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新科目「公共」の教科書を再見した

2021年11月01日 | 日記

来年度からの高校・新科目「公共」教科書について7月3日に書いた記事には、いくつか棚上げにした問題が残っていた。
学習指導要領「1 目標」(p81)に出てくる愛国心、「2 内容」の領土問題、安全保障と防衛、司法参加の意義、中学道徳との連続性などの問題指導要領解説p80)がひとつ、もうひとつは、最後の「持続可能な社会づくりの主体となる私たち」で「論拠を基に自分の考えを説明,論述すること」(指導要領p81)、「課題設定、情報収集・分析、課題の探究(協働した考察含む)、構想発表会での説明とアドバイス受け入れ、レポート完成というプロセス」が書かれている(指導要領解説p77)が、教科書では具体的にどう扱われているか、という問題である。
江東区千石の教科書図書館で、公共の検定教科書をみた。8社12種類あるが、出版社によっては2種類教科書を発行している会社もある。実教出版、第一学習社、数研出版、清水書院の4社だ。教科書紹介のところでサンプルとして挙げたのは実教は「公共」(詳述公共ではないほう)、第一学習社は「公共」(「新公共」ではないほう)清水書院は「公共」(「私たちの公共」ではないほう)数研出版は「公共」(「公共―これからの社会について考える」でないほう)を参照した(以下、出版社名は、初出を除き東京書籍を東書、東京法令出版は東法、教育図書出版は教図書などのように略称で記す)

●領土問題への政府見解の強調
政府文科省がとりわけ強調する領土問題。指導要領に「我が国が,固有の領土である竹島や北方領土に関し残されている問題の平和的な手段による解決に向けて努力していることや,尖閣諸島をめぐり解決すべき領有権の問題は存在していないことなどを取り上げる」(p83)と明示されている。2014(平成26)年の教科用図書検定基準の改正で「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合には、それらに基づいた記述がされていることを定める」と変更され「強制」記述になってしまった。

日本の領域と領土をめぐる問題(東書)

東京書籍は2p見開きの「ゼミナール」というコラム(p162-163)「日本の領域と領土をめぐる問題」をつくって強調していた。竹島、尖閣、北方領土に分けて説明しているが、とくに竹島は「1905年日本領土とする閣議決定を行い、島根県告示により島根県に編入した」「1952年日本の漁船の立ち入りを禁止した。その後(略)警備隊を配置して不法占拠を続けている。(略)2005年に島根県議会が「竹島の日」条例を制定すると韓国の反日運動が高揚するなど」(略)「日本は国際司法裁判所に提訴して解決をはかろうと提案しているが、韓国はこれに応じることなく不法占拠を続けている」と、反・韓国意識を煽る記述になっている。
尖閣は「明治政府は、ここがどこの国も領有していない無人島であることを確認し、1895年の閣議決定で沖縄県に編入した(略)92年には中国政府が尖閣諸島を中国の領土とする「中国領海法」を制定し(略)2012年に日本政府が魚釣島などを国有化した際には、中国で激しい反日デモがくり返されるなど、日中間の緊張が高まった。尖閣諸島が日本領であることは歴史的にも国際法上も疑いなく、実効的に支配しており領有権をめぐる問題は存在しない」と政府のスポークスマンのような記述をしている。
実教出版の本文は「こんにち、周辺諸国との間で歴史認識の違いや領土をめぐる対立も見られるが、経済的な関係が深まる中、安全保障、環境など幅広い分野で協力関係を確立していくことが必要であろう」と冷静な認識を示している(p181)
その直後に「領土をめぐる問題」というコラムを置いている。スペースはわずか34字×8行、「日本政府は・・・であるとする立場をとっている」など客観的な記述をしているので、まだ好感をもてた。ギリギリのラインで抵抗している様子だった。
東京法令出版も冒頭「日本は周辺国との間に、いくつかの領土をめぐる問題をかかえている」と客観的な現状認識から始め「これらの問題の平和的な手段による解決をめざし(略)」と展望する。

