カズオ・イシグロ「充たされざる者」

             

 カズオ・イシグロの長編4作目。文庫で940ページの超長編です。普通であれば上下に分けるのでしょうが一冊なので他に例を知らないくらい分厚いです。

 物語はヨーロッパのとある街に到着した著名なピアニストであるライダー、数日後に開催される音楽フェスティバルへの参加が目的ですが、ホテルへのチェックイン直後から家族らしい者、顔馴染みあるいは見知らぬ関係者が次から次へと現れて、ライダーに無茶な要望を突きつけ、関係先へ連れ回します。当地でのスケジュールをよく承知していないライダーは周りからの一方的な説明に戸惑いながらも丁寧に応対を続ける。一体この街では何が起こっているのか、そしてライダーは何者なのか・・・。

 第1作「遠い山なみの光」、第2作「浮世の画家」で示されたカズオ・イシグロの特徴といえる周りとのしっくりいかない人間関係、何ともいえない違和感、掛け違いの感覚が、ここでは更に極められて、無遠慮、自己中心、共感の断絶、意味不明・・・筋道の通らない非日常的な世界が繰り広げられます。

 ライダーの意識は、記憶と結びついた人、モノとの出会いをきっかけにふっとタイムスリップして、プルースト的な時間の行き来をする。記憶は鮮やかで過去の時間では生き生きしているけれど、目の前で起こっていることには優柔不断で中途半端な対応の連続、希薄な現実感。不思議な世界、それでも決して無機質ではないリアルな世界があります。変なんだけど誇張はあるんだけど、決してこれはありえない架空の物語ではなくて現にあること、どこかで体験していること、そういう既視感があります。街の描写はキリコの絵画のようです。

 例えば、自分の権利ばかりを主張して、自分さえよければいい、そして相手は理解不能の化け物に見える国と国との争いの世界、横行する利己主義、正しい判断が為されているのかよく分からない混迷する世界。普段我々が生活している社会も思考の単純化、思いやりの欠如から意思疎通の断絶、摩擦がいたるところで拡大、進行している。この物語は遠くない将来の行き止まりの社会を予言しているのではないか。選択誤りへの失望と自己嫌悪、閉塞感のある社会を打破してくれる別の次の人物への期待(これはどこかの国で最近ずっと続いていること)・・・ライダーは救世主なのか。

 不気味な進行に一体何が描かれているのか気になりますが、テーマを横に置いておいても物語としてとても面白くて、惹き付けられます。先日読んだ同じくイシグロの短編集「夜想曲集」の解説にヨーロッパでは短編集はあまり好まれなくて、どっぷりと物語に浸れる長編が好かれるとありました。その点では、この魅力的な小説はヨーロッパの読書好きには堪らなく喜びが持続する読み物です。日数にするとほんの数日のことなのですが記憶も含めると長い長い物語になる。現実は瞬時だけど、記憶として蓄積されていく長い長い過去の時間。読者の時間の感覚にも揺さぶりを掛ける。上下に分けずに一冊にまとめたことにも意味があるような気がしてきました。

 物語は中盤から更に複雑さを増していきます。至る所に記憶の残骸といえるものが置かれ、街も迷路のようでありながらどれも繋がっていて、まるで街すべてがライダーの記憶のように配置されています。
 そして、イライラして少しずつ怒りを覚え出したライダーが、我慢できなくなり、理不尽な周りの要求に対して抗議の声を上げ始める。長々と続くブロツキーの独白、ホフマンの独白、延々と続く茶番劇、迷路は結末の会場へと続いていく。
 最後はいろいろと繰り返されて、肝心のコンサートホールの開始時間が近づいてくる。スピーチはどうなるのか、ピアノ演奏は。関係者は悪態をつき、もうぐちゃぐちゃになってきて何が何だか分からない事態になってくる・・・。

