携えた色によく似ている。




■あとがき■
 夜中突発でSSを書きたくなる衝動に襲われる時がありますが、そんな時は大抵修イヅでしかもわけ分からん話です。(汗)
 馬に乗れる修兵。っていうか馬術場とか持ってたらしい隊長。つうか乗馬が趣味だったらしい隊長。(いい加減にしろ)
 何というか後に改変を加えるかもしれません…。すみません。(汗)

神々の庭。(日乱多め)

2006-01-05 19:59:38 | 過去作品(BLEACH)
―主よ、悪しき者はいつまで、
悪しき者はいつまで勝ち誇るでしょうか。―          
                         引用…詩篇:第九十四篇(聖書)          




 大地が狼狽したのと、日番谷が刀を抜いたのとはほぼ同時であった。一度に放出を図られた霊圧がゆるゆるとその場の空気を震撼させ、けれども握られた刀は始解すら成さずにいる。日番谷はといえば刀を抜きながらも足を踏み出し、相手が瞬歩を使うのを元ともせずに一心不乱に向かってゆく。向かわれた相手は、自分の刀を抜きながらもこちらを射抜くような鋭い眼光を黙って見ていた。
 刀の触れ合う音は、終ぞ聞き取ることが出来ない。一度確かに刀を微かに触れ合わせておきながらも、両者とも瞬時に次の体制に構えたのでもはや動きを追うことすら叶わぬ。日番谷は絶えず息を吐き相手の隙を窺うが、決して容易ではなかった。相当の手垂れであることは知っていたものの、これ程までに差を突き付けられればあまり良い気持ちはしないものである。
 再び空気が変貌し、大地の変わりに草木が揺れる頃になると、そろそろ勝敗は見え隠れする。日番谷と対峙している彼の足場が少しばかり震え、それに伴い彼が足をふらつかせると、これ幸いとばかりに日番谷が足音だけを響かせて向かう。

―…日番谷が刀を振り上げた瞬間、日番谷の鼻先に刀が突き付けられた。 

 刀を振り上げたまま日番谷が動かずにいると、相手はすうと日番谷から刀を引いた。すると日番谷は刀を鞘に収める。どちらも斬魂刀ではない。始解もせずに、刀そのままの風体で手合わせを望んだのは、日番谷であった。兼ねてから日番谷を見込んで可愛がっていた彼と、護廷の隊長である彼と、是非刀を交えてみたいと言ったのは日番谷なのだ。
「…お見逸れ致しました、浮竹隊長殿。」
「よせ日番谷、似合わん。」
 からからと笑いながら、浮竹が日番谷の肩を叩く。存外強い力であったのか、日番谷が少しばかり顔をしかめた。すると日番谷の内を読んだかのように、浮竹が呟く。
「お前はまだ若い、日番谷五席。」
「……。」
「今、こんなところで俺に勝つ必要はないさ。」
 浮竹の言葉に、日番谷の眦が段々と吊り上がっていく。それは怒りを露にしているわけではなく、力なき己への絶望に近い。未だ幼き心を忘れぬ幼馴染を護るため、何より高みへと昇る自分のために、限りない勝利を望む必要があった。けれども道は高い。自分が踏み上がることの出来る限界より、ずっと高く土が折り重なっていて歩みを進めることが出来ずにいる。
「…俺は、強くならなきゃいけないんです。」
「急ぐことはない。時間なんて幾らでもある。」
「ありません!」
 日番谷の叫びに驚き、浮竹が目を見開く。すると日番谷ははっと同じように瞠目すると、「すんません」と謝罪した。けれども浮竹はその怒気を孕んだ様子を気にして、疑わしげに尋ねる。
「どうした日番谷。そりゃあ、俺みたいな年寄りはともかく、お前はまだ五十そこらだ。時間も、歩む道もたんまりと残されてる。」
「…しかし、俺達は死神です。」
「死神だからこそそれだけの時間があるんだ。」
「違う。俺達は神であって神でない。」
「神になる必要もない。」
 神でなくともこれだけの命を持ってるんだ、という浮竹の言葉に、日番谷がぐっと押し黙る。死神は死を司る神ではない。その名の通りに、人間と同じく死ぬことを強いられる神である。否、許されるといった方が正しいのかもしれない。人と同じく、死ぬことを許される神だと。けれども首を刈らねば死ねない死神は、限りなく神に近い。不死であろうとすれば幾らでも生を全うすることが出来るのだ。
 けれども刀を掲げ、常に自分以外の魂と斬り合わねばならぬので、千年も二千年も生き永らえる死神など一握りほども存在しない。それほどまで生き永らえた者は、それこそ神の末族のように見られることであろう。
「…しかし日番谷、お前はきっと千年は生きられるだろうと俺は踏んでるんだ。」
「何故ですか、俺はまだ弱い。」
「その歳でそこまで上り詰めたんだ。弱いなんて言っちゃ何十年も勤続しておきながら未だ末席の奴らに白い目で見られるぞ?」
 茶化すように言って、浮竹は慈しむような、まるで父親のような瞳で日番谷を見据えている。日番谷の方はやはり挑むような目付きである。今にも浮竹に喰らい付かんばかりの双眸を向け、それでも必死に何かを模索しているようで浮竹から見れば好ましい。
「…超えたい女がいるんです。」
「女?男じゃなくてか。」
「ええ、女です。」
 護りたいのではなく、超えたいのだと言う。けれども浮竹から見れば、むしろ男と見て欲しいと、そう言っているように聞こえた。日番谷は頬を赤らめる様子もない。
「…して、それは一体誰かな。雛森君か。ホラ、五番隊の。」
「いや、雛森じゃありません。」
 だったら誰だ、と浮竹は尋ねてみるが、日番谷はいっこうに答えず黙ったままである。どうやら黙秘を決め込む気らしく、浮竹は肩を竦めながら溜息を吐いた。十三番隊の隊舎の傍らにある池を渡ったそこには、広い敷地がある。けれどもこういった雰囲気の中に、それはやたら寒々しい。
「つい最近知り合った女なんです。今の俺からすれば、『女』なんて言える人じゃありませんが。」
「成る程、席が上の女か。」
 はい、と短く返事をした日番谷を口の端に笑みを浮かべながらまじまじと見れば、彼はいかにも面白くないというような顔をして目を伏せている。
「いい女なのか?」
「…そんなことはどうでもいいでしょう。」
 まるで京楽のような素振りでそんなことを聞くものだから、日番谷はこれだから親父は、と心の中だけで溜息を吐く。けれどもそんな様子は浮竹にはお見通しのようで、「京楽よりはしつこくないぞ」と言われるが、「同じようなものでしょう」と返してやった。歳の問題云々は別として、特に親しくしている友ならば似ることもあるのだろうと思いながら。





 再び手合わせの約束を取り付けて浮竹と別れるが、時刻は未だ早朝である。非番の日には暇がないからと浮竹に言われ、それならば業務の前にと申し付けたが、今思えば隊長格に対して大層無礼な願いであったと少しばかり反省した。浮竹でなければ斬り殺されていたところかもしれぬが、それでも受け入れる彼の器量の大きさを改めて痛感する。
 一旦部屋に戻り湯殿を使って衣類を着替えると、そこを出た時には先程なかった影があることを見受けた。おまけにその影は、おおかた結い上げてきた髪を再び整えている。日番谷は一度呆けたように口を開け、すぐに声を上げる。
「…おい、も…雛森。」
「あ、お早う、日番谷君。」
 学院を出てすぐに、二度と桃と呼ばず雛森と呼ぶことにしようと決めていた。それは成長したからというのもあるが、日番谷は心のどこかで分かっていたのかもしれない。死神という職業に就く以上、『家族』という枠組みの中では共に生きられぬと。
 だからといって男女の仲になるわけでもないのだが、目の前で着々と身支度をしているこの娘は何か。便宜上は桃の方が姉になるのやもしれぬが、明らかに自分の方が兄ではないかと日番谷は思った。気付けば台の上からは芳しい朝餉の香りが漂っている。
「…何しに来た、雛森。」
「今日あたし遅く出ていいのに早く起きちゃって。朝餉が余ったからおすそ分け。」
「いらねえ。」
「もう!だって日番谷君自分で作らないくせに外にも食べに行ってないじゃない!!放っとくと餓死しちゃうよ?」
「食ってねえはずねえだろ。少なくとも腹が減れば食う。」
 体躯は幼いが、男として決して食の細い方ではない日番谷である。自炊することはあまりないが簡単なものならば料理出来るし、もしくは食堂に赴き食事をとる。けれども確かに近頃は食事時に食堂へと向かうこともなかった。これまではずっと顔を合わせていた桃が懸念するのも当たり前なのかもしれない。
「ああ…まあ、昼は外で食ってたからな。」
「外って瀞霊廷の外?」
「そんなとこだ。」
 そう答えるものの、桃は訝しい顔をやめない。仕方なしに台の前に座して未だ微かに湯気の立っている朝餉を食そうと箸を持ってやると、彼女が機嫌を直したようににっこりと笑った。そうして、余ったらしい和え物を口に運ぶ。
余ったというよりも、白飯や味噌汁は勿論、和え物や煮物を一人分だけ作るのは難しいのではないだろうか。もしかすると桃なりの気遣いであったのやもしれぬと、胡麻の味を口内に感じながら日番谷は思う。
「美味い。」
「昔よりは上手になったでしょ?」
 嬉しそうに、しかし誇らしげな様子で桃が笑う。
「しかし、朝餉を一人で食うってことは、まだ憧れの藍染とそういう関係にはなっちゃいねえらしいな。」
 意地の悪いことを言ったつもりだったのだが、「そういう関係?」と純粋に首を傾げられてしまったので、自分だけがおかしな知識を身に付けたようで一人恥ずかしい気持ちになる。「何でもねえ」と半ば言い訳のように答えながら掻き込んだ朝餉は、少々苦かった。