●憲法の平和主義

「あたらしい憲法のはなし」のコラムが冒頭に(東書)
東書は「日本の平和主義と冷戦」(p168-169)の冒頭に、1947年中学1年の教科書として発行された「あたらしい憲法のはなし」をコラムとして置き、戦争放棄、国際平和主義の解説をする。本文では「平和主義と憲法第9条」の項で平和的生存権と戦争放棄を説き、「自衛隊の日米安全保障条約」の項で、警察予備隊から自衛隊へという歴史的な流れ、憲法9条に違反するかという違憲問題、個別的自衛権と集団的自衛権を記述する。「判例」というコラムがあり「憲法9条をめぐる裁判」で砂川事件(1957年起訴)、恵庭事件(1963)、長沼ナイキ基地訴訟(1969)が紹介されている。
日米安保に関しては、問題点として日米地位協定、78年以降の「思いやり予算」、沖縄の過重な基地負担を挙げ、「沖縄と在日米軍基地」というコラムで県内の基地地図や辺野古の問題に触れている。
わたしもこういう教科書を高校生のときに使い学べていれば、ずいぶん変わったかもしれない。
実教、東法もだいたい同じ流れの記述だ。
一方、第一学習社は、「許容される自衛措置」という項で、安倍政権が2014年に集団的自衛権を閣議決定し、「自衛権発動の3要件」を変更した「武力の行使の3要件」(新3要件)による「定め」を紹介するだけになっている(p134)
ただ憲法9条に関する政府解釈の推移というコラムで、1946年の「自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄した」(吉田首相)に始まり、54年の「憲法は自衛権を否定していない」(鳩山内閣)、72年の「憲法9条2項が保持を禁じているのは(略)自営のための必要最小限度を越えるもの」(田中内閣)を経て2014年の「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し(略)必要最小限度の実力の行使は・・・自衛のための措置として、憲法上許容される」(安倍内閣)と集団的自衛権閣議決定を説明して、政府の解釈の変遷を紹介し、この「解釈の変遷と国際社会の動向は、どのように関係しているのだろうか」とつなげている。
同じ教科書を使っても、やはり教師の力量や使える時間次第という気がする。

●司法参加の意義、とくに裁判員制度の問題
2009年に導入された裁判員制度には、わたしは初期の地域説明会のころから一貫して疑問を感じ反対してきたので、教科書をみてみた。反対理由は、市民の裁判参加というが、なぜ死刑を含む重大犯罪の刑事事件に限定するのか、冤罪だった場合、(市民が)どう責任を取るのか、もし導入するなら民事の一部の訴訟や行政訴訟のほうが適切ではないか、という問題意識だった。
導入から10年たち、実教は課題として、裁判員候補者の辞退率上昇、審理の長期化、過剰な守秘義務を挙げている。刑罰の目的、犯罪被害者支援、司法取引、推定無罪の原則についても触れている。
一学は、陪審制・参審制との比較、公判前整理手続き、取り調べ可視化にも触れているが、その問題点にまでは踏み込んでいない。東書は「フォーカス 裁判員制度を知ろう」という見開きコラム(p108-109)をつくり、ていねいに裁判員制度の解説をしている。しかし問題点の指摘は弱い。ただ「あなたが裁判員になったら死刑判断を下すことができるか?」というページ(p103)を設け、死刑制度に対する世論調査で容認派が8割超であること、死刑を廃止した国が140か国(事実上廃止含む)を超えることにも触れ、「罪と罰のつりあいの問題」と「冤罪の問題」を扱っている点は評価できる。。
帝国書院は「裁判官になったら」というコラム(p89)で「どのように選ばれるの?」「辞退できますか?」「具体的に何をするの?」などハウツー的なページや、「逮捕されるとどうなる?(p88)で当番弁護士の説明や「有罪だとどうなるの?」で刑罰の種類を説明したり実践的でよいと思った。

●第二の問題 「現代の諸課題を探究」の考察と発表
教科書の最後に出てくる「論拠を基に自分の考えを説明,論述すること」はどう扱われているのか。「課題設定、情報収集・分析、課題の探究(教師や生徒と協働した考察含む)、構想発表会での説明とアドバイス受け入れ、レポート完成(および「ふり返り」というプロセス」(指導要領解説77p)の解説と、データ収取方法、小論文の書き方、プレゼンテーション、ディベート、ロールプレイなどノウハウ(技法)の紹介はどの教科書も共通である。
ただ、課題の例はいろいろだ。解説(p78)で「少子高齢化」(例 地域社会の持続可能性)、「生命倫理」、「地球環境問題」、「情報」、「資源・エネルギー問題」と列挙しているので、それらが教科書に登場するのは当然だ。
日本の経済格差の背景は何か(東書)、下記に例示した「増加する医療費を誰が負担すべきか?」(帝国)のように喫緊の社会問題を取り上げた課題もある。また「クローン技術の利用をどこまで認めるべきか」(東書)、「AIとどのように共存すればよいか?」(清水)、「インターネットによる投票を考える」(一学)など、わたくしが好奇心をそそられる課題もある。
たとえば帝国の「増加する医療費を誰が負担すべきか?」(p212-213)は、まず日本の医療費の現状を、社会保障費の給付の推移(1985-2040(予測含む))、年齢階層別の国民医療費など5つのデータをグラフで示し、
1 2017年度の社会保障給付費は1985年度と比較して何倍になっているか、また国民所得比で何倍になっているか
2 日本の医療費が増えている理由を、日本の人口構成も踏まえて考えてみよう
3 5つのグラフと本文の記述を参考に、日本の課題を考えてみよう
と3点の考察課題を提起する。
一方「増加する医療費に対するさまざまな意見」ということで、20代学生、30代会社員、70代年金生活者など10歳刻みで各年代の典型的意見を紹介し、このさまざまな意見のうち「自助」を重視した意見、「共助」を重視した意見、「公助」を重視した意見をそれぞれ選ばせる。
さらに「医薬品を例に、保険適用範囲を考える」というコラムで難病の治療薬と花粉症治療薬を例にし店頭の市販品と大きな差がない医療用医薬品を紹介する。
そのうえでステップ1 論点整理(少子高齢社会の医療制度、持続可能な社会保障制度)、ステップ2 考える視点その1(増加する医療費を誰が負担すべきか? 自助、共助、公助)、ステップ3 考える視点その2(増加する医療費を抑えることは可能か? 保険適用範囲の見直し医療の質への影響)、ステップ4 あなたはどう考える?(公正と効率から考える 国民全体での受益と負担のバランス)とステップを追い考察を進める。
とくに結論部分(ステップ4)で「誰が負担するか考えるには公正の視点が重要だ。同時に、医療は人の生命に直結する。増大する医療費の抑制を考えるには、医療に効率を持ち込むことの是非も十分に議論べきだろう」とのコメントが付いている。この「医療に効率を持ち込むことの是非も十分に議論すべきだろう」がわたくしは特に気に入った。ここから「考え方」のパラダイム転換が起こる可能性も出てくる。
そうしたなか、教育図書出版は、4つの高校での実践例を紹介していて興味深かった。「ミツバチを飼育するプロジェクトで地域社会の充実」札幌大谷高校、「学校内外のスロープの角度を計測する福島県立平支援高校ボランティア部などだ。 
左ページ下右がCDケースを利用した手製の簡易測定器(カクシリキ)
たとえば平支援高校の部活動は次のようなものだ。車いすの生徒にとって道路、エレベータなどでの傾斜やバリアは大きな障害となるので、地域のさまざまな場所での斜度を簡易測定器(カクシリキ)で測定した。当初は募金活動が部活動の中心だったが「支援される側から支援する側へ」へと発想を転換し、他校の生徒も巻き込み活動を拡大し、社会へのメッセージを発信することの重要性を学んだ。そして文化祭で、車いすで何度の傾斜を自力で登れると思うか聞き、実際にその斜度を車いすに乗って体験してもらうイベントを実施した。部活動のキャッチフレーズは「共に」である。

