多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

「無言の行」の居酒屋、神楽坂の伊勢藤

2012年04月16日 | 居酒屋・銭湯紹介
この店には30年以上前のはるか昔、ときどき来ていた。それから時間を置き20年ほど前に神楽坂在住のスタッフと一度だけ個人的な打ち上げの会のためやって来た。
カウンターがもっと大きかったような気がしたが、L字型カウンターには3人+3人の6人しか座れない。カウンターの中には作務衣を着て坊主頭の店主が正座して、いろりの火の番をしている。この店の3代目店主である。仕事は燗付けと勘定である。燗はいろりの灰のなかに丸筒があり、その中にチロリを入れて暖めるようになっている。ときどき鉄瓶に銚子を入れて温めている。こういう燗付のやり方ははじめて見た。換気はどうしているのだろう。

とっくりを下げるのは女性のお運びの方だが、燗を出すのはご主人で、座ったまま長いロボットアームのようなしゃもじで出してくれる。はじめは驚いたが、2回目に行ったときにやや長め、1mくらいのお盆であることを発見した。たしかに昔もそうだったことを思い出す。そのほか店主の役割は客に注意することである。「もう少しお静かに」とか「もう少し右に寄ってほしい」など、東中野の大政小政のマスターと、イエローカードの内容は違うが似た対応だ。
客席はカウンター以外に4人テーブルが1つと座敷が2部屋である。
店主の後ろの壁には神棚があり、その下に9段の棚がある。一番上は灰皿、4段目まではとっくり、それが同じものではなく5-6パターンある。白、ベージュ、淡緑、濃緑など色さまざま、背の低いもの、高いものなど。さかずきが何種類もある店はたくさんあるが、こういう店はあまりない。6段目はお香入れのような灰皿、7-9段目は杯台(はいだい)。こういうものはこの店に来るまで知らなかった。陶器でできている。その左隣にもうひとつ棚があり、とっくりや杯台がある。そしてその前に白鷹のこもかぶりがでーんと置いてある。ビールも焼酎も置いていない。由緒正しい酒店である。

つまみは毎日変えているようだ。そばもうまかった。
つまみは一汁三菜、たとえば小さいちくわを4本ほど、卵焼き、えびの味噌和え、さらに味噌汁が付く。この味噌汁がうまい。出汁(だし)が濃くてじつにうまい。器は漆塗りで木地が厚い。
なお追加のつまみとして、豆腐、納豆、味噌でんがく、丸干し、たたみいわし、皮はぎ、くさや、いかの黒墨、いなご、明太子がある。たぶん全種類食べているはずだが、くさやが特にうまいと評判だ。
土間の片隅に「洞酒心洗」「静希」という額がかかっている。この店の哲学を文字にして表現したようなものだ。「静希」はおじいさんの直筆だそうだ。
ただし、七不思議のようなものだが酒がまずい。ベタベタした感じがする。あれだけ燗の温度をていねいにみているのだから信じられない。
それから2回目にいったとき、カメラ好きでこの店にはじめて来た方と話がはずみかけたところで、再び「お静かにお願いします」とご主人からイエローカードをいただいた。やはりこの店では「無言の行」を強いられるようだ。

東京――変わりゆく町と人の記憶」(大橋富夫ほか 秋山書店2010.6)に1970年ごろのこの店が紹介されている。若者でいっぱい、なかにはカップルの客もいた。
「いや最近は若い人が多いですな。古いものに憧れるって最近の風潮でしょうか、どっちかっていうと若い人たちがよくみえますねえ」という会話がでてくる。40年後のいまでは信じられないような光景である。

電話: 03-3260-6363
住所: 162-0825 東京都新宿区神楽坂4-2
営業: 17:00-21:30、土日祝休
     日本酒(白鷹)のみ


☆この店の近所には毘沙門さんや文士宿の和可菜がある。和可菜は山田洋次監督、野坂昭如、色川武大らが仕事をした店で、木暮実千代の妹が経営していた宿屋だ(いまは営業していないようだった)。
近くに大日本印刷や新潮社があるせいもあり、神楽坂には尾崎紅葉、泉鏡花など多くの文人が徘徊した。いまも近くに日本出版クラブがある。

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