 五席としての書類業務をあらかた終え、後は午後の業務を残すのみとなった。けれども昼餉を食そうと向かう先は食堂でもなければ他の店でもない。日番谷が足を赴かせたのは、十番隊の隊舎を横切り、少し行ったところにある木陰である。隊舎の窓からは丁度死角であり、そこを通る者もなければ、ましてそこで昼食をとろうなどと考える者もおらぬうら淋しい場所であった。
 しかし近頃、昼餉時にそこを赴くと亜麻色の髪が見える。やや多めの昼餉を漆塗りの重箱に詰めて、けれども昼食を食す様子もない気だるげな美しい女性だ。首飾りの下には開け広げた胸元が覗いているが、そこを気にしたことはない。
「アラ、また来たの?」
「…来いっつったのは…じゃねえ来いと仰られたのはどこのどなたですか。」
「いいわよ無理してそんな言葉遣い。似合わないわ。」
 その言葉に、日番谷が顔をしかめる。基本的に不遜な態度を取っている日番谷ではあるが、目上の者に対する礼儀はわきまえているつもりである。けれども浮竹といい彼女といい―随分前に桃にも言われた気がするが―近しい者は皆自分には敬語が似合わぬと言う。人の下に就くのが似合わぬと言えば聞こえは良いが、やはりあまり良い気持ちはしない。
「まあいいわ。どうせ余ってるんだし…どうぞ?」
 重箱を突き付けながら乱菊が促す。桃といい乱菊といい、自分の周りには気を遣ったと思われたがらない女が多いな、と溜息を吐きながら、日番谷が箸を割る。もしくはただ意地を張っているだけか。どちらにしろ、重箱の中を見れば二人分としても余る程である。明らかに自分が来ることを見越して作ったのであろうことが目に見えて分かり、少しばかり口の端を上げながらだし巻きを食んだ。
 どのような巡り合わせか鍛錬中に執務室に飾るらしい花を摘んでいる乱菊と出会い、大層な量であったそれを届けてやったことから始まる。幼い少年の体躯をした日番谷をはじめは「こんな小さいのに大変ねえ」というような目で見ていた乱菊も、席次を聞いた時から既に彼の尋常ではない霊圧を感じていた。
 三席である自分すらも凌駕されてしまう程の大きさであり、そこで初めて彼が一番隊の日番谷であるということに気が付く。入隊時から近い将来隊長就任も確実であろうと名高く聞いていた、天童である。
 しかしそれを噫には出さず、運んでもらった御礼にと翌日昼食を作った。何が良いかと尋ねれば良かったのであろうが、隊舎までの道のりの間に自炊をあまりしないことや、手料理というものを長い間口にしていないことなどを聞き受け、それならば、と重箱に料理を詰めて手渡す。礼など要らぬと日番谷はなかなか受け取ろうとしなかったが、乱菊がその場に座し、隣に座るよう促すと大人しく従った。
『いいんスか?ご友人なんかは。』
『ああ、あたしお昼は落ち着いて食べたいから誘われても断っちゃうのよ。』
 流石に食堂などで誘われれば有難く受けるが、大抵は弁当を持ち込んで一人で食べている。誰とでもそつなく付き合い、男女問わず友人も多い乱菊であるが、だからこそ思うところもあるのであろうと日番谷は茶を飲み込んだ。
 そうして、半ば食べ終わったところで「ご馳走さんでした」と去ろうとすれば、乱菊が言うのだ。
『何なら、明日からもいらっしゃい。』
『…お一人で召し上がられたいのでは。』
『いいのよ。どうせ一人で食べたって余っちゃうし。』
 ならば、とそれから昼食を共にしている。日番谷からすれば、このように重々しい重箱を常に持参しているとは考えられなかったし、明らかに「余る」というのが虚偽であることは見て取れた。けれども良いと思ったのだ。少しでも彼女の好意に預かれるのならば、それで良いと思った。
 乱菊の方はといえば、ただただ興味があったのである。その華奢な身体に膨大な霊力を蓄え、五席として刀を振るその少年に興味があった。もしくは、彼があまりに美味そうに食してくれるものだから、純粋に嬉しく思ったのかもしれなかった。
 そうして初めて乱菊の料理を食した時と変わらぬ表情で鰆の塩焼きを箸で割る日番谷を見ながら、乱菊がおもむろに口を開く。
「ねえ、あたし今度昇進するのよ。」
「…え?」
「十番隊の、副隊長になるの。」
「そりゃ…おめでとうございます。」
 けれども彼女は答えなかった。殉職した十番隊の副隊長は、あと五年も勤務すれば隊長になるであろうと囁かれていた女傑である。長らく欠員となっていた十番隊隊長という席は未だ埋まっておらず、後釜はおそらく彼女であろうと言われていた。けれども思わぬ失敗で殉職してしまい、そこには三席であった乱菊が就くこととなった。
 しかし副隊長は乱菊と懇意であったそうなので、乱菊も気が気ではなかろうと日番谷は眉間に皺を寄せた。
「…でも、またあんたは離れていくんだな。」
 ぽつりと呟けば、乱菊は哀しそうな目を向ける。ああそうだ、彼女はまた自分よりも遠い高みへと昇っていく。そうして彼女は自分より更に高いところにいるあの男に想いを馳せるのか。そう思うと無性に吐き気を覚え、全てを忘却したくなった。
 現在既に三番隊隊長として任に就いているあの市丸ギンという男は、未だ彼女の中に深く巣食っている。男女の関係があるのかないのかは見当もつかなかったが、彼女の中で最も高いところにいる男はおそらくあれだ。今の日番谷より、ギンの方が乱菊と近しい位置にある。
「…遠いな。」
 一言、ただ一言発した言葉は何より乱菊の心に痛い。うなだれて首に腕を回した日番谷の目には、それでも尚鋭い眼光が宿っていた。





 夕刻になると空は枯れ、あちらの方角から薄っすらと闇が陰る。すると日番谷は潜むように隊舎から離れたところへ出で、鞘から抜いた斬魂刀を目上に掲げた。どちらかといえば蒼く緩やかな光を放っているように見えていた氷輪丸であるが、夕凪を受けて些か血色に姿を変貌させているように感じる。
「霜天に座せ―…。」
 そこまで言いかけて、名を呼ぶことをやめる。そうして日番谷は、数日前氷輪丸から知らされた、彼の第二の名を静かに呟いた。
「―…大紅蓮氷輪丸。」
 荘厳に名を呼べば、氷輪丸はその肢体を更に変貌させる。日番谷の背には何重にも氷柱のようなものが咲き、それがまるで一種の世界のようなものを創り出しており大層美しい。やや冴えた感触を背に感じながらも、日番谷は憂えたような瞳を空へと向けた。
 乱菊と出会い、彼女が副官へと就任してからもはや幾年もの月日が経った。その間に桃は副隊長へと昇進し、彼女の友人達も着実に出世を果たしている。幾度も昇進する機会はあったが、未だ十番隊の隊主、十三番隊の副隊主のみの席次しか欠員がなく、日番谷は副隊主としての昇進を蹴った。全てはこの日のためである。


 



 新たな厳令が皆に触れ回ったのは、それから数日後のことであった。十番隊の隊主が次の者へと着任する。けれども隊主の方は未だ隊長試験が済んでおらず、就任するかどうかは判明しておらぬので名は明かせぬ、と、そういうことである。
 けれども明かせぬとは言えど、各隊長には名と顔が知れ回っており、卍解を会得したと総隊長に申し出た時から日番谷は度々隊長格から声をかけられる結果となる。昨日は浮竹と京楽から激励を賜り、卯ノ花なども彼らに次いで優しげに声をかけてきた。未だ隊長試験を受けておらぬとはいえ、卍解を会得しているというその事実のみでほぼ合格したことは確定である。
 そうして朝から藍染からも声をかけられたが、おそらく元より面識のない隊長や、新任に声をかけることをしない隊長などは来ぬであろうと思われた。けれども特徴的な声に親しげな声をかけられ、誰かと思えばギンである。日番谷は、やや瞠目しつつも低い声で答えた。
「何用でしょうか、市丸隊長殿。」
「嫌やなァ、同じ隊長同士やないの。」
「…就任してはおりませぬ故。」
 普段より数段硬い口調で応対すれば、ギンはふうと溜息を吐いて日番谷の方を見据える。否、細められた目はどちらへ向いているか定かではないため、見据えられたような気がしたという方が正しいのかもしれなかったが。
「あんな、キミの副隊長になる松本乱菊て、ボクの昔馴染みなんよ。」
「存じております。」
 即座に答えれば、ギンが笑みを深める。ああ、やはり、と、答えを知っていたような素振りを見せ、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「…せやから、宜しゅうしたってな。」
「…俺がもし副官として彼女を迎えられるような立場になりましたら。」
「や、キミは多分隊長になるやろなあと思うて。」
「お気持ちだけ頂戴致します。」
 きっぱりと言ってのけるが、日番谷は自分でも驚いていた。自分がこのように高尚な言葉を使って人をここまで遠ざけようとするのは初めてのことである。おそらく今時分は射るような視線を向けているに違いないと思いつつギンの方を見れば、変わらず飄々と口の端を上げていた。
 この表情が嫌いだ、と日番谷は思ったが、そう思ったところで何というわけでもない。ギンは相変わらず表情を変えぬし、変えたからといって日番谷がギンのことを気に入るという保障もない。否、そのような可能性はないと自覚している。
「隊長になるんやったら、副官は大事にせなあかんよ。まあ、キミは大丈夫やろうけど。」
 再び「キミ」と言われ、ああ、この男は自分の名など知らぬのだと気付く。ギンが人の名を覚えぬということは知れ渡っていたので気にもしない。酷い時には、数年連れ添った副官の名すら覚えぬ男である。そういえばギンの副官も代替わりしたばかりであったな、と思考を巡らせると、それを読んだかのように口を開かれた。
「…うちのイヅルも、キミとは顔見知りみたいやし。キミが隊長なったら嬉しいんちゃうやろか。試験頑張りや。」
 何か含んだような言い回しであったが、そうか、吉良、と日番谷が答える前にギンが早々に去った場所を見つめながら思う。桃の同期である吉良イヅルは、学院時代に何度か顔を合わせたことがある。自分が隊長になれば嬉しがる程の仲ではないのだが、今度の副官の名は覚えたんだなと、それのみを感じていた。





 ただ彼女の上に立つためだけにここまでしたと言えば嘘になる。けれども明日乱菊と対面した時、果たして自分は正気でいられるだろうかと、日番谷は問いかけた。乱菊が副隊長に就任したその日から、昼食を共にすることはなくなり、暫くすると疎遠になってしまったが、彼女は覚えているだろうかと、鞘に収めた氷輪丸を握り締めながら思う。
 悪しき者をこの手で殺めるために隊主になるのではない。けれども自分の懐にある大事なものを傷付け、汚す者すらをも悪しき者と譬うならば、それを殺めた時自分は正義と賛美されるのであろうか。否、それすらも私利私欲であるのに、そのようなことはあるまいと日番谷は目を伏せた。


「ご就任おめでとうございます、日番谷隊長。」
「ああ、宜しく頼む―…松本。」


 この刀に賭して、神というものの尊厳を問う。死を以ってしてそれを侵すというのならば、我々は神ではない。善悪というものの善のみを携えるものが神ならば、我々は決して神ではない。
 けれども、神というものが一重に人の名を冠す者ならば、我々はそれを否とせぬ。


むべなるかな、むべなるかな、愛と覚えることすら知らぬ。


―主は彼らの不義を彼らに報い、
彼らをその悪のゆえに滅ぼされます。
われらの神、主はそれを滅ぼされます。―
 



■あとがき■
 本当は一気にガーっと上にのし上がっていく日番谷君がいいんですが(笑)時系列を考えるとこうなりました。話の流れ云々に間違いが見られるかと思いますが、気にしないでやって下さい…!(涙)
 相変わらず敬語の日番谷君を書いていると別の人を書いているような気分になります。(笑)
 ダイジェストのようになりましたが、これ以上書くと本や「燐光」に書くことがなくなるので割愛。(笑)

「fickle」様より頂きましたv

2006-01-05 19:48:57 | 前サイトでの頂き物
 いつもお世話になっております「fickle」のモズク様より、年賀フリー絵ということでお言葉に甘えさせて頂きましたv

 雅な感じの市丸さんに一目惚れです。(笑)色使いも素敵でセンスが光っておられます…!