 ちょうど発売された「レコード芸術」の最新号に時代を創った名盤たちという特集があり、リヒテル演奏のシューベルトのピアノソナタ第21番が紹介、解説されていました。名盤の誉れ高いディスクですが私は良さが全く分からずにいました。それが、「長すぎるという欠点/長さは欠点ではなく根幹」という標題にこの本との関連を感じてハッとしました。「終わりのない時間をひたすら歩き続けなければならないような不安」「出口のない暗闇を歩くような閉塞感こそがこのソナタの本質」。
 改めてディスクを取り出してこのかなり遅い、何度も立ち止まる、不気味な暗さのある演奏を聴くと、旧ソ連の高い壁のある世界で育った崇高なピアニストの現実への冷徹な視線が伺えるような気がしました。リヒテルとライダー、取り巻く状況は異なるのですが理性の通用しない壁の前でもがいている様子が重なっているように感じます。

 NHKの番組でもあった問い掛け、「充たされざる者とは何を充たされないのか」。世界の不条理を前にすると常識的な理念は無意味、ただこの目の前の道を我慢して歩んでいくしかないのか。この大作の総括はちょっと難しいです。だから900ページ以上も要した訳ですし、比べるような本もありません。

 長いですがとにかく読ませます。くだらない茶番も含めてずっと読む喜びがある。私なんかには理解不能のテーマ、奥深さがありますが、カズオ・イシグロの本質、問題意識、感覚がかなりはっきりと示された。記念碑的な大作、問題作でしょうか。


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「HUB」(慶應日吉店)

〔7/23〕

          

 今日は妙蓮寺にある菊名池公園プールに娘と遊びに行きました。公営なのに流れるプールがある首都圏では珍しいタイプ、子供が大好きでグルグル回って楽しめました。流れるプール、滑り台、幼児用、一般用と一通り揃った官庁外郭団体系のレジャープールは地方だと入場料500円~600円ですが、こちらは高い。先週行ったよみうりランドプールは定価2800円(しかも有料日陰シートが4000円~10000円・・・昨年7000円、今年5000円、遊びなのに自戒の念にかられます)です。それがこの菊名池公園プールは大人800円、子供300円とリーズナブルで助かります。しかも今日はちょっと冷えたせいかガラガラでした。これはいいです。

 帰りにHUBで昼食です。運動後の昼のギネスは最高、幸せです。食事は初めてプレーンのカレー(580円)を注文してみました。辛くはないのですがスパイシーで美味しいです。どこかで食べたカレーに似ているけど・・・渋谷のムルギーか、デリーのカシミールカレーを甘くした感じか・・・思い出せませんでしたが結構イケます。
 娘はチーズバーガー、二人でスパイシーポテトをサイドでいただきました。とても美味しかったです。

          



〔6/4〕

          

 普段は夕刻にギネスビールで頭を冷やす慶応大学の協生館にある「HUB」ですが、今日は家族と食事で利用しました。ここは昼からの営業でLUNCHメニューとしてカレーとハンバーガーを数種類提供しています。

 昼食といっても勿論ギネスも注文します。食事はカレーにも惹かれましたがまずハンバーガーです。初夏の暑さの中、昼間からいただくギネスビールは最高です。しばらくすると「プレミアムチーズバーガー」(680円)が出されます。パンにハンバーグとチーズだけを挟んだシンプルなハンバーガーですがストレートな肉の旨みが凝縮していて美味しいです。パンの食感もいいです。これはいけます。娘も美味しい美味しいとパクついていました。家族は以前からダメですが、私はピクルスも大好きです。
 「HUB」の良さは飲み物が安いことに加えて、つまみ、食事も安くて美味しい。食べ物はどれも本格的です。



          

 サイドメニューで「フライドポテト」(350円)を注文しました(バケツ風容器なので下にもポテトありです)。これも良かったですが、普段いただく「スパイシーフライドポテト」がお奨めです。今回は子供がいたのでパスしました。



          

 もう一品、「厚切りベーコン」(480円)です。脂がジューシーでベーコン好きには堪らないつまみになります。



〔6/7〕

          

 スパイシー・フライド・ポテト(380円)です。そのままでもケチャップに浸けてもサクッと美味です。


          

 絶品のカリカリパスタ(290円)です。ビールのお供に最適、最高です。


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