Doll of Deserting

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幼馴染ですから。

2006-03-23 22:07:17 | 過去作品(BLEACH)
*いつもながらキャラ崩壊が激しいのでご注意下さい。(汗)




 昔馴染みだからこそ、世話を焼きたくなるもので。知り合いがいきなり幼馴染と付き合い出したら驚きますよね(笑)




~お姉ちゃんのつもりで実は妹だと思うんですよ~



桃「どうしたんですか?乱菊さん。いきなり呼び出したりなんかして…。」
乱「…ええ、まあ時期も時期だし、そろそろ話してもいいかと思って。」
桃「何をですか?」
乱「あたしね、今付き合ってる人がいるのよ。」
桃「わあ、おめでとうございます!」
乱「ええ、ありがとう…でもねえ、その人アンタにすごく関係のある人で…。」

桃「えっ…もしかして藍染隊長ですか!?そうなんですね!?いえでもお二人ならお似合いだからあたし潔く諦めま…
乱「待って桃!首吊りそうな顔しないで!!違うのよ。それがその…日番谷隊長っていうか…。」
桃「シロちゃん!?
乱「そうシロちゃん…待って、シロちゃん!?

桃「いいんですか!?乱菊さん、だって日番谷君なんて小さい頃あたしのこと『寝ションベン桃』なんて言ってからかってたんですよ!?」
乱「あら、可愛いじゃないv小さい男の子なら誰にでもあるわよ。」

桃「しかもオネショしたらしたでからかうくせに、その後自分がやったことにして代わりに怒られたりするんですよ!?うちの家結構よその子預かったりしてて、その子達がオネショする度に俺がやった俺がやったって…おまけにそれから無言で後始末までしてあげるんです!」
乱「……!!!!!(声にならない悲鳴)」



 勿論、乱菊さんの悲鳴は「可愛いー!」っていう意味で。(笑)日番谷君は絶対そういうことしてあげてそう。小さい頃の彼は、優しくないけど面倒見が良さそう。(笑)



~あまりに色ボケているので喝を入れにきた~



乱「…吉良、アンタ市丸隊長と付き合うことになったんですってね?」
イ「えっ…何でご存知なんですか?」
乱「そりゃあね…朝から満面の笑みで報告されちゃあ…。」
イ「すみません…。」
乱「いいのよ。それより吉良、アイツと付き合うんだったら気をつけなさいよ。」
イ「どうしてですか?」

乱「当然じゃない、アイツの取り得つったらたらしっていうことくらいしかないからよ。やたら手が早いから気を付けなさい。」

イ「松本さんそんな本当のこと…。」
乱「そもそもギンでいいの?本当にいいの?ウン年前から付き合ってもいないアンタのために指輪とか白無垢とか既に用意してるような男よ?
イ「えっ…!」
乱「そもそもね、いくら相思相愛だからって、あたしがちょっと適齢期過ぎてるくらいですぐ結婚結婚って…そういうものなの!懐に婚姻届の一枚や二枚常備してるのが男ってもんなの!!覚悟しときなさい、吉良。」
イ「それは市丸隊長でなくお宅の誰かさんのことでは…。


 本当は乱菊さんと同居時代の恥ずかしい話とか、そういうのが一杯あったのに可哀想なので言わない乱菊さん。(笑)市丸さんはきっとイヅル院生時代から「あの子にはどんなん似合うやろか」って色々と仕立てさせていたに違いないよ。(黙れ)日番谷君のことは気にしないでやって下さい…真剣なんです。(それもどうよ)
 ちなみに私は、乱菊さんが適齢期を過ぎることはないと思っていたり。だって外見は常に変わりませんし。(禁句。笑)


宝飾の輪。(ギンイヅ+乱)

2006-03-20 23:06:52 | 過去作品(BLEACH)
*夢みがちな話です…。(汗)





待つ者は常に背後を振り返り
待たるる者は常に前を見据へている



さやうなら 大事に大事に 隠していつた髪飾り
さやうなら 最期の最期に 放つていつた嘘の山



さやうなら 嗚呼あなた 振り返つてはいけません
凍る凍る 去られた足場は嘘の山



さやうなら さやうなら ただひと時の邂逅に
呼ぶ声はされど それも嘘の砂



さやうなら 
嗚呼あなた 私の使命が時にそう ひどく哀れであれと言ふ
それは非道に辛辣に 生望む管を淫猥に ひと撫でするよにあれと言ふ





 うな垂れるように柳が屋根に添う。元はといえば、自分の出生地も定かではないくせに「生まれたとこ思い出すわ」とギンが望んだのが始まりである。いつであったか、京の都の枝垂れ柳は特に嵐山辺りでよく見られるそうですよ、と半ば呆れるような素振りで三席が説いてみせたのを思い出す。
 故郷を懐かしむ想いなど少しも持たぬくせに、時折ギンは趣深いものを欲した。三席曰く、自宅にある分まだ宜しいと言う。あのように窓の開閉の邪魔をするものを、隊舎にまで運ばれては困ると。イヅルからしてみれば、日頃過去を忌むべきものとしているギンが、なぜ故郷を追憶させるようなものを望むのかと、そればかりに疑念を抱いていた。
 けれども今となってはそれも全て無駄なものである。ギンが尸魂界から姿を消し、死覆装の解れを整えることも、血に塗れた羽織を白く染め上げることもなくなった。当然、この柳の木も必要ではない。それでも未だこのようにしてギンの邸宅へと赴き、定期的に手入れを施している辺り、未練というものが己の中に深く根付いているということを自覚するようで大変忌々しい。
(あれもこれも、全部あの人のためだったのに…。)
 いっそ煩わしく視界を阻むこの樹木を伐ってやろうかと考えたこともあるが、再び姿を現した時のことを考えてそのままにしておいた。女々しいものだとは思いつつも、やはりどこかで再び邂逅を交わす日を信じている。
 しかし、再び逢瀬を交わす日があるとするならば、それは決して道を同じくする者としてではないとイヅルには分かっていた。





 定時までの職務を終え、さらさらと流していた筆の動きを止める。隊主を失くした三番隊の職務は他隊に比べ厳しいものであるが、それでも加減はされているらしい。けれどもどうあっても終えられぬほどの書類を抱えさせられたとて、文句は言えぬと思った。ならばつまり、それは罰だ。
 この頃は、呑みに誘われる機会が前に比べ多くなった。これまではイヅルの職務の量や、ギンとの付き合いに気を遣われてなかなか飲み会などに顔を出すことが叶わなかったのだが、隊主に捨てられたという代議名文を持つ副官は、それだけで誘う口実になる。哀れであると、慰める口実になる。
 とりわけ乱菊や修兵と呑む機会が多いのだが、この日もやはり乱菊との約束を控えていた。互いに紡ぐ言葉がひどく他愛ないものであろうとも、酒精を分かつことで慰め合っているように感じられるのだ。イヅルにとっても乱菊にとっても、市丸ギンという男は深い存在であった。
 隊舎を出る前に、執務室の方へ足音が近付いてきた。それが誰のものであるかは見当が付いていたので、書類の束を整えて席を立つ。自分よりも幾らか濃い色をした亜麻色の髪が扉から覗いたのを見受け、ふと口の端を綻ばせた。
「どうぞ、松本さん。」
「…気付いてたのね、面白くないわ。」
「ええ、少しだけ松本さんの髪が覗いていたんですよ。強くて目立ちますから、その色。」
「あんたの髪とほとんど同じ色じゃないの。」
「僕の髪はいけませんよ。薄っすらと希薄で、いるのかいないのか分かりませんから。」
「―…綺麗だって、アイツはいつも言ってたわよ。」
「それはそれは、光栄です。…もう二度と、賜ることの出来ぬ言葉かもしれませんが。」
 イヅルの吐き出した言葉に、乱菊が口を噤む。そのままどちらからともなく足を踏み出し、互いの顔を窺うようにしながら歩を進めるが、何やら心持が穏やかではない。けれどもこの感覚が救いだ。互いのためと思い口にした慰めによって、哀れな感情が蘇る。そうして確かに実感してゆくのだ。自分独りでこの場所に取り残されているわけではない、と。





 ひっそりと佇む居酒屋の灯りが、優しい空気を作る。上空に笑みを携えている月は丸く冷えた色をしていたが、その蛍火のお陰で寒々しい色が緩和されていた。
 乱菊とイヅルは哀しい表情を顔に現したまま、運ばれてくる酒の群れを眺めている。時折香る小料理の芳しさが酒精を煽るが、頼む気にはなれず静かに杯のみを傾けた。
「…アンタと明るく呑むことって、あんまりないわよねえ。」
「でも松本さんは、その方がいいんでしょう。感傷に浸る間もないほど快活に呑むより、少しくらい昔を思い出しながら呑む方が楽だと、そう思っていらっしゃるのではありませんか?」
「まあね、呑んだ後が寂しくないわ。」
 ギンが去り、初めて杯を交わした夜は、どこか侘しい想いを残した。存分に酒気を分かち、騒々しいと言われるほどに姦しい愚痴を零し合い、孤独というものを追いやる。けれどもたったそれだけのことで忘れ去ることの出来る事柄ではない。
 むしろ不満を全て吐き出した分、ギンから残された想いの数々を余計に追想してしまい、前よりも幾らか悲しい気持ちに苛まれた。
「…元気で、いらっしゃるでしょうか。」
「吉良…。」
「霊力に見合うだけの食事は採っていらっしゃるでしょうか。お着物の充分な換えはおありになるでしょうか。縋り付くための過去を、置いて行かれても良いのでしょうか…いいえ、僕のことではございません。僕を失くされたとて、お元気であられるのならばそれで良いのです。けれど…柳の木も、時折お茶菓子にお出ししたねりきりも何もかも全て失くされて、あの方はお元気でいらっしゃるのでしょうか。」
「…何だかアンタ、戦に夫を奪われた妻みたいだわ。」
「戦?」
「今の現世では戦争とか言ってるみたいだけど。兵隊に駆り出されて、生きてるんだか死んでるんだか分からない夫を待ってる妻よ。成仏出来ないプラスによく言われるじゃないの。あの人を待ってるから逝けませんってさ。」
「…少なくとも戦時中の女性は皆、兵隊として駆り出された旦那様が亡くなられることを覚悟していたのではないでしょうか。どんなにか辛くとも、脆弱な素振りを見せていようとも、あの時代の女性は強い。それに比べて僕はどうです。」
「どう、って…。」
 口籠る乱菊に向かって、曖昧な笑みを投げかける。自分は違う、と思った。帰らぬ可能性を、未だ信じることが出来ずにいる。このような時でさえ、おそらくいつしかあの飄々とした笑みで手を振ってくるに違いないと、そう思っている。
 馬鹿だとは思えども、ギンが残して去った枝垂れ柳の姿などを垣間見る度に確信が強まる。あの人がまさか、これほど強い過去を残して去るはずがないと。ギンは、どこかへ去る場合には必ず全て綺麗に清算していくような男である。
 普段ならばすんなりと喉を通る美しい色をした酒が、この日ばかりはいつまでも舌の辺りを巡ったままであった。





 深い眠りの淵に這い蹲るような感覚で、浅い呼吸を繰り返す。居酒屋から家路を歩き、湯殿へと赴いたまでは良かったのだが、どうにも酒精が抜けない。
 ギンが去ってからは、ギンの私邸で寝食を行っている。少しばかり抵抗はあったが、僅かながら残る気配があまりに心地良いので、いつの間にやら居座ってしまった。おそらく哀れに思っているのであろう。そうすることを望むイヅルを、誰も咎めなかった。
 寝室から臨む庭を、朦朧とした眼で見やる。すると先程までしんと静まり返っていた枝垂れ柳が僅かに揺れた。ギンが、柳の木を自室へと迎え入れたその日に、しみじみと感慨深く口走った言葉がある。細やかな素振りで身を震わせる柳を見つめながら、ふとそのことを思い出した。



 屋根を覆うようにしな垂れている柳は、それでも縁側にまでは寄りかからずにいる。ギンはそれをいとおしむように指で梳きながら、穏やかな表情でぽつりと呟いた。
『思うた通りや、イヅルに似とる。』
『僕に、ですか…?』
 ギンがイヅルに映えると謳ったものや、イヅルに譬うたものは幾らかあるが、柳に称されたのは初めてのことである。イヅルは今ひとつ意図が分からず訝しげに首を傾げた。ギンは、尚も変わらぬ表情で柳の葉を梳いている。
『確かに、常に落ち込んだようにうな垂れている様は酷似しているものと思いますが…。』
『阿呆やなあ。そないなことやあらへん。』
『ならば、似通っている部分など見受けられぬと存じます。』
『似とるよ。…細うて綺麗で、優しい。』
 突如として投げかけられた視線に、思わず頬を染める。ギンの指で梳かれるのを心地好く思っているかのように、柳はゆったりとギンの肩にもたれ掛かっていた。せめて常である飄々とした面差しで言ってくれたのならばまだ嘘と信じることが叶うのに、こういった時にだけひどく狡い笑みを浮かべている。
『せやけど、流石に家ん中までは入って来れへんのやね。』
『…入って来てしまえば、お邪魔にございましょう?』
 縁側の屋根にまで折り重なった柳の集束は、それでも長身であるギンが立ち上がらなければ届かぬ高さにあった。ギンは柳を撫でながら、どうももどかしい思いに駆られる。手を伸ばさずとも触れることの出来る位置に、なぜこの柳は来ぬものか、と。
『降りてくればええのに。降りてきて、くれへんかなあ…。』
『市丸隊長…。』
 柳の木を抱こうと思えども、限界まで伸ばされた腕では叶わない。ギンはふと背後を振り返り、縁側えと腰を下ろす。そうしておもむろに、イヅルの方へと手を伸ばした。
『おいで、イヅル。』
『はい。』
 躊躇なくその声を受け入れて傍へ寄ると、さわりさわりと柳が鳴いた。髪は梳かれる指を留めることなく、さらさらと落ちている。抱かれる死覆装の衣擦れの音で、先程から柳を揺らしていた風の集束が、ぴたりと止んだ。


 さやうなら やんわりやんわり 風の抱擁 庇う腕


―あれからもう、どのくらい経っただろう…。


 そのような追憶と絶望をうつらうつら繰り返していると、柳が見えているということは襖が閉まっていないということか、と気が付き、慌てて立ち上がって襖を閉めに歩を進める。けれども湯殿へと赴く際には、確か襖は閉じていたはずである。
 そっと襖に寄れば、何の変哲もない庭の様子が窺える。数年前から移り変わりを見せたことといえば枝垂れ柳が地に足をつけるほどにまで成長しただけであった。不信な思いでそのまま庭を見つめていると、ふと、背後に何かの気配を感じる。だがそれはあり得なかった。感じる霊圧の主が、今ここに姿を見せるわけもあるまい。
「いちまる、たい、ちょう…?」
「結局後釜取らへんかったんやなあ、三番隊。」
「…見合うだけの者がおりませんでしたし、推薦された方もお断りなさいました。」
「出来へんかったんか、イヅル。」
「はい。」
 去る際の別れの言葉もなければ、逢瀬の際の挨拶もなく、はじめに口から出でた言葉がそれか、とイヅルは眉をひそめる。けれどもギンは哀れむような眼をイヅルに向け、去った際に聞くことの出来なかった言葉をひっそりと呟いた。


「ご免な。」


 ああ、実に狡い。そう思いながら目を背けるが、ギンは言い聞かせるようにして幾度も繰り返す。とうとうイヅルの方へと足を進め、イヅルの肩にそっと触れながら同じことを言い続けた。
「ご免な。」
「っ…。」
「ご免な。」
「…お止め下さい、どうか…。」
「ご免な。」
「はい…はい…。」
 イヅルの声は次第に涙に掠れ、その身はがくんと膝を付いてしまったにも拘らず、謝罪をするギンの声はいつもにも増して柔らかく、穏やかである。ギンはイヅルの前に跪き、哀しげに目線を合わせてから、痩身を掻き抱く。その指は変わらず美しく、優しい色をしていたが、抱かれる手はひどく強かった。
「おいで、イヅル。」
「僕はここにおりますよ。」
「せやない。ボクんとこ、おいで。」
「…それがお出来にならないから、僕を置いて行かれたのではありませんか。」
「せやねえ。けどボクが我侭やて、イヅルが一番分かっとるんちゃうの?」
 あのような穢れの多い場所に、イヅルを連れては行けぬと置いて行ったはずだ。けれども日々募るのはイヅルへの思慕ばかりで、あちらで仰せつかった仕事すら手に付かない。見かねた藍染がこれ以上ないほどに眉をひそめながら、職務にはイヅルを一切携わらせぬという条件でギンの申し出を承諾したのはこの頃のことである。
 理も告げずに去ることが最善の選択ではない。ギンはすっかり忘却していたのだ。この場所の穏やかなものにイヅルを護らせるという術もあれば、自分自身でイヅルを護るという術もあると。
 いつであったか、乱菊の文句を思い出す。



『どうせアンタは大人しくここに留まってる気なんてないんでしょう。そういう男だもの。』
『せやなァ、ここは窮屈やもの。何なら付いて来るか?』
『あたしは行かないわ。大事なものは他にも沢山あるもの。それを捨ててアンタに付いて行くなんて出来ないわよ。それにあたしなんかよりも、言わなきゃいけない子がいるでしょう?』
『冗談言わんといて。』
『ギン、アンタ分かってないのね。あたしは他の大事なものを捨てるなんて出来ないけど、あの子はそんな覚悟とうに出来てるのよ。』



 遥か遠い頃より、言葉にこそ出さずともイヅルは全てを落としてくれていた。精神も、肉体も、帰属するその心まで、彼の中にある全てのものを分かとうとしてくれていた。けれども自分は最後までそれを返そうともせずに、果ては捨て置くなどと何と手酷いことをしたのであろう。
「せやからイヅル、一緒に行こ。」
「…本当に、仕様のない方ですね。」
 それ見たことか、と思う。乱菊の言った言葉にはやはりそぐわない。しおらしく待つことを選択する妻に向かって、戦渦の中に赴き共に戦えと命ず夫がどこにいるというのであろう。
「僕がそのお申し出をお受けするとでも?」
「せやかてイヅル、ちゃあんと降りてきてくれたやろ?」
 庭を指で示しつつ、ギンが笑みを浮かべる。その昔ギンがイヅルに譬えた枝垂れ柳は、足元にまでさらりと垂れ下がっている。イヅルはそれを窺って少しばかり苦笑した。そうして何も言わず、ギンの手の甲に口唇を這わせ、辿り着いた指を緩く噛む。ギンはそれを肯定と取ったようで、歯を立てられた指をそのまま背に回した。
 薄暗い闇に降る細い風は、いつしかその光景を包むようにして舞う柳の葉に姿を変える。それはまるで、身を伐られる前に果てんとしているようであった。幾らか後、いずれ去られる時既にギンによって始末されているであろう。どこかへ去る場合には全てを綺麗に清算してゆくような男である。枝垂れ柳も、そのことを重々承知しているように見えた。





さやうなら さやうなら 独りに積もる 細雪
さやうなら さやうなら 宝のやうに 添ふ樹木



さやうなら 哀れな私の使命に



*あとがき*
 原点に還るつもりで…というか、当初ただ単に枝垂れ柳はイヅルに似てて云々的な話を書くつもりだったのですが、筆の赴くままに書き上げた詩が戦争チックになってしまったことと(コラ)そんな話を書いているうちに「早く迎えに来てやれよ…!」という思いが募ったこともあり、とうとうお迎え話になりました。(笑)
 そしてこれまた思い描くままに書き進めていたら、最後の肯定シーンが無駄にエロい仕上がりになりました。orz…すみません。(平謝り)

ホワイトデー。

2006-03-14 00:00:00 | 過去作品(BLEACH)
 畜生日付が変わった…!(遅)こっそり後で捏造しておきます。それこそ捏造バレバレな感じの日付に。(コラ)



*相変わらず市丸さんと日番谷君がとんでもない性格をしておりますのでご注意下さい…。(汗)
*今回、最後はギャグでなくラブラブに。(笑)


 バレンタインデーの哀しみからはや1ヶ月。ホワイトデーです。藍染隊長のバレンタインデーはほのぼのしておりました。市丸さんと日番谷君は気合でみりんチョコレートを食べました。(食ったのか)外見年齢で考えましょう間違っても実年齢なんて考えちゃいけません。間違っても「おじいちゃん達血糖値上がるわよ!」というようなツッコミをしてはいけません。(お前だけだよ)


ちなみに、お二人の食べた感想。


市「あ、甘辛うてなかなかいけるわ、なァ十番隊長さん?(声が無理してる)」
日「ああ、新しい味だな…!(顔が無理してる)



~そんなこんなでホワイトデー~


日「ハァ…。」
市「どないしはったん?十番隊長さん。」
日「どっから出てきた。自分の隊舎戻れよ…。」


市「用がのうても「書類届けに来ました」で全て解決や☆
日「来んな。…何かお前ノリが藍染に似てきたぞ。」
市「……!!!」顔文字で表すとこんなん→(´Д`;)
日「どうした市丸、まるで世界の終わりみてえな顔すんなよ。



市「で、とりあえずどないしはったん?」
日「何つーか…京楽に聞いたんだが今日はバレンタインデーに女からもらったものを男から女に返す日らしいぞ。」
市「返してええんか!アレ!!どんだけ苦労して片付けた思うとんの!!
日「聞け市丸。思わず本音を漏らすな。…そのまま返すんじゃねえんだよ、何か他のもんを返すんだと。」
市「へえ…誤解のないように言うときますけどもろたもんを返したい思うたんやありませんよ?そらイヅルからもろたんやったら何でも嬉しいわ。けどアレは…。」
日「言い分は分かりすぎるほど分かるから安心しろ市丸。」←初めてのやさしさ(笑)


 何となく日頃の仲がうやむやになったので、そのまま話し込む二人。(周囲にとっては不気味なことこの上ない)


日「で、同じように食いもんでいいと思うか?」
市「せやなあ…いっそボクら二人で副官の姿をかたどった手作りチョコレートケーキとか作りましょか?
日「やめろ気色悪ィ。何だその「二人初めての共同作業です」みたいなノリは!