 モズク様、フリーということでお言葉に甘えさせて頂きました。ありがとうございました!

巡る夜に寄せて~幾千の春。余章~(ギンイヅ。フリー小説)

2006-01-03 02:42:28 | 過去作品(BLEACH)
*請求制年賀記念SSの蛇足ですが、それをご覧になっていなくともお読みになれます。
*糖度5割増。市丸さんのイヅル甘やかし率8割増です。ご注意下さい。(笑)



 畳の掠れる音を恐れるようにして、そろそろと足を踏み出す。しかし恐れを孕んだ素振りでは鮮やかに舞えるはずもなく、そのまま踏み出した足を揃えた。落とさぬようしっかりと握られた扇には、端に深紅の羽飾りと黄金色の花が携えられており、それがひどく繊細に見える。事実そのように脆弱な造りはしておらぬのだが、一度硬い地面に零してしまえばすぐさま崩れてしまいそうに思えて、再び握り直した。



 護廷では、年始の宴にて隊長と副隊長が毎年一年交代で舞うことを強いられる。古来よりのしきたりと表せば聞こえは良いが、言ってみればただの余興である。けれども総隊長などはこの習わしをひどく大事にしており、そのため隊長、副隊長はこの時期になると大変な重労働を義務付けられる。
 大抵が皆副隊長時代に隊長から指南を受けるが、副隊長を経ずに隊長になった者は現職の副隊長に教わるようである。ごく稀に隊長、副隊長が共に代替わりした場合には、他隊から隊長を一名、指南役として指名することを義務付けられる。更木などは「どいつもこいつもいけすかねえ」と言い切り、大層手を煩わせたものであったが、やちるの一声で卯ノ花に決定した。更木にもやちるにも当時顔見知りなどいなかったが、おそらく最も穏やかげに見えたのであろうと思われた。
 広がる戚戚は蒼い。これより導き出される結果を考えれば、憂えて仕方がない。元よりイヅルに芸の才があるとは言えず、振り付けを覚え切るのは容易であってもそれを優美に舞えと言われれば途端に難しくなる。けれどもギンは言うのだ。踊り子と同じように舞わなくとも良い。ただ、恥を持たず舞ってみろ、と。
(やっぱり駄目だ。あの人みたいにはいかない。)
 昨年のギンの舞をよく覚えている。否、昨年のみならず、ギンの舞は全て知っている。それを瞼の裏に思い浮かべる度、しっかりしなければ、と思う。けれどもそう容易くはいかず、誤る度に副隊長時代のギンもおそらく見事に舞ったことであろうと気が重くなる。それを繰り返し、幾度も同じ振りを舞はするけれども、いっこうに上手くはならない。
 職務後に時間を割いて練習時間を捻出してはいるが、ギンに指導を受ける際無様な醜態を晒したくはないからと自室で舞ってみたが、これではとても、と眉を顰めて目を伏せた。
(せっかくあの人の副隊長になれたのに…こんなことで袋小路に差し掛かるなんて…。)
 ギンは、一年ごとに宴の前になると頻繁に執務室から姿を消すようになるのだと、三席より賜っていた。しかしいざ舞わなければならぬとなると、その姿は何とも麗しい。白皙の肌が鮮やかな色から覗き、それすらも舞の一環かと思わせるほどに高尚で、壮観である。イヅルは初めて目にした時、あまりの憧憬に涙が滲んだことを思い出す。
(しっかりしないと…。)
 そうは思えど身体は付いてゆかず、やはり怯えるように足を踏み出しては、自分の舞う姿に失望し、足を揃えるばかりである。ともすれば袴すら踏み付けそうになる自分の足をどうにか動かし続けていると、そのうち足に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。
「わっ…。」
 がくんと膝が折れ、そのまま畳に座す形になる。イヅルは感覚のない足の指に手をやり確かめるが、やはり動かぬようであった。動け、動けと念じるが、念じただけでは動くはずもなく、とうとう扇を畳に置き、一つ溜息を吐く。
(…上手くいかないもんだなあ…。)
 外を見れば、先程までかろうじて明るんでいた空が紅を帯び始めていた。この時期、舞う義務があるのにも関わらず舞の経験を持たぬ新隊長、副隊長は、早々に職務を終了した後定時前に帰宅し、指南を受けるか、個人で練習に励むかを強いられる。たかだか宴の余興に、と零す者も少なくはないが、総隊長は、古くからの仕来たりだからと意を崩そうとしない。
 個人での練習を選ぶ場合にも、一度は振りの指南を受けることを義務付けられる。文献にも載らぬ舞であるため、独学でやるのはやはり困難であろうという心遣いである。
 定時の鐘が先程鳴り終えたばかりで、辺りはしんと静まり返っていた。これより先は仕事を山にした者が残業を行う時間帯である。定時で終了し、帰宅出来る者はそういない。中には定時も残業も関係なしに、自分の良いように出勤、帰宅する者も存在するが、余程席の高い死神でなければ罷免である。
 そのまま畳に座し呆然としていると、するすると自室の襖が開く音が聞こえる。慌てて扇を隠そうとするが、何分立てぬ状況であるために膝立ちのままそちらを向いた。
「市丸隊…長…。」
「…何しとるん?イヅル。終わったから今からイヅルんとこ行こか、て思うたら、今日は一人で練習しますて言わはりましたーて三席が言うんよ。…何しとるん?」
 舞う本人とは違い、指導にあたる者は定時までの職務を定められている。ただ、ギンが果たして定時まで何をしていたかは定かではない。もしかすると仕事などではなく、机に座して一日中だらりとしていたのではあるまいか―と懸念したが、それを噫には出さなかった。
「…前に隊長にご指導頂いた時、あまりに見苦しい舞をお見せ致しましたので…。」
 今度はそのようなことのなきよう、と口にすると、ギンがあからさまに顔をしかめて「阿呆」と一喝する。イヅルはそのまま俯き加減になっていくが、ギンはイヅルの顎を持ち上げてこちらを向かせると、目を合わせながら言った。
「苦手なとこ見せられたかて可愛らしいだけやわ。どこぞの馬の骨とやりよるんやないかて心配するよりずっとええ。」
「馬の骨、て…。」
 父親みたいに、と苦笑するが、それを噫には出さずにいる。ギンはそれを見て訝しげな顔を見せた。そうして立てぬイヅルにつかつかと歩み寄り、手を取る。
「おいで。」
 ボクが教えたる、とその手を引き上げようとするが、イヅルが立てぬことを知るとそのまま腰から持ち上げる。そうして背後から扇を持つ腕を支えてやると、いつの間にか少しずつ感覚が戻り、自身の足で立つことが出来るようになっていた。
「イヅルのことや。振り付けは覚えとるんやろ?」
「はい…。」
「そんなら上出来や。せやけどイヅルはアレやね、恥ずかしがるんがあかん。」
 そう言われましても、とイヅルが呟くと、ギンがイヅルの支えていたイヅルの腕をやんわりと動かしていく。目前で扇が優美に舞う様を見ていると段々心が落ち着いてくるが、けれどもいざ自分で扇を動かさねばならぬと考えると途端に指が硬くなる。怯えるイヅルを前に感じながら、ギンは言った。
「怖がらんでええ…ボクがおる。」
 そう言って支える力を強めれば、イヅルの身体から力が抜ける。そうすると、薄暗い部屋の片隅から重苦しい空気が流れていくような気がした。イヅルは気を引き締めると、腕の動きに集中し、何とか感覚を捕らえようとする。
 弧を描くようにして、くるくると扇が弄ばれる。
「うん、それでええ…よう出来るやないの。」
 そう言われてみても、自信というものはいっこうに沸いてこない。しかし人の言葉というものはこれ程までに力を持つものかと思うが、それが誰のものでも良いというわけではないということは、自分が一番よく分かっている。そんなことを思っていると、ギンが再び訝しい表情を見せた。
「まぁた何や要らんこと考えとるやろ。」
「いっ、いえ、決してそのようなことは。」
「あかんよ。綺麗に舞いたいんやろ?せやったら余計なこと考えとったらあかん。」
「はい…。」
 目の前に立つ背中が心なしか少し俯き、小さな声が発せられたのを認めると、ああ、もうこ子は、ギンが苦笑した。そうして、イヅルの腕を支えたまま後ろを向かせると、軽く口付ける。
「っ…!な、何を…。」
「これで要らんこと考えられんようになったやろ?」
 そう言えば、これ以上ない程に頬を赤らめ、イヅルがこくりこくりと小さく頷く。これまで抱いてきた色町の女などは皆啄ばむような口付けなど挨拶程度に思っている女ばかりであったのに、女ですらないこの子の可愛らしさは何か、とギンは微笑ましげに笑った。
 イヅルはと言えば、これでは舞のことにも頭が回らぬ、と少しばかり眉を顰める。けれどもギンに再び手を取られた時には大人しく従った。
 外は既に薄暗闇に沈み、月明かりの他にはささやかに護廷に点された蛍灯が踊っているのみである。すると世界は、背後からの声のみに支配された。
 扇は尚も目前でくるくると弄ばれている。
「これで終わりや。」
「は、はい。」
 慌てて返事をするものの、気が付けば舞の一幕が終了していた。さて、今度は足やね、とギンがイヅルから扇を奪い、イヅルから手を離したが、扇を翻すことに集中出来ぬままであったイヅルとしてはもう一度手の動きをお願いしたいところなのだが、終ぞ言い出せぬままである。
「そんなら一回見せてもらおか。」
 傍らに座して扇を畳に置くと、ギンが言う。イヅルははい、と一言返事をすると、おずおずと足を動かし始めた。先程のような恐れはない。当然緊張は拭えぬが、振りを覚えているのは確かである。ギンはそれを満足げに眺めていたが、ふと何かに気付くとイヅルに尋ねた。
「何やイヅル、袴から紐みたいなん垂れとるよ。」
「ああ…これは、舞の衣装に少しでも近付けるようにと思いまして。いざ本番になってから足元を気にしてしまっては勿体無い結果になりますので。」
「せやけど、衣装の紐はそないに長うないで?おいで、結んだる。」
「えっ…いえ、隊長にそのようなことをして頂くわけには参りません。僕は自分で、」
「ごちゃごちゃ言うとらんで来なさい。」
 そうは言われるが、なかなか渋っているイヅルを見かねてギンの方から歩みを寄せる。そしてイヅルの足元に跪くと、丁度良いところまで垂れた紐をたくし上げ、結び上げてやる。イヅルはどうすることも出来ずギンを見下げると、その目線からだとギンの細い指と同じく繊細な髪が交わって見え、何か罪を犯しているような気分になって目を逸らした。
「何やのイヅル、何か付いとる?」
「…いえ、お綺麗だなあと思いまして。」
「はっ、イヅルが言うたらただの皮肉やで、それ。」
 どういう意味ですか、と余程問いたかったが、そうすることも出来ぬままギンが紐を結い終わった。そうして少しばかり袴を引っ張ると、うん、と納得したように発して元の位置へと戻っていく。
「ありがとうございます。」
「ええよ、続きや。」
 ギンに促され、イヅルの顔が途端に引き締まる。この表情の移り変わりが好きだ、とギンは思った。柔らかく笑う顔から、恥ずかしげに赤らめた顔から、瞬時に凛とした「副官」の顔になるこの移り変わりが、とても美しいと、愛しいと感じる。
 


