*全編捏造斬魂刀です。当サイトにおける捏造斬魂刀につきましては、こちらとかこちらとかこちらとかこちら(多っ)を参照して頂ければ宜しいかと。
広がる水の音
移ろう闇の影
横切る虫の声
今宵は宴が開かれる
密やかな酒宴が喉を焼く
闇に沈む邸の中に、蜜色の光が蛍のように灯っている。間温めにと灯されたものなのかもしれないが、確かに幾人もの男女の影が見えた。全てが全てこの日のためにと設えた美しい着物を纏っており、いかにも吉事という雰囲気が窺える。繰り返し繰り返し、外でぎしぎしと水車が動き、その影を時折遮っていた。
「今宵はあちらも宴だそうで。」
「本当かい?鏡花水月。結構なことじゃないか。お陰であたし等もこんな贅沢が出来るってもんさ。」
縁が細く、端から紐が垂れたような楕円形の眼鏡をかけた長い金糸の男が言うと、銀糸とも言える灰褐色の短い髪を括った女が杯を傾ける。時節は冬だというのに虫の声が響き、あれはどうしたのだと紅い椿の花を髪に結った女が問うと、同じく白い椿の花を髪に結った女は、はて、どうしたのでしょうと曖昧に返した。
「ただの宴ではあるまい。我が主も着飾って出かけて行かれたぞ。」
「まあ、紅。着飾って出かけられたのではございませんよ。あれは舞の衣装です。」
「今年は副隊長が舞を踊るのよって、桃が言ってたわ。」
やや幼い風情の黒髪の少女が、見目に似合わぬ杯の縁を一舐めしてから言った。侘助は、そのような飛梅の姿に、少しばかり前は「ねえさま、ねえさま」と後ろを歩いて大層可愛らしかったのに、と二人して目を細める。
するとこれまで他人の話を聞いてばかりで、これといって口を挟まなかった銀糸の美丈夫が、険しい顔を少々和らげ口を開いた。
「成る程、副官が舞うのか。朝ギンが吉良殿の着物を着付けてみたり簪を挿してみたり、何かと世話を焼いていたのはその所為であったのだな。」
「―…何?」
何ともなしに口にした神鎗の言葉に、紅侘助の鋭い眼光が飛ぶ。これは失言であったか、と神鎗が酒を煽ると、白侘助が「おざなりになさいますな」とにっこりと微笑う。うべなうべな、これは参ったと神鎗は目を逸らしたが、とうとう侘助のみならず他の斬魂刀の視線までこちらに向いているのを窺い、やれやれと息を吐いた。
「あの男、よもや主の肌を暴いたのではあるまいな。」
「そのようなことは決してあるまい。着物を着付ける際に少々肌は窺えたかもしれぬが…いや、決してそのようなことは。」
少なくとも神鎗の知る範囲内では真面目に面倒を見てやっていたのだが、何分ギンのことである。肌を暴くということはせずとも―…いや、着付けてやった時点で多少は肌が覗かれるに違いない。けれども決して暴いてはおらぬと神鎗が言葉を選ぶ余裕もなく言うと、侘助は尚疑念を抱いたような顔をしている。
「ホラホラあんた達いい加減にしな。祝いの席じゃないか。」
この中ではなかなかの年長にあたる灰猫が声をかけると、侘助は渋々静まる。神鎗はといえば、主人のお陰でなぜ侘助の私に対する株を下げねばならぬのだとほとほと呆れ返る始末であった。
「しかしあの市丸が副官の世話、ねえ…なかなか変わったようじゃないか、あの男も。」
「乱菊さんも朝衣装とか用意してたの?」
「ああ、えらく楽しそうにね。あの子はほんとに賑やかな席が好きだからさ。」
「おら、灰猫。新しい酒だ―…お前ら何の話してんの?」
やや軽い調子で顔を出したのは、長身痩躯の男である。浅葱色に近い銀糸に覆われたその顔はひどく整っているが、表情は主人と違いおおらかであった。本来ならば龍の姿をしているが、その体躯ではこの場におれぬと人形に変化しているらしい。
「おお、氷輪丸。随分と久方振りだな。」
「主人の仲が悪けりゃ疎遠にもなるだろうよ。こんな席がなけりゃ酒も呑めねえなあ、神鎗。」
