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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

安保法制違憲訴訟 東京高裁での熱弁

2021年10月08日 | 日記

10月1日(金)朝、台風16号が関東に接近するなか、東京高裁101号法廷で安保法制違憲国賠訴訟控訴審第4回口頭弁論が行われ、傍聴した。台風の雨が降り始めたので、ひょっとすると無抽選入場かと内心期待したが、定員35人のところ2人オーバーだった。幸いにも当選だった。
安保法制違憲訴訟は、東京以外にも、札幌、大阪、沖縄など全国22地域、東京のように複訴訟のところもあるので25訴訟が提起され、原告総数は7699人に及ぶ(2021年10月現在)。高裁まで進んでいるものも15あるが、残念なことにすべて敗訴している。
この日は、裁判体の変更で弁論の更新手続きだった。7月までの白石史子裁判長は札幌高裁長官に転任し、水戸地裁所長だった渡部勇次裁判長が着任した。この日、原告代理人は寺井弁護士、福田弁護士、杉浦弁護士、など20人近く勢ぞろいされていた。
弁論の更新は、裁判長が「従前の口頭弁論の結果を陳述しますね」と一言いうだけで、進んでしまうことも多いのだが、この日は代理人5人と原告2人の陳述が90分ほどあり、傍聴者としては得した気分だった。

当日配布された資料
裁判所の敷地内では、資料やパンフの手渡しや署名活動を止められることが多い。だがこの裁判では101号法廷で珍しく原告団が資料を配布していた。この資料をベースにその一部を紹介する。とてもしっかりした資料で、400字詰め90枚近くあり、ほんの17%程度しか触れられない。ただし、全文朗読すると時間的にムリなので、草稿の一部だけ主張した代理人もいた。またこのブログ記事よりはるかに手厳しい原判決への批判が並んでいるので、関心のある部分だけでもぜひ違憲訴訟の会このサイトや、報告集会の動画を参照いただきたい(なお、かな・漢字など表記は当ブログの基準に合わさせていただいた)

まず原告陳述で体験に基づくお話をされたが、先に福田弁護士の新安保法制の問題点とこの裁判がもつ意味を紹介したほうが理解しやすいので紹介する。

新安保法制で何が変わったのか、私たちはどこにいるのか  福田護弁護士
新安保法制以前、日本は自分の国土が攻められなければ、戦争(武力の行使)をできなかった。しかし以降、他国が攻められた場合でも戦争に参加できるようになった。
これにより、日本における戦争への機会と危険が拡大した。これは、日本国憲法の平和主義原理の根幹にかかわるの法構造の変更であり、これが違憲ではないかを本件で問うている。
2015年9月19日未明、参議院で与党議員が委員長席に押し寄せ取り囲み、速記に「議場騒然、聴取不能」としか記録されない騒乱のなか、強行採決された。
このできごとは、国のかたちを変えてしまうほど、この国にとって大きな選択だった、その選択が、憲法上誤りではなかったかが、この裁判で問われている。
この法律が通ってしまった現在、大部分の国民は、自分で戦争を回避し平和を確保する手立てをもたない
 原判決の基本的問題点についての解説もあったが、後の棚橋弁護士、古川弁護士、伊藤弁護士の報告に譲る。