この「現代の諸課題を探究」は、高校生だけでなく、わたしたちにも必要かつ有用な思考トレーニングだと思った。ということは、前回記事と同じことになるが「教員の力量」が授業を大いに左右すると思われる。
公共の年間割当て時間は70時間、「現代の諸課題を探究」は年度末の2月から3月の学習になるので、うまくいって7時間程度、下手をすると3-4時間になる。生徒は、他の科目もあるので、とてもレポート作成・発表まで行きつかないのではないか。そういう意味でも、成果は、教員の年間シラバスの組み立て方にも大いに左右されそうだ。

愛国心や中学までの道徳との関連については、短時間でトピックを絞ってながめただけなので、残念ながら発見できずコメントできない。帝国が、下の欄外に「中学校との関連」というマークがあるのをみつけたが、立憲主義、社会権、G20など公民のキーワード紹介だった。

教科書図書館では、戦後1949年以降の検定教科書を中心に常設展示している。会社別にすべての教科の教科書が年代順に並んでいる。
パンフによれば学習指導要領の違いで特色が決まるようだ。わたくしの小中高の時期は学習指導要領(試案)時代(1951-60年度)末期から「告示」(1961-70年度)への移行期に当たる。
さすがに自分が使っていた教科書は覚えていないが、たとえば当時の5年の国語(学校図書)の監修が志賀直哉、久松潜一(東大)、吉田精一(東京教育大)であることにはびっくりした。吉田先生は新宿で通っていた居酒屋の常連だったという話はママさんからよく聞いた(時期が異なりすでに故人だったので、お目にかかったことはない)。
どの教科の教科書もあり、たとえば商業高校や工業高校の専門的な教科書もある。中学音楽の教科書には「サンタルチア」が出ていて、たしかに教室で歌ったことを思い出した。

「Joy of Music」(教育芸術社)のミュージカル「オペラ座の怪人」

現在の高校音楽の教科書をみると、「Joy of Music」(教育芸術社 3年用)は巻頭に中島みゆきの「時代」があり、日本歌曲で「ロマンチストの豚」(木下牧子作曲)、ピンク・パンサーのテーマ(ピアノ連弾)、ジムノペディ1番(ギター三重奏)、ミュージカル「オペラ座の怪人」から「All Ask of You」(二重唱)、外国ポップスで「青春の輝き」「We Are the Champions」、合唱「宇宙戦艦ヤマト(男声四部)などが並び、鑑賞では、もちろん古典派、ロマン派、印象派の音楽などはあるが、ルネサンスの音楽としてダウランドの「デンマーク王のガイヤルド」、20世紀の音楽でバーンスタインの「キャンディード」序曲、民族音楽で韓国の江陵端午祭の器楽と歌、などがあり、うらやましかった。
図書館の
一般公開は週3日、季節需要があり、卒論需要で秋から12月ころは来館者が増えるそうだ。

教科書図書館
住所:東京都江東区千石1丁目9番28号(教科書研究センター2階)
電話:03-5606-4314
開館日:月曜日~水曜日(祝日・休日、年末年始などを除く)
     *新型コロナのあいだは電話予約制
開館時間:9:30―16:30
入館料:無料

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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