その言葉に、神鎗は全くだ、と苦笑する。ギンと日番谷が言葉を交わすことはあっても、主人同士の付き合いがなければ斬魂刀同士が顔を合わせることはまずない。主人同士の確執さえなければ親しいと言える神鎗と氷輪丸もその例に漏れず、今宵が幾月振りの逢瀬となった。
「そういえば氷輪丸、悪いねえ。あんたんとこの坊やに宜しく言っといてくんな。」
「坊や―…?ああ、…冬獅郎がどうかしたのか?」
坊やなどと言っては牙を向けられそうだ、と思いつつ氷輪丸が尋ねると、灰猫はああ、と軽く頷く。
「乱菊の紅の色が新しかったからさあ、買ったのかって聞いてやったら、お宅の隊長さんに貰ったんだと。」
隊長さん、と言いながらもその声色は茶化すようで、灰猫は悪戯めいた笑みを浮かべた。結局のところ冬獅郎のことを男として見ているのかどうかは分からないなあ、と氷輪丸はやや目尻を下げた。
「しかしまあ―…冬獅郎が、ねえ。」
言ってから氷輪丸は、にやりと含んだような笑みを浮かべるが、灰猫は、またからかってやろうとでも考えているのだろう、と少しも頓着せず杯に酒を足そうとした。すると氷輪丸が屈んでその手を制す。どうしたのかと灰猫が問うと、いやあと氷輪丸が徳利を灰猫の杯に傾けた。
「こっちこそ冬獅郎が世話になってるみてえだからな、前途祝いに一つ酌でもさせてもらおうかと。」
「…ふん、前途祝いねえ。」
酌してもらうのは悪くないけど、と灰猫がひっそりと目を細める。用意した酒は大層強いものであったが、それを一気に煽ると、あんたも酒豪だねえ、と氷輪丸が感心したような声を上げた。
気が付けば飛梅が大分酔いが回ったかのような顔をしている。数年前より幾分成長はしたようだが、やっぱり弱いんだねえと灰猫が侘助の方を振り向けば、「少々弱い方が女は可愛いでしょう」と白が微笑む。白は元より酒などやらず、紅は頬を赤らめもせず呑んでいる。灰猫と紅侘助は「強くて悪かったな」というようなことをぼそりと呟いたが、それもまた良し、と特定の男は密やかに目を伏せた。
そんな中、くらくらと頬を赤らめていた飛梅が、思い出したようにむくりと起き上がると、鏡花水月の方を見て言った。
「そういえば、桃の髪飾りも新しかったわ。」
「…先程の話を聞いていたわけですね。」
慣れぬ酒を舐めながら、暫く口も開かずじっとしていた飛梅は、灰猫と氷輪丸の話を聞いていたらしい。それを思い出しつつ自分の主人の容貌を勘繰りたくなったのであろう。全く若い娘は、と灰猫は苦笑せずにはいられなかった。
「姐さん、違うのよ。違うの。何の根拠もなく言ってるんじゃないの。」
飛梅は、自分より年齢が上の成熟した斬魂刀のことを呼び捨てにはしない。けれども灰猫や侘助には親しみを込めた呼び方をしてみたりする。灰猫や侘助は飛梅のことを可愛らしい妹のような子であると思っているので別段気にも留めないが。
「だって髪に付けるの勿体なさそうにしてたもの!付ける前そっと手に取ってみたりしてたもの!! 」
「それはまあ…惣右介が用意したんでしょうね。」
「そうでしょ、そう思うでしょ、鏡さん!」
「その呼び方はお止めなさいと言っているでしょう。」
鏡花水月という名が長いからと言って、出会い頭に「月さん、水さん、花さん…それじゃ女の人みたいよね。じゃあ鏡、鏡さんでいいですか?」と年長の刀に向かって言ってのけたのは、幾百年昔のことであろうか。流石の鏡花水月も呆然と表情を失い、この子に現世で言うねーみんぐせんすとやらを問いただしたい。むしろ自分の能力を以って催眠でもかければ直るだろうかなどと血迷ったのも、今となっては昔の話である。おそらく、多分。
「でもあたし、あの子が心配だわ。」
「心配?」
