着くとさっそく岩に座ってお湯を火にかける。お湯がわくまでそこら辺を散策して戻り、ベーコンとちぎったキャベツとインスタントラーメンを湯に放り込んで火を弱め、また散策。この浜では流木を使ってアートをしてるお兄ちゃんがいて、ウロウロしていると飽きないのだ。岩に戻ってラーメンを食べる。食後にスコーンも食べる。若いカップルがやってきて、ぼくに話しかけてくれるかなと思っていたのだけれど、素通りしていった。ぼくが泥で汚れたレインウエアを着ていたせいかもしれない。もしくはぼくがナベから直にラーメンをすすっていたせいかもしれない。まぁいいんだけれど。しばらくその場で本を読んだり、景色をボーと眺めたりする。今日は曇っているけれど、不思議と遠くまでくっきりと見渡せる。Brooks IslandとかAngel Islandもすぐそこにあるように見える。きっともっとスピードの出るカヤックだったらひょいって(ウソです)いけちゃうんだろうな。体が冷えてきたあたりで、ぼくはカヤックに戻りバークレーまで漕いで帰った。後半はかなりバテて、根性を50%くらい使った。やっぱりインフレータブルは重い。この距離でいっぱいいっぱいだ。しかしそれでも充実感は残った。水があれば人は漕がねばならないのだ。
今日は日曜日。予報が外れていい天気だ。いい天気なのだけれど、あたまがずーんと重くて動けない。昨日そんなに飲んでないよな、と自分で自分のココロに弁解しようとするのだが、記憶の糸を辿っていくと明らかにいつもよりペースが早かったことが思い出され、この頭痛は当然の罰なのだと分かる。
ベッドのなかで悶々として、結局起きたのは午後になっていた。コーヒーを飲んでマカロニグラタンを食べる。パイナップルも食べる。食事を食べると元気が出たので外へ出ることにした。インフレータブルカヤックを車に積んでgo!
ぼくはリジット艇を持っていない。普段はショップのクラスやレンタルで漕ぎ欲を満たしている。が、ショップの存在しない海辺や湖なんかではインフレータブルカヤックを使うことにしている。ぼくのやつはAdvanced Elements社のソロの4mボートである。よくリサーチしてネットで買った。リーンだとかエッジングだとか波だとか風だとか、難しいことを言わなければ最高に楽しいボートだ。このフネには難しいことを要求しないことにしてるので、メンテの類はほとんどしない。海水の場合、塩抜きはしはしない。テキトーに乾かすのみである。淡水の場合はしっかりと乾かすことにしている。
まぁ、そうゆうフネを持ってるんだけれど、今日メインのチューブに穴が空いているのを発見した。マックスに入れてもしばらくするとやわらかくなってしまう。道理でシューっていうような音がしてたわけだ(無視してたけど)。補修キットは今ない。サテどうしようかとしばし考える。しかしながら漕ぎ欲を満たさずに帰るわけにもいかず、ぼくはそのシューと音のするフネを水に浮かべ、静かに漕ぎ出した。
ぜんぜんスピードが出ない。一漕ぎごとにまるでブレーキを踏んだかのように船速が落ちる。気がつけばフネの真ん中が凹んできて、ぼくの体の位置が低くなってくる。いかん、このままでは沈む。空気が抜けてるんだ、そりゃそうだわな、とさらにクソ重くなったパドルを漕ぎ漕ぎ、やむなくスタート地点へ戻ることを決意。だんだんフネがフネの形ではなくなって行き、そういう時に限ってギャラリーの視線を二箇所ほどから感じる。「これは本当のぼくじゃないんです」とボディーランゲージでも何でもいいから伝えたいのだが、漕ぎの手を休めるわけにはいかない。
もう少しで水が船側から進入するというところで、ようやくドックに着く。今日はお気に入りの(すごく)小さな浜に行って本を読んで夕暮れを見ようと思っていただけに、とても残念である。けどまぁ、いろんな意味で楽しめた。
帰りに電動のポンプを買った。満たされぬ思いが購買欲へ変化した日である。