 二人とも器用そうだからやろうと思えば出来るかもしれないよ。(出来ねえよ)


日「…結局どうなんだ、悪ィが俺は初めての共同作業は松本とやるって決めて…
市「何の話や。…せやけどなァ、着物いうんも芸がないし…。」
日「…こっそり無記名で部屋の前に「隊長の名前を付けて可愛がって下さいv」とメッセージ付きで仔犬を繋いでおくとかな。
市「バレバレですやん。おまけに何やストーカーみたいやないですか、それ。」


市「…花とかじゃやっぱあかんかなあ。」
日「花か…じゃあ「ご結婚おめでとうございます」というカードを目ぇ覚まし十番隊長さん。
藍「アレ?君達さてはホワイトデーのことで悩んでるのかな?
市&日「どっから出てきた。


≪アドバイスタイム≫←笑


~当日~


(ここから突然いつもと違う形態の短文。汗)


*十番隊

「乱菊さんこの前はどーも。」
「アラ修兵v『お返し期待してるわよv』って言っただけあったわ。」
「そりゃ乱菊さんにそんなん言われたら誰でも返しますって…。」
「ちょっと、それどういう意味よ?」
「や、いい意味でですって」


 檜佐木先輩と乱菊さん。お互い義理だって分かってる関係。檜佐木先輩も哀しいなんて思わないけれども、お返しはきちんと乱菊さんが欲しいものを聞いておく先輩。彼は多分さりげなく律儀な人。


「松本。」
「あ、たいちょーv」
「昨日まで知らなかったんだが…今日は『ほわいとでー』とかいう日らしいな?」
「ええまあ。あ、でもお返しはいいんですよ。隊長にはヒドイ手作りあげちゃいましたから…。」
「今年は失敗しただけだろうが。お前のは毎年美味い。」


 隊長以外には既成品だった乱菊さん。「無理しなくていいですから!」という言葉を押し切って食べた日番谷君。


「いや…それでだな、一応用意してみた。」
「え、隊長がですか!?あんなの食べさせちゃったのに…。」

 
 ひっそりと手に忍ばせていたのは、薄い色合いの珈琲より更に淡いベージュの包装紙に、モスグリーンのリボン。明らかに現世で手に入れた風な出で立ち。一瞬指輪かと錯覚したけれども、箱は日番谷君の手に収まりきらない直方体。期待しすぎね、と自嘲しながらそっと受け取る乱菊さん。


「いいんですか?」
「ああ、返されても俺にはどうしようもねえ。」


 常にぶっきらぼうな返事を賜るけれど、それも優しさ。開けてもいいですか、と聞きたい思いがありつつも、目前の彼の視線が手元に向いておりました。その視線が乱菊さんの反応を窺っているのは明らか。
 恐る恐る開けてみれば、彼の刀を思わせる水晶の肢体。周囲の気体を全て反射させ、万華鏡のように代わる代わる光が顔を変えてゆく、美しい小瓶がありました。
 中を窺えば淡黄色の揺れる液体。それが水晶に映り住み、まるで琥珀のような光沢を見せて。


「綺麗です、けど…どうなさったんですか?」
「とある人物と考えあぐねた結果だ。お前いつも瀞霊廷の店で香買ってるだろ?たまには現世の香を使ってみるのもいいんじゃねえかと思ってな。」
「ありがとうございます…アラ?これ何の香りですか?」
「香の土台は百合なんだと。迷ったんだけどな、何となく百合って聞いた時お前に合ってるような気がしたんだ。」
「正解ですね。だって百合は十番隊の隊章なんだもの。」
「…後悔するなよ。」
「しませんよ、そんなもの。」


 彼女の答えを聞くのが少しばかり恐ろしかったのは、おそらく彼女の踏む地から滲む香りが強いお陰。


*きっと乱菊さんの存在は大きいんだろうな、と。



*三番隊


「吉良副隊長、この間はありがとうございました。」
「そんな、いいのに。」
「いえいえ、毎年ご苦労様です。
「隊長にあげるからには、隊員にあげないわけにいかないからね。」
「…女性隊員へのお返しまでおありになるのに…。」


 三席とイヅル。隊長にあげるならこっそりあげればいいのに、わざわざ隊員の分まで作っちゃうイヅル。今年は散々でした。毎年美味しいのに、お酒とみりんを間違えただけでこの違いです。嬉々として食べた隊員達は皆涙を飲みました。でも全部食べました。


「イヅル。」
「隊長、どうなさいました?」
「十番隊長さんから聞いたんやけどな、今日てホワイトデーいう日なんやて?」
「そうみたいですね。でも…今年は…。」


 現世のことに敏感な市丸隊長がホワイトデーをご存知なかったのも少しばかりの意外な一面。けれどもイヅルは別のことが気になります。だって自分でも自信がなかったものを、隊長に食べさせてしまったんですから。


「イヅルがほんまは料理上手やいうことは知っとるよ。せやから…コレもろてくれる?」
「え…?」


 懐から密やかに取り出したるは、薄っすらと影が落ちるだけの白い包装紙に、深いモカブラウンのリボン。彼が黙って現世へ赴くのはもう慣れたことだけれども、お土産はいつも珍しい現世の品。でもここまで高尚な包みが施されていたのは初めてのこと。


「こんな…頂けません!」
「ええから、開けてみい。」


 促される声は緩慢で優しい。けれども声色とは違って、紡がれる言葉は絶対的な優先事項。表情を窺えば常の飄々とした笑顔。恐れ多く思いながらも、繊細な色をした指に映えるリボンを少しずつ解きます。
 零れたのは、ころりと不安定な丸み。出てきたのはつるりと薄い硝子の容器。滑らかな表面にはささやかなアルファベット。当然読めはしないけれども、羅列されたその文字は、中の色を映して艶かしい様。
 思わず掲げて覗けば、新緑を侵したような淡い翡翠色。透き通る先には、色の薄い隊長の姿が垣間見えて、気恥ずかしさにそっと目を伏せるイヅル。


「宜しいんですか?チョコレートのお返しにこんな高価そうなもの…。」
「ええんよ。ボクがあげたいんやから。」
「でも、この香り…どこかで覚えがあるんですけど。」
「あァ、この前ボクが現世から買うて来たんと同じのやからね。」
「あれ現世からお買いになったんですか!?どうりでこの辺りのものとは感じが違うと…。」
「どうせ付けるんやったら同じのがええやん。嫌?」
「いいえ、嬉しいです…。」


 取り巻く世界は常に同じものであれと。


*おまけ


「上手くやったかな…。」
「どうなさったんですか?藍染隊長。」
「いや、ちょっとした指南をね。」


 本当は僕が彼女にあげるつもりだったのだけど、今回は譲ってあげよう。


*はじめ日番谷君には「菊と百合で迷った」という科白があったのですが、「菊がベースの香水なんてあるんですか」という思いから没に。(笑)
*藍染隊長はちゃんと別のものを返しました。(笑)

こもごも2。(色々)

2006-03-12 21:28:35 | 過去作品(BLEACH)
巡る時の色。(ギンイヅ・吉良夫妻)


*やはり知り合い設定です…。(汗)


 すたんと樹木の枝から身を降ろし、ギンは石の方に視線をやる。イヅルが病床に伏せっているために、一月に一度訪れている墓掃除が出来ぬと言い、あまりに哀しげな顔をするので仕方なしに赴いてはみるのだが、どうにも慣れない。
 そもそも墓掃除というもの自体、それほど頻度のあるものではないであろう。彼岸や盆などに赴き、参った際にするものであると思っていたのだが、イヅルは殊勝に通い続けているらしかった。





「…イヅルが来た時はそないにしおらしゅうしてはりますの?」
 含んだような笑みを浮かべ、墓の方を見やればぽつねんとぬばたまの髪を携えた青年が佇んでいる。奥方は見受けられぬように思えた。若き日の―とは言えども死した頃の―吉良景清は、任務に明け暮れていた時代の死覆装を捨て、穏やかな風情の羽織袴を纏っている。けれどもその笑みの方はといえば、少しも穏やかではない。
「相変わらず失礼だな市丸。イヅルが来た時は出るに出られないだけで、私達はいつでもしおらしいじゃないか。」
「…可笑しなこと言わはる。」
 どこがだ、と笑い、ギンは井戸から賜った水を抱えて墓の前まで足を運ばせた。すると景清の方も何か目論むような笑みを見せ、すたすたと木の幹まで歩く。
「シヅカさんはおられへんみたいやね。」
「感冒を患ったらしい。」
「親子てそないなとこまで似るんや。イヅルも風邪で来られへんのやて。」
「はは、双子のようだな。」
 双子というものは痛み分けをすることがあるらしい。そのようなことを言って景清は微笑ましげに瞳を細めた。ギンは手酌を持ち、ふうんと頷いた後容赦なく墓石に水を引っかけた。けれども景清は、何ともなしにそのまま佇んでいる。
「…何や、何ともあらへんのですね。」
「そりゃ、墓石は家と同じだからな。それとも私達そのものの媒体だと思ったか?」
「そんなとこですわ。」
 それなら中のシヅカにも響くじゃないか。感冒を患っていると言ったのにこの人でなし、と穏やかに捲くし立てる景清を尻目に、「人でなし言われるんは慣れとります」と答えながら墓石を擦る。当然、媒体だなどと思ってはいない。ならば霊体というものは、屋根もなく吹き曝しの目に遭っていることになるのだから。
「そういえばお前、仕事はいいのか?」
「仕事やなんてボクにとってはあってないようなもんですわ。」
「五番隊時代は真面目だったのになあ、さぞや藍染も舌を巻いていることだろう。」
「しとらへんわけやない。せやけど今日はイヅルのためですから。」
 擦った跡を再び水で撫で、挑戦的な笑みを投げかける。景清は「上出来だ」と言わんばかりに鼻で笑ってみせた。景清は木々の境に佇んでいた身をこちらへ動かしてくると、いとおしむように墓石を撫ぜる。ギンはそれを不可思議な表情で眺めた。
「それにしても、木の上から現れる人間が多いものだな。」
「はあ。」
「数十年前にもいたよ。おそらく木の上で寝ていたんだろうな。あれはイヅルが霊術院へ発つ日だった。」
「そらえろうすんません。」
「いや。」
 不快なわけではないんだ、と景清は答える。淡い木漏れ日の差し込む場所に墓を与えてくれたのは、一体誰の気遣いであろうと考えてきたのだ。そのようなところから時折人間が降り立つのも、悪くはない。必要以上に危害を加えられなければ、だけれども。
「イヅルが生けたんですやろ?これ。」
 どこか話を逸らすように、ギンが墓前の水仙を指差す。イヅルが訪れたのは随分と前だが、尸魂界という場所は花の枯れゆく速度も極端に遅い。切花とて、開花時期の終了間際まで保つこともあるほどだ。
「ああ、白い水仙しか私は知らなかったが。」
「ラッパ水仙言うんですよ、これ。イヅルの家の庭に咲いとった。」
「同じ色だな。」
「せやなあ、同じ色や。」
 鼻腔を掠める香りを放つ花の色は、愛しい人の淡い髪の色と大層よく似ている。ギンと景清は、初めて何の含みも持たぬ清い笑い顔を見せた。ギンは、挿げ替えるために持参したはずの花をそのまま持ち帰るべく、手に提げた。
「これがええんでしょ。」
「ああ、これがいい。」
 さようならという言葉も、また来ますという言葉も、何も口にせずそれだけ言って墓を後にする。景清は特別無礼とも冷徹とも感じず、ただ花弁の整った清い色の花を、周囲から切り取ったかのように見つめているだけであった。
 ギンは、イヅルから預かった桶と花のみを携え、淡黄色の地を一心に歩く。一刻も早くイヅルの髪の色を拝みたいと思う。けれどもおそらく、手に提げた花をなぜ生けてこなかったのかと、叱責を受けるのが先なのであろう。そのようなことを想い、足を速めながら僅かに苦笑した。





彼岸道。(荻花)



 透けるように白かった。初めて彼を目にした時、彼は何かを模索するようにして必死に前を見据えている最中で、治癒をする際には装着するのが常である手袋をしっかりと身に付けていたので、腕を見ることなどままならなかったはずである。
 けれども荻堂は、花太郎の怯えたような面差しからして、腕も、おそらく垣間見えぬ足の先までも白いのであろうとそう思っていた。





 常に何かを恐れるようにして吊り下がっている眉は、波が揺れる様子もなく穏やかである。それを些かつまらなくも思うが、凛とした姿勢はそうそうまみえるものではないので、しかと見届けておこうと思わず筆を止めた。
 時刻は正午を回っており、周囲の隊員は皆どこかしらに昼食を求めて出て行った。けれども花太郎だけは、常と変わらず淡々と机に向かっている。彼は昼食を取らぬのが常である。昼休憩を捨てたところで終わる仕事でもないのだが、何を思っているのか筆を落ち着ける様子もない。
(ここにこうして残っていることも、気付いていないのだろうな…。)
 先程から視線を他に逸らす余裕もないといった様子で、細い筆を紙に走らせている。暫くそのまま視線をそちらへと向けていると、ふと花太郎がふうと額に手をやったので、荻堂は同じく一つ溜息を吐き声をかけた。
「お疲れですか、山田七席。」
「はっ…いえ、あの…いらしたんですね、荻堂八席。」
「ええ。」
 これ幸いとばかりに、荻堂は動かしている振りをしていた筆を止めた。そうして同じように筆を止め、申し訳なさげに俯いてしまう花太郎を一瞥すると、呆れたような様子で低い声を出す。
「いつも昼食をお召し上がりになりませんね。」
「ええと、その…はい。」
「どこかお身体の調子がお悪いのですか?近頃は春でも夏でもところ構わず感冒が流行ると聞きますが。」
 花太郎は「いえ…」と一言答えたきり、口を閉ざした。席次が下位の者に対しても敬う素振りを崩さぬところは品が宜しいと言っても良いのだろうが、常に誰も彼もが恐ろしいとでも言わんばかりの怯えようを見せていては、折角の気性の良さも表面には出てこない。
「仕事をするのが遅いので、こうしなければ追いつかないんです。」
「持ち帰れば済むことでしょう。」
「持って帰ってもいるんですよ。でも僕は…。」
「山田七席は決して怠惰はしていらっしゃいませんし、お仕事をなさる速度も他の者と変わりませんよ。」
「いえ、でも、」
「仰らんとされていることは存じております。仮にも七席であられるのに、どうしてそう雑用を安請け合いなさるんですか。」
「好きなんです。掃除とか整頓とか、そういうことの方が合っているような気もしますし…。」
 ふとした瞬間口を突いて出た言葉だったが、目前の荻堂が眉をひそめたのが見受けられ、何か機嫌を損ねることを言ってしまったのであろうかと慌てた。けれども何の弁解もしようがない。
「ご自分の価値が分からない方ですね。四番隊にいらっしゃる時点で他より秀でていることを証明されたようなものだっていうのに、あなたはその上席官だ。充分誇っていいものを。」
「…すみません。」
 花太郎の斬魂刀である瓢丸は、治癒能力に長けている。四番隊へと配属された死神はそれだけで皆他の者達とは異なるという称号を賜るのにも拘らず、どうしてそこまで自分を卑下するのか、荻堂には疑問でならなかった。
「それから、仕事を溜められるよりも無理をなさることの方が、上にとってもご迷惑だと思いますけど。」
「…はあ、すみません。」
 それほど席次が違わぬとはいえ、部下である自分に諭されるまま、何の反論もないというのは非常に違和感の生じるものである。最も、日頃揶揄を加えてばかりいる伊江村の態度を思い起こせば、そう感じてしまうことは当然のようにも思う。
「…もう一つ、申し上げても宜しいですか。」
「はい。」
「毎日三食、きちんと食事を採りなさい。」
「…はい。」
 まるで叱責を受ける子供のような風情で、大人しく荻堂の言うことを聞いている。年齢で言えば荻堂の方が幾分年かさであるので、これでは真の兄弟のようではないか、と荻堂は嘆息した。
「勿論、今もです。先にお食事をなさって下さい。」
「でも、荻堂さん…。」
「でもじゃありません。きちんと食事を採りなさい、と、あなたは先程頷かれたばかりです。」
「そうでした…。」
 俯く度に、線の細いぬばたまの髪が揺れる。荻堂はどうも居た堪れなくなり、椅子から立ち上がるとすぐさま花太郎の手から筆を奪った。花太郎は暫く丸い眼をぱちくりと動かしたが、そのまま頬を緩めてにこりと笑う。
「ご免なさい、ぐずぐずしてしまって。」
「全くです。…それにしても細い腕ですね、本当にしっかり食べて下さらないと誰にでも簡単に組み敷かれておしまいになって私が困りますよ。」
「え…。」
 理解出来ぬ様子で首を傾げるが、荻堂は微笑を浮かべてそれから何も答えない。荻堂は花太郎の腕をそのまま引き、立ち上がらせてから言った。
「私は医療に長けているということを誇りに思っています。ですから先程申し上げた通り、あなたは少し自信を持たれるべきです。」
「そう、ですね…。」
「治癒霊力に長けていて、謙虚で真面目で偽りもない。何も恥じる必要なんてないでしょう?」
「ありがとうございます。名前以外で褒められたことがないので、嬉しいです…。」
「それに、とても綺麗な人です。」
 俯かせていた顔を、思わず上向かせる。荻堂は変わらず笑みを湛えており、恥じらう様子も揶揄する様子も見られなかった。花太郎は少しばかり困惑したが、荻堂は花太郎の白い腕を急かすように引き、何事もなかったかのように言う。
「行きましょうか。時間がありません。」
「はっ…はい!」
 荻堂はと言えば、初めて姿を見止めた時と変わらぬ白い腕を見つめ、少しばかり微笑ましく思った。すると花太郎の方から淡い香りが漂うのを感じ、さてはと尋ねる。
「良い香りがしますね。」
「食堂からでしょうか?」
「いえ、山田七席から。」
「ああ、昼前に講堂へ飾る桔梗を運んで―…」
 荻堂の言わんとするところを察したのか、そのまま押し黙る。そして今にも「すみません」と声を上げそうに見えたので、やれやれとそれを制した。やはり自分の予想していた通りであった、と。
「敵いませんよ、あなたには。」
 悪びれた表情を浮かべる花太郎に向かって、そっと顔を笑みに染める。花太郎はくつくつと笑う荻堂の意図するところが分からず訝しげな瞳で見据えたが、それすらも可愛らしいと思うのだから救いようがないと、荻堂は衝動的に目前の肢体を引き寄せた。



 彼岸だと思ったのだ。目前にすらりと姿を現した白い肢体を見止めた際に、その手が零れるような紅色を鎮めた時、おそらくあの手はこの世の彼岸なのであろうと、そう思ったのだ。
 ならばあの手に導かれる職を誇りに生きよと、さすればあの腕と同じ色をした、仄白い光と共に並ぶことも叶うであろう、と。