無邪気な顔をしていた飛梅が、急に「女」の顔をしてこちらを向いた。その鋭い眼光は侘助譲りか、と鏡花水月は些か眉をひそめて訝しい表情を見せたが、すぐにそれを戻して様子を窺うと、飛梅はやはり懸命な目をしてこちらを見据える。
「あなたの主人を悪く言うわけじゃないけど、惣右介さんは止めなさいって言ったの。あの人は優しいだけの人じゃないから止めなさいって。…でもあの子、止めなかった。」
「…斬術は指南しても、色恋にまで口を挟むのは少々驕りというものですよ。」
「分かってるわ。分かってるけど…でも、」
「…飛梅?」
俯いてみせてから途中で言葉を区切ったかと思うと、途端にぷつりと何かが切れたかのようにその場にくず折れる飛梅を見て、鏡花水月がやれやれと溜息を吐く。倒れたこの子はやはり自分が連れて帰らなければならないのかと、そんなことを思いながら。
するとこれまで固唾を飲んで見守っていた皆の中で、灰猫がぽつりと漏らした。
「全く、飛梅といい侘助といい、どうして自分の主人が選んだ男を認めてやらないんだろうねえ。」
―…あたしだったら、あの子が選んだんなら大層良い男だろうって、安心してやれるのに。
灰猫の言葉に、鏡花水月が目を伏せて僅かに口の端を上げる。そのまま灰猫は暫く黙り込んだが、おかしなこと言っちまったね、と一言零すなり、その場に佇んでいた皆を散らした。
どうしてこのように陰気なところへ導くのか、と白に問うと、おいで下さいませ、とまた同じ言葉を返された。宴を開くことになった時、果たして誰の精神世界が最も良いかという話になったが、暗がりならば侘助のところが良いであろう、と即決された。おまけに邸がある者とない者が存在する中、闇月夜の中にひっそりとした邸を持つ侘助は貴重である。
紅が白に導かれたのは、邸宅の中でも最も陰湿な間であった。陽も差さず、しかし月明かりは仄かに覗く。けれども皆が酒宴を楽しんでいる間とは随分遠い。はて、これは、と訝しげな顔を浮かべ振り返ると、白の姿は既になかった。
寒々しいのではないかと懸念していたが、どうやら間温めにと長いこと灯が使われていた模様である。爪先からそっと中に踏み入れると、やはり、と眉をひそめる。やはり神鎗である。余計なことを、思ったが、吉事の際の濃紺の羽織が目に優しく、そのまま中に足を踏み入れてしまった。
「…何やら白に案内されて来てみれば、やはり紅か。」
「言っておくが、我が望んだことではないぞ。」
「分かっているとも。」
そう断ってから、神鎗はまあ座れ、と促す。紅はそれを見て、渋々と神鎗の前に腰を下ろした。寒くはないながらも、襖はちらりと開いている。そこからはささやかに月が覗いており、紅はふっと微笑を浮かべる。
「良い月だな。」
「ああ、やや白いがな。」
「それも良い。」
そのようなやり取りを交わした後、神鎗が紅の前に置かれた杯に酒を注ぐ。紅はそれを手に取り即座に飲み下したが、神鎗は尚も酒を傾けた。それに少しばかり顔を顰めると、神鎗はさも面白そうな顔をして見ている。
「呑み比べでもしないか、紅よ。」
「…強いぞ?」
「なあに、潰してやるとも。たまには『刀』ではないお前が見たい。」
「斬魂刀としての資質を失った我など、ただの女でしかない。」
「良いさ…それもまた良い。」
くつくつと杯を傾けながら、神鎗が微笑った。
紅を送り出した後周囲を見渡すと、潰れた者か、意識はあるがちびちびと数人で酒を傾けている者しかおらず、白侘助はどうしましょう、と首を傾げた。すると背後から突然やんわりと肩を叩かれ、ふと後ろを振り返る。
「あら、まだ起きていらしたんですか?」
「ああ、俺は残ってないと。潰れた奴を処理出来ないだろう?」