「うん、よお出来とるね。」
「ありがとうございます…。」
 安著の言葉を吐いてイヅルが動かしていた足を揃える。足の方はことの他よく出来ていたらしく、そろそろと畳を掠めてギンに歩み寄ると、ギンの方は先程から持っていた扇を畳み、それをイヅルへと返した。
「そんなら、一回合わせてみよか。」
「はい。」
 ギンから扇を受け取ると、それを広げ直してじっと前を見据える。そうしてゆるりと前に踏み出した。振り付けは覚えていると言えど、間違えぬとは限らない。それを危惧して張った気を崩さぬよう、しかしやんわりとした動きは保つようにと気を付けながら一歩一歩丹念に舞う。
 すると中ほどまで終わったところで、傍らにいるギンが立ち上がるのが見受けられ、思わず横目にそれを窺っていると、その影が舞いの形を作った。驚きつつも舞の形を崩さぬようにしているが、やはり視線はそちらを向いてしまう。


―…ああ、綺麗だ。


 やはり幾年経とうとも、ギンの舞は変わることがない。彼は扇など持っておらぬのに、明らかに自分の舞よりも鮮やかに思える。その白い面立ちが空気に映え、より一層外を明るませているように見えた。否、確かにギンはその場の全てを取り込んでいるのだ。空気も、光も、闇も―…そしてイヅルさえも、全てを侵して自分の舞の一環としている。
 圧倒的だと、思った。
 けれども何とか舞い終えると、ギンの方も即座に動きを止める。少しばかり残念に思っていると、ギンから言葉を発せられた。
「うん、ええね。」
「隊長も、お美しゅうございました。」
 未だ夢から覚めぬかのようにうっとりと顔を赤らめイヅルが言うと、何のことやら、と言った風にギンが常に絶やさぬ笑い顔を伏せた。イヅルも同じくうなだれたが、これでは紅い顔を隠しているようだ、と少々恥ずかしく思う。
「これで大丈夫や。あと一回あるやろ。そん時にもっかい合わせよか。明後日は綺麗に舞うてや。」
「はい、ご期待に添えるよう努めさせて頂きます。」
「うん。」
 その言葉に満足したように頷くと、ギンが時刻を確認する。気付けば外は既に宵闇とも言えぬ、完全なる闇であった。それも歩むには厳しいと思われる、深く濃い霧霞に包まれている。けれども帰らなければ―…と腰を上げると、イヅルが小首を傾げる。
「どうなさいました?」
「あァ、そろそろお暇さしてもらうわ。また明日な。」
「えっ…。」
 慌てて時刻を確認すれば、もう結構な時間である。考えてもみれば食事も取らずよくここまで、と思う。そして外を見れば、全くの闇である。しかも辺りがよく見えぬ程に濃い霧がかかっており、隊長格と言えど歩くのは困難かと思われた。瞬歩などもっての外である。
「しかし隊長、このような時にお帰りになられるのは…。」
「ええのええの。迷うたりせえへんよ。」
「あの、もし宜しければ…お泊りになりませんか。お布団もご用意させて頂きますし。」
「いや、そらイヅル…。有難いけどな、せやけど。」
「ならばどうぞそこにお座りになられていて下さい。湯殿のご用意をして参ります。それが終わりましたら、お食事も。」
「…おおきに。」
 それを聞くと満面の笑みを浮かべ、イヅルが湯殿へと消えてゆく。やたらと嬉しげな表情をしていたが、ほんまに自分の言うたこと分かっとるんかいな、とギンは眉根を寄せた。
 明日も練習があるのだから、今日手を出してはならない。あの子は一度も経験がないのだ。けれども今日あれだけ完璧に出来たのだから、明日の練習は必要ないのではないか。いやいやしかしそれが明後日にまで響いてしまえばどうする…と、仕事のことはまるで気にしていない様子で考えた。



 湯殿に向かう途中イヅルは、今日のこともいずれは昔のこととして思い出す時が来るのであろうか。それならば良いこととして思い出す方がいい。それが喪失か、恐れか、もしくは淡い想いだけに変化するのかは分からぬが、これ以上ない程の、記念の日となればいい。部屋で待つ男のことを想いながらそんなことを考えていた。
 むしろあの人が、良いことそのものになればいいのに。そこまで思ったところで、何を考えているのだろうと再び頬を赤らめる。そして、食事は何がお好きだろうと、そんなことに流した。



 夜が霞む。月明かりに隠れるようにして、仄白い影がその先に生まれる。そうすると、いつしかその影は舞の形を作った。



 扇の先が、少しずつ紅に染まっていく。するとその先から、影が二つになった。




*あとがき*
 イヅルさん、待っているのは官能の世界だよ。(やめなさい)書きながらこれ程恥ずかしいと思った小説もございません。(コラ)書いていくうちにいつしか市丸さんが暴走を始め、いつしか「市丸さんちょっ…待っ…。」とツッコミを入れたくなる程にひどくなりました。(笑)
 もうイヅルさんはうっかり市丸さんのことを「母上」とか呼べばいい。父上じゃなくて母上。ショックも二倍。(笑)
 しかも何だかいつの間にか初めて話みたいな…。キスも初めてだったんです。そういう設定なんです。なのにお前市丸さん一日でおまっ…。(落ち着け)
 あ、最後の「影が二つになった」というのはやらしい意味ではありませんよ。(笑)

 ちなみに斬魂刀だけでは過去作品云々の問題で色々アレですので、こちらも無駄にフリーとさせて頂きます。(笑)お気に召して頂いた方はどうぞお持ち帰り下さい。転載して下さる場合は、最低限サイト名は明記の程宜しくお願い致します。

幾千の春を。(表)~従者編~(年賀SS。捏造斬魂刀)

2005-12-30 11:22:01 | 過去作品(BLEACH)
*全編捏造斬魂刀です。当サイトにおける捏造斬魂刀につきましては、こちらとかこちらとかこちらとかこちら(多っ)を参照して頂ければ宜しいかと。