翌朝。鳥の声で目を覚ます。ぬらしたタオルで顔を拭き、インスタントコーヒーを飲む。昨日の残りのご飯に水を入れて沸かし、永谷園をふりかけてサラサラとお茶漬けを食べる。そういえば、と昨晩焚き火で作った焼き芋があったことを思い出し、それも食べた。食事が終わったぼくは片付けをパパッと済まして、キャンプサイトを後にし、直接オフィスへ向かったのであった。こんなに何もしないキャンプはおそらく今回が初めてだろう。息抜きのためのキャンプである。ものすごい短いキャンプだったけれど、それでもかなり気分がリフレッシュされた。キャンプっていいぞー!と誰かに勧めたくなるような、そんな日だった。
ぼくは並べた二つの段ボールに寝転がり、発泡スチロールの快適な枕に頭を乗せて本を読んだり、空を見たりして時間を潰した。ビールを二本飲んでジンに氷を入れた。徐々に寒くなるので、少しずつ服を着込む。だいぶ暗くなって文字が読みづらくなったところで本は終了。薪に火を入れ、ガスでご飯を炊いた。
さぶい(あたりまえです)。ご飯を火からおろして保温し、炊き上がったところで別の容器に移してふたをした。そのまま洗いもせず同じコッヘルでインスタントラーメンを作って食べ、残った汁にご飯を半分ぶちこんで、食べる。リンゴをタオルでごしごし拭いて焚き火の前でかじった。炭水化物ばかりでちょっと味気ないけれど、なにせ急いでいたのだからしょうがない。ジンが終わって、この間日本の食材店でゲットした泡盛に移行。ちょっと酔っ払ってきて、ヘッドランプの光で再び本を読み出したら後ろで「かたっ」と音がした。いいとこだったので無視したのだが、ふたたび「かたっ」と音が鳴る。見ると(たぶん)アライグマがお米の入ったスチールの容器を手でいじってる。ぼくはびっくりして、「オイ」と声をかけたのだが、(たぶん)アライグマはそのままの姿勢でじっと僕を見返した。目測およそ70cm。いやもっと近いか、左手のすぐ先だ。逃げないのでぼくはさらにおどろき、「それはダメ」と自然の動物に向かってアホなことをしゃべって少し自己嫌悪しはじめたあたりでようやく(たぶん)アライグマはテーブルをおりたが、それでもぼくから6メートルくらいの位置でとまりぼくの様子を伺っている。
そのあともう一回同じようなやり取りをやった。この暗闇で一人で、平日だし寒いのだから、ぼくのほうもちょっと威勢がないというか、少しコワくなってきて、(アライグマに噛まれたらいたいかな?)などとドキドキしてしまったのは内緒である。しかし3度目にヤツがコソコソとテーブルに近づいたときにはぼくはある種の親近感を感じ始めた。(ラスカルって実話だったかな?)と思い出しながら、ちょっとぼくのほうから近づいてみた。奴は逃げ、また距離を保つ。ハラが減ってるのか、かわいそうだなと思い、一時は本気でご飯を分けてあげようと思ったのだけれど、やはり自然の動物はあまり人間になれてしまっても不幸だろうとおもい止めておいた。焚き火をいじって、ちょっと酔って本を読む。ぼくは幸せである。本が何かすごくおかしなことをゆってるような気がしてきて一人でクックッと笑っていたのもナイショである。一人キャンプではいろんなことがあるのだ。
風は向かいの微風だけど、水面はほぼ完全な静水。こんなナイトパドリングは最高に気持ちがいい。5キロほど西へ漕いで、サンフランシスコ・ベイに出た。軽い湾のうねりを突然感じる。ぼくたちはベイ・ブリッジの付け根のすぐ近くにいて、みんなでサンフランシスコの街の方を眺めた。等間隔に光を発するブリッジの放物線がまっすぐにサンフランシスコの街の光の中へ溶けている。そんなはずはないのに街の光が眩しく見えたのは、冬の澄んだ空気のおかげだろう。光がまたたくのは遠くの星だけではないのだなと、ぼくは今日学んだ。
そのあとぼくたちは近くのブイまで漕いで寒くなるまで時間をつぶした後、同じルートを戻った。素晴らしいナイトパドリングだった。