 一つ先を怯えるように歩く背から、別たれる彼岸を歩むことを望んでいるのだ。




艶告げたし。(日乱、会話のみ)


「あら、春告げ鳥ですよ。隊長。」

「何だそれは、目白じゃねえのか?」

「いいえ、鶯ですよホラ。ホーホケキョって言ってるじゃありませんか。」

「ああ…成る程。」

「流石に執務室では何の趣も感じられませんけど。」

「鶯の声くらいは聞こえるだろ。」

「違いますよ、雰囲気がね。書類に塗れていては。」

「そうさせてんのはどこの誰だ?」

「あら、どこの誰かしら。」

「お前だ、お前。」

「精一杯尽力させて頂いてるつもりですよ、これでも。」

「…しかし鶯か。似合わねえな。」

「あたしにですか?」

「いや、俺の家に。」

「そりゃ、桜のひとつも咲いてませんからねえ。確かに相応じゃありませんけど。」

「まあ、悪くはねえけどな。」

「艶かしいものがないと鶯は似合いませんからね。」

「…そうか?」



 最も艶かしいものが目前にあることは、知らぬ存ぜぬ。




*あとがき*
 こもごも第2弾です。またもや色々可笑しいことに…orz

今更ですがお義父さんと呼ばせて下さい。

2006-03-09 20:00:58 | 過去作品(BLEACH)
*タイトルからして「またか」と突っ込まれそうなプロポーズネタです。
*ギンイヅに至っては相変わらず吉良夫妻が出張っておりますのでご注意下さい。(コラ)
*何か色んな小ネタとリンクしておりますが、単体でも全然大丈夫です。(笑)
*いつものことですが、カッコいい日番谷君がお好きな方、攻隊長が苦手な方はご注意下さい。(汗)



*十番隊~お義父さんは銀狐~


 三番隊舎、周りの人間は出払ってますが、副隊長だけが黙々と仕事をしております。


 かぽーん←ししおどしの幻聴(普通見合いの席で使います 笑)


日「…それで、だ。順序は色々すっ飛ばしてお嬢さんを俺に下さい。
市「アホですやろ。大体十番隊長さん書類出しに来ただけとちゃいますの?」
日「それはそうだが…何となく松本も連れて来てみたぞ?
乱「何ですかたいちょー?お茶じゃなかったんですか?」
市「お前も騙されるんやない、乱菊。
日「そもそもお前がいつまでたっても了承しねえのが悪いんだろうが…。」
市「せやから十番隊長さんが成長しはってからて言うたやないですか。」


日「大体何の理由もなくダメだダメだ言いやがって…文句があるならちゃぶ台の一つでもひっくり返してみろよ!!(見たいだけ)
市「何やのその理不尽な思い込み。嫁の父親が皆そんなんやと思うてたら大間違いやろ。大体うちにちゃぶ台なんてあらへんし!」
イ「何でしたらどうぞ?」
市「何で持っとるの、イヅル。突然出てきよって…。」

~中略~

日「松本だって了承してんだぞ?」
乱「何がですか?」
日「お前別に俺と添い遂げてもいいよな?」
乱「いいですよ別に。」
市「添い遂げる、て…話飛びすぎやろ。」
日「とにかく、お前もいい加減観念しろよ市丸。」
市「せやから十番隊長さんが成長しはったらええて言うとるやん。」
日「よし、言ったな?俺がどんな男になっても二言はないな?
市「どんな男になるつもりやの。


日「そうするとつまりお前らはお義父さんお義母さんなわけか?(さも嫌そうな顔)
市「別にええんですよ?嫌なら…ホラ、イヅルも「ふつつかな娘ですが…」て言わなあかんやろ!
イ「一体僕をどうしたいんですか市丸隊長。


*近頃うちの小ネタの日番谷君については、注意書きどころか隔離しなければならないのではないかと思い始めました。(コラ)


*五番隊~お義父さんは小学生~


 普通に、ご両親にご挨拶に行きます設定で。やっぱりこういう時は白藍染で。(笑)


藍「とうとう君のご両親にご挨拶するんだね、緊張するなあ。」
桃「大丈夫ですよ、藍染隊長ならきっと気に入られますから!」
藍「だといいんだけど…。」

 すすすと襖開きます。ご両親です。

藍「初めまして、藍染惣右介と…何やってるんだい?日番谷君。それに松本君も…。」
日「父母ですがそれが何か?仕方ねえだろ俺と雛森にはばあちゃんしかいねえんだよ!」
藍「じゃあおばあさんは…?」
日「この日のことを伝えるのが遅れたんでな、何も知らずに町内会の旅行だ。
藍(町内会…!?)


藍「どうでもいいことだけど日番谷君、銀色の口ひげが更に痛々しいよ?
日「うるせえ黙れ。貫禄を出すためだ。」
(逆効果だと思うけどなあ…。)


藍「まあ、君が代理なら仕方ない。お嬢さんと結婚させて下さい。」

 最近のマナーでは「娘さんを下さい」と言っちゃダメなんだそうです。物じゃないんだからって。

日「…俺が許すと思うか?」
藍「うんぶっちゃけ思ってはいない。どうせ腹の底は真っ黒だってバレてるんだろうしね☆」
日「そもそもお前結構女関係派手だっただろ。歳取ってから落ち着いたクチだって京楽から聞いたぞ?」

 物腰は昔から柔らかくても(見た目は。笑)女関係は割と色々あってそうだな、と。(笑)

藍「誰にだって若い頃はあるんだよ?日番谷君…。(哀れむような目)
日「馬鹿にするな。つうか慰めんな、余計虚しい。」

 だから君もきっと大きくなれるさ…という慰め。(笑)

藍「うんだから若気の至り!若気の至り!」
日「騙されるかよ。お前なんかが雛森を幸せに出来るはずないだろ。」


藍「…お義母さん、娘さんを僕に!
乱「ふつつか者の娘ですが、どうぞ宜しくお願い致します。(礼)」
日「オイコラ松本ォォォォォ!!!!
乱「えーだって隊長が言ったんじゃありませんか。段取りがついたらこう言えって!」
日「雰囲気ってもんがあんだろ、雰囲気ってもんが!」


 結局もらわれてゆくようです。(笑)


*三番隊~お義父さんは実の父~

*しつこいようですが吉良夫妻捏造です。色々すごいことになっております。
(汗)
*いつもの如く市丸さんとご両親知り合い設定で。
*景→イヅル父景清さん シ→イヅル母シヅカさんです。


 吉良夫妻の墓前。二人で手を合わせながら言います。


市「景清さん、シヅカさん、ボク今度イヅル君と結婚さしてもらいます。」
イ「市丸隊長…。」


 にっこり笑う二人。前提からしておかしいとか気にしない。(笑)


市「…よし!ほんならすぐ帰ろ!さっさ帰ろ!何か出てくる前に帰ろ!!
イ「ど…どうしたんですか?そんなに急いで…。」
市「変なもんが出てくる前に帰らんとあかんのや!


景「変なものとは随分じゃないか、市丸。
市「うわ、出た。
シ「失礼ではありませんか。仮にも義理の父と母に向かって…。」
市「そんならスンナリ認めてくれはりますね?」


景「…それなら市丸、お前に試練を与えよう。世界に散らばる七つの宝石と囚われの姫を見つけ…。
市「何の話や。
景「結構面白いんだぞ、現世の「あーるぴーじー」とかいうの。」
市「アンタら魂魄でしょうが…。」


シ「それでイヅル、あなたは本当にいいの?こんな人でいいの?」
市「アンタも何やのシヅカさん。
イ「はい、母上。僕は幸せですv」
市「イヅル…。」
シ「…チッ。」
市「えっ今舌打ちしはった!?


市「大体元々許されてたもんを命日やからって何で改めて言わなあかんのですか。」
景「いやだっていつお前がイヅルを泣かすか分からないじゃないか…。いつでも離縁する口実が出来るようにね、毎年許しを請いに来てくれてもいいぞ☆
市「アンタ何かボクの元上司に似てきたわ。



 景清さんとシヅカさんがこんなんですみません…。設定としてはこちら(クリック)の吉良夫妻寄りで。(笑)


 ちなみに何で日番谷君は「お嬢さんを下さい」と言ってしまったかというと、色々なところの聞きかじりだからです。(笑)

斬花:前編(偽善との共鳴余話:第三幕 日乱)

2006-02-25 02:27:30 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
*日乱現世捏造編です。二人ともかなり性格が今と異なる上に夢みがちですので、充分ご注意下さい。
*前編~後編間は大人日番谷で進行しております。
*前編から後編に、後編からオマケへと飛べるようになっております。





 彼は、刀を振るう人であった。だからといって人を斬るでもなく―いや、場合によっては斬るのであるが―決して見境なく斬りつけるということはなかった。
 美しい髪の色は、どこから来たのかと聞いたこともある。すると、今度はあちらからならばお前の色はどうした、と聞き返される。あたしはああ、と頷いてから、曖昧にはぐらかした。
 刀の似合う人であった。刀というよりも、その鋭い切っ先がまるで彼のために造られたように舞うのである。 

  



 思えば不可解であったなと日番谷は思う。女は家を持たず、あるはずの名すら持たなかった。元よりとある呉服屋の長男坊が遠縁であり、二親が亡命した後そこで世話になっていたらしいが、その息子が後味の悪い死に方をしたために家を出ることとなったのだと女は話す。
 呉服屋では大した稼ぎにもならぬ下働きをしていたようである。しかしどうも女の口ぶりからすると、追い出されたわけではないらしい。むしろ伯母などは大変よくしてくれたのだが、昔馴染みの死した姿を目にした瞬間、わけも分からずに飛び出してきたのであると言う。
 その男に懸想していたのか、と、そう問うたこともあるが、女は容易くそうではないと答えた。ただ、男が独りではなく二人で死んでいるところを見て、安著したのやもしれぬし、恐ろしく思ったのやもしれぬと。孤独を絵に描いたような男が人と共に死したという事実を目の当たりにし、我を忘れてしまったのやもしれぬと、そう言う。
「男だか女だかあたしには見えませんでした。でもそんなことはどうでも良かった。絶対に独りきりで死ぬものと思っていたのに、そうでなかったことが奇跡だったんです。」
「…そうか。ところでお前、元々家があったんならどうして名がねえんだ?」
 なぜその話題から話を遠ざけようとしたのか、日番谷にも分からなかった。ただあまりに女が哀れな表情を向けながら唇を動かしているので、見ていられぬように思ったのかもしれない。しかし、女はその質問に対しても同じ顔をして笑んだので、不味かったかと日番谷は眉をひそめた。
「悪かった。」
「いえ、いいんです。…ただ、忘れているだけですから。」
 出てきた時の記憶もなければ、過去にどう呼ばれていたのかすら知らぬ女である。尋常な頭であるならば訝しく思うところであろう。けれども日番谷は、口を滑らせるかのように思わず言葉を紡いだ。
「それなら、うちで暫く暮らすか?」
 そもそも男女が二人きりで、ということを考える余裕などなく、日番谷からしてもそれは不思議な感覚であった。何事も裏まで推測した上で進めるのが常であるのに、どうしたことか、と。何にしろ、それが女の美しさによるものだと思いたくはなかった。





 隙間風が襖を抜け、女のうなじの辺りですう、と燃え尽きる。するとそれだけで日番谷は目を逸らしてしまうので、その度に女は訝しく思い、同時にくすりと苦笑を零した。日番谷は口を引き結んで不本意という風な表情を向けるが、濃い亜麻色の髪が紫電の着物を染め上げ、女が鋭い眼光で猫のように勝ち誇った笑みを見せると、眉を吊り上げて押し黙る。
「何でそうなんだ、お前は。」
「…何がですか?」
「男の性質を全て分かっているように見える。どういう仕草をして、どういう顔をすれば男が自分の方を向くか、知っているように見えんだよ。」
「嫌だ、何ですかそれ。」
 やめて下さいよ、と茶化すように笑うが、日番谷が強い視線で見据えると今度は女の方が押し黙った。すると日番谷はふとそ知らぬ振りをして視線を戻し、ぽつりと言い放つ。
「…お前、昔馴染みの男に拾われるまでは何をしてたんだ?」
「何も。両親を亡くしてからすぐに引き取られましたので。」
「…正直に話していいんだぞ。」
 日番谷が潜めるような声色で促すと、女は俯いて表情を翳らせた。亜麻色の髪が、暗がりに映え、けぶるように美しい。日番谷はその様を、先程とは異なった哀れむような瞳で一心に見つめている。女は暫くそうしていたが、視線に堪えられぬようになったのかおもむろに口を開いた。
「両親が亡くなった後、幼馴染のお家があたしを引き取ろうとして下さったんですけど…その頃には既にその…所謂廓とか、女郎屋とかいうところに売られてたんです。あたしの家、結構苦しかったから。だから幼馴染の家に身請け…と言っていいのか分かりませんけどされる前は、今お話した通りの場所で働いておりました。」
 すう、と、背筋に滑らかな悪寒が奔る。
 昔馴染みの母は生前の女の両親と大変親しく、自分の子のようなものであるからと女を引き取ろうとしたが、例え格子女郎であろうとも身請けには大層な財産が要る。下働きを幾らも抱える呉服屋とは言えど、資金を融通する期間が必要であった。けれども女は元よりの美しさと手腕で次第に売れてゆき、その間に大層な額を孕んだ女郎へと成長していたので、なお長い期間を有したのであると女は世間話をするような調子で語る。
「…お嫌ですか?」
 こんな話は、と続けた女に対し、日番谷は軽く首を横に振る。
「いや…悪かった。」
 その謝罪が一体何に向けたものであったのかは定かではない。詮索した彼女の過去にやもしれぬし、あるいはその話を挙げることにより、彼女の中の「幼馴染」を浅く呼び起こさせてしまったということに対してなのかもしれなかった。





 春に向かい忍ぶ気配を見せる霜の様子が窺えるが、未だ冬の粒子は幾つも辺りへと放たれている。今しがた任を終えた時分であるが、日番谷にしては珍しい類のものであった。日番谷の職といえば所謂よろずと表すのが正しい。よろずと言えども職種は限られているので、何でも屋というわけではないが、刀に関することならば大抵やる。
 時には鍛冶屋にもなるし、罪人を裁けと言われれば裁く。けれども時折受ける介錯の任は、決して後味の宜しいものではない。この時代、幾人殺めようともそれを罪と証明するものはなく、発覚することは僅かであった。
 当然役所などという正規の場所で日番谷を扱うようなことはない。日番谷を雇う先といえば、大抵が気位の高い裕福な商人である。中には細々と鍛冶を目当てに訪れる者もいるが、大概が豪奢な風体で現れては、用心棒やら何やらと好き勝手に申し付けて去ってゆく。
 仕事であるので用心棒などという依頼を断ることも出来ぬが、やはり本当のところは、本職である刀を扱いたいと常々望んでいる。けれども刀を振るう腕を見込まれ、その上で使われていることも確かではあるので、その点に文句はなかった。
けれども困りものなのは、時折訪れる非合法の客である。





 悪どい手を使い商業を営んでいる者も少なくはないが、そのため命を狙われることも常だ。けれども、生まれながらにして格式高い商家の嫡男とされ、生来より気位の高い者の中には、自分に危害を加えようとした罪人を役所などには任せておけぬとはた迷惑なことを口走る者もあった。
『是非この者に制裁を与えて頂きたい。』
 そのような人間は容易に言う。口と同様軽々しく目前を金の山で埋めながら、先日日番谷が捕らえ、あとは役所にでも突き出してくれと要求したはずの罪人を、どれ程拘禁していたのか背後に携えてお見えになった。
 積まれた金が非常に煩わしい。こんなものは黄金ではない。このようにさも豪奢である風な金は、黄金ではない。本物の亜麻色は既に見知っていた。他でもなくあの女の髪の色である。
『…お帰り願いましょう。』
『そう言わず、決して日番谷殿が罪人と明かされるような馬鹿は致しません。』
『そもそも罪人になるってのが性に合わないんでね。』
『これはこれは、結構な性をしていらっしゃる。』
 嘲るような素振りで袖を隠す仕草に些か眉をひそめ、再び『どうぞお引取り下さい』と促す。けれどもあちら側は全く退く様子がなく、むしろ先程よりもいきり立った風体である。男は、広い図体を踏ん反り返し、睨め付けながらいけ好かない口調で放った。
『…はて、日番谷殿に妻があるという話は伺っておりませぬが、そちらの女性は如何されましたかな。』
 はっと背後を振り返れば、客人に気付かなかったらしく女がさも申し訳なさげな表情を浮かべていた。日番谷は軽く女に頷き、いいから黙っていろと促す。
『…姉です。それ以外に何がございます。』
『ほほう、姉上殿。素性も知れぬ貴方様に、姉上殿、とな。』
『…生き別れであったのです。…何か?』
『いやいや、しかし…確たる証拠もなければ、さぞ悪評になりましょうな?質実剛健と名高いお侍殿が契りも交わさぬ女を連れ込んでいるとあっては…。』
 だらだらと聞き苦しい男の声に、ぎり、と口唇を噛み締める。男とて普段は廓やらで遊び呆けているのにも拘らず、米粒ばりに儚い他人の悪態を漁ることにかけては人一倍長けている。日番谷としてはどのような風聞を立てられようと構わぬと思うところだが、何分男には権力もあれば顔も広い。
 この男のことであるから、女の素性にも尾ひれはひれご丁寧に添えつけて広めてくれるに違いなかった。それは不味い、と日番谷は思う。日番谷は訝しげに瞳を上向けている女を一瞥してから、一度溜息を吐いて男に告げた。
『―…お受け致しましょう。』
『有難き幸せ。』
 掠れたような声音で覗き込まれた時の不快感は、今でもよく覚えている。日番谷はそれからじっと無言のまま顔を背けており、男が語っていた「段取り」というものの中身を少しも聞いていなかった。御託を並べたところでやることは変わらぬ。ただ殺めるだけだ。
 とにかく背後に佇む真の亜麻色と対比するように、目前に構えている品のない黄金色を打ち消したいとだけ考えていた。





 任を終えた後は容易い。罪悪感に浸ることもなし、達成感を抱くこともなしに、ただ喪失したような目で刀の血を拭うだけである。殺めた者の表情など覚えていない。誰しも殺められた時の姿など―とりわけ男ならば―記憶されたくはないと思うものであろう。それは死者に対するせめてもの手向けであった。
 浅瀬の脇に、日番谷は険しい表情で佇む。女は今も待っているであろう。夕餉の支度をしているか、あるいはそれを終えて適当に暇を潰しているか、どちらかだ。日番谷の帰りが遅い時には先に夕餉を済ませているのが常であるが、どうしたことか、日番谷が気乗りせぬ面持ちで任へと出かけた日には、食事をせずに待っている。殊勝というよりも、一重に勘が鋭いのだ。
(…暫く、と俺は言ったな。)
 暫くこの家で暮らさぬか、と。けれどもここを出て、どこへ行こうという当てもないような女である。いずれは日番谷の言葉通りに姿を消そうとするやもしれぬが、ならば、その前に。
(…何考えてんだ。)
 そのような想いを取り違えるような歳ではない。けれども、溺れるような歳でもない。日番谷は清めるようにして水に手を沈ませる。それはどこか、目を覚まそうとしているようでもあった。