2人の原告本人から陳述があった。
土田黎子さんは80歳近いお年の方で、45年7月の仙台大空襲時3歳8か月、母の背中に負ぶわれ山の方に逃げ、幸い家族6人そして家も無事だった。父の友人の遺体が畳で運ばれてきた。その畳のヘリに白いウジムシがびっしりとついて蠢めいていた情景、戦争というとこの情景を思い出す。
土田さんの父は教会の牧師で、特高警察の監視が厳しく信者は教会から遠ざかり日曜礼拝には特高警察だけが出席しているという異様な光景だった。不安で重苦しい空気が幼少期を覆っていた。
日本は平和憲法を今こそ生かして平和を輸出する国であってほしい。戦争を実際に見た一人として、強く願う。
新倉裕史さんは軍港・横須賀の生まれ育ちだ。
海上自衛隊在日米海軍の両方が横須賀市街地の中心に存在する。19年5月にはトランプ大統領と安倍首相が横須賀に来て護衛艦「かが」の艦上で会見した。横須賀は日米軍事一体化を象徴する街で、安保法制後のこの国の軍事化が可視化される街だ。自分の目で軍事化を確認しカメラで撮り、現場の兵士の声を聴く努力を続けてきた。
現場で感じる安保法制の問題のひとつが米艦防護だ。米艦防護は、国会に諮ることなく防衛大臣が発令でき、マスコミへは原則非公開なので、なんでもできる。初めて実施されたのは2017年5月、米補給艦リチャード・E・バードを護衛艦「いずも」が防護したことだった。20年までに57回実施されたが、すべて非公開だったので国会も社会もチェックもできないままだ。
今年8―9月に、日、米、英、インド、オランダの5カ国で少なくとも7回の共同演習を実施し、英空母「クイーン・エリザベス」が横須賀に入港した。こうした共同演習・海外寄港は、軍事を外交手段として活用する「砲艦外交」の具体化だ。
自衛隊の実戦部隊化の中で、自衛官も同じように苦しんでおり、イラク、インド洋への海外派遣で53名の自衛官が自殺している。ミサイル攻撃への避難訓練も実施されており、安保法制は基地の街・横須賀の住民・自衛官に、これまで以上の困難を強いるものだ。

天気のよい日は、裁判所前でアピールをしている(写真は7月5日の第3回期日)

集団的自衛権行使容認の違憲性  棚橋桂介弁護士
従来の憲法解釈では、自衛権発動の3要件は
 ①我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生したこと、
 ②これを排除するために他の適当な手段がないこと、
 ③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
とされ、自衛隊の実力行使は、つねに相手方からのわが国に対する武力攻撃を受けて開始される受動的なものであり、かつ、その行動範囲が基本的にはわが国の領域内にとどまるので、専守防衛、海外派兵禁止という歯止めがあった。
また集団的自衛権について、1972(昭和47)年政府見解などで、わが国以外の第三国に別の国から武力攻撃が加えられても、これによってわが国の国民全体の生命等に危険が及ぶことはありえないから憲法上許されないとしてきた。
宮﨑礼壹・元内閣法制局長官は前橋地裁での証人尋問で「(憲法解釈にとどまらず)政府は防衛予算、防衛二法や自衛隊の海外における活動を根拠付ける新しい法律の国会審議の際『集団的自衛権を行使するというものに当たるものじゃありません。したがってご了解ください』と説明し、防衛予算あるいは防衛関係の諸法律を手に入れてきた。憲法実践、国家実践として集団的自衛権の否定ということをしてきたわけで、単に答弁したことがあるということではない、ということをよく御理解いただきたいと思うわけです」と証言している。
憲法9条との関係では、他国に加えられた武力攻撃を、出ていって武力で解決をするということだから、端的に言って国際紛争を解決するための武力行使にほかならず、憲法9条1項に反することは明白だ。また同盟国に加えられた武力攻撃を一緒になって排除するということなので、現実の国際間における武力紛争を鎮圧するだけの効果があるものでなければ話にならないわけで、そのようなものが戦力に当たらないということはありえず、憲法9条2項に反することも明白だ。
「自衛権発動の3要件」とされていたものが、「武力の行使の3要件」(新3要件)に置き換えられた。新3要件は下記だ。
 ①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、
 ②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、
 ③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、
これでは、ホルムズ海峡問題など経済的影響でも存立危機事態(安倍首相)を招き、「米国に対する武力攻撃は、これは当然、我が国の国民の命や暮らしを守るための活動に対する攻撃になる」(岸田外務大臣)し、そもそも武力攻撃が発生したかどうかをいったいだれが判断するのか、という問題もあり、きわめて曖昧で歯止めとしての役割を果たし得ず、その建付は致命的なまでに不明確で、大きな混乱をもたらす。
新安保法制に対する憲法判断の必要性について述べる。
新安保法制整備法は、わが国とアメリカとの軍事的一体化を推し進める法制で、わが国が戦争に参加するという事態は、すべての国民と、国内に居住するすべての市民に直接かつ甚大な影響を与えるもので、国民・市民は、新安保法制法が適用される事態、集団的自衛権に関していえばわが国が進んで戦争の当事者となるという事態を、自らの意思や工夫によって回避することはできない
また原審は、集団的自衛権が発動されるまでは控訴人らの権利・利益の侵害は認められないという考え方に基づく。この点、集団的自衛権の発動行為である防衛出動命令の発令は内閣総理大臣の行為、すなわち行政機関の行為だが、行政機関は法律の執行を義務づけられるので違憲の法律を執行したことに故意・過失を認めることは難しく、実際にことが起きた場面において原告たる国民・市民が救済を受けることは極めて困難である。
裁判所が新安保法制法の立法内容の憲法適合性を判断しないと、裁判所による憲法判断の機会が永久に失われかねないということを、裁判所には明確にご認識いただきたい。

