京都 洛北の時計師 修理日記

時計修理工房「ヌーベル・パスティーシュ」京都の洛北に展開する時計修理物語。
夜久野高原で営業再開しました。

時計師の京都時間「夕暮れ時間」

2021-10-16 08:34:29 | 時計修理

10月16日土曜日。先勝、快晴。

今日は「マリーアントワネット」の命日。1793年10月16日228年前、日本では写楽が活躍していた頃。この日は世界中の時計師にとって残念な日になりました。大変な時計愛好家で天才ブレゲの工房の支援者でもありました。ちなみにブレゲ私と同じサウスポー。southpaw lives matter国内でサウスポーの時計師は生き難い。 左利き時計師の心のより何処で左利きをバカにされるたびにブレゲさんに登場していただいた。

マリーアントワネットの功績としてブレゲ工房に時計を発注するさい「最高の時計」を望むことでまず半額を納めることを始めたこと。おかげで資金力のない工房でも時計つくりが出来たという。ミニッツリピーターも自動巻きもトゥールビヨンもブレゲが作った。マリーアントワネットとブレゲのタッグチームおかげです。彼女が注文しなかったらブレゲも田舎の時計師として終わったかも?その後噂を聞きつけたロシアの王族からの注文など数々の名作が出来たのだ。

昨日NHK「チコちゃん」でアンティークとビンテージの違いの説明がありました。実によくわかる明晰な説明でした。アンティークは100年経ったもの、ビンテージはワインから始まったという。本来ワインのビンテージはあっても時計をビンテージといわない。ところが時計は100年間の時間に耐えたものは少ない。セイコーも何とか100年を少し超えたところ、ロレックスはセイコーより若い会社でアンティークと呼ぶのには若すぎる。最長老はバセロン・コンスタンチンだが今ではカルティエグループ「リシュモン」の傘下になってしまって呼び方も「バシェロン・コンスタンタン」とフランス語読みになってしまった。

ロレックスも何とか100年経ったが創設時は自前のキャリバーを作れなかったのでよく偽物と間違えられるし事実偽物も多い。高額な出費をするには危ない世界です。

日本にはアンティークと呼ぶ代わりに「つくも神様」と神様扱いになる。100年経った道具たちが神さんに昇格する。「百鬼夜行」京都「一条戻り橋」でうっかりこの行列をみた人は死ぬ!今でも堀川一条通りを西側に行くと一方通行になっております、一度入ると戻れない!死者を送る境目の道なのでしょう。

今日はマリーアントワネットの命日。「露の世は 露の世ながら さりながら」一茶。

断頭台の露と消えた王妃様の思い出を語りましょうね~。「パンが食べられないならケーキを食べればいいじゃない!」と王妃様は言う。貧乏時計「肉が買えないならベジタリアンになればいいじゃない」と言う。とっくに今月の予算を使い果たして昨日はキャベツと卵だけのお好み焼きでした。「なんちゃってベジタリアン」なので思想も哲学もないただの貧乏人。岩手盛岡で覚えた冷凍キャベツの保存法がお好み焼きにはべたべたで使えなかった。今日はクレープにしましょうかね~。頑張る時計師のコロナ疎開生活なのだ。

 

 

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