 帰り際に鬼のような顔をした魚を拾った。釣ったのではなく、拾ったのである。足元にばたばたとちらつくものがあったので、何事かと目を凝らせばどうも魚のように見えるけれどもひどく美醜の意見が分かれるであろうというような生き物が、べたりと地に這い蹲っていた。見目からすると、どうやら鰍らしい。幼い頃に顔も覚えぬ母が日番谷に食べさせたことがあった。鰍の旬は秋であるし、そもそもここいらで釣れる魚ではないはずなのだが、元より捨て置かれた魚である。
 大概の人間が生きた姿の醜さに退くが、じっと眺めていると何やら愛嬌が見られ可愛らしいとも思う。少なくとも日番谷にとっては、一概に醜いとは言い表せぬ魚であった。それも鰍というものは、見目に反して非常に美味いのだ。
「くすんだ色をしていますね?」
 持ち帰ると、日番谷の手に提げられた魚を見て女が興味深そうな目をしながら言う。不快ではなさげであったので、ならば料理をしてくれと頼むと、今度はさも嫌そうに顔をしかめた。
「可哀想に。」
 そうは言えども、元より土手の辺りに打ち捨てられていたものである。それを喰らおうと考える自分も自分だが、既に息絶えた魚を手の中でぐったりとしな垂れさせながら哀れむのもどうしたことか。
「大体、誰が落としたか分からない魚なんでしょ?食べるのは止めましょうよ。危ないわ。」
「鰍は毒を持ってるわけじゃねえぞ?」
「あら、誰かが仕込んでいるかもしれないでしょう。それに冬獅郎さん、鰍っていうのは普通秋にいる魚だって言ったのはあなたじゃありませんか。」
「…まあ、近頃は冬にしては暑いが、春にしちゃ寒いからな。秋みてえな気候だから鰍がいても可笑しくねえんじゃねえか。」
「まあ、嘘ばっかり。」
 くすくすと指で口元を押さえ、女が笑い声を上げる。日番谷はぐっと押し黙るが、話の主題を見失ったような気がして口を開いた。
「お前は女だからな、気に入ったもんを哀れむのは分かるが…何でも可哀想可哀想言ってちゃどうにもならねえぞ。」
「あたしが魚を食べたくないんじゃないんですよ。あなたに食べさせたくないんです。心配だもの。」
「なら肉だけ剥いで、きっちり清めてくれ。肉にまで染み入るような毒はそうそうねえからな。」
「…仕方ありませんねえ…。」
 そうまでして食べたいものかしら、と女は魚をまじまじと見つめる。日番谷が鰍を喰らおうと考えたのは、美味いからというだけではない。記憶の中にある母の面立ちが蘇るようで、ふと懐かしく思ったのである。
 以前知人から、鰍は刺身が一番旨いと聞き受けていたのだが、女が生で食うことを許さなかったので、渋々焼くことにした。
 それを箸で突付きながら夕餉を堪能する。女の作った夕餉はとうに出来上がっていたのだが、鰍もそれらのつまとして一品加えてくれた。酒は呑まぬ主義であるが、何を思ったのか女が用意していたので、軽く傾ける。女はにこにこと笑いながら同じように杯を傾けていた。
「…お前が幼馴染の話をした時、同じだと思ったんだ。」
 普段は口にしない話題すらも、酒精に敗れぽつりと出てくる。
「同じ?」
「ああ―…俺も、最近昔馴染の女を亡くしたばかりだからな。」
「冬獅郎さんも?」
「馬鹿みてえに優しい女だったんだが…惚れた男の墓にもたれ掛かりながら死にやがった。」
「そうですか…ご愁傷様です。」
「いや…。」
 宿命というものは何と非道で、何と美しいものか。時を同じくして同じものを失った人間を、さり気ない場所にて邂逅させる宿命というものは、何と。けれどもこれが宿命であるならば、決して悪いものではないと日番谷は思った。
 




 仕事のない休日に、出かけようと思うのは珍しいことであった。他でもない女の私物を購入するためである。着物一枚身に付けただけの状態で拾ったものの、やはりそれだけでは足りないだろう。女ならば二、三枚あっても足りぬかもしれない。本来ならばとうの昔に行っておくつもりであったが、思うように暇がなく、随分と日が経った後となった。
 女が強請れば金だけ渡していくところだが、女は決して着物などを欲しがらない。否、強請らずとも、女は日番谷が金を渡そうとすれば常に拒む。日番谷が貧しいと思っているのか、もしくは遠慮しているのかは分からぬが、たった一枚の着物を日に一度必ず清めて着用していた。殊勝なもんだ、と日番谷は溜息を吐く。
「…本当にお前は行かないのか?」
「ええ、行ってらっしゃいまし。」
 買出しに参ると日番谷が言うと、女は待っていると答える。とはいえ女の好みなど理解出来ぬので、ここは付いて来て欲しいところなのだが、どうしてか日番谷は女に着物を買ってやるから付いて来いと言うことが出来なかった。
 以前一度街中で女が簪を熱心に見詰めていたので、買ってやろうかと言ってみたところ、女は執拗に拒んだ。おそらく色町で女郎をしていた時分、そのようなやり取りが頭に植わったままなのであろうと考え、それからは女に対して何か買ってやるという風な物言いをすることを避けた。
 するとふと思い付き、日番谷は出かける直前に尋ねる。
「なあ、お前色は何色が好きだ?」
「色…そうね、あたしは赤が好きです。」
「赤か。意外と女らしいな。」
「失礼ですねえ。意外とってなんですか、意外とって。」
 背後でむっとしたような声をあげる女を尻目に、日番谷は「分かった」と一言発し家を出る。赤という色に、蜜色をした灯篭の片鱗を思いながら。赤という色は、日番谷に廓のような印象を持たせた。けれども日番谷は、赤といえど出来るだけ派手でない着物を買ってやろうと思う。その方が女に似合うであろう、と。




 斬花:後編へ。

斬花:後編(偽善との共鳴余話:第三幕 日乱)

2006-02-25 02:25:17 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
 辺りは喧騒で溢れ返っている。けれども商人達は至って穏やかに客人を出迎え、呉服屋などは新たに仕入れた絹織物を表に出していた。日番谷は深々と頭を下げる商人に軽く頷く。既製品を購入すべく訪れたのだが、流れるように立てかけられた絹織物を眺めているところで、一点に視線が集中した。
「いらっしゃいませ。そちらがお気に召しておいででしょうか?」
「いや…着物を買いに来たんだが、この織物は仕立ててくれるのか?」
「勿論でございます。では、そちらを?」
「ああ、これと…着物を二、三枚見繕ってくれ。」
「畏まりました。」
 その織物は、丹念に染め抜かれた真紅が非常に印象的なものであった。それを飾るようにして、品のある大輪の菊と雛菊が彩っている。その菊の零れんばかりに鮮やかな具合に引き込まれ、派手なものは買わぬと思っていたにも拘らず譲ることが出来なかった。
「それでは、仕立てが終了致しましたら、お届けにあがります。」
 織物から仕立てさせるような客は大抵裕福な人間であるので、店主の腰も幾らか低い。日番谷は家の様子を窺えば魂消るのではないかとふっと口の端を上げ、既に仕立てられていた着物のみを提げて家路を歩いた。
 ざりざりと小さく響く砂の音を捉えながら、手の中にある着物の包みをそっと開く。出来るだけ赤を、と思ってはいたが、はじめに見た紅の印象が非常に強くあったために気付けば淡紅、藤色、鶯と、全く関係のない色を並べてしまった。
(淡紅と藤色はともかく、若い女に鶯はどうだかな…。)
 それも淡い仕立てではなく、少しばかり色濃く造られており、若い女性に好まれる色とは思えない。けれどもおそらく女は、黙って着るのであろう。そう考えると、今にも挿げ替えてしまいたくなった。





「あら、お帰りなさいまし。」
「ああ。」
 軽く返事をすると、女がにこりと笑いとたとたと駆けてくる。見目はいかにもといった大人の女を想像させてならないが、時折仕草がほんの少しばかり可愛らしい。『大人』という世を誰より知る女のはずなのだが、時折大人であることを忘れ去ったかのように無垢な笑みを見せる。
 とどのつまり、日番谷はといえば時折女のそういうところを―いとおしい―と、そう思うのであるが、日番谷は女にとって最も大事なものを知らないままであった。知ることが出来ぬという方が正しいのかもしれないが―確かに日番谷は、女の名というものを知らなかった。
 気になりはするけれども、女のためにも聞かぬ方が良いであろうと考え、日番谷はそ知らぬ振りをして女の目前に着物を広げて見せた。女はあっと声を上げ、着物の傍らへと腰を下ろす。
「どうしたんですか?これ。」
「お前も着物一枚じゃ不味いだろ?」
「…綺麗。」
 女はうっとりと顔を綻ばせ、慈しむように裾を手に取ると、着ている着物の上から羽織った。どうかと思っていた鶯色の着物であったが、女が着ると不思議と若々しく思える。考えてみれば共に街へ出るより、何も言わず買い与えられることの方が遊女にとっては多いのではないかと今になって気付き溜息を吐いたが、女がどうとも思っていないようなので苦笑した。
「悪かったな。若草に近いならまだ良かったんだが―その、鶯。濃すぎたろ。」
「いいえ、すごく綺麗。」
 赤を買って来るつもりがないのならば、どうして好きな色など尋ねたのだと女は罵っても良いところなのだが、心底感謝するような面持ちで着物を代わる代わる合わせてみている。飾らぬ女だと思ってはいたが、これ程までとは、と日番谷は再び軽い笑みを漏らした。





 数日で仕立て上がると店の主人は言っていたが、待てども届けに来る様子がないので、仕事帰りに立ち寄ってみた。するとどうやら非常に丹念に造っているらしく、明日までにはと頭を下げられたので、急がぬとも良いと断りつつも、明後日辺りに引取りに来ると告げる。店の主人は客に赴かせるなど恐れ多いという風に拒んだが、是非女と共に訪れて見せたいと言えば渋々了承された。
 そのため仕事の合間を塗り、女を連れ出さねばならなかったのだ。女は訝しげに首を傾げたが、たまには付いて来いと言ったところ素直に従った。
 蓮華の花が軒を連ねる小道を抜け、穏やかに時を重ねる田園を掠めて通り過ぎると、あちら側には街が見える。女は一度どきりとしたように見えたが、ぎゅっと引き締められた手を引いてやった。
 呉服屋の前には立派な看板があるが、女の様子から見ればどうやらここは過去の住まいではないようで、僅かに安著する。それは女も同じであるので、ほっと一息付くと頬を緩めた。
「いらっしゃいませ。」
「先日仕立てを頼んだ者だが…出来てるか?」
「勿論でございます、少々お待ち下さいませ。ただ今…。」
「冬獅郎、さん…?」
 流石にここまで来れば事の次第を察知したらしく、女が見開いた眼で見上げてくる。日番谷は曖昧にそれを逸らし、主人が奥から出でるのを待った。するとすぐに主人が、淡い色の風呂敷に包まれた着物を労わるような手付きで運んでくる。
「この品で間違いはございませんか?」
「ああ―…これだ。」
「え…。」
 広げられた途端に、女が驚愕したような声を上げる。漆で塗られたように鮮明な深紅が視界を染め上げたかと思うと、すぐさま大輪の菊が襲う。滲むような具合に白く染め抜かれたそれは、克明な雛菊と対比するように交わりひどく美しかった。
「何分幅の広い模様ですので、最も映えるように仕立て上げるのが難儀でして…申し訳ございません。」
「いや、見事だと思うが。」
「お褒めに預かり幸甚の至りにございます。」
 傍らの女は未だ魅入られたようにして視線を外さない。見かねた日番谷が「合わせてみるか」と言うと、一瞬戸惑った後そろそろと着物に手をかけた。店の主人は女の風貌を見て、「さぞお似合いでしょう」と笑みを絶やさない。
「…似合いますか?」
「ああ…。」
 女から投げかけられた言葉に、思わず目を逸らす。幾ら見目の麗しい女であれども、似合うものと似合わぬものがある。とりわけこのように派手な風体の着物であれば、着物に着られる女も珍しくない。けれども元より長身なこともあり、軽く羽織るだけでもすらりと美しかった。
「ありがとうございます、本当に…。」
「いや、大したことねえよ。」
「大したことあります、だってあたしは男の人からこんなに嬉しいもの貰ったの初めてなんですもの。」
 笑みを見せる女の表情から、これまで彼女に貢いできた男達と同じようには思われていないのだと確認し、ひっそりと息を吐いた。同時に、何やらこの邂逅がこれまでとは異なった兆しを見せ始めたことを感じる。女にとっても、自分にとっても。
 背後で息を潜めるように揺らぐ影の存在を、日番谷は知る由もなかった。





 なだらかな風が、隙間の開いている指を掠める。風呂敷は自分が持つと言ったのだが、自分で持たせて下さいと女が言って聞かなかった。元より重量のある代物ではないが、女の繊細な手に乗せられているとひどく重苦しいものに見える。
「なあ…お前、結局自分の名前思い出せねえのか?」
「え、…ええ…すみません。」
「責めてるわけじゃねえよ。残念だと思っただけだ。」
「残念?」
「いつまでも『お前』じゃ格好つかねえだろ?」
 女が了承するならば、妻にしたいと考えていた。女と過ごす中で長らく思っていたことである。帰る家がなければこのまま住まってくれればそれが良い、と。けれども高価な着物を買い与えた後では、断りたくとも断れぬことであろう。日番谷は僅かばかり、そのようなもので彼女を捕らえようとしている自分に気付き、大層卑怯に思った。
「お前さえ良ければ―…。」
「冬獅郎さん!」
「…っ!?」
 油断した、と、頭で理解した頃には遅かった。





 短刀を深く腹に宿したままで向かって来た者の腕を掴んだが、刺された後ではやはり少しばかり遅い。けれども足は地に縫い止めたまま、必死に佇んだ状態を保っていた。女は歯を食い縛る日番谷を支えるようにして肩に触れている。
「冬獅郎さん…冬獅郎さん…!」
 呼びかけられるが答えることが出来ず、肩で息をしながら腹から刀を抜く。瞬間どくどくと激しい血の巡りに襲われ、口の端からも僅かに血液が零れたが、構っている暇はなかった。目前の女には見覚えがある。先日殺めた男の―…妻だ。
「…仇のつもりか。」
「何の話だい?」
「旦那を殺した男、の、仇だろ…?」
「あたしはあんたなんて知らない。用があるのはそこの女さ。」
「女、だと…?」
 朦朧とした瞳で女を見つめると、女は青白い顔付きで目前の女を凝視している。男の妻と名乗る女は、狂わしい顔をして口を開いた。
「元は商才も人望もある人だったのに、あんた目当てに遊郭に通うようになってからあの人は変わったんだ。終いには店の金にまで手を出して…あんたが何を貰っても喜ばないんで、もっと高いものを、もっと高いものをってね…。あんたに身請けするのを拒まれた後には頭も狂って…どこかのお偉いさんを殺し損ねておっ死んじまったけど、あたしはあんたの顔を忘れやしなかった。生前あの人が見せてくれたあんたの顔をね…。信じられるかい?妻に向かって遊女を迎えに付き合えだなんてさ。」
「よく覚えております。何の前触れもなしに車を用意して来られて…でもあたしはどうしてもお受け出来ませんでした。身内との約束がありましたから…。」
 涙を堪え切れそうにないという風な顔をし、女がぽつりぽつりと呟く。男の妻ははっと鼻で笑い、未だ意識を保とうと必死になっている日番谷を一瞥すると、女に向かって吐き捨てるように言った。
「そうだねえ、結局あんたはその後易々と親戚の家に貰われたんだもんねえ?…でもさっき呉服屋の前でその男に向けてる顔を見たら許せなかったんだよ。何であんたばっかりのうのうと生きてるのかってね。」
「…こいつが今までどうやって生きてきたか、あんたは知らねえだろうが…。」
 搾り出すような声を出すと、女は再び嘲笑する。
「だからその女は殺さない。お前も一度くらいは大事な男を失くす思いを味わったっていいだろう?」
 ははは、と気味の悪い笑いを響かせる女が煩わしく、これ以上話を聞く必要はないと言わんばかりに腰に挿していた刀を抜き、女の胸に突き刺した。左胸を一度に狙ったのはせめてもの情けである。女は、突如として笑い声を途切れさせ、そのまま事切れる。死に顔だけは何とも整っていた。
 日番谷は再び口から血を吐き出すと、その場にくず折れた。女は慌ててそれを抱きかかえ、幾度も名を呼ぶ。このような時でさえも女の名を呼べぬ自分が、ひどく切なかった。
「冬獅郎さん、冬獅郎さ…。」
 日番谷は、傍らに無造作に置かれている風呂敷を一瞥し、それに手を伸ばした。着物は変わらず美しいまま端正な容貌を保っている。日番谷はそれを広げると、視界を埋めるように緋にかざした。艶かしい深紅は、緋色を浴びて一層際立って見える。
「冬獅郎、さん…?」
 着物の端に、女の表情が重なった。はらはらと、緋色の空間から雨が流れる。日番谷は着物の模様を無心に眺めながら、狂うように咲き誇る菊の花を視界に留め、女の表情と照らし合わせてぽつりと呟いた。
「…乱菊…。」
「え…?」
「名がなければお前にやろう。乱菊、それが…お前の名だ…。」
「乱菊…。」
 慈しむように、女―乱菊は呟く。一文字一文字、なぞるように、乱菊は己の名を繰り返した。日番谷は乱菊の姿にか声にか、もしくは目前に広がる鮮やかな深紅にか―振り絞るようにして、最期に一言消え入るような声で残した。

「ああ―…綺麗だ。」

 日番谷の表情は、何かをやり遂げたかのように美しかった。乱菊は名を呼んだのと同じように、繰り返し繰り返し日番谷の死に顔を撫でている。周囲の風は、凄惨な殺戮を無きものにするかのように緩慢であった。





沈む愚かは 狂気のあぎと
浮く愚かさは 叶わぬ慕情




斬花:余編へ。

斬花:余編

2006-02-25 02:22:48 | 偽善との共鳴(過去作品連載)
 はて、どこへ訪れてしまったのやらと適当に足を進めていくと、僅かに佇む光があった。自分が命を落としたという意識はあるが、感覚は少しも存在しない。可笑しなものだと苦笑すれば、目前に漆黒の袴を履いた男が見えた。無造作に手入れされた金糸が、先程闇に堕ちた者には眩しくてならない。
「…誰だ?」
「大したもんじゃあありませんよ。どうもアナタは普通の人間が行くべきところに行き着いていないようなんで、アタシが迎えに来て差し上げたんです。」
「行くべきところ…?」
「普通の人間ならこんなとこで立ち往生なんてしないもんなんスけどねえ…珍しい人だ。」
 馬鹿にするような口調に、少しばかり口の端を下げる。すると男はくつくつと笑い、全てを見透かすようにして口を開いた。
「良いことを教えてあげましょうか…あの魚、アナタに感謝してましたよ。」
「魚…?」
「鰍っスよ。アナタが生前食べたでしょ?実はねえあの魚、喰われることが望みだったんスよ。」
「喰われることが望みだと?そりゃ可哀想な奴だな。」
「人間にもいるでしょう?『人の役に立つことをしたい』なんて望んでる人がね。あの魚は何もないところで死んでいくよりも、誰かに喰われるのが本望だと思っていたんスよ。…生きる者の望みなんて、長年死人と向き合ってきたアタシにも未だによく分かりませんからねえ。」
 男は、今度は自嘲するような笑みを浮かべる。これ程までに笑顔を使い分ける人間は初めて見た、と日番谷は思った。
「その証拠に、自分の姿を見てみて下さいよ。」
「何…!?」
 男から渡された鏡のようなもので自分の姿を確認すると、日番谷の体躯は成人から幼児へと変貌していた。あまりのことに目を瞬かせると、男はさぞ面白そうな表情を見せて日番谷の前まで歩を進める。
「どうです、目線が低いでしょう?…ここではね、自分が一番幸せだった時の姿に返るんスよ。」
「幸せだった時…?」
「肉体的、精神的に最も満たされていた時期にね。ああ、心配しなくても成長はしますから大丈夫っスけど。」
「…可笑しいもんだな。」
「まあ、確かに可笑しなことではありますけどねえ。」
「違ぇよ。…自分の意思によってこうなるのかは分からねえが…生前の俺を見てたんなら、俺が一番満たされてた時期なんて一目瞭然だろうが。」
「ああ…成る程。」
 父もなく母もなく、生きてゆく術を四六時中探していた。自由という言葉で一括りに出来るのならば、確かに幼い頃の自分は満たされていたのであろう。けれども最も幸福であった瞬間といえば、それは限られた時間の中にしか存在しない。
「彼女…死にましたよ。」
「何?」
「後追いっていうんですか、アレ。まあでも…記憶が戻らないままでしたから、このまま乱菊って名で生きていくことになるんスかねえ、ここでは。」
「そう、か…。」
 ならばいずれ、自分が彼女を迎えに行かなくてはならぬであろうと、一種の使命感のようなものに苛まれる。けれどもどっと疲労が押し寄せ、日番谷はその場に倒れこんだ。
「アレー?どうしたんスか?」
「身体が言うことを利かねえ…。」
「まあ、急に幼少時に戻っちゃ使い勝手も悪いでしょうけど…幼児はすぐに眠っちゃいますからね。」
「…なら少し休ませてくれ。」
「いいんですかあ?彼女に追い抜かれちゃいますけど。」
「ああ―…すぐに追いつく。」
 呟くと、徐々に意識を手放してゆく。男はやれやれと肩をすくめ、踵を返した。時が来れば然るべき場所へと送られるであろうと確信し、「オヤスミなさい」と息を吐き出すような調子で言う。けれども日番谷の耳には、既に生前に聞き覚えのある声のみしか聞こえていなかった。