こういった時に彼と共に世話をしてくれる蛇尾丸の狒狒の方などは、蛇もろとも寝入ってしまっている。双魚理や花天狂骨、清虫なども同様である。主人が主人であるのでそういったことは身に付いているが、些か一度酒を始めると浸ってしまうのが常だ。蛇尾丸などは、戦闘となると狂気を見せるのにも関わらず、見かけによらぬと感心したものである。
「すみません、お気を遣わせて…。」
「いやいや、世話焼きの性分で勝手にやってるだけだから。」
長い黒髪を中ほどで結ったその男は、主人に反して気さくで、年少やこういった席での酔っ払いの面倒もよく見てくれる。どちらかといえば十三番隊の隊長を思い出させるその人柄は皆に好かれるが、容貌はやはり主人と同じく人形のようであった。
千本桜は、まだ時間が早いな、と時刻を確認すると、徳利を二、三本新たに持ってきてその場に座り、白侘助を呼び寄せた。
「どうだい、一杯やらないか。」
「あの、申し訳ございませんが私はお酒が…。」
「呑めなくても良いさ。俺んとこは白哉が付き合ってくれないからな、相手しちゃくれないか。」
「…謹んで、お酌をさせて頂きます。」
そう言ってから徳利をそっと持ち上げると、千本桜の杯にそろそろと澄んだ色の酒を注ぎ込む。千本桜はそれを呑みながら、白哉はどうしてなかなかこちらに顔を見せないのかな、と苦笑しながら呟いた。白侘助は、あなたがあまりにからかうからですよ、と言おうとしたが、千本桜がいかにも懐かしそうな表情を浮かべていたので、やめておいた。
主人が帰って来るまでに戻らねばならぬという者もいれば、否、主人の方も吉事の際は非番であるから、と残る者もいる。二人や三人でひっそりと呑んでいる者達は、こと主人同士の仲が良いかもしくは悪いかのどちらかで、この一度の逢瀬を大事にしたいと、弱い酒をやりながら談笑に勤しんでいた。
これが終われば一年先だ。けれども主人がこの世を去れば、主人もろとも消え行く斬魂刀である。
一年先はもしかすると、誰が消えているやも知れぬ。残酷ではあるがそれが事実だ。だからこそ刀は主人を敬い、進む道が正しくあるよう、深い泥の海に沈まぬよう、一心に見つめ続けている。
一年後、またあの同胞と逢瀬が叶うよう、自分の最も美しい姿で、あの人に逢瀬が叶うよう、また潰れるほどに、和やかな酒が楽しめるように。
―…どうか、生きていて下さい。
「主人編」URL請求企画は終了致しました。ご覧下さった皆様、ありがとうございました!
*あとがき*
ご免なさいorz
大概趣味です。ほぼ趣味です。特に鏡花水月とかね、うん。もうイメージが白藍染をもうちょっとか細くしたようなお兄さんしか連想出来ませんでした…。
とりあえず皆、まだデキてはおりません。(笑)大抵皆男→女。鏡花水月と飛梅に限り女→男。(笑)思いの他切ない終わり方になりましたが、どうやら日乱に恋の障害はない模様。(笑)
ギンイヅと藍桃は、男側は黙認している模様。けれども女側はちょっと…みたいな。
とりあえず、これをご覧頂いた方で、やっぱり裏の「主人編」が気になると仰る方は、上のリンクから詳細に飛んで下さいませ。(企画は一応終了しております)
*ちなみにこれ、一応企画の欄にございますが、過去作品をご覧頂かないと何が何やらなお話ですので、それでも良いと言って下さる心優しい方のみ、どうぞお持ち帰り下さい。報告は不要ですが、最低限サイト名は明記のほどお願い致します。
広がる水の音
移ろう闇の影
横切る虫の声
今宵は宴が開かれる
密やかな酒宴が喉を焼く
闇に沈む邸の中に、蜜色の光が蛍のように灯っている。間温めにと灯されたものなのかもしれないが、確かに幾人もの男女の影が見えた。全てが全てこの日のためにと設えた美しい着物を纏っており、いかにも吉事という雰囲気が窺える。繰り返し繰り返し、外でぎしぎしと水車が動き、その影を時折遮っていた。
「今宵はあちらも宴だそうで。」