広がる水の音
移ろう闇の影
横切る虫の声
今宵は宴が開かれる
密やかな酒宴が喉を焼く





 闇に沈む邸の中に、蜜色の光が蛍のように灯っている。間温めにと灯されたものなのかもしれないが、確かに幾人もの男女の影が見えた。全てが全てこの日のためにと設えた美しい着物を纏っており、いかにも吉事という雰囲気が窺える。繰り返し繰り返し、外でぎしぎしと水車が動き、その影を時折遮っていた。
「今宵はあちらも宴だそうで。」
「本当かい?鏡花水月。結構なことじゃないか。お陰であたし等もこんな贅沢が出来るってもんさ。」
 縁が細く、端から紐が垂れたような楕円形の眼鏡をかけた長い金糸の男が言うと、銀糸とも言える灰褐色の短い髪を括った女が杯を傾ける。時節は冬だというのに虫の声が響き、あれはどうしたのだと紅い椿の花を髪に結った女が問うと、同じく白い椿の花を髪に結った女は、はて、どうしたのでしょうと曖昧に返した。
「ただの宴ではあるまい。我が主も着飾って出かけて行かれたぞ。」
「まあ、紅。着飾って出かけられたのではございませんよ。あれは舞の衣装です。」
「今年は副隊長が舞を踊るのよって、桃が言ってたわ。」
 やや幼い風情の黒髪の少女が、見目に似合わぬ杯の縁を一舐めしてから言った。侘助は、そのような飛梅の姿に、少しばかり前は「ねえさま、ねえさま」と後ろを歩いて大層可愛らしかったのに、と二人して目を細める。
 するとこれまで他人の話を聞いてばかりで、これといって口を挟まなかった銀糸の美丈夫が、険しい顔を少々和らげ口を開いた。
「成る程、副官が舞うのか。朝ギンが吉良殿の着物を着付けてみたり簪を挿してみたり、何かと世話を焼いていたのはその所為であったのだな。」
「―…何?」
 何ともなしに口にした神鎗の言葉に、紅侘助の鋭い眼光が飛ぶ。これは失言であったか、と神鎗が酒を煽ると、白侘助が「おざなりになさいますな」とにっこりと微笑う。うべなうべな、これは参ったと神鎗は目を逸らしたが、とうとう侘助のみならず他の斬魂刀の視線までこちらに向いているのを窺い、やれやれと息を吐いた。
「あの男、よもや主の肌を暴いたのではあるまいな。」
「そのようなことは決してあるまい。着物を着付ける際に少々肌は窺えたかもしれぬが…いや、決してそのようなことは。」
 少なくとも神鎗の知る範囲内では真面目に面倒を見てやっていたのだが、何分ギンのことである。肌を暴くということはせずとも―…いや、着付けてやった時点で多少は肌が覗かれるに違いない。けれども決して暴いてはおらぬと神鎗が言葉を選ぶ余裕もなく言うと、侘助は尚疑念を抱いたような顔をしている。
「ホラホラあんた達いい加減にしな。祝いの席じゃないか。」
 この中ではなかなかの年長にあたる灰猫が声をかけると、侘助は渋々静まる。神鎗はといえば、主人のお陰でなぜ侘助の私に対する株を下げねばならぬのだとほとほと呆れ返る始末であった。
「しかしあの市丸が副官の世話、ねえ…なかなか変わったようじゃないか、あの男も。」
「乱菊さんも朝衣装とか用意してたの?」
「ああ、えらく楽しそうにね。あの子はほんとに賑やかな席が好きだからさ。」
「おら、灰猫。新しい酒だ―…お前ら何の話してんの?」
 やや軽い調子で顔を出したのは、長身痩躯の男である。浅葱色に近い銀糸に覆われたその顔はひどく整っているが、表情は主人と違いおおらかであった。本来ならば龍の姿をしているが、その体躯ではこの場におれぬと人形に変化しているらしい。
「おお、氷輪丸。随分と久方振りだな。」
「主人の仲が悪けりゃ疎遠にもなるだろうよ。こんな席がなけりゃ酒も呑めねえなあ、神鎗。」
 その言葉に、神鎗は全くだ、と苦笑する。ギンと日番谷が言葉を交わすことはあっても、主人同士の付き合いがなければ斬魂刀同士が顔を合わせることはまずない。主人同士の確執さえなければ親しいと言える神鎗と氷輪丸もその例に漏れず、今宵が幾月振りの逢瀬となった。
「そういえば氷輪丸、悪いねえ。あんたんとこの坊やに宜しく言っといてくんな。」
「坊や―…?ああ、…冬獅郎がどうかしたのか?」
 坊やなどと言っては牙を向けられそうだ、と思いつつ氷輪丸が尋ねると、灰猫はああ、と軽く頷く。
「乱菊の紅の色が新しかったからさあ、買ったのかって聞いてやったら、お宅の隊長さんに貰ったんだと。」
 隊長さん、と言いながらもその声色は茶化すようで、灰猫は悪戯めいた笑みを浮かべた。結局のところ冬獅郎のことを男として見ているのかどうかは分からないなあ、と氷輪丸はやや目尻を下げた。
「しかしまあ―…冬獅郎が、ねえ。」
 言ってから氷輪丸は、にやりと含んだような笑みを浮かべるが、灰猫は、またからかってやろうとでも考えているのだろう、と少しも頓着せず杯に酒を足そうとした。すると氷輪丸が屈んでその手を制す。どうしたのかと灰猫が問うと、いやあと氷輪丸が徳利を灰猫の杯に傾けた。
「こっちこそ冬獅郎が世話になってるみてえだからな、前途祝いに一つ酌でもさせてもらおうかと。」
「…ふん、前途祝いねえ。」
 酌してもらうのは悪くないけど、と灰猫がひっそりと目を細める。用意した酒は大層強いものであったが、それを一気に煽ると、あんたも酒豪だねえ、と氷輪丸が感心したような声を上げた。





 気が付けば飛梅が大分酔いが回ったかのような顔をしている。数年前より幾分成長はしたようだが、やっぱり弱いんだねえと灰猫が侘助の方を振り向けば、「少々弱い方が女は可愛いでしょう」と白が微笑む。白は元より酒などやらず、紅は頬を赤らめもせず呑んでいる。灰猫と紅侘助は「強くて悪かったな」というようなことをぼそりと呟いたが、それもまた良し、と特定の男は密やかに目を伏せた。
 そんな中、くらくらと頬を赤らめていた飛梅が、思い出したようにむくりと起き上がると、鏡花水月の方を見て言った。
「そういえば、桃の髪飾りも新しかったわ。」
「…先程の話を聞いていたわけですね。」
 慣れぬ酒を舐めながら、暫く口も開かずじっとしていた飛梅は、灰猫と氷輪丸の話を聞いていたらしい。それを思い出しつつ自分の主人の容貌を勘繰りたくなったのであろう。全く若い娘は、と灰猫は苦笑せずにはいられなかった。
「姐さん、違うのよ。違うの。何の根拠もなく言ってるんじゃないの。」
 飛梅は、自分より年齢が上の成熟した斬魂刀のことを呼び捨てにはしない。けれども灰猫や侘助には親しみを込めた呼び方をしてみたりする。灰猫や侘助は飛梅のことを可愛らしい妹のような子であると思っているので別段気にも留めないが。
「だって髪に付けるの勿体なさそうにしてたもの!付ける前そっと手に取ってみたりしてたもの!! 」
「それはまあ…惣右介が用意したんでしょうね。」
「そうでしょ、そう思うでしょ、鏡さん!」
「その呼び方はお止めなさいと言っているでしょう。」
 鏡花水月という名が長いからと言って、出会い頭に「月さん、水さん、花さん…それじゃ女の人みたいよね。じゃあ鏡、鏡さんでいいですか?」と年長の刀に向かって言ってのけたのは、幾百年昔のことであろうか。流石の鏡花水月も呆然と表情を失い、この子に現世で言うねーみんぐせんすとやらを問いただしたい。むしろ自分の能力を以って催眠でもかければ直るだろうかなどと血迷ったのも、今となっては昔の話である。おそらく、多分。
「でもあたし、あの子が心配だわ。」
「心配?」
 無邪気な顔をしていた飛梅が、急に「女」の顔をしてこちらを向いた。その鋭い眼光は侘助譲りか、と鏡花水月は些か眉をひそめて訝しい表情を見せたが、すぐにそれを戻して様子を窺うと、飛梅はやはり懸命な目をしてこちらを見据える。
「あなたの主人を悪く言うわけじゃないけど、惣右介さんは止めなさいって言ったの。あの人は優しいだけの人じゃないから止めなさいって。…でもあの子、止めなかった。」
「…斬術は指南しても、色恋にまで口を挟むのは少々驕りというものですよ。」
「分かってるわ。分かってるけど…でも、」
「…飛梅?」
 俯いてみせてから途中で言葉を区切ったかと思うと、途端にぷつりと何かが切れたかのようにその場にくず折れる飛梅を見て、鏡花水月がやれやれと溜息を吐く。倒れたこの子はやはり自分が連れて帰らなければならないのかと、そんなことを思いながら。
 するとこれまで固唾を飲んで見守っていた皆の中で、灰猫がぽつりと漏らした。
「全く、飛梅といい侘助といい、どうして自分の主人が選んだ男を認めてやらないんだろうねえ。」

―…あたしだったら、あの子が選んだんなら大層良い男だろうって、安心してやれるのに。

 灰猫の言葉に、鏡花水月が目を伏せて僅かに口の端を上げる。そのまま灰猫は暫く黙り込んだが、おかしなこと言っちまったね、と一言零すなり、その場に佇んでいた皆を散らした。





 どうしてこのように陰気なところへ導くのか、と白に問うと、おいで下さいませ、とまた同じ言葉を返された。宴を開くことになった時、果たして誰の精神世界が最も良いかという話になったが、暗がりならば侘助のところが良いであろう、と即決された。おまけに邸がある者とない者が存在する中、闇月夜の中にひっそりとした邸を持つ侘助は貴重である。
 紅が白に導かれたのは、邸宅の中でも最も陰湿な間であった。陽も差さず、しかし月明かりは仄かに覗く。けれども皆が酒宴を楽しんでいる間とは随分遠い。はて、これは、と訝しげな顔を浮かべ振り返ると、白の姿は既になかった。
 寒々しいのではないかと懸念していたが、どうやら間温めにと長いこと灯が使われていた模様である。爪先からそっと中に踏み入れると、やはり、と眉をひそめる。やはり神鎗である。余計なことを、思ったが、吉事の際の濃紺の羽織が目に優しく、そのまま中に足を踏み入れてしまった。
「…何やら白に案内されて来てみれば、やはり紅か。」
「言っておくが、我が望んだことではないぞ。」
「分かっているとも。」
 そう断ってから、神鎗はまあ座れ、と促す。紅はそれを見て、渋々と神鎗の前に腰を下ろした。寒くはないながらも、襖はちらりと開いている。そこからはささやかに月が覗いており、紅はふっと微笑を浮かべる。
「良い月だな。」
「ああ、やや白いがな。」
「それも良い。」
 そのようなやり取りを交わした後、神鎗が紅の前に置かれた杯に酒を注ぐ。紅はそれを手に取り即座に飲み下したが、神鎗は尚も酒を傾けた。それに少しばかり顔を顰めると、神鎗はさも面白そうな顔をして見ている。
「呑み比べでもしないか、紅よ。」
「…強いぞ?」
「なあに、潰してやるとも。たまには『刀』ではないお前が見たい。」
「斬魂刀としての資質を失った我など、ただの女でしかない。」
「良いさ…それもまた良い。」
 くつくつと杯を傾けながら、神鎗が微笑った。





 紅を送り出した後周囲を見渡すと、潰れた者か、意識はあるがちびちびと数人で酒を傾けている者しかおらず、白侘助はどうしましょう、と首を傾げた。すると背後から突然やんわりと肩を叩かれ、ふと後ろを振り返る。
「あら、まだ起きていらしたんですか?」
「ああ、俺は残ってないと。潰れた奴を処理出来ないだろう?」
 こういった時に彼と共に世話をしてくれる蛇尾丸の狒狒の方などは、蛇もろとも寝入ってしまっている。双魚理や花天狂骨、清虫なども同様である。主人が主人であるのでそういったことは身に付いているが、些か一度酒を始めると浸ってしまうのが常だ。蛇尾丸などは、戦闘となると狂気を見せるのにも関わらず、見かけによらぬと感心したものである。
「すみません、お気を遣わせて…。」
「いやいや、世話焼きの性分で勝手にやってるだけだから。」
 長い黒髪を中ほどで結ったその男は、主人に反して気さくで、年少やこういった席での酔っ払いの面倒もよく見てくれる。どちらかといえば十三番隊の隊長を思い出させるその人柄は皆に好かれるが、容貌はやはり主人と同じく人形のようであった。
 千本桜は、まだ時間が早いな、と時刻を確認すると、徳利を二、三本新たに持ってきてその場に座り、白侘助を呼び寄せた。
「どうだい、一杯やらないか。」
「あの、申し訳ございませんが私はお酒が…。」
「呑めなくても良いさ。俺んとこは白哉が付き合ってくれないからな、相手しちゃくれないか。」
「…謹んで、お酌をさせて頂きます。」
 そう言ってから徳利をそっと持ち上げると、千本桜の杯にそろそろと澄んだ色の酒を注ぎ込む。千本桜はそれを呑みながら、白哉はどうしてなかなかこちらに顔を見せないのかな、と苦笑しながら呟いた。白侘助は、あなたがあまりにからかうからですよ、と言おうとしたが、千本桜がいかにも懐かしそうな表情を浮かべていたので、やめておいた。


