☆ 今 日 の 幸 せ ☆

♪~生きていることに感謝、あなたに出会えたことに感謝、そして・・・明日が見えないことに感謝~♪

分裂的か鬱的か

2005-05-17 | 記憶に残したい言葉
分裂的な場合:

言葉の羅列の中に、何かを求めようとする。 内容を深く掘り下げようとしても失敗する。 なぜなら分裂的な傾向のある人の言葉は、表層的だから。

鬱的な場合:

身近な人との間に感情的な関係を成立させようとする。



ブログの記事が、どちらの傾向をより多く含んでいるのか、どういう傾向の記事に惹かれるか、客観材料になるかな?

BGM:OLIVIA NEWTON JOHN

恐怖突入

2005-05-16 | 記憶に残したい言葉
現在のワタシは、突然開けたたくさんの可能性を前に、なにか、断がい絶壁の前に立っているような雰囲気があるが、ここで、もし止まってしまったら、底なしの闇に落ちそうな不安がある。

「森田療法」というカウンセリングの手法に「恐怖突入」というのがあるらしい。

行動を突入させること

人は、せいぜい、歩きながら考えることはできても、精神を集中しなければできないような行動をしているときには、考えることを停止するものである。

不安は不安のままに、とにかく行動してみる。

このところ、とにかく、1日に1回は、外出するようにしている。 それも可能な限り歩いて出かける。

身体を動かしてやることを無理にでも見つけているという状態だが、そうしなければ、自分で、耐えられないだろうと思っているからだ。

外出すると、あらゆるところに同居人の幻を見るのだが、ジッとしているよりいい気がする。

やっと、いろんな挨拶廻りが一段落ついて、本でも読もうかという気になった。

で、選んだのが吉本隆明の「時代の病理」

これに森田療法の話しが出ていて、なるほどな、と思った。

経験は、文章をより深く「読ませてくれます。」

最後の大作
BGM:世界の子供の歌

執着から愛情へ。

2005-05-15 | 今日の幸せ
こんな記事を書いたことがあります。

執着/愛着/愛情

自分の記事を読み返して、納得するなんておかしいかもしれませんが、今、執着から愛情へ、という心境です。


今日は午後からお留守番。障害児/者を守る親の会の会長さんがお線香をあげにきてくれました。 去年から会長を引き受けられたそうで、ワタシははじめてお目にかかったのですが、同じ障害児を持つ親同士。 何を話しても、「そうですよね。 わかります。 誰かがうるさいと思われるくらい、この子達の為に声をあげて、やっと行政は少しずつ腰をあげてくれる。 余裕をもって、いろんなサービスを提供してくれることはないですからね。 とにかく自分が亡くなったあと、子供が、ひどい状態でない生活を送れる保証がほしいというのが、どの親にも共通する願いですよね」

しばし、いろいろ話していかれました。

今後いくらかの時間をボランティア活動に当てる予定です。

2七日がすぎて、遠方の友や、いままで遠慮していて、声をかけられなかったという人から、

:落ち着かれましたか? 少しは元気がでましたか?

という電話がやってきます。 その中から2つほど、編集して紹介しますね。

お2人とも親戚に障害のある方がいます。

最初の人。

:これまで充分にやってあげたんでしょう? こういっちゃなんだけど、楽になったじゃないですか。

ワタシ:「充分にやってあげたか」それは自信がないですね。 なんとなく、自分が先に亡くなるだろうから、そろそろグループホームのようなところを捜して、行く末を確かめたいなと思ってた矢先でした。 息子に向って、「うるさい」と怒鳴ったり、「あれほしい」といわれても「ダメ!」といったり、24時間、気にはかけてましたが、それほど、面倒みた。という記憶がないんですよ。

:いや、それがいいんですよ。 そのように普通に接することが難しいんですから。

次の方との会話

:どう、そろそろ少し落ち着いてきた?