 終ぞ叶うことのなかった逢瀬が、今もしこの場所で叶うというのならば、転生も、希望すら捨て、走り寄ることが出来るのであろうか。それまでに彼女がどれ程の邂逅を交わし、どのような想いに苛まれるかは分からぬが、再び時を同じくする日が訪れるならば、その時には。



『お帰りなさいまし』



―笑顔を護れますように。




*あとがき*
 ここまでご覧下さった方々、ありがとうございました…!
 乱菊という名を日番谷君が与えたんなら「松本」はどうなるのよという感じですが、きっとあの世で貰ったんですよということでご容赦願います。(汗)
 何が書きたかったかって「冬獅郎さん」です。それだけです…orz
 先のギンイヅ、藍桃より更に夢見がちになってしまいましたので(しかも喜助さんとか…汗)出すか出すまいかで非常に悩んだシロモノです。(笑)
 宜しければ感想など頂けると安心します。(笑)

バレンタインという魔物がホラ。

2006-02-15 23:22:48 | 過去作品(BLEACH)
*いつものことですが(汗)キャラのイメージを大事になさってらっしゃる方はご覧にならない方が宜しいかと存じます…。(涙)





 女もそわそわ、男もそわそわ。そんな日ですよねバレンタイン。(何か間違っているような気も)


*五番隊~まずは普通に~


 バレンタインだというのに朝から執務室に籠もりっぱなし藍染隊長。でもさり気なくチョコレートはたんまり貰いました藍染隊長。

藍「これで当分お茶菓子には困らないね。」

 苦笑い藍染隊長。ひとまず白推奨。(いつもだろう…)時刻は既に夜。何だか桃も残ってますお約束です。

桃「あの、藍染隊長…日頃の感謝の気持ちを込めてチョコレートに挑戦しようと思ったんですけど、失敗しちゃって…和菓子になってしまったんです。ごめんなさい…。」
藍「ありがとう、雛森君。無理しなくてもいいよ。僕は和菓子の方が好きだから。それで…これ。」
桃「えっ…?」
藍「雛森君からもらえなかった時には、僕の方からあげようと思っていたんだ。元々現世でもはじめは男性から贈り物をあげる日だったんだからね。」
桃「藍染隊長…。」
藍「それともチョコレートは嫌いだったかな?」
桃「そ…そんなことありません…!でも、もしあたしからもらえなかったらって…。」
藍「ああ、ご免ね。雛森君はそんなつもりでくれたんじゃないのに…。」
桃「あの、違います。違うんです。ほんとはあたし藍染隊長のこと…。」
藍「雛森君…。」


 えーとですね、「雛森君はそんなつもりでくれたんじゃないのに…」>彼は明らかに確信犯です。
 白藍染じゃなかったのか自分。(しかし私は腹黒も合わさってこその白藍染だと←黙れ)


*三番隊と十番隊~オイオイ合同かよコラ~



 バレンタインです。


市「…朝から大量ですなあ、十番隊長さん。」
日「そっちもな、市丸…。」


 藍染隊長は先程参照籠もりきりなので持ってこられる以外は頂きません。兄様は不用意に出歩くと何だか女の子達が一斉にお菓子をくれるので、よく分からないけど何となく受け取って帰ります。食べてくれる奥様はお亡くなりになったので(タブー。笑)恋次にあげます。(ぇえ)
 先輩は適当に受け取って適当に流すのが鉄則。「ありがとな」は忘れない。隠れフェミニスト。(妄想)
 恋次は受け取っただけ食べる。さも嬉しそうに食べるのであげた女の子は来年もあげる。(笑)

 で、市丸さんと日番谷君はと言いますと、毎年毎年出歩いたら餌食にされるって分かってんのに、懲りずに出歩いてさっそく捕まる。(コラ)


 二人ともフラフラ出歩くのは公式ですから。(笑)


市「十番隊長さん、本命はどないやの?」
日「…市丸よく聞け、今日という日は男の戦場であってだな…。
市「聞けや。
日「…そっちこそ吉良はどうした。」
市「十番隊長さん足元見てみい、そないちっさい蟻さんでも必死に生きとるねん…。
日「聞けよ。


 そんなこんなでー。


市「で、乱菊はどないしはったんですか。」
日「ああ、今日という日に限って現世に出張でな…。」
市「うわ、痛いなァ。」
日「そういうお前はどうなんだよ市丸。」
市「あァ、今日という日に限って現世に…あら?」
日「…さてはあいつら一緒にいんのか?



~現世~



イ「あの、そういえば僕今回松本さんと一緒だって市丸隊長に言ってないんですけど…。」
乱「大丈夫よ、そんなのアタシもだし。…でもギンが気にしないのも珍しいわねえ。ていうかよく許したわね?」
イ「いえあの…2月14日に現世出張だと申し上げましたら突然茫然自失になられたのでうやむやに…。
乱「ああ、一緒一緒!


 うわ、日番谷隊長が(ギンが)呆然自失だなんてちょっと見たかった…とお互いに思ってみたり。(笑)
 

乱「まあ、あたしは帰ったらあげますからって言ってきたけどね。甘いもの苦手なくせに顔に出さないように落ち込んじゃって。可愛いったらないわ。」
イ「惚気は後にして下さいよ…ていうか、やっぱり当日に何か送っておかなきゃダメですかね…?」
乱「手紙とか?」
イ「ええ、僕は何もお伝えしておりませんので。」


 そもそも同じ部屋なのかこの二人、という突っ込みはナシで。(笑)


~その頃瀞霊廷~


市「畜生今日出張て何やねん総隊長のアホー!!
日「いつもは甘っちょろいくせに嫌がらせかー!!


 二人とも大分酔っております。(笑)いつもは絶対一緒に呑んだりしない二人があら不思議!!(気にしちゃいけません)ちなみに私は二人ともザルかそれ以上だと信じているので、それ相応の量呑んだと思って下さい。(死ぬがな)
 総隊長は日番谷君を孫だと思っているに一票。(コラ)というか総隊長に言ったって。そういう出張云々は総隊長の管轄じゃないんじゃとかいうツッコミはホラ。二人とも酔ってますからホラ。(誤魔化すな)


市「せやけどなァ…他に出張しとる奴なんておらん言うのに…。」
日「まあ、今更言ったって仕方ねえけどな。てかドンペリ開けようぜドンペリ。


 ホストクラブじゃありませんよ!(更に言い逃げ) 


市「ちゅうかもうロマネええやろロマネ。
日「つくづく場所を疑う秘蔵コレクションだな…。」


 ロマネ=高級フランスワイン。安いので一瓶40万程度。やっぱりホストクラブなんかに置いてあります。(笑←夜王か)


市「十番隊長さんは秘蔵の酒とかないん?」
日「ウチにある酒は皆松本が管理してんだよ。そもそもアイツが秘蔵みてーなもんでゴッフゥ!?」 
市「目ぇ覚まし十番隊長さん!アンタ何かとり憑かれとるから!!絶対そうやから!!


 さすがに市丸さんもヤバイと思った。(私もヤバイと思った)いや別にヤバイ意味なんてありませんけどね、日番谷君が言うとね。(ハイハイ)


市「あァ、何や現世からファックス届いとる…。」
日「…ファックスについてはツッコんじゃいけねーんだな?
市「そうや、何も気にしたらあかん…!!」


市「…イヅルと乱菊からや…!」
日「何!?」


その文面。



うっかりみりんでした。



…Why?



市「うん、いやまァ…アレやな多分、現世でサザ○さん見よったらワカメちゃんや思うとったキャラが実はみりんちゃんやった言う…。
日「落ち着け市丸。そもそもみりんなんてキャラはサ○エさんにはいねえ。」


 何で知ってるのというツッコミは(以下略)


市「せやったら何やコレ…。」
日「聞き返す気にもならねえな…。」



イ「あー!乱菊さんコレ途中で文章切れちゃってますよ!?」
乱「えー?ああ…ま、大丈夫でしょ。明日会うんだし。」
イ「チョコレートにお酒入れようと思って買ったら実はみりんでしたなんて、直接会って言うんですか?
乱「愛があれば問題ナシよ☆



 だって同じくらい大きいビンに入ってたんですもの。by乱菊



 そもそも売ってあるところが違うんじゃ…とか、いや気付くだろとか、ツッコミはそう、そんな感じで…!(脱兎の如く)

川蝉と飛蝗(ギンイヅ←修)*5万打御礼フリー

2006-02-12 21:39:10 | 過去作品(BLEACH)
 捕らわれる際に根本から全てを嬲り殺され、もしくは何もかもを蝕まれるということは、つまり相手のものになるという意味合いであろうか。そう思いながら、イヅルは目前でひっそりと目を閉じている桃の姿を一瞥する。彼女は彼の人のものになろうと随分前から心に決め、その通りに動いてきたというのに、その結果がこれだ。
 桃は、副隊長になり、女として扱われた瞬間から藍染のものになったと錯覚していた。けれどもそれは違う。桃が藍染のものになったのは、他でもなく藍染が桃を正面から貫いたその時であるとイヅルは思う。相手のものになるということは、優しく優しく扱われることではない。身体、そして心の内から、強く奪われることだ。しかしそれを知りながら、イヅルはギンのものにはならなかった。
「…君はまともだ、雛森君。」
 答えがないことを知りながら、イヅルは呟く。確かにまともだ。副隊長として隊長である藍染に尽くした。そうして藍染のものになりたいと純朴に願った。恋い慕う男のものになりたい、と。藍染が自分を手にかけた時、涙を浮かべて虚偽であることを信じたその心は、女として至極まともである。
『なしてボクのものにならへんの、イヅル。』
 胸を染める断罪の声が、聴こえる。



 彼女が目覚めてはじめに口にする言葉は何だろう。そんなことを思いながら、イヅルは花瓶の花を捨てた。挿げ替える花は捨てた花と同じ、鈴蘭だ。五番隊の隊章である花を毎朝替えてやるのは、桃に対する皮肉であるのか思いやりであるのか、イヅルにも分からなかった。ただ、毎朝空虚な気持ちで鈴蘭の花を替える。その白い貌が、一瞬こちらを見て微笑ったような気がした。
『そないにあの子が好きなんか?』
(違う。違うんです、隊長。)
 桃のことを愛しているからギンを受け入れなかったわけではない。ギンは一重にそう思っていたようだが、それは全くもって違う。イヅルは見たくなかっただけだ。自分の哀れな姿を。桃を傍らで見つめ続けてきたからこそ分かる、男を望む『女』のような自分を。
 そうして彼がかつてその肩に抱いていた鈴蘭の花を一撫ですると、その場を後にした。



 庭から運ばれる美しい歌は一体何なのだろう。昔々、あの人が歌っていたことがあるような気がする、懐かしい唄である。ここは自室で、時刻は夜である。しかし運ばれてくる声は他人のものだ。イヅルは一頻り耳を傾けた後、そろそろと襖を開けた。



「せん、ぱい…?」
「おう、出てきたか。」
 このような夜更けに自分から襖を開けるわけにもいかず、微かな鼻歌を歌っていた修兵がこちらに顔を向ける。イヅルは至極静寂に満ちた部屋を好むので、おそらく気付くであろうと踏んでのことだ。本来男同士でそういった気遣いは無用なのかもしれないが、何せ下心があることは充分自覚している。
「…どうだ、最近。」
「最近も何も、職務には復帰出来てませんし、雛森君のお見舞いくらいですよ。毎日やっていることといったら。たまに日番谷隊長なんかがお見えになりますけど、それ以外はどうとも。」
 日番谷には感謝しているが、桃の病室で二人きりなどになった日には気まずさに溜まったものではない。二人共それは自覚しているので、どちらかが先に席を外すのが常である。そう言うと修兵は困ったように笑ってみせた。
「市丸隊長はどうだ。」
「どうも何も、さっさとどこかへ行ってしまわれたので、どうとも。」
「お前に何か残して行かなかったのか。」
「全て残して行かれたといえばそうですし、何も残して行かれなかったかといえばそれもまた確かです。」
 成る程、と納得した風な声を出し、修兵がイヅルとは異なった方向を見据える。そうして一つ何か考え込むような顔を見せた後、ぽつりと呟いた。
「お前はなぜ市丸隊長のものにならなかった?」
「どういう意味ですか?」
「お前とあの人には、何も色めいたことなんてなかっただろ。」
 ああそうだ、とイヅルが目を伏せる。確かにギンが天へと飛翔する少しばかり前、イヅルについて執拗なまでに完璧に、ギンは防壁を作り上げていった。誰であろうとイヅルを傷付けぬよう、例えそれが自分であろうとも、だ。
 なぜそのようなことをしたのか、イヅルには答えが見えていた。他でもなく、自分がギンのものとして彼に抱かれることを許さなかったからである。
 藍染の起こした騒動から僅かに遡るある晩のことは、イヅルの脳裏に今でも深く根付いている。



 生温い晩であった。隊舎の池の水から空気の据えた香りが覗き、寝巻きに羽織を重ねても少しばかり肌寒く思うような、気候のはっきりしない晩である。しっとりとした霜が降りるように、柔らかな闇が深く辺りを染め上げていた。
 イヅルは羽織の襟を指でしっかりと引き留め、入り組んだ視界の先を見つめている。暗雲が犇めき合い、茹だるような空を更に鬱蒼としたものにしていた。
「何しとるん?イヅル。」
「隊長…。」
 肉体関係というものはなくとも、交わった互いの想いを分かつ仲である。どちらかの自室で寝食を共にするのが常であったが、どうしたことかイヅルの様子が些か気になり、ギンは背後からイヅルをやんわりと包んだ。
「そないしとらんでこっちおいで。」
「ええ、ですが…。」
「…何で空ばっか見よるん?」
 ギンの言葉に、ひっそりとイヅルが微笑する。その笑みはギンには変わらず美しいものに見えたが、どこか危なげな調子も孕んでいた。携える眼光は白く、見据える空の先に追うものはおそらく狂気以外の何者でもない。
「いいえ、ただ…もうすぐあなたはあそこへ行ってしまわれるのだなと思いまして。」
「イヅル。」
 晴れ間の闇であるならばまだしも、今日は朝から雲が立ち込めており、ギンの消える様を助長している。否、だからこそイヅルがそのような焦燥を覚えたのやもしれなかった。イヅルを抱く腕を一層強め、ギンは縋るようにしてイヅルの髪を撫でる。
「置いて行くんやないて、何度言うたら分かんの。」
「僕のためだなんて、そんなものは要らないんです。貴方様こそ、幾度申し上げれば理解して下さるのですか。」
「生きて帰る保障もあらへんのに?」
「ならば尚更お連れ下さい。あの世までご一緒致します。」
「ボクがおらんようになったらそない寂しいん?」
「寂しいなどと、そのような想いでは…。」
「なァ、寂しいん?」
 くすくすと可笑しそうに笑ってギンが言うもので、イヅルはやや視線を下に落としてからギンの方に向き直り、少しばかり頬で胸に触れながら呟く。
「…寂しゅう、ございます…。」
 言った瞬間、イヅルの中で何かがどくんと音を立てた。ここのところいつもそうである。ギンと共に過ごす間、何かが自分の中でうごめいているようで、あまり気分が宜しくない。するとギンは、イヅルの腰と膝の裏に腕を回すと、軽々と艶かしい肢体を抱き上げた。
「あの、たいちょう…?」
「ほんましゃあない子…。」
 一言呟き、イヅルの頬に軽く口付けてから、既にイヅルが敷いていた布団の片方に向かって足を進める。腕の中のイヅルが僅かに身じろいだのが感じ取れたが、構わず敷布の上に薄い身を寝かせると、襟に伸びたギンの手をイヅルが遠慮がちに制した。
「…最後や、イヅル。」
「最後、とは?」
「明日から忙しゅうなる。ここに帰ることもないやろ。…お前を抱くんやったら、今日やないとあかん。」
 虚空へと昇れば、そうそう逢瀬は叶わぬであろう。これまでイヅルが決死の覚悟で拒んでいたので、ギンはイヅルを終ぞ抱かずにいたのだが、別たれる期日はそこまで迫っている。けれども行き急ぐようにイヅルの首筋に手をかけたギンの手を、やはりイヅルはやんわりと押し留めた。
「お止め下さい。」
「…そないにあの子が好きなんか?」
「そのようなことはございません。」 
「違うことあれへんやろ。あの子がおるから男でおりたいんちゃうの?」
 例え桃を想う気持ちがあったとしても、イヅルにとってそのようなことは別段問題ではなかった。男に抱かれれば男を失うというわけではない。ただ、ギンに抱かれることでいよいよ男としての、そもそも副官としての意識を失うことが何より恐ろしかった。
「お慕いしております。貴方様を誰よりお慕いしているのです。けれどもいけません。このような非道をどうしてなさいます?」
「どっちが非道や。口では可愛えこと言うておきながら、抱かれるんは嫌なんか。」
 はい、と、なぜか容易に頷くことは出来なかった。飄々とした面立ちを捨て、イヅルの指を絡め取ったギンの表情がひどく哀れに思えたのだ。ギンのものになりたいと、その想いは偽りではない。けれどもやはり恐ろしくて堪らない。
 抱かれた後にすぐさま去られては、おそらく正気を保つことが出来ぬであろうと思う。正気を失った自分など、ギンの望む「吉良イヅル」ではない。伴われることが叶わぬならばせめて狂わぬまま彼を待ちたいと、そう願うのは果たして高慢なのであろうか。
 イヅルの指を絡めたまま、雪に触れるかのようにそっと口付けを残し、ギンは悲痛とも取れるような声で呟いた。
「なしてボクのものにならへんの、イヅル。」
 堕ちた声を捉えながら、イヅルの首筋には何か見知ったものが伝っていた。ほろほろと泣くイヅルの姿を眺めながら、ギンは袖で涙を拭ってやる。けれども鳴けとも泣くなとも言わず、ただ沈黙を保ったまま幾度もイヅルの涙を拭ってやるだけであった。



 何を思い出しているのか、イヅルが自嘲するような表情でふっと笑みを浮かべた。修兵はそれを痛々しげに見止めながら、かける言葉を模索しているように見える。するとイヅルが、修兵が口を開く前にはんなりとした声を出した。
「あの時僕は確かに女だった。だから二度と女になるのはご免なんです。」
 おそらく『女』のようになれば、自分は狂う。一人の男を想い、男のために全てを殺め、男のために全てを信ずる狂人と化すであろうと思うのだ。桃のように激しくもない、ただ静かに崩壊を待つ狂人と。自分の内の弱さを知るからこそ、自分が女という生き物になれぬ、否、なることを許されぬと理解出来た。
「あの人が消えても、俺がお前を女にしちまう。俺が消えてもまた別の奴がお前を女にする。そしてそいつが消えても、また同じだ。お前を女にする男は消えねえ。賭けてもいい。」
 イヅルが男を想わずとも、イヅルを想う男は幾度も現れるであろうと修兵は踏んでいた。少なくとも、今は自分がいる。イヅルはその言葉に驚いたようである。修兵は、今まで気付かなかったのか、とやや苦笑気味に言った。
 けれどもイヅルは、そうではないのだと言う。自分が男を想わぬ限りは、男が自分をどう扱おうとも女のような存在にはならぬと。
 それはつまり俺のもんにはならねえってことか、と、敢えて尋ねようとも思ったがやめた。瞭然の話である。宛て付けのような想いで時折ギンの口ずさんでいた唄を歌ったのだ。どこの唄なのであろうと、いつであったかイヅルが歌って聞かせたものである。
「先輩、あの唄まだ覚えてらしたんですね。」
「そりゃあ、お前が歌ってくれりゃな。」
「何だかひどい人みたいじゃありませんか、僕。」
「俺の気持ちになんてとっくに気付いてるもんだと思ってたからな。わざとかと思った。」
 自分を慕う男に、自分の慕う男の歌った唄を聞かせるとは、と修兵は自嘲気味に思ったが、イヅルが「すみません」とさも申し訳なさげにちょこんと頭を下げたので、既に気にしていなかったことが更にどうでも良く感じられた。
「別にもう気にしてねえよ。分かっててやったんじゃねえんだし。」
「はい…。」
 ギンと最後に閨に入った時と全く同じ場所で、全く同じ格好をして修兵と言葉を交わすというのは、些か不思議な気分であった。
 そうして、随分と肌寒くなっていることにふと気が付き、下に常備してある草履を履いて修兵の傍まで歩くと、部屋に手を向けて促す。
「あの、話に夢中になって気付かなくて…すみません。お入り下さい。」
「いや、俺はいい。そろそろ帰るしな。」
「そう仰らず…。」
「お前、そんなんだから駄目なんだぜ?」
 くしゃりとイヅルの髪をひと撫でし、修兵が眉を吊り下げて苦笑する。そうやって引き止めるのは、真に恋い慕う男だけにしておけと言わんばかりの表情であった。イヅルは一瞬目を見開き、すぐに長い睫毛を伏せると、小さく「はい…」と呟く。
「まあ、何かあったら言えよ。心変わりも気長に待ってるぜ?」
「もう…、ありがとうございます。」
 茶化すように言う修兵にやや頬を染めつつ、ぺこりと頭を下げる。薄暗い中を歩くのは危険であるからと、イヅルは付き添うことを主張したが、帰りのお前の方が危ないと修兵はそれを拒否した。どうやらとことん男扱いをしないことに決めたらしいと、イヅルは不本意であるというような表情を見せる。
 剥れるイヅルの頭を再び撫で、最後まで苦笑を絶やさぬまま修兵は背を向けた。じゃあな、と思い出したように一度振り返り、今度は強い目をして鋭い笑みを浮かべる。イヅルはほんのりと微笑し、羽織の襟を引き止めたまま軽く手を振った。