アメリカといっしょに戦争をすることの危険性  杉浦ひとみ弁護士
2001年9月11日の「同時多発テロ」でアメリカはアフガニスタン空爆を実行した。この攻撃は、本来、国連憲章で許される武力行使にあたるものではなく、刑事事件として容疑者を特定・逮捕し、法による裁きにかけるべきだった。
オサマ・ビンラディンの殺害後もアフガニスタンでの戦争は続いた。ガスも電気もなく、昼のうちに薪を拾っておかないと寒い夜に凍死してしまう恐れがあるため、子どもたちは薪を拾いに行くが、これを米軍から見たら『道路脇に爆弾を仕掛けているタリバン兵』にも見え、なんの関係もない子どもたちを銃撃した。
アメリカは、2003年イラクにも侵攻しバクダッドを空爆した。2005年12月ブッシュ(子)大統領は「(大量破壊兵器などの)情報の多くは結果的に間違っていた」と発表した。
日本はなぜ新安保法制法を制定し、 このようなアメリカとともに戦う国になることを選んだのか。本年4月に証人尋問した半田滋さんは、アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイハーバード大教授が2000-2020年に5回にわたり作成したレポート「日米の両国が取り組むべきだとする課題への提言」の存在を挙げる。2014年集団的自衛権容認の閣議決定を行った。冷静な分別によらず20年戦争を続けてきた米国にリードされて、日本は米国と一緒に戦争をする国になっている。
半田証人は、新安保法制により、護衛艦「いずも」及び「かが」の空母化F35Bの導入長射程ミサイルの導入といった変化が生じ、訓練も中国の潜水艦との戦闘を想定した実戦訓練を行うよう、国のかたちが変わったと陳述した。
また自衛隊には大型輸送船が3隻しかないので、島嶼部への攻撃への対応や緊急時の対応のため民間フェリー会社の船と船員を活用する仕組みをつくった。安保法制以前の91年湾岸戦争のときアメリカの要請でペルシャ湾に民間の輸送船を派遣した。米軍将校の指示で運行した船長は、イラク軍のミサイル飛来を受けたが、幸いそのときは被害はなかった。だが日本政府の話と現実はまったく異なっていた、と証言している。
裁判官の皆さんは、日本がこのようなアメリカに追随することを黙して見過ごされるのだろうか。