ワタシ:一生落ち着くことはないかもしれない。 知り合いのかたで、やはりお子さんを亡くされて7年経っても、洋服や持ち物を捨てられない方がいるそうだけど、私もそうなりそうですよ。

:そうかもね。 経験してみてはじめてわかることって、あるものね。

ワタシ:残しておけるスペースがあるのを幸せと思って、生きてる限り抱えていくことにするわ。 それとワタシの物理的な自由な時間が増えたこととは、切り離すつもりだけどね。

連れ合いが亡くなって1年位たつと、女性は元気になるケース多いですね。 もともと他人ですからね。(^_^;

子供は、特に手のかかる子供は、自分の分身のようなところがありますから、いつまでたっても、手足をもがれたような気持が抜けないのでしょう。

それはそれ、折りにふれ、胸のギュッと塞がる思いがこれからも蘇ってくるでしょうが、いろんな方とお話ししてるうちに、自分の中の執着が愛情に変わっていきつつあるようです。

いつまでも消えない愛情とは何か。 教えてくれた同居人のこと、このblogでは一区切りにします。


そろそろ、みなさんのblogも巡回させていただきますね。


このままずっと生活するの?

2005-05-14 | 記憶に残したい言葉
思い出したように、同居人が口にしていた言葉があります。

:ママ、僕はズッと、この作業所にいくの?

:そうだね。○○ちゃんは、すぐに疲れるし、就職は難しいし、田舎で暮らしてもいいけど、病気がいろいろあるから、病院が近いところにないと困るから、引っ越しも難しいしね。 作業所にいけば、お話しをしてくれる人もいるし、行事もいろいろあるし、楽しいこともあるでしょう?

外出先では、

:あんな仕事できないかね・・・

:だって、計算できないでしょう? ○○ちゃんが「いらっしゃいませ」っていっても、相手の人には、通じないかもしれないし、無理だよ。

確かに、障害者に与えられる仕事は、どういう環境であろうと単純作業の繰り返し。

朝、車で送っていくと、渋滞の時間。

:ホラ、あの人達もみんないまから仕事にいくんだよ。 たいへんでしょう? 

:みんな我慢して仕事してるの?

:そうだね、仕事が好きで楽しくて、という人は少ないかもね。 好きなことばかりして、お金を稼ぐ事ができればいいけどね。

障害児を育てるときの親の態度はおおまかに、
1、親亡きあとの為に、「できるだけ自立できるように訓練させる、」という考えと、
2、自分で楽しめないんだから、親がいるときにできるだけ本人の希望が叶うように、楽しい思い出をつくってあげておこう。

という2つがあるかと思いますが、ほかの人に甘やかし過ぎといわれていたワタシ。 贅沢はさせられなかったけど、いろんなところに一緒にいって、ワタシ自身の思い出もたくさんできて、これでよかったと思ってます。


今、一番辛いのは、スーパーマーケットでの買い物です。

:半分あげるから、エビせんサービスして。 アイスは自分で買うから。

:こら、いつのまに、こんなのいれたの! しかたないな・・・

「ママ一緒に買い物行こう」の裏の心理、見透かしてるぞ!

会計のときの金額が、このところ半分になっています。 娘が時々買い物してきますので、そのせいもあるのでしょうが、「あれ買って、これ買って」という人間がいないというのは、こんなことなんですね。

人間は、どんなささいなことでも欲があり、あれほしい、これ欲しい、どこ行きたい、何したい、という希望があり、ひとつ叶ったら、また次を捜して、我慢して、達成して、そんなことを繰り返して生きていくのが、幸せなのでしょう。

人に何かしてあげたいというのは、やはり「喜ぶ顔が見たい」からですよね。
喜んで、感謝して、エネルギーをいただいて、そしてエネルギーを受け取ってくれる人がいることが「今日の幸せ」 そろそろ出かける準備です。