「本当かい?鏡花水月。結構なことじゃないか。お陰であたし等もこんな贅沢が出来るってもんさ。」
縁が細く、端から紐が垂れたような楕円形の眼鏡をかけた長い金糸の男が言うと、銀糸とも言える灰褐色の短い髪を括った女が杯を傾ける。時節は冬だというのに虫の声が響き、あれはどうしたのだと紅い椿の花を髪に結った女が問うと、同じく白い椿の花を髪に結った女は、はて、どうしたのでしょうと曖昧に返した。
「ただの宴ではあるまい。我が主も着飾って出かけて行かれたぞ。」
「まあ、紅。着飾って出かけられたのではございませんよ。あれは舞の衣装です。」
「今年は副隊長が舞を踊るのよって、桃が言ってたわ。」
やや幼い風情の黒髪の少女が、見目に似合わぬ杯の縁を一舐めしてから言った。侘助は、そのような飛梅の姿に、少しばかり前は「ねえさま、ねえさま」と後ろを歩いて大層可愛らしかったのに、と二人して目を細める。
するとこれまで他人の話を聞いてばかりで、これといって口を挟まなかった銀糸の美丈夫が、険しい顔を少々和らげ口を開いた。
「成る程、副官が舞うのか。朝ギンが吉良殿の着物を着付けてみたり簪を挿してみたり、何かと世話を焼いていたのはその所為であったのだな。」
「―…何?」
何ともなしに口にした神鎗の言葉に、紅侘助の鋭い眼光が飛ぶ。これは失言であったか、と神鎗が酒を煽ると、白侘助が「おざなりになさいますな」とにっこりと微笑う。うべなうべな、これは参ったと神鎗は目を逸らしたが、とうとう侘助のみならず他の斬魂刀の視線までこちらに向いているのを窺い、やれやれと息を吐いた。
「あの男、よもや主の肌を暴いたのではあるまいな。」
「そのようなことは決してあるまい。着物を着付ける際に少々肌は窺えたかもしれぬが…いや、決してそのようなことは。」
少なくとも神鎗の知る範囲内では真面目に面倒を見てやっていたのだが、何分ギンのことである。肌を暴くということはせずとも―…いや、着付けてやった時点で多少は肌が覗かれるに違いない。けれども決して暴いてはおらぬと神鎗が言葉を選ぶ余裕もなく言うと、侘助は尚疑念を抱いたような顔をしている。
「ホラホラあんた達いい加減にしな。祝いの席じゃないか。」
この中ではなかなかの年長にあたる灰猫が声をかけると、侘助は渋々静まる。神鎗はといえば、主人のお陰でなぜ侘助の私に対する株を下げねばならぬのだとほとほと呆れ返る始末であった。
「しかしあの市丸が副官の世話、ねえ…なかなか変わったようじゃないか、あの男も。」
「乱菊さんも朝衣装とか用意してたの?」
「ああ、えらく楽しそうにね。あの子はほんとに賑やかな席が好きだからさ。」
「おら、灰猫。新しい酒だ―…お前ら何の話してんの?」
やや軽い調子で顔を出したのは、長身痩躯の男である。浅葱色に近い銀糸に覆われたその顔はひどく整っているが、表情は主人と違いおおらかであった。本来ならば龍の姿をしているが、その体躯ではこの場におれぬと人形に変化しているらしい。
「おお、氷輪丸。随分と久方振りだな。」
「主人の仲が悪けりゃ疎遠にもなるだろうよ。こんな席がなけりゃ酒も呑めねえなあ、神鎗。」
その言葉に、神鎗は全くだ、と苦笑する。ギンと日番谷が言葉を交わすことはあっても、主人同士の付き合いがなければ斬魂刀同士が顔を合わせることはまずない。主人同士の確執さえなければ親しいと言える神鎗と氷輪丸もその例に漏れず、今宵が幾月振りの逢瀬となった。
「そういえば氷輪丸、悪いねえ。あんたんとこの坊やに宜しく言っといてくんな。」
「坊や―…?ああ、…冬獅郎がどうかしたのか?」
坊やなどと言っては牙を向けられそうだ、と思いつつ氷輪丸が尋ねると、灰猫はああ、と軽く頷く。
「乱菊の紅の色が新しかったからさあ、買ったのかって聞いてやったら、お宅の隊長さんに貰ったんだと。」
