私は歩き出した。細い道である。誰ともすれ違わない。人がいないのだ。
両側には炭屋だの畳屋だのが目につくが、大部分は民家である。門も扉も固く閉ざされているのか、何の物音もしない。
さきほどまで、冬の陽が強く照らし、ガラス窓がキラキラしていたはずなのに、もう夕方になったらしく、周囲は薄暗い。
空腹を抱えた身には、次第に強まる寒さが応えた。
私は、背を丸めて、とぼとぼ歩いていく。
すると、目の前に、工事用の白い幕で囲われた建物があった。
メッシュの向こうに見えている正面玄関が私の記憶に訴えた。
どこかで見たことのある建物だ、と思った。
しかし、具体的なことは何も思い出せない。
ともかく、とっさに「立ち入り禁止」の看板を通り過ごし、保護シートの裾をめくって中に入った。