 


 主人が帰って来るまでに戻らねばならぬという者もいれば、否、主人の方も吉事の際は非番であるから、と残る者もいる。二人や三人でひっそりと呑んでいる者達は、こと主人同士の仲が良いかもしくは悪いかのどちらかで、この一度の逢瀬を大事にしたいと、弱い酒をやりながら談笑に勤しんでいた。
 これが終われば一年先だ。けれども主人がこの世を去れば、主人もろとも消え行く斬魂刀である。
 一年先はもしかすると、誰が消えているやも知れぬ。残酷ではあるがそれが事実だ。だからこそ刀は主人を敬い、進む道が正しくあるよう、深い泥の海に沈まぬよう、一心に見つめ続けている。
 一年後、またあの同胞と逢瀬が叶うよう、自分の最も美しい姿で、あの人に逢瀬が叶うよう、また潰れるほどに、和やかな酒が楽しめるように。



―…どうか、生きていて下さい。



「主人編」URL請求企画は終了致しました。ご覧下さった皆様、ありがとうございました!



*あとがき*

 ご免なさいorz
 大概趣味です。ほぼ趣味です。特に鏡花水月とかね、うん。もうイメージが白藍染をもうちょっとか細くしたようなお兄さんしか連想出来ませんでした…。
 とりあえず皆、まだデキてはおりません。(笑)大抵皆男→女。鏡花水月と飛梅に限り女→男。(笑)思いの他切ない終わり方になりましたが、どうやら日乱に恋の障害はない模様。(笑)
 ギンイヅと藍桃は、男側は黙認している模様。けれども女側はちょっと…みたいな。
 とりあえず、これをご覧頂いた方で、やっぱり裏の「主人編」が気になると仰る方は、上のリンクから詳細に飛んで下さいませ。(企画は一応終了しております)


*ちなみにこれ、一応企画の欄にございますが、過去作品をご覧頂かないと何が何やらなお話ですので、それでも良いと言って下さる心優しい方のみ、どうぞお持ち帰り下さい。報告は不要ですが、最低限サイト名は明記のほどお願い致します。

原作が。

2005-12-28 20:33:46 | 過去作品(BLEACH)
 もしあそこでこんなことになってたら。というあり得ない妄想。


 20巻178話。例のギン乱。


市「…ちょっと残念やなあ…もうちょっと捕まっとっても良かったのに…」
日「ふざけたこと抜かしてんじゃねえ市丸!!
市「快復早っ!!十番隊長さん三途の川渡っとったとこちゃうん!?」
日「それは何つーか、俺の中のエルフの血が…。
市「何の話や。
日「とにかくだ。不用意に松本に触るなあまつさえもうちょっととか言うな。
市「めっちゃ私情やないですか…。」
藍「というか君達早くしてくれないかな。
乱「ギン!あんたどこに行くつもりなのよ!!」

市「さいなら乱菊。ご免な…ええシーンやのに何乱菊の腰に手ぇ回しとるんやエロガキが。

日「いや、つい手が勝手に…。どうぞ早くお行きになって下さいお義父さん!
市「キミにお義父さんて呼ばれる筋合いはない。

市「…(仕切り直し)さいなら乱菊。ご免な…ちゅうか達者でな、ほんまに。


 えー…ごめんなさいorz「桃はどうしたんだよ日番谷君」というツッコミにつきましては、どういう書き方をしても日番谷君がやたらヒドイ男になるので突っ込みはナシの方向で。(汗)
 どうでもいいことですが、日番谷君が乱菊さんの腰に手を回しているところを想像すると、まるで迷子がお姉さんの服を掴んでいるようでとても微笑ましいです。(日番谷君に殺されそうだYO)



20巻170話。例の日番谷君到着時。



藍「予想より随分と早いご帰還だね。日番谷隊長は」
市「すんません。イヅルの引きつけが甘かったみたいですわ。せやけど別にあの子の所為やないんですよ?どっちかっちゅうたらそこの十番隊長さんがゴキブリみたいに這い回って来るんが悪いんや。
日「誰がゴキブリだ!!大体お前吉良に俺を足止めしろっつってねえだろうが!!!」
市「あら十番隊長さん、そこバラしたらあかんわー。せやってアンタボクの可愛え可愛えイヅルに手加減せえへんやろ?
日「そりゃあな。まあ吉良程度じゃ俺の(強調)可愛い可愛い松本をひれ伏させることすら出来ねえだろうが。
市「何か十番隊長さんツチノコとか食べた?
日「ツチノコとは何だ。せめてネッシーとかもっとでかいもんにしろよ。
市「や、そういう問題やないから。…何か悪いもんでも食べたんやないの?(可愛い可愛いて…)ちゅうか吉良程度て何や。ケンカ売っとんのか。

日「あーもうグダグダ言ってないでお嬢さんを俺に下さい!!

市「キミみたいなんに乱菊はやれまへん!!!
藍「いい加減にしないかお前達…。」


 いい加減にすべきなのは私の頭です。(ホントにな)
 ちなみに「俺の可愛い可愛い松本」は書きながら自分で苦笑しました。(それならやめればいい)



職権乱用。(ギンイヅ:市丸DE阿弥陀様投稿作品)

2005-12-28 13:34:35 | 過去作品(BLEACH)
鳥が堕ちる
その仄白い頬を向けながら
鳥が堕ちる
その憂い顔を地に這わせながら



 鳥が欲しいと言う。
 年末といえば職務の滞りが激しく、それに比べて書類の量は通常の倍という悪循環を孕んだ時期である。ともすればその影響で沸いた発言をする者も珍しくはない。が、そういった発言をした人間が他でもない隊主であるということに、イヅルは些か頭を抱えた。
 鳥というとどの鳥が欲しいのですか、とその発言に付き合ってやると、文鳥だと答える。現世から仕入れてきたらしい藍染の本を試しに読んでみたところ、その題名が文鳥であったのだと。ホラ、夏目何とか。と彼が言うので、ああ、漱石。と心当たりのある名を口にすれば、そうや、そうやった。と納得したような声が返ってきた。
「ですが隊長、今は鳥より書類です。」
「ボクは書類より鳥なんよ。」
「そう仰いましても、決算が差し迫っておりますので。」
 今度はいつもの怠慢では済まされないんですよ、と軽い叱責が飛ぶ。先程からギンは落ち着かず、ようやく机に腰を下ろさせたところであったというのに、これはどうしたことか。
「そもそもなぜ文鳥なのです?」
「さっき言うた通りやろ。」
「ご覧になったご本の題名だけでその鳥を欲されるような方だとは存じておりませんが。」
 まず、漱石などを読もうと思うこと自体、珍しいを通り越して訝しい。貸してくれと言われた当の藍染も、さぞ首を傾げたことだろう。イヅルは特に気にせず努めようといった素振りで背を向けると、自分の職務机に座り筆を取る。ギンはそれを一瞥し、嘆かわしいとでも言うように溜息を吐いた。
「…ボクの副官はこないに冷たい子ぉやったんか。」
「副官だからといって、隊長の我侭を全て聞き入れなくてはならぬという決まりはございません。」
「せやったら、隊長命令て言うたらええんか。」
「それこそ職権乱用にございます。」
 たかだか鳥の一羽二羽を飼うか飼わぬかで仕事の進みを遅らせるなど、とイヅルは言うが、段々とギンの持つ筆の先がささくれていくのを見て目を伏せた。それに比例して書類は黒ずんでゆく。
「…自室でお飼いになる分にはご自由にどうぞ。」
 イヅルの言葉に、ギンの顔が色を取り戻す。他の隊員達は、なぜ隊長の自室のことまで副隊長が許可を下すのかと訝しく思ったが、それは野暮かと黙り込んだ。ギンは「せやったら今から」と席を立とうとしたが、そればかりはイヅルの手によって阻まれることとなった。



 あの後実際に漱石の『文鳥』を検分してみたが、いかに文鳥は可愛らしいものかという話では決してなかった。良さを語った部分は確かにあるが、話の焦点はそこにない。果たしてギンは文鳥のどこに惹かれたのやら、と書類を虚ろな目で見つめる。期末の決算を終え、隊舎内はどこか落ち着きを取り戻したようであったが、未だ仕事は山積みである。
 終ぞギンの思惑は分からぬままだが、結局彼は文鳥を購入したらしく、自室の隅に何とも繊細な造りの鳥籠が置いてある。初めて見受けた時には大層驚いたものだが、近頃はイヅルも餌を与えてやるようになった。既に成熟しているので手乗りにすることは叶わないが、それはそれで愛嬌があり愛らしい。
「名は何というのですか?」
「名前なんてあらへんよ。」
「え…。」
「まだ付けてへん。」
「しかしそれでは可愛がるにも味気ないでしょう。宜しければご一緒にお考えになりませんか。」
「あかん。その子に名前なんていらへんのや。」
 でも…と言うイヅルの頭を胸に引き寄せ、あやすようにしてそれを押し留める。イヅルは不穏に思いギンを見上げたが、あまりに侘しげな表情を浮かべていたので、何も言えずに黙ったままであった。
 それにしても、ギンの飼い始めた文鳥はイヅルの知り得るものとは随分と毛色が異なるようであった。文鳥というものは、イヅルの見知る限り頭部が黒く、嘴は紅く、肢体は淡い群青色をしている。しかし目前からイヅルを円らな瞳で見据えている文鳥は、嘴は紅いがそれ以外は全く白い色をしていた。
 文鳥の嘴に指を翳しながら、興味深げにそれを眺めているイヅルを見て、ギンが苦笑する。
「綺麗な子ぉやろ?」
「ええ…でも、白いですね。」
「白文鳥やて。こっちは野生のんが多いからあんまり見らんなあ。現世では店で普通に売っとるけどね。」
「現世でお買いになったのですか?」
「内緒やで。ほんとは容易う行ったらあかんのやから。」
 義骸に入ってまでどうして、と尋ねれば、答えられぬといった様子で目を伏せられた。元より細められた目であるが、伏せた様子などははっきりと見て取れる。とにもかくにも、白い文鳥でなければならぬらしい。イヅルは空見しただけであったので本の内容はよく覚えていないが、ふと思い出して「お話の中の文鳥も白かったですか」と尋ねると、「うん、多分白やった」とギンは答えた。
「それにしても、綺麗ですね。雪のようです。」
「うん、せやね。ボクの自慢や。」
 育てたわけでもあるまいに、誇らしげにギンが言う。しかしそれは何か別の意味合いを孕んでいるような気がしたので、イヅルは敢えて微笑み返した。 