 ひっそりと床に就けば、見上げた天井に一筋の光が見える。おそらく襖の向こうの灯りか何かが漏れてこちらへ来ているものと思い気に留めないでいたが、目を閉じるとそれは大層大きな光となって視界の闇を遮った。けれどもすぐに収まり、次第に瞼が重くなってくる。
 夢を観た。否、夢の中では夢とも思わず、現であろうと考えていたのだが、目覚めた後からしてみればあれは可笑しいというような夢である。
 隊舎の池にて、川蝉が黄金色の飛蝗を貪っている。時節や黄金色をした飛蝗は元より、そもそも川蝉というものは飛蝗を喰らうものであっただろうかと訝しく思っていると、すう、と川蝉が弧を描きながら飛び上がった。
 先程の無惨な殺戮を気にも留めぬかのように、瑠璃色の肢体を惜しげなく翻して岩場の影から飛翔する様は、ひどく美しい。けれども残された池の周辺には、何とも言えぬ侘しさが漂っているように思えて仕方がなかった。
(あれは…?)
 ぼんやりと川蝉の軌跡を辿り行方を追っていると、ふと川蝉が伸ばされた指の先へと止まった。
「市丸、隊長…?」
『あァ、ようやったなあ。』
 ギンはイヅルの方に気付かぬようにして、指先に止まった川蝉を慈しむように撫でている。川蝉はギンの手に身を委ね、広い嘴をかちかちと僅かに鳴らした。
「市丸隊長!」
「…イヅル。」
 呼び止めたところで弁解の余地もないが、高く声を上げずにはいられなかった。ギンの方には驚いた様子もなく、イヅルの名を呟いたまま常のように微笑を湛えていた。
「こないなとこで何しとるん?早うお帰り。」
「申し訳ございません…申し訳ございません…!」
「…なしてイヅルが謝んの?」
 ギンがこちらへ歩み寄ろうとすると、川蝉はギンの指を離れ肩へと姿を移した。途端に膝を折り、体勢を崩したイヅルの腰を支え、やんわりとその身を抱くと、そのまま背を擦ってやる。するとイヅルの泣き声は一層強くなった。
「違うんです隊長。僕はあなたのことをお慕いしているのです…。」
「分かっとるよ。せやから落ち着きぃ。」
 申し訳ございません、申し訳ございませんと繰り返し呟くイヅルの背を尚も撫でながら、ギンは穏やかな表情を浮かべている。抱かれることを拒絶していたわけではない。否、頑なに拒絶してはいたが、心の内はそれを望んでいなかった。
「狂わぬままあなたがお帰りになるのを待つためには、こうするしかありませんでした。」
「…そうか、そうやな。」
 うんうんと、あやすように頷くギンであったが、イヅルの言うことは確かに理解していた。イヅルの性情を誰より知り得た人間は他でもなくギンである。抱くのを最後に消えるなど、この子にとってどれほど残酷な行為なのであろうと思う。
「抱かれることによって、いよいよ貴方様から離れられぬようになることが恐ろしかったのです。強さを何より望んだ僕が、何より弱くなるようで、恐ろしかったのです。」
 そこにどれだけの想いが孕まれていたとしても、抱かれることで他者への執着を強めれば、いつしか自分の意思というものを失うのではないかとひどい恐怖に襲われる。傍らで姿を見受けられるのならばまだ良いが、離れることで彼の姿ばかりを追うようになってしまうのではないかと、そのような畏怖すら覚えた。
「本当は、貴方様が抱いて下さることを望んでおりました。望まれるままに我が身を差し出すことが、天上の幸いであると。」
「うん、おおきに。」
 お前の想いは分かったと、そう言うようにギンはイヅルの額に口付け、そのまま唇を捕らえた。イヅルは未だ泣き濡れており、ギンは「泣いてばっかりやねえ」と苦笑しながら零す。そうしてあの晩のように、幾度も袖で涙を拭った。



 目を開けども闇は明けておらず、夢落ちる以前に見えていた光すら消えていた。先程まで流れていたらしい涙は乾いており、ただ甲高い水の音のみが頭に響いている。その音はどうやら池から伸びてくるようであったが、身体が重く様子を見ることが出来ない。
 指先が鈍色の水に濡れていた。何かと思えば池の水である。床に就いた時には確かに傍らに畳んでいた羽織は、布団の上から重ねられていた。

 ああ―…あの光は。

 川蝉が飛蝗を喰らったように、根底から侵食されたいと望むその心は、果たして高慢なのであろうか。そのようなことを考えながら、果たして言葉は全てギンに届いたであろうかと思う。
 首だけを動かし、開け放たれていた襖から池を窺うと、川蝉が妖艶な瞳を湛えてこちらを見つめていた。



瑠璃と珊瑚が翻る
神室は白い 池の上
瑠璃と琥珀が花に寄る
強き標は 宵夢に在り

綻びの周波数(日乱+ギン)*5万打御礼フリー

2006-02-12 21:36:56 | 過去作品(BLEACH)
慕情香る
溶けゆくものの母体は。



 一度綻びを帯びたものというのは、定期的に振動のようなものを発し、その度にまた解けてゆく。それを思うほどに、日番谷はどうにかして乱菊の内に宿る綻びを元のように直してやりたいと考えるが、収集のつかぬまでに穴を広げてやりたいとも考えるのであった。
 


 京楽の傾ける杯の揺らぎに焦点の合わぬ視線を向けながら、日番谷は酒精の勢いもあってか、つい想いのたけを口にしてしまったらしい。はっと目線を合わせ、意識を取り戻した表情で京楽の方を向いた時には時既に遅しといったところで、彼はこちらをさも可笑しそうな瞳で見つめている。しまった、と、思いはするけれども構わぬ振りをして酒を煽った。
「成る程、つまり冬獅郎クンは、乱菊ちゃんのことを自分のものにしたいわけだ。」
「…誰がそんなこと言ったんだ。」
 少しばかり前から乱菊の一挙一動が気になって仕方がないのだ。彼女に好奇の視線を向ける者がどこか気に入らぬのだ。そう言うと京楽は、それは恋だよ、と夢を見るような具合で呟いた。そのことを自覚はしているが、自分のものにしたいとまで言った覚えはない。
「でも、乱菊ちゃんのことを好きだって自覚はあるんだろう?」
「ああ―…まあな。」
「それは恋だよ。間違いない。」
「だからそうだっつってんだろうが。大体俺と松本は既に―…いや、俺は、それからどう転んだら自分のもんにしたいってことになるんだって聞いてんだ。」
 やや投げやりに言うと、京楽は諭すような様子で答える。
「同じさ。愛ともなればまた違ってくるけどね、恋は皆同じだ。」
「…なら、お前は違うって言いてえのか。」
 京楽が常日頃七緒に対して紡ぐ言葉には、常に愛という文字が含まれている。けれども京楽は、日番谷の睨め付けるような視線を受けて笑みを絶やさぬが、その表情にはどこか憂いがあるように思えた。
「同じだよ。ボクも同じだ。冬獅郎クン、これだけは覚えておくといい。何の見返りも要らない『愛』なんてね、どこにもないんだよ。皆恋だ。…それに、見返りが要らないんだったら『愛してる』なんてわざわざ言わない。」
 愛という言葉をわざと紡ぎ出すのは、常に相手からそれを返して欲しいと、言葉などでなくとも良いから何らかの形で返して欲しいと、そう思うからであると京楽は切なげな面持ちで言う。酒精が抜けていない所為かとも思ったが、普段より幾らか饒舌なのはともかく言葉は本心であるようだった。
「…いまいち分かんねえな。そもそも俺は愛だの何だのが下らねえと思われてるような場所で育ったんだ。上級貴族様の考えなんて理解出来ねえのかもしれねえ。」
 悪びれぬ素振りで価値観の違いを主張する。京楽のことを住む世界の違う人間であると感じたことはないが、どうも物事の重みなどに対する価値観はどこか異なっているのだと、こういった時に深く考えさせられるのだ。京楽はいかにも、というように頷いてから、眉を吊り下げて首をゆっくりと横に振った。
「いいや、それは違うよ。大体乱菊ちゃんならともかく、キミは同じ流魂街の中でも良い場所で育ったそうじゃないか。拾われた恩くらいは知ってるだろう?」
「まあ、そうだが…。」
 流魂街にて日番谷と桃を拾い上げ、死神へと駆け上がるまで共に暮らした祖母の元へは、今でも時折顔を見せに帰っている。
「少なくともキミは想う心を分かってるってことだからね。…それに、上級だろうが下級だろうが、流魂街の住民だろうが…こういう時に滑稽なのは皆同じさ。」
 乱菊への想いを淡々と話す自分を自覚しながら、まるで自分ではないようであると感じていたのを読み取られたのか、諭すように京楽が微笑む。日番谷はといえば、そうか、と一言口にしたまま、腰を落着けづらそうにしながら徳利を手に取った。滑稽と言われたことには些か不本意さを覚えたが、それもそうかと納得する。京楽は尚も、可笑しそうにこちらを見つめていた。



 世に眠る全ての芽が、一斉に解き放たれたように思われた。これが春か、と、この尸魂界という場所に生まれ出で、初めて春を迎えた頃に感じたことを、今でも鮮明に記憶している。すると、昨年の夏頃に花見に連れて行ってやるという約束を乱菊に取り付けさせられたことも思い出した。
(秋に言われた紅葉狩りにも連れて行ってやってねえしな…。)
 そうは言えども、互いに忙しい身である。しかし常に合間を塗って乱菊が様々な遠出を催してくるので、休日すらも日番谷の自由にはならない。それも心地良くはあるのだが、と思う辺りがどうしようもないと自分でも頭を抱えている。
『忘れないで下さいね?』
 けれどもくすくすと苦笑されながらそう言われると、何とかして叶えてやりたいと思う。紅葉の時節からは遠のいてしまったので、花見くらいには連れて行ってやるか、と日番谷は重く瞼を伏せた。 
 常に平静を装っていた乱菊が感冒を患い、それまで賑わいを絶やさなかった執務室の空気も至ってがらんと空洞化していた。頬を染め上げるような豊穣の色から、突如として冷めた淡い鈍色に姿を変えた空気にはひどく侘しさを感じる。
 何か他に想うことがあろうとも、日頃の癖でつい筆を取ってしまう。見舞ってやらなくてはと思いはするけれども、義務というものがそれを許さず、それ以上に日番谷の内の使命感というものが彼の行く手を阻むのであった。
(アイツ、ちゃんと寝てるだろうな…。)
 普段からお世辞にも落ち着きがあるとは言えず、常に朗らかな様子で動き回っている乱菊を思い浮かべながら、ふとそんなことを思う。彼女のことであるから、もしかするとこの寒い中、静まることも知らず布団を畳み、常の通りに自分で食事を作っているようなことも充分に考えられた。
 自分が赴いたところで代わりに食事を作ってやることも出来なければ、満足に世話をしてやる自信もない。けれども独りでいるよりは幾分安心するのではないかと思う。昔は日番谷も病に伏せた時、傍らの存在には大層感謝したものである。その経験もあり、やはり早く行ってやらねばならぬと、日番谷は再び忙しく筆を動かした。



 少しばかり傾いた陽は、端の方で僅かに光を放っている。未だ陽は高く頭上にあるが、急がなければならぬと足を急がせた。
 自分の書類をいち早く片付け、ついでとばかりに乱菊の溜めた書類にまで少々手を加えてから隊舎を出る。隊員達は変わらず足を急かして動き回っており、中には腕を机に委ねてひどく疲労した素振りを見せている者もいるが、ここまでやったのだ。文句はあるまい。
「日番谷隊長、どちらへ行かれます。」
「…ああ。」
 確かに定時にしては早いが、仕事を終えた者をわざわざ引き止めるような時刻でもない。けれども日番谷の仕事量を知らぬ三席は、訝しい表情で日番谷の方を見つめている。日番谷は一度眉を寄せ、執務室を指で示しながら言った。
「今日付けの書類まで済ませてある。松本の分は悪いが一昨日付けまでしか出来てねえ。」
「はっ…お、お疲れ様でございました!」
「ああ、ところで今日はもう帰っていいか?ちょっと野暮用があってな…。」
「どうぞどうぞ。ええ、それはもう。」
 お疲れ様でした、と再び告げ、三席はこれ以上ない程に頭を下げた。これまで処理した中でも最高の仕事量である。日番谷はおう、と一声上げると、すぐさま背を向けて乱菊の自室へと向かった。



 乱菊の自室まではそう遠くない。日番谷は辺りを見回すが、どうやら人の気配はないようなので、何やら甘い芳香のする部屋の襖をするりと開いた。ふと繊細な香りが尚も鼻を掠めたかと思うと、それはすぐに飄々とした声に掻き消される。

「奇遇ですなァ、十番隊長さん。」
「…何でお前がここにいるんだ、市丸。」

 寝息を立てている乱菊を一瞥し、ほっと一つ息を吐いてから顔をしかめる。ギンは常である表情をこちらに向け、さも当然と言わんばかりに意味深に目を伏せた。少しばかり皮を剥いた跡の見られる水密桃を手に包み、それが淡くきらきらと輝いて目に穏やかではない。
 状況から見て、ギンは乱菊の寝入った後に赴いたらしい。日番谷にとっては、それがささやかな救いであった。
「何で、て。お見舞いですやろ。可笑しなこと聞かはりますなあ。」
「女の部屋に、一人でか。」
「…自分のこと棚に上げてよう言わはる。」
「俺はっ…。」
 見舞いに訪れる権利がある、という言葉が口を突いて出たが、寸でのところで押し留めた。ならば家族のような存在であると乱菊が話していたギンも例外ではない。ギンは常よりも更に口の端を上げ、一たび興味深げな表情を見せると、些か水密桃の果肉に汚された指を舐めた。
「ええやろ?兄と妹みたいなもんやし。…乱菊にとっては逆かもしれへんけど。」
 そういった関係性は、自分と桃のものによく似ていると日番谷は思う。兄弟に譬えれば、互いに自分が上であると言う。自分の方が手を煩わされているのだと、そう言う。けれども所詮はどちらも同じく曲者なのであると、日番谷はこの頃ようやっと理解してきた。
「仕事はどうした。」
「心配せえへんでも、うちは優秀なのがおりますから。」
 一応やって来たんやで?と悪びれぬ風に言いながら、見舞いに持ってきたはずの水密桃をひっそりと齧る。そこで自分には何の見舞いの品もないということに気が付いたが、後の祭りである。急かす想いばかりが先を突き、物を贈るより何かしてやろうと、そんなことばかり考えていた。けれどもこうして見れば、何か精のつくものを買ってきてやれば良かったと僅かに口唇を引き締める。
「―…貸せ。」
 傍らに包丁が置かれているものの、いっこうに使われる様子がないのに痺れを切らし、日番谷はゆらりと銀糸のような輝きを放つそれを手に取った。そうして、ギンの膝辺りに幾つか転がっている水密桃をそっと覆う。
「貰うぞ。」
「それはええけど…剥けるん?」
「やってみなきゃ分かんねえだろうが。」
 挑むような眼光を向けたかと思うと、すぐさまその視線を桃へと移す。幼くすらりと細い指先の動く方向を眺めながら、ギンは些かその様子を危なげに思っていた。けれども代わってやったところで上手く剥く自信もない。剥くことが出来たとしても、この状況では彼の自尊心を削ぐだけであろうと考え、退いてやることにした。虐め上げたところで自分には何の特も存在しない。
 林檎などとは異なり、桃は果肉の柔らかさもあって思ったよりも容易く剥くことが出来た。けれどもやはり芯の部分まで綺麗に剥ぐことは出来ず、甘い果肉を全て削ぎ落とした跡の種に残った分を味見とばかりに齧ると、さも喉には優しいであろうという風な甘さであったので、少しばかり安著する。
「意外ですなァ。」
「何がだ。」
「剥いた跡なんてすぐ棄てる思うたのに、アンタでもお残り齧ったりするんや。」
「俺でもとは何だ、俺は貴族なんかじゃねえ。」
 治安は違えど、ギンと同じ場所で育ったのだ。そもそも治安の良い場所の住民に拾われるまでは、ギンや乱菊と同じく貧困に彷徨っていた。酸いも甘いも、然りと心得ている。なのにも拘らずこの男は何を言い出すのだと、少しばかり唇を開いた。
「せやけどなあ、ボク初めてキミ見た時から、ええとこのお坊ちゃんやと思うとったんよ。流魂街の子ぉにしては背筋がしゃんと伸びとる。ボクと同じとこから来たて聞いた時は驚いたわ。」
「…不遜なのはお前も同じだろうが。」
 むしろ、やんわりとした口調や身のこなしから見れば、ギンの方が雅やかに思えると不本意ながら日番谷は思う。とても貧困に苦しんだ男には見えない。けれどもギンは、日番谷の眼は人の眼ではないと言う。常に全てを見渡しているような、否、見透かしているような瞳は、人のものではないのだと。
「人やない言うても、譬えるもんはあらへんのやけどね。」
「…見透かしているように思えるのもお前と同じだ。」
 そう言われ、ギンは尚も可笑しそうに笑う。日番谷という少年が人でないように思えるのは、死神であるからというわけではない。だからといって獣などでもなく、それより高尚であるからという理由で神に譬うことも出来ぬ。
 この少年と自分は、どこか似ているのだ。ギンは常々そう思っていた。否、本質はおそらく同じであろう。誰を見下しているわけでもないのに、人を見据える目が他人を卑下しているように見える。けれどもギンと日番谷の異なる点は、日番谷の方が幾分意志をしっかりと持っているように見られることである。
「せやけど、皆十番隊長さんの方が人間らしゅう見えるんやろうなあ。」
「そりゃ、お前みたいな人間を信用しようと思う奴はそうそういねえだろ。」
 俺が信用出来る人間だと言うつもりはないが、と多少弁解してから、徐々に温くなってゆく水密桃を見つめる。そろそろ目を覚まさぬかと思っていると、ギンがすう、と立ち上がった。
「ほな、そろそろお暇しますわ。」
「松本に会って行かなくていいのか。」
「珍しなあ。ええんですか?」
「”兄妹”なんだろ?」
 言ってから、先程と同じく鋭利な視線を投げかける。そうして挑むように口を端を僅かに上げ、睨め付けるような調子で斜め下から見上げた。
 乱菊の「綻び」を容易く造り上げたのは、他でもないこの男である。そうしてその綻びを無自覚に押し広げ、巻き糸を転がすような調子でするりするりと解いていったのも、紛うことなくこの男である。けれども日番谷は、ギンのことを憎らしいとは思えども、同時に哀れであると思うのだ。
 むしろギンの乱菊への想いこそが、京楽の言うような何の見返りも求めぬ愛であると感じる。恋情もなく、こちらを向いて欲しいという渇望もなく、ただ幸せになれと願う。それを思えば、やはり自分と桃の関係にひどく似ていると思う。
「…せやけど、今日は帰ろう思います。」
「そうか?」
「起きてしもたらお邪魔になりますやろ。」
 茶化すように奥ゆかしい笑い声を上げ、乱菊の方を一瞥してから細められた瞳を僅かに押し開けて言う。日番谷は肯定することも否定することも出来ず、ただ答えを模索するようにして黙っていた。するとギンが、ぽつりと哀しげに言葉を零す。