隊長さん、と言いながらもその声色は茶化すようで、灰猫は悪戯めいた笑みを浮かべた。結局のところ冬獅郎のことを男として見ているのかどうかは分からないなあ、と氷輪丸はやや目尻を下げた。
「しかしまあ―…冬獅郎が、ねえ。」
言ってから氷輪丸は、にやりと含んだような笑みを浮かべるが、灰猫は、またからかってやろうとでも考えているのだろう、と少しも頓着せず杯に酒を足そうとした。すると氷輪丸が屈んでその手を制す。どうしたのかと灰猫が問うと、いやあと氷輪丸が徳利を灰猫の杯に傾けた。
「こっちこそ冬獅郎が世話になってるみてえだからな、前途祝いに一つ酌でもさせてもらおうかと。」
「…ふん、前途祝いねえ。」
酌してもらうのは悪くないけど、と灰猫がひっそりと目を細める。用意した酒は大層強いものであったが、それを一気に煽ると、あんたも酒豪だねえ、と氷輪丸が感心したような声を上げた。
気が付けば飛梅が大分酔いが回ったかのような顔をしている。数年前より幾分成長はしたようだが、やっぱり弱いんだねえと灰猫が侘助の方を振り向けば、「少々弱い方が女は可愛いでしょう」と白が微笑む。白は元より酒などやらず、紅は頬を赤らめもせず呑んでいる。灰猫と紅侘助は「強くて悪かったな」というようなことをぼそりと呟いたが、それもまた良し、と特定の男は密やかに目を伏せた。
そんな中、くらくらと頬を赤らめていた飛梅が、思い出したようにむくりと起き上がると、鏡花水月の方を見て言った。
「そういえば、桃の髪飾りも新しかったわ。」
「…先程の話を聞いていたわけですね。」
慣れぬ酒を舐めながら、暫く口も開かずじっとしていた飛梅は、灰猫と氷輪丸の話を聞いていたらしい。それを思い出しつつ自分の主人の容貌を勘繰りたくなったのであろう。全く若い娘は、と灰猫は苦笑せずにはいられなかった。
「姐さん、違うのよ。違うの。何の根拠もなく言ってるんじゃないの。」
飛梅は、自分より年齢が上の成熟した斬魂刀のことを呼び捨てにはしない。けれども灰猫や侘助には親しみを込めた呼び方をしてみたりする。灰猫や侘助は飛梅のことを可愛らしい妹のような子であると思っているので別段気にも留めないが。
「だって髪に付けるの勿体なさそうにしてたもの!付ける前そっと手に取ってみたりしてたもの!! 」
「それはまあ…惣右介が用意したんでしょうね。」
「そうでしょ、そう思うでしょ、鏡さん!」
「その呼び方はお止めなさいと言っているでしょう。」
鏡花水月という名が長いからと言って、出会い頭に「月さん、水さん、花さん…それじゃ女の人みたいよね。じゃあ鏡、鏡さんでいいですか?」と年長の刀に向かって言ってのけたのは、幾百年昔のことであろうか。流石の鏡花水月も呆然と表情を失い、この子に現世で言うねーみんぐせんすとやらを問いただしたい。むしろ自分の能力を以って催眠でもかければ直るだろうかなどと血迷ったのも、今となっては昔の話である。おそらく、多分。
「でもあたし、あの子が心配だわ。」
「心配?」
無邪気な顔をしていた飛梅が、急に「女」の顔をしてこちらを向いた。その鋭い眼光は侘助譲りか、と鏡花水月は些か眉をひそめて訝しい表情を見せたが、すぐにそれを戻して様子を窺うと、飛梅はやはり懸命な目をしてこちらを見据える。
「あなたの主人を悪く言うわけじゃないけど、惣右介さんは止めなさいって言ったの。あの人は優しいだけの人じゃないから止めなさいって。…でもあの子、止めなかった。」
「…斬術は指南しても、色恋にまで口を挟むのは少々驕りというものですよ。」
「分かってるわ。分かってるけど…でも、」
「…飛梅?」