BGM:キューテイーハニー

新しい出発、新しい出会い

2005-05-12 | 今日の幸せ
7日ごとの区切りというのは、それなりの意味があるのでしょう。

昨日2七日で、納骨を済ませました。

長い間馴染んだ生活から、否応無しに引き離され、人生を方向転換して、生き直さなければならない。 

心には、これまで生きてきた中で蓄積されたいろんなものを抱えながらも、決して後戻りはできない。

あったことをなかったことにし、起こったことを起きなかったことにはできない。

しかたのないことは、受け入れなければならないとわかっているのに、どうして、人の心はこんなにも寂しさを感じるのでしょうね。

標準から見ると、不運な境遇に産まれて、それでも、ニコニコとして、精一杯生きた我が息子。

写真の顔は、どれも笑っています。

あと、何年生きるかわからないけど、あなたの笑顔を眺めながら、勇気を振るい起こして生きていくことにします。

何か、集めてますか?

2005-05-10 | 今日の幸せ
人間は、物を集めたがる動物なのでしょうか?

いったい何の役に立つんだろうと思うようなものを、せっせと集めますよね。 私などは、かつて編み物に凝っていたときは、つい、毛糸をみると、立ち止まって買っていた。 その残骸が、押し入れに眠っています。 (^_^;

可愛いものが好きだった同居人の机の上には、色とりどりの挟と、ボールペンにシャーペン。 そしてスナック菓子の袋をボール紙にはって、立て掛けてあった。

このところ、やたらサービスがよくて、いろんなスナック菓子を買ってきては、お皿にいれて、半分私に寄越していたのは、どうやら、このコレクションが目的だったらしい。

ビックリマンチョコのカード、キンニクマン消しゴム、ビーダマにめんこに、おはじき。
大人になったら、プラモデル? コイン収集に切手収集。ウルトラマンや仮面ライダーのフィギュアを集めてる人も知ってます。

博物館なんか、収集の山かもね。

追:亡くなる晩、次の日が祝日でゴミの収集がないことを気付かないで、いつものようにゴミを袋に集めて玄関に置いてありました。 ゴミをまとめるのは、ここ数年、同居人の仕事のようになっていたので、こんなところでも、思いだしてしまいます。知能指数は低くても生活力は、それなりにあったなぁ、と思いだされます。 

BGM:みんなの英語の歌

連休明け、

2005-05-09 | 今日の幸せ
世の中が、平常の動きに戻りましたね。

お世話になった作業所に、挨拶を兼ねて同居人の持ち物を引き取りにいってきました。

同居人、最後の作品2つ

コーヒーをいただきながら、1時間ほど、お話をして帰ってきました。 指導員との交換日記を眺めながら、どれをみても、このところ辛かったんだろうな、ということが想像されて、涙がとまりません。

なくなる前の4日間、こちらが不思議に思うくらい調子がよかったのは、自分で予期してたのでしょうかね。

作品展に出した大作が残っていました。 譲ってくださるようですので、アップしたら見てやってください。

それにしても、このたくさんの自由な時間。 
身体を動かして物理的に忙しくしていても、24時間、いつも気にかけなければいけない者のいた状況から、別次元に遷ったような心境です。

今晩は、娘が留守番してくれるそうですので、出かけてきます。

人の悲しみは、人の間で癒すのが、一番。

お互いに心を開いて、話しをする機会をもってくれる人々に恵まれている「今日の幸せ」

追:10日前までは、ネットニュースを見ていろいろと記事にしていましたが、まだ、ちょっと元のペースに戻れません。

そのうち、またblog巡回も始めたいと思いますが、これまでと違う心境で、記事を読ませて貰うことになると思います。

(でも、性格は、変わらないだろうね。 やっぱり) (^_^;