「―…乱菊を宜しゅう。」
「―…ああ。」

 何も考えずに頷いたが、ギンのその言葉は、何か含みのあるものではなかった。ただその意味合い通りに、乱菊を頼むと言っているように聞こえる。けれどもそれが果たして上司としてなのか一人の男としてなのかは分からなかった。
「ほんなら、また。」
 何か返事を返す前に、ギンはまるで疾風のように軽く消えていた。日番谷は一瞬目を見開いたが、すぐに乱菊に視線を戻す。すると微かに瞼の上がった様子が見受けられた。



「起きたか、松本。」
「…たい、ちょう…?」
 緩やかな流れである口調は、未だ意識がまどろんでいることを如実に示していた。乱菊は暫く薄っすらと瞳を開いたまま仰向けでいたが、次第に朦朧としていた意識がはっきりしてきたのかゆっくりと身体を起こそうとする。けれども日番谷は、乱菊の額に手を当ててそれを制した。
「寝てろ。…何か食えるか?」
「いえ、そんなには…。」
「珍しいこったな、お前みてえな食い気のある女が。」
「失礼ですよ隊長。」
 やや剥れたように唇を尖らせるが、やはり頬は紅く染まっている。日番谷は傍らに置かれた皿に目を向け、ささやかに桃が盛られたそれをそっと手に取り、楊枝に桃を一つ刺すと、乱菊に差し出した。
「これなら食えるか。…温くなっちゃいるが。」
「あら、ありがとうございます。」
 差し出された桃に再び身を起こそうと試みるが、それでも日番谷は乱菊の身体を寝かせたままにして制する。羞恥心は煽られたが、乱菊に無理をさせるよりはと、乱菊の口元に楊枝を運んでやった。乱菊は目を見張ったが、日番谷もひどく恥ずかしげにしているのを見受け、躊躇せず受け入れる。
「これ、隊長が?」
「いや…市丸だ。」
「そう、ですか…。」
 乱菊の睫毛が些か頬に翳ったように思えたが、日番谷は険しい顔をしただけであった。おもむろに幾つか桃を食べさせ終え、最後の一つが皿から消えたところで、乱菊の口元を少しばかり布巾で拭ってやる。
「復帰したら花見にでも行くか。」
「え、本当ですか!?じゃあ早く直さないと…。」
 床に伏せたまま、無邪気な表情で乱菊が微笑む。ふと布団から感冒を患う前より白くなったように見える手を差し出されたので、日番谷はそれをやや戸惑いつつ握ってやった。すると乱菊が、ふふ、とさも嬉しげな声を上げる。

「あたしが直るまで、ちゃんと待ってて下さいよ?」
「…当然だ。」

 亜麻色の闇が目前を掠める。乱菊という女を知り、独裁というものにひどく憧れを抱くようになった。ただ幸福を願うでもなく、束縛を望むでもなく、ただ全てを支配し、護りたい。独裁というには矛盾した想いやもしれぬが、確かに護りたいとそう願うのだ。
 そうして、永久と表して過言ではない年月の間に培われてきた彼女の内の綻びを、修復してやりたい。ギンの手によって裂かれた綻びを自分の手で押し広げてやりたいという念が時折頭を掠めるが、そのように残酷な処遇は日番谷には出来なかった。そんな想いは、ただの嫉妬である。



恋情揺らぐ
傷を飲む者の行方は。

  

Bitter Choco

2006-02-12 21:35:10 | 前サイトでの頂き物
それはちょっと苦い話しなわけで・・・。



Bitter Choco



今日はバレンタインデーと言って女の子が好きな男の子にチョコをあげると言う日。
さて、ここ十番隊ではどんなバレンタインデーを送っているのだろうか??



「松本副隊長!これあたし達からチョコです。どうぞ食べて下さい!!」

「チョコ好きだからいいんだけど、本当にあたしが受け取っちゃってもいいのかしら?」

「はい!副隊長の為にあたし達チョコ作ったんです!!」

「ありがとうvv後でじっくり食べさせてもらうわねvv」

毎年あたしはこの時期あげる側の女であるはずなのに何故か沢山チョコを貰う。でも、チョコは大好きvvどれだけ食べても飽きないわvv

そーいえば、いつもつるんでる恋次や修兵とかには買って来たチョコを渡しておいてあげたけど、実は隊長のチョコは用意してないのよ・・・。
と言うのも、買ったのを渡すか自分で作るか悩んで・・・でも、隊長って甘いのあまり好きじゃないみたいだし・・・毎年、沢山貰っているのにほとんど食べずにあたしにくれるくらいなのよ?だったら、最初から貰わなければいいと思うでしょう?
でも、隊長は優しいからそんな事出来ないのよ・・・。
あたし的には色々と複雑なのよね。沢山の人から好かれて、慕われ・・・でも、正直隊長を独り占めしたいのに・・・。

「松本副隊長!」

来たな最大の敵!!

「浮竹隊長、おはようございます。どうされたんですか?こんな朝早くから。」

「いや、ほら、今日はバレンタインの日だろう?冬獅郎にチョコを持ってきたんだ。喜ぶかと思ってね!!」

「でも、隊長は甘いものは・・・」

「何やら、あまり甘くなくて少し苦味のあるビターチョコと言うのを買ってみたんだ!これなら冬獅郎も食べられるだろうと思ってね。」

敵は戦略を練っていた・・・。そこまで計算していたとは不覚だったわ!!

「だけど、さっきから捜しているのだが姿が見当たらなくてね。悪いが、頼まれてくれるかい?」

「勿論。ちゃんとお渡ししておきますvv」

「そうそう、松本副隊長のチョコもさっき清音から受け取ったよ。後で頂くつもりだ。毎年、ありがとう。では、頼んだよ!あっ、松本副隊長の分はそっちの小さいのだから、くれぐれも大きいのは食べずに冬獅郎に渡してくれよ!」

と言うなり浮竹隊長は行ってしまった。私の分もあるって事は去年の事を覚えていたのね・・・。去年、隊長に渡さずに一人で食べた事を・・・。

とりあえず、あたしは沢山のチョコを抱えて執務室に戻る事にした。

「まずは、どのチョコから食べようかしら??」

と、ウキウキで執務室の戸を開ける。すると・・・

「松本・・・このチョコの山何とかしてくれ~!!」

チョコの山に埋もれた隊長がうんざりするように言った。でも、隊長こんなにチョコ貰っているなんて・・・

「・・・年々増えてません?とりあえず座れるだけのスペースを確保しましょう。」

あたしはそんなチョコの山を片付けつつ気持ち的には複雑だった。



やっと隊長とあたしが座れるだけのスペースは確保出来て、さっき浮竹隊長から受け取ったチョコの封を開けた。

「隊長、甘い物が苦手なら断ればいいんですよ。隊長はそうやって嫌な事でも断れないから損をするんです。」

何だかいつも隊長の近くにいるはずなのに、他人にまで優しくしている隊長を想像しただけでムカムカした。そして、浮竹隊長から貰ったチョコを口入れる。少し苦い。まるで今の自分の気持ちそのものみたい。

「折角くれるものを拒めねぇだろう?松本も毎年沢山貰ってるじゃねぇか?」

でも・・・あたしは同性からだけど、隊長は異性からでしょう??こんな気持ちになるなら、あたしも隊長に何かあげれば良かった・・・。ああ~ここにあるすべてのチョコを捨ててあたしのチョコだけ隊長にあげたいくらい。そして、また苦いチョコを口に加える。

「・・・そのチョコ美味くないのか?」

「少し苦いんです。隊長の分もありますよ?」

と、袋を差し出す。

パクリ・・・

えっ!!!!!!!!隊長ってば差し出した袋を差し置いてあたしが口に加えていたチョコをパクリ!!しかも、口が思いっきりついたのよ!!あたしが呆然としてるいと、

「そっちより、お前の食べてるヤツの方が美味そうだったから、つい。と言うか、お前はチョコくれねぇのか?」

「あっ・・・あたしは食べるの専門で、作るのは・・・でも、隊長は沢山貰えると思っていたし、甘い物も好きじゃないし・・・だから・・・」

「じゃあ、もう一口貰うか?」

と、隊長はあたしに口付ける。

「普通のチョコより苦い。でも、甘ぇな。」

あたしは更に頭が真っ白になった。だって普通年下がここまでしないわよ・・・嬉しいけど・・・。どうせならあたしが喜ばせてあげたかった。だから、嬉しい気持ちは沢山だけど、少し苦さが残った今年のバレンタイン。


後に、このバレンタインの日の松本副隊長の唇が少し腫れていたと言う話しがあったとか?なかったとか?






 いつも可愛らしいお話を提供して下さっている奈々嘉様より、バレンタイン限定のフリー小説を頂きましたv
 攻め気質な日番谷君が非常に素敵です…!
 奈々嘉様、素敵な小説をありがとうございましたv

書き下ろし色々と日記ログ。(小ネタ)

2006-02-04 16:14:59 | 過去作品(BLEACH)
 節分の日に乗り遅れました。



 2月3日です。ありがちネタ3連発。エロガキだったりぶっ壊れたりな日番谷君がお嫌いな方はご注意下さい。おかん市丸さんがお嫌いな方は以下略。(全ての小ネタにこの表示をすべき。汗)



~十番隊~


乱「隊長ー!豆の用意出来ましたよ。」
日「ああ…衣装の用意も完璧だ。
乱「不穏な単語が聞こえたような気がしますけどスルーしていいですか?
日「ああ、気にするな。ところで鬼はどっちがやるんだ?」
乱「明らかに女物の鬼の衣装を持って言わないで下さい隊長。有無を言わさないつもりね…!」
日「別に強制するつもりはねえよ。…それとも松本、コレを俺に着せるつもりなのか?
乱「着れるもんなら着てみて下さい。


 乱菊さんは本来楽しく着てくれそうですが(笑)どうもうちの乱菊さんはノリが悪いなあといつも思います。


~三番隊~


イ「隊長、恵方巻きっていうのは食べてる間絶対に話しちゃダメなんですよ?」
市「ええよ。そんなら頂こか。…あ、でもただ食べるだけやとおもろないから、一人ずつ食べよか。そんで片方がずっと相手に話しかけるんや。食べとる方が声出してもうたら負けな?」
イ「…よく分かりませんが、いいですよ?」
市「そんならボクから食べるわ。とにかくイヅルは話しかけてな?」
イ「はい。」


もぐもぐもぐ…。


イ「隊長、寒いですねえ…。」
市「…。」(イヅルに羽織をかける)
イ「あ、ありがとうございます。ところで隊長、松本さんのスリーサイズ知りませんか?
市「…!」
イ「いえ、最近聞き回ってる男性死神が多いんですよー。教えてくれたら賞金を出すっていう人もいるみたいで…。だから隊長は知っていらっしゃるかなって。」
市「…。」
イ「隊長、何で無言なんですか?せめて首振るくらいして下さいよ…。」

 隊長にはきっと見た瞬間スリーサイズを当てる能力が備わっているに違いないですからね。(市丸さんを何だと)


イ「…隊長、ところで隊長はお幾つお豆を召し上がらなければならないんですか?
市「ゴフッ…!あかんよイヅル!それは禁句なんやから―…あ、
イ「隊長の負けですねv初めて隊長に勝つことが出来たような気がします…。」
市「まだまだイヅルは残っとるやないの。これからや。」
イ「触るのはナシですよ、隊長。」
市「…ダメなん?」
イ「ダメです。


本当は向く方角も決まってるんですが、割愛。(素直に方角忘れたって言え)


~六番隊~


恋「隊長…。俺が鬼の面なのは分かりますけど、何で隊長が袈裟(お坊さんの衣装。笑)着てるんスか?
白「知らぬのか恋次。『鬼は外、福は内』と言うであろう。」
恋「ああ、外に豆投げてから内にも豆投げるっていう…。」
白「なっ…鬼と法師が吉凶をかけて豆を投げ合うのではないのか!?
恋「どっからそんな壮絶なバトルが勃発したんスか。つうか誰から聞いたんだよそんな話…。」



 そんな感じで!(逃)



 ちなみに、シリアスにやってみているラプンツェルパロですが、ギャグはこんな感じになる予定でした。


 あるところで、美しい歌を歌うと言われている塔がありました。けれども本当は塔が歌っているのではなく、中にいる美しい娘が歌っているのです。青年が通りかかると最上階から亜麻色の髪の梯子がかかり、それを昇ると娘に会えるのです。


 青年は、塔の前を通りかかると決まって言います。


日「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪を垂らしてくれ。」


 カラカラカラカラ…。


日「…オイ、お前そのトイレットペーパーはナメてんのか?
修「仕方ないでしょう。俺の髪は垂らせるほど長くねえんですから!
恋「誰だ配役構成したの…。」


 そんなお前は一体何の役なんだ恋次。もしかしたらギャグバージョンも作るかもしれません。(コラ)



 以下日記ログ。


*市丸さんがわざとイヅルに日番谷君を足止めしなければならない事実を伝えていなければいいなあという妄想。



「吉良君、君のお陰で羽虫が増えてしまったよ。いけない子だね。」
 
 藍染の言葉に、ギンは眉をひそめる。明らかに日番谷を相手にすることを楽しんでいたくせに、この男はイヅルを震え上がらせるためにわざとそのようなことを言っているのだ。

「…確かに松本さんには敗けましたが、何をおっしゃられているのか僕にはよく理解出来ません。」
「おや、白々しい。」

 不味い、と思った。イヅルに乱菊を足止めすることを命じたのは自分だが、このままずるずると藍染がイヅルを貶めることを楽しんでいては意味がない。危険な目に遭わせることのないようにとイヅルを遠ざけたのにも関わらず、それが全くの無駄骨となってしまう。


「…藍染隊長、あとはボクがきつく言うときます。隊長はせなあかんことが他にありますやろ。

「…そうかい。」

 しかし不本意だという顔をしつつ、藍染はその場を離れない。仕方なしにギンは少しばかり離れた場所へとイヅルを連れ出し、藍染に聞こえぬようにと声をひそめた。

「イヅル、ようやったなあ。」
「…市丸隊長、隊長は松本さんのみを足止めするようにとおっしゃいましたね。」
「うん、それでええ。」
「しかし藍染隊長の口ぶりからすれば、日番谷隊長をも足止めすべきであったという風に聞こえますが…。」
「気にせんでええよ。…十番隊長さんとも対峙しとったら、こんぐらいじゃ済まへんやろ。あの子は殺しまではせんでも容赦せえへんからなあ。」
「では、隊長は僕に偽りをおっしゃられたのですか。」

「…さあなあ。どうやろ。」

 怪訝な表情を見せたイヅルに向かって、ギンはいささか眉を吊り下げて微笑んだ。


*市丸日番谷兄弟ネタ続編。弟最強伝説。


市「イヅルを副官にしたのはええけど、どないして口説いたらええんか分からんわ…。何かええ方法ないやろか。」
日「押し倒せ。
市「…は!?」
日「あの分だと吉良は押しに弱いと見た。おそらくお前が押し切ればそのうち心が通じ合う日が来るんじゃねえか。」
市「…そっちはどうなん?ホントにそういうやり方で落としたん?」
日「いや、まだ実践してはいねえが…今夜あたり夜這うかと思ってな。


おとうとはボクのしらないあいだにトランポリンでおとなのかいだんをのぼっていました。
         
                              さんくみ いちまるぎん 


追伸:おろかなおとうととかいて「ぐてい」とよむ。                                                
                           


市「可愛え時期もあったような気がせんでもないのに…!」
日「…つうかお前と吉良は一体どこまでいってるんだ愚兄。」
市「えっ…ど、どうでもええやないの。」
日「お前のことだからどうせもう手ぇ出してんだろ?」
市「なっ…!!何言うてんの!手も繋いでへんわ!!
日「はあ!?何でだよ!」
市「何ていうかな…この前イヅルがボクに「お慕いしてます」言うてくれたやん?それだけでもうええいうかな…。結婚の約束もろうただけでもうええ言うか…。



あにはまるでようちえんじにもどったみたいにきよらかにわらいました。うさんくさかったです。
                                                    

               じゅっくみ ひつがやとうしろう
  
 
追伸:おろかなあにとかいて「ぐけい」とよむ。


 ジャンプネタバレ小ネタは、とりあえず今は上げないでおきます…。宜しければ日記の方を覗いてやって下さると幸いです。

こもごも。(色々)

2006-01-31 22:47:23 | 過去作品(BLEACH)
蓮比べし。(日乱)



 綻ぶような春の香りと、生い茂る冬の香りとが混在していた。十番隊の隊舎の裏には立派な池が存在したが、乱菊は常にそこを濠と呼んでいた。手入れもされていないそれは確かに水も穢れており、日番谷が近寄ることもあまりない。
 広くはあるけれどもむしろそれが仇となり、人二、三人ならば一度に飲み込んでしまえそうに見える。
 龍でも住んでいそうですねと乱菊が戯れに言うと、日番谷は何とも言えないような顔付きで唸った。
「怖いですね、隊長。」
「怖いか?」
「ええ、隊長なんて今にも連れて行かれそうだもの。」
「…俺かよ。」
 強くあれと、日番谷に対してそう願ったのは他でもない乱菊であるし、日番谷の方も最低限その願いに応えてきたつもりである。元より乱菊は幾度も日番谷の力ある場面を垣間見てきたし、日番谷の実力を誰より理解しているのも自分であると自負してもいる。



「だって、馬鹿みたいじゃありませんか。この池、あなたが来てから出来たんですよ?」
「…何だと?」
「だから、誰が造ったわけでもないんです。あなたがここの隊主になって初めて現れたんです。」
「そんな馬鹿みてえな話があるかよ。」
「だから馬鹿みたいだって言ってるじゃありませんか。」
 たった数年の間に、池というものはこれ程までに腐敗するのかと問うてみれば、乱菊がさあと肩を竦める。けれども出来たその日より、この池は腐敗しているのだとまたも信じられぬことを言うのであった。
 この池が清く美しくあった時代など存在せぬのである。ただ生まれ出でた瞬間より、まるで何れかが飲み込まれるのを待つようにして身を濁らせ、口を開いているのである、と。
「だから怖いんですよ。池が狙ってるのは多分隊長だもの。」
「…馬鹿か、両方に決まってんだろうが。」
 池の主が望むものは、美しい女であると相場は決まっている。そうして、主が狙うものは、他でもなくその身であるとも。けれどもその最奥に潜むものは情である。化け物は、愛だの恋だのといった、一見美しい情を好むものなのだ。
 自惚れではなく、この頃の乱菊は前にも増して旺盛であり、それがさも艶かしい。乱菊は、活発な姿が何より美しい女である。今この時、乱菊が副官としている姿を見越して、待ち構えるように現れたのではないかとも思う。
「…させるか馬鹿。」
「何か言いました?」
「何でもねえ。」
 ぽつりと呟くが、当然のように乱菊には聞こえぬようにする。すると池の中からすう、と蕾のようなものが抜き出し、見ていると艶やかにその肢体を開かせた。蓮の花である。
 けれども濁り水の中ではもはや目立ち過ぎるようにして佇んでおり、少しばかり痛々しい。それを見受け、十番隊の中の乱菊を現しているとでも言う気かと眉をひそめてみたが、乱菊と蓮をひっそりと見比べてみると、やはり乱菊の方が美しく見えた。なので勘弁してやることにしたが、花よりも乱菊の方が美しく見えるだとか、そのようなことは間違えても言うまいと固く思った。




降り染む。(ギンイヅ)



 朝からしとしとと雨が降り続いていたので、もしかするとと思い縁側に出るとやはり敷布が干してある。昨晩のうちに取り込んでいるものと思っていたのだが、とんだ失態である。
 僕としたことが、と少しばかり頭を抱えてはみるものの、済んだことは仕方がない。衣服までも干しておらぬことがせめてもの救いである。
 非番を満喫しようと考えていたのだが、これを洗い直していれば正午までの時間は確実に潰れることであろう。
 ギンも長期出張中であり、これを機会に掃除やらこもごもとしたことを全て済ませてしまおうと定めていた矢先である。幸先はあまり宜しくない。