俯いてみせてから途中で言葉を区切ったかと思うと、途端にぷつりと何かが切れたかのようにその場にくず折れる飛梅を見て、鏡花水月がやれやれと溜息を吐く。倒れたこの子はやはり自分が連れて帰らなければならないのかと、そんなことを思いながら。
するとこれまで固唾を飲んで見守っていた皆の中で、灰猫がぽつりと漏らした。
「全く、飛梅といい侘助といい、どうして自分の主人が選んだ男を認めてやらないんだろうねえ。」
―…あたしだったら、あの子が選んだんなら大層良い男だろうって、安心してやれるのに。
灰猫の言葉に、鏡花水月が目を伏せて僅かに口の端を上げる。そのまま灰猫は暫く黙り込んだが、おかしなこと言っちまったね、と一言零すなり、その場に佇んでいた皆を散らした。
どうしてこのように陰気なところへ導くのか、と白に問うと、おいで下さいませ、とまた同じ言葉を返された。宴を開くことになった時、果たして誰の精神世界が最も良いかという話になったが、暗がりならば侘助のところが良いであろう、と即決された。おまけに邸がある者とない者が存在する中、闇月夜の中にひっそりとした邸を持つ侘助は貴重である。
紅が白に導かれたのは、邸宅の中でも最も陰湿な間であった。陽も差さず、しかし月明かりは仄かに覗く。けれども皆が酒宴を楽しんでいる間とは随分遠い。はて、これは、と訝しげな顔を浮かべ振り返ると、白の姿は既になかった。
寒々しいのではないかと懸念していたが、どうやら間温めにと長いこと灯が使われていた模様である。爪先からそっと中に踏み入れると、やはり、と眉をひそめる。やはり神鎗である。余計なことを、思ったが、吉事の際の濃紺の羽織が目に優しく、そのまま中に足を踏み入れてしまった。
「…何やら白に案内されて来てみれば、やはり紅か。」
「言っておくが、我が望んだことではないぞ。」
「分かっているとも。」
そう断ってから、神鎗はまあ座れ、と促す。紅はそれを見て、渋々と神鎗の前に腰を下ろした。寒くはないながらも、襖はちらりと開いている。そこからはささやかに月が覗いており、紅はふっと微笑を浮かべる。
「良い月だな。」
「ああ、やや白いがな。」
「それも良い。」
そのようなやり取りを交わした後、神鎗が紅の前に置かれた杯に酒を注ぐ。紅はそれを手に取り即座に飲み下したが、神鎗は尚も酒を傾けた。それに少しばかり顔を顰めると、神鎗はさも面白そうな顔をして見ている。
「呑み比べでもしないか、紅よ。」
「…強いぞ?」
「なあに、潰してやるとも。たまには『刀』ではないお前が見たい。」
「斬魂刀としての資質を失った我など、ただの女でしかない。」
「良いさ…それもまた良い。」
くつくつと杯を傾けながら、神鎗が微笑った。
紅を送り出した後周囲を見渡すと、潰れた者か、意識はあるがちびちびと数人で酒を傾けている者しかおらず、白侘助はどうしましょう、と首を傾げた。すると背後から突然やんわりと肩を叩かれ、ふと後ろを振り返る。
「あら、まだ起きていらしたんですか?」
「ああ、俺は残ってないと。潰れた奴を処理出来ないだろう?」
こういった時に彼と共に世話をしてくれる蛇尾丸の狒狒の方などは、蛇もろとも寝入ってしまっている。双魚理や花天狂骨、清虫なども同様である。主人が主人であるのでそういったことは身に付いているが、些か一度酒を始めると浸ってしまうのが常だ。蛇尾丸などは、戦闘となると狂気を見せるのにも関わらず、見かけによらぬと感心したものである。
「すみません、お気を遣わせて…。」
「いやいや、世話焼きの性分で勝手にやってるだけだから。」
長い黒髪を中ほどで結ったその男は、主人に反して気さくで、年少やこういった席での酔っ払いの面倒もよく見てくれる。どちらかといえば十三番隊の隊長を思い出させるその人柄は皆に好かれるが、容貌はやはり主人と同じく人形のようであった。
