水に浮かび物思う

カリフォルニアの海でカヤックに出会う。キャンプやハイキングの話も。

サンフランシスコ再訪 五日目

2009年07月14日 | 旅行

ニュース
この日も朝起きると、Eと一緒にコーヒーとニュースを求めにコーヒーショップへと向かった。その日のニュースには不吉な情報があった。LAから日本にやってきたフライトに新型インフルエンザの感染の疑いのある人が乗っていて、近隣の席に座っていた30人が足止めされ、詳しい検疫が行われたということだ。これはいよいよ不穏である。ぼくも日本に戻れば菌あつかいされかねない。

その日のサンフランシスコのローカル紙には、使い捨てレジ袋禁止の立法化の記事があった。リサイクルか、マイバッグに限るという。カリフォルニアに住んでいると、こういったことにうかうかしてられない。何でもすぐに可決される。熱意を持って運動した人の意見が通るのだ。「それはイヤや」と思うなら、こちらも運動せざるを得ない。「自治」というスタイルがこの地では生きている。

話はそれるが、有名なハイカーの加藤芳則氏は、その土地その土地が持つ空気のようなものを敏感に感じ取っている方だと思う。彼の文章をそれほどたくさん読んだわけじゃないけれど、彼のアパラチアントレイルの記録やヨセミテの記録などを読むと共感できる部分が多い。ぼくはベイエリアに一年半住むことで、ここにいる人たちの「あたりまえ」を一つずつ見てきた。あるときは街から、あるときはキャンプサイトから。加藤氏はそれをロングトレイルから見てきたのだろうが、見る角度は若干違えど、人物像ならぬ「土地の像」といったものが極めて簡潔に表現されている様子に、ぼくは思わず膝をたたきたくなるときがある。そして少しうらやましくなる。徒歩の旅は決して登山のように高く登る必要はないし、また決して遠くへ行く必要もない(加藤氏はたくさん歩くが)。ハイキングという「低い」視線がもたらしてくれるものも、また貴重だと思うのである。

昼はサウスベイのSunny Valeに出向く。Eの古い友人の家に呼ばれた。



子どもたちと駆け回る
友人のKとSに会う。Kは二児の母で、昼間はサンフランシスコで働いている。もともと彼女は東海岸一の美人のバリバリのキャリアウーマンだったのだが、カリフォルニアに来て母親になってからは、そのバイタリティの矛先がランニングに移った。週末となればトレイルランニングで汗を流し、この間は100kmマラソンを完走したという。目がくりくりと大きく、アクティブで、料理をいつも少し作り過ぎ、ぼくがピアノやギターを弾くと無条件に喜んでくれる。オゾン層を通さない太陽のような人である。

SはKのダンナで、メリーランド州生まれの弁護士である。プライベートの法律事務所からシティの弁護士に職を変えた。シティに関する訴えの全てを彼は扱う。ペイは昔の職のほうがいい。けれど彼はあえて今の職を選んだという。人と人との争いごとよりも、市民の意見と政策との均衡を図る今の仕事のほうがやりがいがあるというのだ。

接すれば分かるのだが、彼は"man"である。人を温かくもてなし、クリスマスになればグリューワインをナベで大量に作って飲ませてくれる(グリューワイン=シナモンや砂糖と一緒に温めたワイン)。初めて彼のグリューワインを飲んだのは、彼の家のクリスマスパーティーで、たくさん人が家に集まっていた。彼はぼくにこの温かいワインをでかいオタマで注いでくれて、それを台所で二人で飲んだ。アルコールの揮発とシナモンの甘い香りがフワッとぼくを包んで、ぼくは温かく幸せな気分になった。「こうやって作るんだ」と説明してくれる彼を見ながら、コイツはゼッタイいいヤツだ、と思ったものだ。その日、ぼくがピアノで童謡を何曲か弾いたら、子どもたちがみんな集まって後ろで踊っていた。きっと部屋中の空気がアルコールで満ちていたのだろう。



ぼくは庭で子どもと遊んだ。バスケットボールで遊び、ハンモックでジェットコースターをやり、庭の木に作られた鳥の巣を「高い高い」して見せてあげた。Eも、久しぶりに会うKと夢中になってしゃべっている。住む場所が違っても何か通じるものがきっとあるのだろう。

ぼくは子どもと遊び、ギターを弾き、二児の親と会話し、ワインを飲んだ。ぼくらはソノマで買いすぎた「厳選」ワインを手土産に持ってきたつもりだったのだが、結局彼らが「持ってけ!」というワインを貰うことになった。これで滞在中に消費しなくちゃならないワインが増えた。

ぼくとEは友人夫婦と、かわいらしい子どもたちに別れを告げた。Eの運転でイーストベイへ向かった。



なつかしの友人、なつかしの犬
サンフランシスコベイから潮風が漂ってきそうなマンションに住む日本人夫婦のお宅にお邪魔した。この夫婦も、ぼくらがバークレーにいた時はよく遊んでもらった。Dくんは環境アセスメントの調査員の仕事をしている。アスベストやカビなど、衛生に関する知識を身につけ依頼のあった場所に訪れ調査をする。近頃は調査依頼もめっきり減り、日がな一日家にいることも少なくないという。アメリカで取りたい資格があり、暇な時間はその勉強にあてているという。その資格を持って日本に戻ると強いのだそうである。そりゃ、邪魔して悪かったね、というと、いーのいーの、たまにはこうゆうこともないと!とゆって一緒に飲んだ。

この夫婦は一匹の犬を飼っている。まだ子犬だったこの犬を、ぼくとEは一ヶ月ほど預かったことがある。真っ黒な柔らかい毛を持っていて、いつもぼくの膝に乗り、夜は布団の中で一緒に寝た。コイツはふとんに頭から突っ込むので、しばらく動かないでいると、(まさか死んじゃったのかな)と不安になり、夜中に何度か鼻の前に手を当てて呼吸を確かめたものである。Eがゆうに、ぼくはデレデレだったそうである。そんなことない、と思っていたのだけれど、今回コイツがぼくの膝にチョンと乗ってくれたときは少し心がトキめいた(走って持ってかえろうかと思った)

サンフランシスコのコンドミニアムに戻ったぼくは、この日の出来事を手帳に書いた。大切な思い出を忘れないように、ぼくは旅日記をつける。往々にして、忘れたくないものほど、酔ったときに起こるから困ったものである。