日曜日の午後

2005-05-08 | 今日の幸せ
午前中1箇所、挨拶にいって戻ってくると、「電話があったよ。」 と娘から伝言、知り合いのご夫婦が、立ち寄りたいとのこと。 

:じゃ、ちょうど今、買い物してきたし、一緒に昼御飯を食べていってよ。

ということで、2時間ほど、小さくなった祭壇の前で、おしゃべりをしながらミニ食事会。

骨になった我が子は、「うるさいな」と思ったか、「僕がおとなしくしてるのをいいことに、ママはおしゃべりを楽しんでるな」と思ったか、ジッと写真が眺めていました。

誰もいないときは、つい、CDをかけっぱなし。

普段の日曜日であれば、10時まえから、どこかに出かけるのを楽しみにしてうるさいのに、今日からは、全部ワタシの時間

: 天ぷらそばがいい。 お寿司がいい。 お泊まり行きたい。
ポテトチップ半分あげるから、ママ買って。 新しい靴買って。
温泉いこう。 プラネタリウムがいい。 動物園でキリンが産まれたんだって。
ねぇ、南極って遠いの? 今度連れてって。

:どうして、そううるさいの! 少し黙ってて。

:だって、ママしか、しゃべる人がいないんだもの。 

:わかったよ。そこで、かってに しゃべってなさい。11時になったら、どこか連れていってあげるから。

かくて、毎週、よほどの事がない限り数時間の外出をして満足して帰ってくるというパターンを繰り返していた日曜日。 これから日曜日、どうやって過ごしましょうかね。

空の巣症候群というのがあります。 ワタシには縁のないものと思っていました。

でも、私がいなくては、此の子は生活ができないと覚悟して、それが長年、習い性となり、しらずしらずのうちに、ワタシ自身の生活を支えていたんですね。

長年看病した連れ合いがなくなると、相方がボケて後を追うようになくなるケースがあるといいますが、わかるような気がします。

頼ってくれる者のいる幸せ、
ささやかなことを、喜んでくれる者がいる幸せ、

そしてなにより、

向かい合わせに座って、おいしそうに御飯を食べてくれる者のいる幸せ。

失って、初めて実感できます。

「そんなに張り詰めなくても、ウンと悲しんで、ウンと泣いて、もっと感情を表していいんですよ」といってくれる人達。 ありがとうございます。

「これから、寂しさが、実感されるのよね」といってくれる人達。 そうかもしれません。

「時間が解決してくれるのを待つしかない」、きっと そうなのでしょうね。

とりあえず、生きてみます。

亡くなった同居人に代わるものは永久にないとおもいますし、今の感覚が、記憶から消えることはないと思いますが、関わってくれる人達が、まだまだいますから。

そして、新しい環境の中で、新しい関係をもってくれる人を捜す可能性も開けてますものね。

BGM:A MUSIC BOX FOR KOMORIUTA

今朝の新聞に載りました。

2005-05-07 | 今日の幸せ
特に死亡広告などもださないで、現在おつき合いの方達のみにお知らせして済ませた、火葬と葬儀です。 連休のせいだったのでしょう。 丸1週間たって、今朝の新聞のお悔やみ欄に載ったそうです。 地方新聞は、お悔やみ欄を見る為に購読してるという人がいますが、そうなのでしょう。

49日までは、娘と交替で、家を留守にしないようにローテーションを組みました。

午前中は、ワタシの買い物を2時間ほど。 どこを見ても、息子の影が追ってきますが、それでいいのでしょう。 トンガリコーンが安かったので、私は、食べないのですがつい買い物籠にポン。

ヤクルトもプリンもヨーグルトも、それからこのお煎餅も好きだったな。 レジを通ると嬉しそうに買い物したものをもって、ビニール袋にいれてたっけ。

:お昼、お好み焼きセットとジュースがいい。

:そう、じゃ、ママはウドンにするから「半分こ、」しようね。

そんな光景を思い浮かべながら歩いていると、「○○さん!」

振り返ると養護学校で一緒にPTAの役員をしていたお母さん。 彼女がPTAの会長をやっていて、そのあと、子供が先に卒業したので、なんとか後を継いでくれといわれて、シブシブ、誰かがやらなければならないのだし、ということで、1年だけと引き受けたPTAの会長。 こういうものは一度引き受けると「リスト」にのってしまいますね。 ついに、岩手県の会長まで引き受けることになってしまった年がありましたが、いまとなっては、引き受けてよかったな、と思います。