千本桜は、まだ時間が早いな、と時刻を確認すると、徳利を二、三本新たに持ってきてその場に座り、白侘助を呼び寄せた。
「どうだい、一杯やらないか。」
「あの、申し訳ございませんが私はお酒が…。」
「呑めなくても良いさ。俺んとこは白哉が付き合ってくれないからな、相手しちゃくれないか。」
「…謹んで、お酌をさせて頂きます。」
そう言ってから徳利をそっと持ち上げると、千本桜の杯にそろそろと澄んだ色の酒を注ぎ込む。千本桜はそれを呑みながら、白哉はどうしてなかなかこちらに顔を見せないのかな、と苦笑しながら呟いた。白侘助は、あなたがあまりにからかうからですよ、と言おうとしたが、千本桜がいかにも懐かしそうな表情を浮かべていたので、やめておいた。
主人が帰って来るまでに戻らねばならぬという者もいれば、否、主人の方も吉事の際は非番であるから、と残る者もいる。二人や三人でひっそりと呑んでいる者達は、こと主人同士の仲が良いかもしくは悪いかのどちらかで、この一度の逢瀬を大事にしたいと、弱い酒をやりながら談笑に勤しんでいた。
これが終われば一年先だ。けれども主人がこの世を去れば、主人もろとも消え行く斬魂刀である。
一年先はもしかすると、誰が消えているやも知れぬ。残酷ではあるがそれが事実だ。だからこそ刀は主人を敬い、進む道が正しくあるよう、深い泥の海に沈まぬよう、一心に見つめ続けている。
一年後、またあの同胞と逢瀬が叶うよう、自分の最も美しい姿で、あの人に逢瀬が叶うよう、また潰れるほどに、和やかな酒が楽しめるように。
―…どうか、生きていて下さい。
「主人編」URL請求企画は終了致しました。ご覧下さった皆様、ありがとうございました!
*あとがき*
ご免なさいorz
大概趣味です。ほぼ趣味です。特に鏡花水月とかね、うん。もうイメージが白藍染をもうちょっとか細くしたようなお兄さんしか連想出来ませんでした…。
とりあえず皆、まだデキてはおりません。(笑)大抵皆男→女。鏡花水月と飛梅に限り女→男。(笑)思いの他切ない終わり方になりましたが、どうやら日乱に恋の障害はない模様。(笑)
ギンイヅと藍桃は、男側は黙認している模様。けれども女側はちょっと…みたいな。
とりあえず、これをご覧頂いた方で、やっぱり裏の「主人編」が気になると仰る方は、上のリンクから詳細に飛んで下さいませ。(企画は一応終了しております)
*ちなみにこれ、一応企画の欄にございますが、過去作品をご覧頂かないと何が何やらなお話ですので、それでも良いと言って下さる心優しい方のみ、どうぞお持ち帰り下さい。報告は不要ですが、最低限サイト名は明記のほどお願い致します。
桐谷様、お久しぶりです!!あ!忘れましたよね!!汗汗
市☆です!!(帰れ)
いやもう本当おかんは鬼だと確信しました…一ヶ月半程止められてましたΣヾ((@Д@
いや、夢☆説が見すぎたとか、桐谷様のサィッに通いづめたとかっそんなやましい事は決して(≧□≦*)アタフタ…正直しました☆(ャメロ)
ブログ、すっごく恋しかったですっ(πДπ)(表\現キモイから)
読まさせて頂きましたが、市丸さんのキャラソ\ン(+乱菊さん☆)買ったんですか!?(*゜∀゜)
ぃゃぁ、アタシも買おうかどうかすっごく迷ってるんです…なので参考になりました!!(*>∀<*)
しかも相変わらずの文才ですねぇ~(〃´`〃)ホレちゃいますょもぅ(黙れ)
最近(?)市丸さんがギャグちっくで最高です☆゛『あの市丸さんがツッコミを!?』
携帯画面見ながらニタニタしちゃいました(ホントにャメロ)
それではまた来ます☆゛長々しいコメントで申\し訳ありませんですたっ('Д';)
こういった道具たちのお話って良いですね。大変面白かったです。
もっと、こういったお話が読んでみたいなぁと思いました。