「あらら、イヅル何しとるん?」
「たっ…隊長!?」
 一度は空耳と思い視線を背けていたが、やはり背後に気配を感じる。まさかと振り向けば、常としている表情を絶やさぬギンの姿がありありと浮かんでいた。何やってるんですか何やってるんですか何やってるんですかと、三度程問い質したい気持ちに駆られたが、敷布を掴んだまま押し黙る。
 するとギンが、するするとにじり寄り、敷布を奪った。
「外に干してもうたんか?」
「…そうなんですけど…隊長、あの、お仕事は…。」
「そんなん、どうせ虚退治やん。終わらしてきたわ。」
 そのお力をどうぞ他のところで発揮して戴けると大変嬉しゅうございますと言いかけてやめた。そうしてギンは、敷布の裾を緩く掴むイヅルの手をやんわりと解き、敷布を放る。
「こんなんしゃあないやろ。洗い直しなんてせんでええ。こんまま乾かし。」
「それじゃあ湿気の香りがひどいじゃありませんか。僕が神経質なのはご存知のくせに。」
「どうせ一緒に寝るんやったらボクは気にせえへんよ?」
「ですから僕が嫌だと申し上げているのです。」
「せやから、ボクの部屋で寝るんやったら変わらへんやろって。」
 咄嗟に射るような視線を向けると、おお怖、と僅かに反応が返って来る。ギンは茶化すような笑顔を浮かべた後、敷布を拾い上げて広げたところであったイヅルを、そのまま抱き締めた。
 まるで敷布を巻き付けるようにされたために、少しばかり肌を冷めた空気が掠める。
「たいちょ、つめた…。」
「こうしとると、匂いやなんてそない気にならへんのとちゃう?」
「それはそうですけど…。」
「そんならええやん。」
 どうせイヅルが一人寝することなんてないんやし、と笑むギンを忌々しげに見つめてから、花が綻ぶようにして口唇を緩める。
「こない天気やとどこにも行かれへんなあ…。」
 そのまま体制を崩し、イヅルを膝に乗せるような体制になってからギンが残念そうに呟いたので、ギンの袖を軽く掴み、胸に頭をもたげさせてイヅルが呟く。
「今日はこのまま、お休みしてしまいましょうか?」
 ふふ、と悪戯めいた笑顔を向けられ、ギンが困ったように眉をひそめて微笑む。全くこの子は、と、呆れるように呟いてイヅルを抱き直した。口付ければ、部屋の中はひっそりと雨の芳香に満ちる。



 そろそろと、気を配るようにして雨がぽつりぽつりと息を潜めた。




眠りを鬻ぐ。(369副官。修→イヅ)



 副官室というものはいつの頃より仮眠室に変貌を遂げたのであろうと顔をしかめると、伸ばしかけた手を恋次から制された。どこからも吹き込む風はないのに、傾けられた頭から定期的にさらりと髪が流れる。


「疲れてるんですって、コイツ。」
「例によって隊長の世話でか?」
「それもありますけど…まあ、隊長の世話ってことかな。アレも。」
「待て、それ以上言うな。」


 無理はさせてないみたいっスけど、と恋次は笑うが、無理をさせていなければどうしてこのようなことになるのであろう。


「先輩はちゃんと寝れてんでしょ?いいなあ、うちの隊長も意外とぼけーっとしてるから仕事あんま早くないんスよね。」
「まあ…東仙隊長はそこにかけては真面目だな。」
「吉良はいつも言ってるんスけどね、隊長はいつも優しいって。」
「…信用出来ねえな。」
「まあ、そりゃあそうっスよね。」


 これ以上甘ったるい話なんて聞けるかとばかりに修兵は視線を背ける。が、するとイヅルまで視界から外れてしまったので、やや不本意といった様子で顔の向きを戻した。恋次はそれを、可笑しそうに見ている。


「先輩が労わってやったらどうっスか。」
「そうだな、俺の睡眠を分けてやりたい。」
「無理言わないで下さいよ…てかそれイヤミっスか。」


 お前らの心労なんて俺にどうしろっつーんだ、と毒づきながらも、目前を染める金糸をさり気なく指で掠める。すると僅かに動きが見られたので少しばかり不味いと思ったが、ふとイヅルの目の色を拝みたいという衝動に駆られ、不覚にもそのまま肩を揺らしてしまいそうになった。




■あとがき■
 短文寄せ集め。勝手設定が飛び交っていてすみません。何か皆おかしくてすみません。(コラ)

護人の故。~分けいづる者の名は~:前編(ギンイヅ、日乱)

2006-01-29 17:31:53 | 過去作品(BLEACH)
*「百鬼夜行抄」のパラレルです。第一作目はこちらからどうぞ。





違うてはならぬ 違うてはならぬ
己のあるべきその場所を
隠してはならぬ 隠してはならぬ
我が御心の住む場所を





 旺盛な太陽であった。涼やかな空から、細く淡い光が差し開き、まるで空そのものが咲きゆくようである。このような日和ならばお隣の杉の木が肢体を照らし、さぞ美しかろうと思う。確かその向こうの家には大変立派な池があった。
 そのようなことに思いを巡らせつつイヅルが窓を開くと、いかにも眩そうに顔をしかめてギンが布団から顔を出す。自分の部屋の布団を片付けてからギンの部屋に赴き、換気をするのが数年前からの日課である。
 早くに父を亡くし、頼りの綱であった母も数年前に他界した。親類縁者もおらず、けれどもそれと入れ替わるように、障子の飾り絵としてひっそりと番を行っていたギンが実体として現れたのである。しかし妖怪というものは、なにか媒体がなければ人間のように実体化することが出来ない。何を媒体にしたのかは、あまり考えたくないものである。
「市丸さん、朝ですよ。」
「…何やの、一緒に寝よ言うてもすぐ嫌や言うくせに、こないな時はさっさと入り込んで来よってからに。」
「当たり前でしょう、冗談に付き合っている暇はないんです。」
「冗談言うてもちゃあんと頬染めてくれるとこが好きやで。」
「…冗談に付き合っている暇はないんです。」
 まるで自分自身に言い聞かすかのように繰り返す。
 母が亡くなってからはこの妖かしと二人で暮らしているのだが、何にしろ妖かしである。取り込まれぬように取り込まれぬようにと気を引き締めるが、喰われてしまえばそれも意味がない。けれどもイヅルは、それこそ隙あらば喰らおうという心持でいるギンに敵うかどうか自信はなかった。何せ相手は幾ら若く見えたとしても、うん百年人や妖怪問わず喰らい続けてきた老妖である。
 少しばかり霊力の才があるからといって、いかに自分が抗おうとも敵わぬということは知っていた。だからこそ歯痒くもあるが、今のところギンはイヅルを喰おうとは思っていないようなのでそれほど忌避してはいない。
 ギンの「喰らう」という意味合いとイヅルの「喰らう」という意味合いが全く異なっていることを知る者は、残念ながらギンのみなのであるが。





 吉良家の隣には立派な杉の木を携える松本家があり、そのまた隣には広く美しい池を携える日番谷家がある。古くより仲睦まじくしていた両家であったが、ここのところどうやらあまり折り合いが宜しくない。聞けば松本家の杉の木が育ち過ぎたお陰で日番谷家の敷地を狭くしていたので、日番谷家が新しい塀を造ることになったのを機に切り倒してはくれまいかと頼んだが、松本家はそれに激怒した。そうこうしているうちに日番谷家の方も逆上し、取り返しのつかぬほどの仲違いとなったのだ。
 そうして、そのままの仲が続いていたある時、松本家の主人がふとしたことから命を落とした。何せ突如として倒れたこともあり、臨終の際残された言葉もない。
「…じゃあ、大人しくしてて下さいよ。」
「何やの。お隣と仲良うしはってたんは景清さんとシヅカさんやろ。なしてイヅルが葬儀にやら行かなあかんの。」
「仕方ないでしょう。家が近いとこんな田舎では色々あるんですよ。」
 山中の田舎などでは特にそうだ。住民全てが遠きところでは血縁関係にあるという場所で、遠方ならまだしもまして隣家の葬儀に出席せぬわけにもいくまい。確かに大学受験の最中であるイヅルにとって、学校を欠席するというのは多大な損失を買うのだが、こればかりは仕方がない。
 ぶちぶちと背後で呟くギンを尻目に、濃淡の見られぬ漆黒の背広を羽織る。しっかりと襟まで整えた後に鏡台の前に立つが、似合わぬことは百も承知であった。
「暑苦しい格好やなあ。」
「…今は春です。」
 けれども寒暖をまるで感じぬギンにとっては、二枚も三枚も重ね着をしているイヅルが信じられないといった様子である。布団の上であるということを除いたとしても、寝巻き一枚のギンは未だ見ていて寒い印象を受けた。
 喪服の上から軽く上着を羽織り、葬儀に持参するべくこもごもとしたものを持つと、念のため施錠を施してから家を出る。春といえど二月の終盤である。扉を開けた瞬間に頬を掠める風は依然として寒々しかった。





 葬儀の席では泣く者の姿も多く見受けられたが、当の家族達には一人として涙を流す者がおらず、どちらかといえば主人の死が未だ信じられないといった様子である。悲しみが連なると泣けぬとはよく言ったものだが、それともまた違う。主人が死んだことを、根底から訝しく思うような風情であった。
「この度は、ご愁傷様です。」
 イヅルが声をかけると、大層驚いた様子で夫人が顔を向ける。そうして、一瞬固まってから顔を綻ばせた。
「あ、申し訳ございません。ぼ…いえ、私は、」
 名乗らず分かるものかと、そこで気付いて少しばかり恥ずかしく思いながら謝罪し、名を告げようとするとそれを制される。
「吉良さんとこのイヅル君でしょう。シヅカさんによく似ておいでだわ。」
「はい、父母もこちらとは仲良くして頂いていたようで…。」
「まあまあ、ご丁寧にどうも。すっかり綺麗になったわねえ…。」
 綺麗に、という言葉に少しばかり曖昧に笑む。まるで女性を賛美するような言葉の連なりに昔は戸惑いを隠さなかったが、それを臆面に出すことはなくなった。それもこれも、この頃のギンのイヅルに対する文句に慣れきったお陰ともいえる。
「でも、ねえ…。未だに信じられないのよ。あんなに元気だったのにねえ。」
「…何が起こるか分からないものですね、本当に。」
 そう言って視線を周囲に向けると、日番谷家の主人があまり具合の宜しくない風情で俯いている。どうしたのかと思ってみれば、彼が耐えるように手を握り締めた途端に身体が傾いた。
「…日番谷さん!?」
 周囲の人間は皆走り寄って名を呼んだが、それすらも聞こえぬようにして穏やかに彼は目を閉じていた。





 日番谷家のご主人の急死に伴い、イヅルはやはり葬儀に出席せねばならぬであろうということになったが、丁度試験日であったために今回は免れた。けれどもその後日、先日葬儀の席で言葉を交わした夫人が吉良家を訪ねてきた。
 夫人は葬儀の時よりも数段痩せ衰えたように見え、顔の色は蒼白であった。するとこちらから事情を問う前に、夫人の方から口を開かれる。
「…ご免なさいね、突然訪ねてきてしまって…。」
「いいえ。」
「それでね、あの、こちらの亡くなったご主人…あなたのお父様は、お祓いなんかに詳しくていらしたでしょう?」
「ええ…まあ。でももう父は他界致しましたし、この家にはもうそのようなことに詳しい者は…。」
 言葉を濁らせると、嘘を吐けとばかりに傍らのギンが眉をひそめる。当然の如く夫人には見えていないが、何があるか知れないので、このような時ギンは常に傍らで息を潜めていた。最も、見鬼の才を持たぬ人間が相手ならば、だが。
「いいのよ、ただちょっと気になることがあって…。」
「え?」
「うちの主人が亡くなったすぐ後に、日番谷さんとこのご主人がお亡くなりになったでしょう?だからちょっと気味が悪くて…うちの主人はともかく、日番谷さんはもっとお若かったし。」
「そうお気を落とされずに…きっとただの偶然ですよ。」
「そうかしら。でもね、死ぬ間際、うちの主人のコートのポケットにいつも松の花が入っていて…。」
「松の花?」
「ええ…日番谷さんに聞いてみたんだけど、ご主人もそうだったって…。」
「でも松は、長寿の木でしょう?」
「ええ…でも、松の花の時期には少し早いのに不思議だと思って…それに松って、『神の寄る木』とも言うでしょう?だから祟られたんじゃないかって怖くて…。」
「神の寄る木…。」
 古来松というものは、神聖な木として珍重されていたらしい。確かに松竹梅というように、めでたい木だということは知っていたが、そのような曰くは初耳であった。この夫人は博識なのだなと感じるが、それとも、このような場所に長年住まっていれば自然と身に付くものなのであろうか。
「…僕も出来るだけ父の書物などを検分してみます。何か分かりましたらお知らせ致しますので、ご連絡先だけ教えて頂けますか?」
 ただの偶然と考えるにしては、確かにことが出来過ぎているような気もする。イヅルは用意した紙とペンに簡単な電話番号のみ記入してもらうと、腰を上げた夫人を門まで見送った。





 休日ではあったが、否、休日であるからこそと思いそのままになっている景清の私室を開き、それらしい文献を漁ってみる。けれども目ぼしいものがないばかりか、中には蚯蚓のように歪んだ文字が並ぶものまであり、解読し難い。そもそも日本語かどうか怪しいと思われるものまである。むしろ、果たしてこれは人間の使う言語なのであろうかと訝しく思っていると、影を潜めるようにして背後からギンが進入してきた。
「そないな本漁っても何にも出て来ぃへんよ。」
「…分からないじゃありませんか。それともこの本、あなたは読めるっていうんですか?」
「はっ…貸してみい。」
 そう言ってイヅルの持つ書物を奪うと、一通り目を通してからそれを放り投げる。そしてまた別の本を手に取ると、同じように検分してから再び投げた。何てことするんですかとイヅルは抗議の声を上げるが、何ら頓着した様子はない。
「駄目やね、ここの本には何も書いてへんわ。大体キミのお父上いうたらまじないやらの本ばっか残しとる。妖怪やら神さんと会うた記録なんて全然残してへん。お祓いもそうや。あの人はみんな独学やった。」
「…でも、じゃあそれでどうしろっていうんですか。」
 鋭い眼光をギンに向けると、ギンはイヅルの上着のポケットがやけに膨らんでいるのに気付き、ふっと口の端を上げた。その視線を浴びてイヅルが中を確認してみると、松の雄花がいくつも入っている。淡黄緑色のそれは、花らしい形状をしてはいないが、跡を残すようにして花粉を撒いていた。
「松の―…。」
「ほんまに捕まえよう思うんやったら、直に触れ合わんとあかん。」
「捕まえようなんて思っていません。ただ、この先何事も起こらぬようにしたいだけです。」
「どっちにしろ、それが入ってたいうことは目ぇ付けられたんよ。関係ない言うてはおれへん。今日は眠らんようにしとき。眠ってしもたらやられるで。」
「でも…。」
「部屋の外にはボクがおるやろ?」
 宥めるようにイヅルの頭を引き寄せてから、淡い色の髪に口付ける。するとギンの言葉を肯定するようにして、イヅルがそっと目を伏せた。





 布団に潜りつつ眠った振りをし、やんわりと息を殺す。襖の向こうから聞こえる音は何もなく、ぬらぬらと揺れる真紅の闇のみが辺りを支配していた。けれども微かに感じる力だけは確かだ。そうして暫くすると、ぎしぎしと鳴る音が僅かに聞こえてきた。
(来た…?)
 ゆっくりと瞳を開けば、目前に広がるのはぎょろりとした巨大な目である。それに驚き、慌てて身体を起こすと、幾つもの妖かしがこちらへ向かってくるのが分かった。想定外の数に、思わずギンの名を呼ぶ。
「いっ…市丸さ…市丸さーん!!」
「…そない大きゅう言わんでも聞こえとるわ。ご近所迷惑やないの。」
 すぱんと襖を開く音が聞こえ、すぐさま手でいとも簡単に妖かしを払い除ける。あのように数があったのに、と驚いていると、一掃したギンがこちらを向いて言った。
「あないまやかしに騙されるんやないよ。ほんまは一匹だけや。」
 また来るで、と言われ外を窺うと、今度は小さな妖かしではない。軽やかな足取りで駆けてきたものは、まるでギンの変化した姿と同じような獣であった。しなやかな肢体にはひどく艶かしい亜麻色の鬣が流れ、足は逞しいというよりも繊細で今にも折れそうにしている。少しばかり吊り上がった端正な瞳を見れば、おそらくあれは猫であろうとイヅルは思った。
「…やっぱりお前やったんやなあ。乱菊。」
 ギンの言葉に、イヅルが驚愕したような顔を見せる。ギンは夫人の話を聞いた段階で、それが何であるのか分かっていたに違いない。ましてそれが知り合いならば、書庫であのような態度を取ったのも頷ける。
 猫は肯定するかのように目を細めると、ゆっくりと姿見を変化させた。艶やかな風貌をした、獣の姿に勝るとも劣らぬ美しい女である。そうして、口唇に意味深な笑みを浮かべると、おもむろに答えた。
「随分とご無沙汰じゃないの…ギン。」
「せやかて、主人と一緒やないと仕える家から出られへんのやから仕方あれへんやないの。」
 人間に憑依すれば別だが、とイヅルに視線をやれば、いかにも不本意といった表情でイヅルが顔をしかめた。
「…お知り合いなんですか?」
「ええ、古い知り合いよ。」
「どうして人を殺めるようなことを?」
 見る限り、悪いものではなさげなのにも関わらず、何をしているのだろうと思い尋ねる。すると乱菊と呼ばれた妖猫は、哀れむような表情をしてイヅルの方を見据えた。
「殺めたわけじゃないわ。あの家の人間は、あの木を切り倒したから死んでしまっただけよ。」
「え…?」
「あたしはね、立派に育っている木を住処としている妖かしなのよ。だから松本家の先祖と契約して、あの木を貸してもらっていたの。その代わりに、あの家の人間を長年護り続けてきたわ…。でも、あの人達は容易く木を切り倒してしまった。別に恨みはなかったけど、妖怪との契約を破ればその家の人間は滅びるっていう仕来たりになってるから、こればっかりはね。」
「じゃあ、日番谷さんのところは…?」
「あたしは何もしてないわ。でもあそこには大きな池があったでしょう?旦那さんが亡くなって庭の相続税が大変だからって、庭を半分切り売りすることにしたんだそうよ。でもあれだけ大きな池だと手入れが大変で売りにくいだろうからって、池だけ埋め立てることにしたって…。」
「もしかして、あの池にも何か?」
「ええ、日番谷の人達も契約を裏切ったのよ。それもあたしみたいなただの妖かしじゃない…龍神との契約をね。」
 ギンや乱菊のような妖かしでさえ、長寿であることもあり大変強大な霊力を誇る。けれどもそれが神ともなれば、例え幼くあろうともギンほどの力はあると思われた。おまけに日番谷といえば屈指の旧家である。それを考えれば、どれほどの龍神が潜んでいるかなど恐ろしくて考えたくもなかった。
「…何や、ボクは日番谷のお人らもお前が殺したんやないかと思うとったわ。」
「あら、あたしは誰も殺めてないって言ってるじゃないの。大体何であたしが仕えてもいない家の人間なんて殺さなきゃいけないのよ。」
「何でて、よう言うわ。あの人の住処奪うた人間なんやから、てっきり乱菊も怒っとるんやないかと思うたんやけどなあ?」
 ギンの言葉に、乱菊が微かな嘲笑を見せる。それは肯定とも取れたし否定とも取れた。イヅルは話に付いて行けず少々不安げな顔を見せたが、ギンがこちらを向いて心配するなと言うように笑んだので、黙っていた。





奪うてはならぬ 奪うてはならぬ
天のお人の住む場所を
慕うてはならぬ 慕うてはならぬ
天のお人は遠き人


*後編に続く


■あとがき■
 次はギンイヅにとっても日乱にとっても意味ありげなお話になります。赤間藍染が出てくるのはいつだよ!(笑)そして司ちゃん桃が出てくるのはいつだろう…。
 そして次の話の後が、今拍手に入れてる番外編に続くわけですね。(早くしろ)あ、あまり面白くない理由ではあるんですが、乱菊さんや日番谷君がなぜ仕えてる家の苗字なのかは次の話で明かす予定です。いや、あんまり捻った理由じゃありませんよホントに。(笑)