ただ、終わったことは、比較的、簡単に記憶の隅に追いやってしまい後をひきずらない性格のワタシ。 今回も養護学校の関係者には、全く連絡しませんでした。

ところが、今朝の新聞で知ったと、帰ってみるとさっそく、かつてお世話になった先生達からお電話がはいっていました。

保護者の方達にも、連絡がまわったことでしょう。

いいや、いいや。 みなさんきてくださいね。

また、涙が出ると思いますが、たくさんの方に偲んで貰える息子は幸せです。

BGM:たのしいいちねん

追:今、救急車のサイレンが聞こえてきました。 万が一、もしかしたら、と、もう心臓がドクンドクンする必要はないのですが、どなたか、また病院に運ばれていったんですね。

どんな言葉でも、ありがたいです。

2005-05-06 | 今日の幸せ
長い年月かかって、自分の中につくりあげてきた支えを一度にはずされた思いがします。

祭壇を葬儀屋が昨日かたずけていきました。

たくさんの残された献花を花束にして、この土地にきてから、同居人がお世話になったところに、少しずつ分けてます。

亡くなったことを発見した29日の朝、なにがなにかわからないで、助けを求めた隣人には、ちょっとしたものを差し上げました。

思いがけずきてくださった近所の方達にも、お花をもっていきました。
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金魚が大好きで、金魚を買っているという理由だけで、最近、通うようになった床屋さんは、ワタシは初対面。 でも、きっと意思疎通が大変だったことでしょう。 娘に、「あんな子が1人でいってたんだから、写真をもっていって、挨拶してくればいいんだよ。」といわれて、写真を持っていって、挨拶してきました。

:嘘、2週間前にきたばかりじゃない。 このごろは、いろいろお話ししてくれるようになったんですよ。

:あー、この金魚ですね。 熱心にみていたでしょ?

:一所懸命みてましたよ。 ショックでしょうが、元気をだしてくださいね。
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その前に、同居人が通っていて、最近はワタシがもっぱらお世話になっている床屋にも、いってきました。 ついでに、スッキリとヘアカットしてもらいました。 ご夫婦で経営なさってる床屋さんですが、ご夫婦で、涙してくださいました。

ご親戚に、ダウン症の方がいらっしゃるということを初めて話してくださいました。
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絵本を時々借りていた、ワタシの馴染みの公民館の図書室と、事務室にも花束をもっていきました。 一緒に泣いてくださいました。
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それから、同じ養護学校に通っていた子供のいる近所のお宅。 同じ障害の子供を持つ親同士。

:「この子を残して先には死ねない。 親の願いは我が子を見取ること。」 あなたのお子さんは、親孝行をしてくれたんですよ。 そう思いましょうよ。

よくスーパーで御会いするお母さんですが、最近は、腰が痛くて、眠れなくて、入眠剤をつかってらっしゃるとか。 子供さんが、ほとんど歩けないで、移動に、かなりの負担がかかっていることでしょう。

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家にいると、葬儀のあとでも、「なかなかこれなくて遅くなりました。」 とポツポツと弔問に来てくださいます。

:お力落としでしょうが、身体を壊さないように、気をつけてください。

:元気をだしてくださいね。

:あまり張り詰めるとあとで、反動がくるから そんなに頑張らないんだよ。

どんな言葉も、的を得てるようでもあり、得てないようでもあり・・・

でも、何か、声をかけてくださって、涙してくださる。 それだけでとてもとても有り難いです。

本日より、いつものペースで仕事をはじめました。 もう、老人ホームに預けて仕事に出なくても、自由に出かけられます。 時間を気にして、行動しなくてもすみます。

そのことが、今は、とても寂しいです。

読書をする気にも、テレビを見る気にも、まだなれません。 ジッとしていると、涙があふれてきます。 しかたないですね。 起こったことはどんなに嘆いても戻せない。



BGM: Walt Disney Happy 100th Anniversary