平和的生存権の権利性  古川(こがわ)建三弁護士
原判決は、平和は「理念ないし目的としての抽象的概念」と述べ、「これを確保する手段、方法は、常時変化する複雑な国際情勢に応じて多岐多様にわたり、特定することができない」と特異な「平和」論を判示する。
歴史を振り返れば、90年前の1931年に始まった日中戦争は「自衛のための戦争」、第一次世界大戦は「戦争を終わらせるための戦争」と呼ばれ大義名分があった。敗戦からわずか1年余りで起草制定された日本国憲法にいう「平和」は、戦争の反対概念でありその目的達成のために戦争を放棄し戦力を保持しないとしたものであることは一義的に明白である。
憲法の平和主義が先駆となり、国際人権法の分野でも平和への権利が確立している。また2008年の名古屋高裁判決、09年の岡山地裁判決平和的生存権の権利性を肯定する。原判決の姿勢は、国際人権法の潮流と憲法学の進展に逆行し、歴史の針を戻すものであると言わざるを得ない。
また原審は、「口頭弁論終結時において、我が国が他国から武力行使の対象とされているものとは認められず、客観的な意味で、原告らの主張する戦争やテロ攻撃のおそれが切迫し、原告らの生命・身体の安全が侵害される具体的な危険が発生したものとは認め難い」として人格権侵害を否定する。
しかし新安保法制の制定により、日本が米国の戦争に自動的に組み込まれる事態は、具体的な脅威として控訴人らに迫っている。現実に戦争になって弾が飛んでこない限り人格権の侵害はない、というのはきわめて非常識な論理である。新安保法制制定による人権侵害が、法的保護の対象であることには疑いの余地はなく、司法判断によって救済されなければならない。
原判決は、控訴人らの平穏生活権侵害の主張について「公憤ないし義憤」に過ぎず「社会生活上受忍すべき限度を超えるものでない」ともいう。現実の戦争の脅威、それにより生じている人権侵害が、法的保護の対象であることには疑いの余地はなく、司法判断によって救済されなければならない
裁判官の職責と裁判所の役割  伊藤真弁護士
わたしは、法律家の養成に40年ほど携わり、学生たちに「憲法を護ることはこの国を護ることだから、裁判官ほど誇りに満ちた仕事はほかにない」と話している。しかし現在、司法は行政により、ないがしろにされているようで、悔しくてならない。
戦前と異なり、日本国憲法の下で、司法の独立が保障され、違憲審査権も認められているのだから政治部門から裁判所が軽んじられていることに我慢がならない。
司法が憲法判断に消極的な理由として、付随的違憲審査制があげられることがある。しかしこの訴訟の場合、第一に、本件控訴人らには具体的で明確な法律上の利益ないし権利の侵害があり、第二に、本件は裁判所による明確な違憲判断が必要な事案である。政治部門による憲法破壊が行われないよう、これを回避するため最も重要な憲法上の制度が裁判所の違憲審査権であり、裁判所は違憲審査権を行使して憲法秩序を回復しなければならない。50年前とは異なり、世界の潮流として、統治行為論などにより司法が政治に口を出さないという時代はとうの昔に過ぎ去った
裁判所が違憲判断を下しても、政治部門がそれに従わなければ、司法の威信が失墜すると心配する向きもあるようだ。しかし安保法制は本来、政治家が裁判所の違憲判決を受けた後に憲法改正発議を行って、しっかりとした国民的議論の上で決着をつけるべき問題なのだ。裁判所の違憲判断は、主権者国民の意思を問うという正規の民主的手続、適正な手続をとるべきだという判断に他ならないのであって、こうした手続的正義の実現は司法の使命であるはずだ。
裁判所が明確な違憲判断を出すことは、司法が政治に巻き込まれるのではなく、司法の威信を取戻し、この国の手続的正義を実現し、立憲主義を回復するために、いま、国民からもっとも司法権に期待されていることなのだ。

次回の東京の国賠訴訟は、12月10日(金)11時101法廷で半田滋さんの証人尋問がある。そして2月4日第6回で結審の予定になっている。結審は30分の弁論時間になっているが、普通の裁判ではないので、1時間30分に延ばしてほしいと、代理人3人が繰り返し要望した。おそらく結審から半年後くらいが高裁判決と思われる。これから1年未満なので、おそらくこの渡部裁判官が判決を下すのだろう。
裁判所の玄関を出ると、風雨はいっそう激しくなり本格的な嵐だった。日本の立憲主義、民主主義が暴風のなかにあることを暗示しているのかもしれない。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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