 


 鳥が死んだ。
 何と言うことはない。あっけない、眠るような死であった。新春を迎えて暫く経った頃である。鳥ならばもしや野犬や猫にやられたかと思ったが、考えてもみればここに犬や猫など存在しない。それならなぜ、とイヅルは尋ねてみたが、どうやら病死らしい。元よりあまり頑丈な鳥ではなさそうであったので、そう言われてイヅルはああ、と納得した。
 ギンが隊舎に現れることはなく、後に残るのは多大な書類と、まざまざとした喪失感だけであった。少なくともイヅルは共に可愛がってきた仲であるので、思い入れがあった。朝起こしに向かった際、塞ぎ込んでいたギンの姿を思い出す。

―…またお飼いになれば宜しいじゃありませんか、とは、どうしてか言うことが出来なかった。

 冷酷無比と言われる男であった。他人の死など物ともせずと。しかしたった一羽の鳥の死でここまで茫然自失になるとは思わず、イヅルは走らせていた筆を止める。するとそれを見かねた三席が「どうぞお行き下さい」と声をかけた。仕事の方は大丈夫ですから、と。



「失礼致します。」
 返事はないが、予想していたことである。上品な仕草で襖を開くと、ギンの自室は暗がりにあった。まだ昼間であるというのに、暗幕を引いたかの如く薄暗く、陰湿である。ここは精神世界か、という感覚さえ覚えるような場所だ。ギンは昨夜敷いた布団をそのままに、敷布に横たわっている。イヅルは襖のところで声を出そうとしたが、それは思い留まって近付いてから身体を揺り起こした。
「隊長、お風邪を召されます。」
 起きろとは言わずに、何を引っ掛けてもいない身体に布団を掛けてやる。ギンは特に気にもしない様子であったが、一言イヅルか、と呟いたので、はい、と返事をした。
「鳥な、死んでもうた。」
「…存じております。」
 ギンの掌にひっそりと置かれているものを見て、ぎくりとした。やはり鳥の死骸である。ギンの顔に涙の跡などはなかった。ギンが泣くとは思ってもいなかったが、表情を見れば何とも切なげであり、飄々とした雰囲気は一切ない。しかしながら泣いた痕跡はどこにもなく、イヅルはいっそ泣いておしまいになればいいのにとぼんやり考えていた。
 いつもならば隊長という名を盾に取り、幾らでも自己主張を通す男なのにも関わらず、このように脆弱な部分をありありと見せ付けられては、恐ろしいというよりもむしろ安心してしまう。そうしてこのような部分を容易く見せるということは、少しは信用されているのか、とも。
 ギンは、暫くイヅルが声を出さずにいると、イヅルがいることを忘却したかのように亡骸を掌で包み、一声呟いた。

―…イヅル、と。

 確かにイヅルと言ったのだ。なのでイヅルは「はい」と応えたが、ギンは全くこちらを振り向かず、亡骸に向かってイヅル、イヅルと呼びかけ続ける。その度にイヅルは「はい」と返事をしたが、ギンに聞こえていないことは百も承知であった。
 そうして一頻りやり取りをした後、ギンは思い出したようにイヅルの髪を梳き、布団に招き入れた。特に何をするわけでもなく、そのままただイヅルを抱き締めていると、淡い花の香りがする。そこでようやく、イヅルの手に花が握られていたことに気が付いた。他でもない、手向けの花である。



 文鳥が欲しい、と、はじめにそう言ったのは本を借りた藍染の自室でのことだ。藍染は、ギンが本を借りることがまず珍妙なのにも関わらずこの期に及んで何を言い出すのかと狼狽したが、笑みは変わらずも表情は至って真剣である。
『白い文鳥が欲しいんやけど。』
『…吉良君に投影するのなら、カナリヤなんかが良いんじゃないのかい?』
 ギンの思惑を、藍染は容易く言い当てた。ギンは一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻し、更に笑みを深くする。藍染がイヅルに譬えたのは、儚い淡黄色が印象的な愛らしい鳥であった。しかしギンは、それでは駄目だと言う。
『えらい人に慣れるんがええ。…それに、白い方があの子に似とる。』
 普段の飄々とした笑みが一瞬違うものに変化したのを、藍染は見逃さなかった。ギンはイヅルを白いものに譬う。さながらに美しいと、そう譬う。しかしそれにはつまり、汚せぬものであるという意味合いも秘められているということを、藍染は知っていた。

 思えば賭けであったのやもしれぬと、藍染は思った。おそらく最期まで付き従わせることは出来ぬと知るギンが、せめてと願った賭けであったのやもしれぬ、と。

 

 深い安息の中、重い瞼を押し上げる。しかし時刻はそれほど変化しておらず、ギンは抱き込んだままのイヅルの姿を確認すると、ほっと息を吐いた。ギンは、必ず最期まで時を共に出来る存在を一心に求めていたが、それが叶わぬということは知っていた。ギンが隊長という職を以って手に入れた副官は、決して死にまで付き添わせるわけにはいかない。
 藍染の自室でその本を手に取ったのは、ほんの偶然であったと言っても過言ではない。ただ、以前より文鳥という鳥は人によく懐くと聞き知っていたこともあり、興味本位で1頁目を開いた。小説にしては短い話であったので、そのまま最後までぱらぱらと読み進めた後、これを貸してくれと藍染に申し出る。彼はそれはそれは瞠目したが、興味があるのなら、とそれを許した。
 
 話の最後、小説の中でも文鳥は命を落とした。

 けれどもやはりそれは賭けであったのやもしれぬ。小説の中と全く同様の鳥を飼い、それをイヅルに投影させて世話をしてやる。職権を以ってイヅルに無理難題を押し付けてきた自分が世話をしてやることで最期まで生き延びれば、これより先もまるで共に歩むことが出来るかのような錯覚を覚えられるやもしれぬと、渇望が胸を襲った。
「…駄目やった、なあ。」
「何がですか?」
 ふと胸元を見れば、イヅルが目を覚ましていた。握られていた白い花は長く抱き込まれていたせいでひどく萎れているが、それを見たギンはああ、やはりこの子は白だと笑みを浮かべる。
「隊長、お元気になられたのでしたらお仕事をされませんと。」
「今日はもう終いやろ。イヅルもまだええやん、寝よ。」
「…それも隊長命令ですか?」
「せやね、隊長命令や。」
「…鳥の時といい…どれだけあなたは職権という職権を乱用されれば気が済まれるのですか。」
「…どこまで許してくれはる?」
 許しません、とすぐさま叱責しようとしたが、ギンの声が明るいとは言えぬのを聞き受けてそのまま沈黙を保つ。ギンはイヅルを胸に抱いたまま、浅く目を閉じた。どこまですればイヅルが離れてくれるのか、どこまですれば離れないでいてくれるのか、ギンには全く分からぬままである。するとイヅルは同じように抱き込まれたまま目を閉じるが、ギンの心の内を読むようにしてぽつりと呟いた。

「どれほど勝手をなさっても、僕は絶対にお傍を離れませんから。」

 そうしてイヅルは、ギンの寝間着の袖を掴んだ。ギンは目を閉じたまま、何も言わずイヅルに口付ける。ギンの表情が見えぬように、イヅルもひっそりと目を閉じた。
 ギンの手には変わらず骸が握られており、既に敷布に掠れて白い羽根が散り咲いている。けれども鳥籠は尚も何かを閉じ込めるのを待っているかのように少し開いていた。



鳥が堕ちる
その仄白い頬を向けながら
鳥が堕ちる
その憂い顔を地に這わせながら



■あとがき■
 僭越ながら「市丸DE阿弥陀」様に投稿させて頂いたギンイヅでございます。
 いや、本当せっかく素敵な御題を頂いたにも関わらずわけ分からん話になったと思いますが(汗)自分なりに「職権乱用」というテーマを模索してみました。
 結局市丸さんはあまり我侭になりませんでしたが(汗)まあいつものことかな、と…。(ぇえ)イヅル大事な男になりましたよいつも通り。(笑)

霞姫。(喜夜:喜夜祭様投稿作品)

2005-12-28 13:30:27 | 過去作品(BLEACH)
 夕凪に紛れる淡い月の色を眺めながら、鮮やかな色の着物に袖を通す。それはひどく狂わしい紅色をしていたが、一針一針丹念に彫られた花模様が繊細で美しい。一目でさぞ高価なものであろうことが見受けられる高尚な着物である。しかし普段の夜一からすれば珍しい、と喜助は被ったままになっている帽子をひっそりと畳に置いた。
 夜一が喜助の前に惜しげもなく素肌を晒すことは珍しくない。それは男と女の間柄であるから故であると他者は見るのかもしれぬが、決してそうではなく、ただ夜一がそういったことに頓着しないためであった。が、喜助は常にそのことを気に病んでいる。さも彼女のことは全て許容しているといった風な顔をしているけれども、胸の内はやはり宜しくない。
 しかし目前に佇む夜一の横顔は普段見ているものとは少々違うようで、喜助も同じく険しい表情を見せた。夜一は楽な服装を好んで着用しており、現世で服を与えられた時にも「着物なんぞより良い」といたく気に入った素振りを見せた。それ以来着物に袖を通したことなどなかったというのに、あちらから持ち込んだ着物を夕時になって突然手に取り自室へと消えた夜一を見て、これはどうしたことか、とテッサイなどは訝しい表情を隠せないでいる。
 そうしてそのことを喜助に知らせると、ああそう、と何ともなしに答えられ、そのまま慣れた仕草で夜一のいる部屋の入り口を開いたのだった。
「失礼しますよ、夜一サン。」
「おう、喜助か。」
テッサイはそこで場を離れたが、喜助は足音を立てずにおもむろに中に入ってゆく。元より女性の着替えに立ち入るような愚か者ではないが、内に佇むしなやかな背中に魅せられ、とうとう踏み入れてしまったのである。素肌を拝むため、というよりも、その凛と光の差す横顔に惹かれて。
今更、という間柄ではあるが、それはそれだと念のために「すみません」と謝罪しておくと、「何がじゃ?」とさも不思議そうに目を開かれたので、そのまま畳に座してしまった。
「綺麗っスねえ。」
「そうじゃろう、そうじゃろう。」
 二度繰り返し、夜一は襦袢をきつく締めた。すると着物のことじゃないのに、と喜助が薄く苦笑を浮かべる。その容貌からしても、吉事などに用いる着物であることは容易く分かるが、けれども果たしてなぜ今日という日に持ち出したのか、それは分からずじまいであった。
「今日は何かありましたっけ?」
「何もないぞ?…そろそろ年は明けるがな。」
 そう言って懐かしそうに目を細める彼女がいとおしく、掻き抱いてしまいたい思いを押し留める。それこそそんなことをしては今の状況につけ込んだようであると思ったためだ。喜助は話を逸らすような気持ちで、穏やかに口を開く。
「早いもんスねえ…一緒にコッチに来てどれくらいになります?」
「そうじゃのう…そろそろ一年と半年になるか。」
「おや、そんなになりますか。」
 喜助が罪を犯し、あちらを追放されてから既に一度年を明かしていたが、それももう二度目となる。夜一と喜助は目を細めたまま外を眺め、夕闇に染まる前は空気と共に空が白んでいたことを思い、雪が近いのやもしれぬと考えていた。
「それで、どうして何もないのにその着物を着てみようと思ったんスか?」
「正月に着ようと思ったんじゃが、長う着ておらんものじゃからどうなっておるか気になってな…。どうやらまだ着られるようじゃ。」
「虫なんかには喰われてないみたいっスね…。でも今年の正月は普通の格好だったじゃありませんか。」
「折角の正月じゃ。今年とは違う着物で脅かそうと思うてな。じゃが見られてしもうた。つまらん。」
 不貞腐れたように息を吐いた夜一を見て、それはそれは、と喜助が笑みを浮かべた。どんな形であろうとも、美しい姿を見せようと思ってくれたことは嬉しい。自分だけにではないだろうが、普段外見にはあまり頓着しない夜一のことである。
「…正月じゃなくても良いじゃないスか。綺麗ですよ。」
「いや、正月にも着るぞ。テッサイにはまだ見られておらぬからのう。」

―…本当は、いつもより綺麗なところはアタシにしか見せないで欲しいんスけどねえ。

 そうは思うが、夜一は無邪気に正月の算段を立てている。何とも可愛らしい、と感じてしまうところがまた忌々しい。喜助は、夜一のこういった奔放な部分も、もしくは凛とした部分も、時折見せる懐かしげな表情も、全て許容し、愛している。しかしながら、何の意識もなくこのように振舞うのは、些か残酷なのではないかとも思う。未だ彼女は、『女』としての自分の価値をよく知らぬままである。
「…そんなもの着なくても、充分艶かしいんですけどねえ、アナタは。」
「何か言ったか?喜助。」
「いいえ、何にも。」
 背を向けたまま、夜一が肩越しに訝しげな顔を浮かべる。喜助は畳に帽子を置いたままにして、ふと立ち上がり背後から夜一を抱き締めた。夜一は突然のことに驚いて喜助を振り返るが、額に口付けられ、そのまま押し黙った。
 


 夕闇はいつしか濃紺の空へと変貌し、夜一の紅を沈めるようにして二人の影に覆い被さる。するとふとした瞬間に、女美丈夫とも言える夜一が何とも儚い色を帯びているように思えて、少しばかり腕の力を強めた。霞がかった影の美しい人は、艶めいた黒髪を垂らして喜助の胸に身を寄せたが、大きく開かれた丸い瞳は終ぞそのままであった。



今宵は潜む 月の下
朧に浮かぶ 霞姫
今宵は土に 惑う紅
小さく微笑う 霞姫





■あとがき■
 僭越ながら「喜夜祭」様に投稿させて頂きました喜夜でございます。(タイトルは「かすみひめ」と読むのですが、~かすみひめ~とルビを振るよりもこちらの方が良い気がしたので。あしからず)
 とても好きなCPにも関わらずあまり書く機会に恵まれませんでしたので、これを機会にデビュー。(笑)素敵な場をありがとうございましたv
 夜一さんが無自覚に肌を露出するのを、喜助さんはあまり宜しく思っていないといいなあ、と。
 ジン太と雨がいつからいるのかはよく分かりませんが、この時はいないということで。

キャラソンCD感想。

2005-12-27 20:49:49 | 過去作品(BLEACH)
 いや、書かずにはいられなかった…。友人に「市丸ギンに1000円使うべきか否か」と真剣に質問したところ、「買っとけよ☆」とにこやかに言われたので、すぐさまCDショップへGO!(笑)…したところまでは良かったんです。うん。自室で初めて聴くまではな。



…。



 いや、もう市丸隊長某ゴリエと一緒に紅白出ようぜ!!!(笑)
 や、遊佐さんお疲れ様です。マジで。(笑)



 つうかあたしの1000円…!いやそれはいい。ジャケットと歌声(あくまで声。笑)だけで1155円(税込み)だ!そう思え自分!!


 とりあえず順を追って…。


1曲目:世界は既に欺きの上に


 何つーか、歌詞だけは存じておりましたが、


おォこら怖いわ あァこらいかんわ
こらしゃあないわ さすがに酷いわ


 …せめてもうちょっと声が明るければまだいいのに、やたらシリアス声で歌われると「呪いの呪文か!」と思います。(笑)


 某所様で言われていたように、確かにちょっとガクトっぽい。(笑)そして微妙にラルクっぽくもあり。あ、あの皆さん私勝手にラルクとか言ってますけどそのつもりでお聞きにならないで下さいね!(笑)


 つうかアレですよ。最後の方、「バイバーイ」って何度も途中途中に入れるのやめて下さいよ!
 それ以前に、サビに入った時点で私の中枢神経は既にヤバかったです。(『喜びの歌』とかとテンション同じやないか!とね)
 喜びの歌っつーとアレです。CMとかでよく流れてるクラシック。(ありすぎて分かんねえよ)いやアレはハレルヤとかと並ぶYO!(笑)
 市丸隊長そろそろオペラ座デビューっスかね!(えっそれならイヅルはクリスティーnッゴフゥ!)
 

 いや、サビのところの台詞「よく頑張ったねもう大丈夫だ」って…藍染隊長の…それともアレか?やっぱ市丸さんも密かにイヅルに対してそう思っていたというこt(黙れ)



2曲目:冬の花火


 ウワーア!松谷さん(乱菊さんの声優さん)上手ー!!(笑)


 ていうかね、全体的にね、悪い男に捨てられた感がヒシヒシとします。
 何かこう…市丸さんがいかにも口の上手い男って感じがするYO!!いや間違ってないけど何かこう…乱菊さん騙されちゃった!みたいな感じが。(笑)


棄て猫拾い また捨てて


 ってコレは乱菊さんのことですよね?そうですよね?じゃあダメだよ!「捨てて」の後に「拾い」とか書かなきゃダメだよ!!


 日番谷の坊に拾われた事実を省くなYO!!(そっちー!?)


 えー…勝手な女で申し訳ございません。(ホントにな)


 全体的に市丸さんというか遊佐さんのお声が高くて少年っぽいです。(笑)ていうか「愛されることが怖いだけ?」って…!もしそうならイヅルの襟を猫掴みして捧げてやって下さい乱菊さん。(コラ)

乱「ホラ、愛されることが怖いとか言ってんじゃないわよ!ここに可哀想なくらいアンタのこと好きな子がいるんだから!」
市「ら、乱菊!分かったから放したり!!ちゅうかイヅルをそない持ち方するんやない…!!
イ「た、たいちょ…。」

 みたいなうちのギンイヅ。とうとうへタレと言われた(友人談。笑)うちの市丸さん。え?いやそれは元からだよマイフレンド(爆)
 
 まず自分よりちょっとでも長身なイヅルを猫掴み出来るうちの乱菊さんが謎じゃよ。(ホントにな)

 多分乱菊さんは、この後日番谷隊長から「女が軽々しく男を持ち上げるんじゃねえ!俺の夢が壊れる!!」というような理不尽な叱責を受けると思います。(ぇえ)



3曲目:表裏Hyo-ri


 アハハハハハハハハ!!!!!(大変失礼)


 えー…心臓に悪いので、突然ランララーラララララとか本当やめてくれよ!!おや?普通の曲じゃないのvと前奏部分で思った期待はどこへ…!いや、歌は普通に良かったけどさ!!!


 とか思っていたら何と口笛が来たよ。
 あれも遊佐さんが吹いてるんですか。(笑)


 というか、


ボクはたやすう 剣は抜かへん
だから滅多に 笑顔以外になれへん

 って本当ですか。

その場 その時 いつも本音や
せやけど それは心の底と 裏腹

 って本当ですか。何か間違うてへんか。


 まあ、「えっ?もしかしてうちの市丸さんの認識って結構間違ってなかったんじゃねえの!?」と少しでもときめいたのは確かですよ。確かですけど(帰れ)


 しかし、市丸さんの言ってきたことが全て心の底と裏腹だということは、「ついておいで」とか「ご免な」とかも裏腹ってことですか。そう思うとムカつきますね☆(爽やかに)
 けれども明らかに「ご免な」は本心だったので抜かすとして、「嘘」とか「ボクとキミの仲やないの」とかそういう…!!
 ていうかまあ「ついておいで」はどう考えても裏腹とかそういうのには出来ないと思うのですが、ああもしかして心の中では「危ない目に合わされへん」って思ってたってことかな!(大変都合の良い解釈)


 まあ、「裏腹」が「浦原」に聴こえるというのは今更な事実として(笑)やっぱ「本音」はどう聴いても「本気」に聴こえますよ。間違い…?


 最後になりましたが、買ったことを後悔はしておりません。(笑)というか、都合の良い感想でごめんなさいorz(いつもそんなんだろ)