水に浮かび物思う

カリフォルニアの海でカヤックに出会う。キャンプやハイキングの話も。

キャンパーバンで巡るニュージーランド南島の旅 その4 ~ 氷河トレッキング ~

2010年04月03日 | ニュージーランド南島

ニュージーランド南島の旅3日目。

ホリデイパークの車の中で目を覚ました。温かな眠りの床から意識がだんだんと起き上がってきて、普段ならそのままゆるゆると水平飛行に入るところなのだが、この日の朝は違った。覚醒をおえた意識は、そのまま想像の世界へと飛翔し、そしてぼくはひとつの高みに立った。

今日は、氷河トレッキングツアーに参加することになっているのだ。進化を忘れて眠ってしまったウツボのような、あの山と山の間からぬっと首を出している氷河の上に立つのかと思うと、自然と気が引き締まった。

ぼくはこの氷河トレッキングの様子を、旅の途中ノートに綴った。この手記をそのまま載せようと思う。

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■手記1

今 West Port にあるカフェでこれを書いている。昨日の glacier hiking のことを忘れないうちに書いておこうと思う。

8:00に Glacier Guide に到着。すでに人がたくさんいる。雨が降っているから、今日のツアーは中止にならないだろうかと少し不安に思っていたのだけれど、そんな様子はない。ぼくたちが予約したのは Half Day Tour というものだ。氷河の上での実質のハイキング時間が2時間ほどという内容で、氷河を山にたとえると、ちょうど中腹あたりまで登ることになっている。他にも Full Day Tour があり、これはさらに上のほうまで行くことが出来る。さらに上、氷河のてっぺん付近に行く人のために、さらにヘリコプターのツアーが用意されている。

受付を済ませて氷河トレッキングの装備を借りた。ブーツ、クランポン(アイゼン)、防水素材で出来たのボトムとトップ。ブーツはハンターが履くようなラバーコートのされたもので、内側は肉厚のフェルトのような素材で足首まで覆われている。ボトムとトップはそのへんのパーカーとは違って、分厚く丈夫である。一年間風雨と天日にさらしても耐えそうで心強い。ぼくもそれなりのアウトドアの準備をしてきたつもりだけれど、これらの装備と比べたらぼくの装備なんて貧弱なものである。

ツアー客の準備が整ったところで、みんなでバスに乗り込み、フランツ・ジョセフ氷河の近くまで移動した。

バスを降りて、Rain Forest の森を歩く。わさわさと茂った森の木々が雨に打たれて揺れている。鬱蒼(うっそう)とした森を歩いていると、本当にこの向こうに氷河などあるのだろうかと思ってしまう。気温は16度ほどあるだろうか。雨は降っているもののそれほど寒くない。氷河が作られるには相当な降水量が必要なはずだ。そう思うと、今こうして雨に打たれているのも別に不幸なことだと思わなくなってくる。

鬱蒼とした森を抜けると、だだっ広い場所に出た。2kmくらい向うだろうか、右手に氷河の先端が見える。右から左へ向かって川が蛇行している。これは氷河から溶けた水が流れているのだ。一見不毛な土地に見えるこのだだっ広い場所は、氷河が進退を繰り返して地面を均した(ならした)結果に違いない。

我々はそこから氷河が目前に来るところまで歩いた。ここでクランポンの履き方を教えてもらう。

(手記1おわり)

■手記2

ネルソンの Holiday Park にて。氷河トレッキングの続きを。

フランツジョセフ氷河はいまだに成長を続けている、地上でも数少ない氷河である。氷河期の頃、この氷河は今よりももっと長く(当たり前か)、先端部は海にまで入っていたと思われるという。この奇怪(きっかい)な姿をした氷の塊を観ていると、さもありなんと思うのである。こいつらなら平然と海の中にも進入していきそうである。

カシャカシャとクランポンの音を響かせながら、ぼくらは崖を登り、氷河の上に立った。一見するだけで、相当な量の氷であることがわかる。数百メートルほど離れた崖と崖の間にびっしりと氷が埋まっており、崖に近いほうでは、土砂と氷の混ざり合った状態になっていて、中心に近いほど土砂の混入のない真っ白な氷になっている。

「氷河」という言葉から、どことなく異世界の、美しい景色程度しか思い浮かべていなかったぼくにとって、現実の氷河の姿は「暴力的」とでも表現できそうな程の、圧倒的な力の結晶として映った。まるで巨大なブルドーザーが背後からじわりじわりと氷塊を押し出しているみたいだ。今足元にある氷はきっと気の遠くなるほど昔に空から降りてきたのだろう。氷の河の流れは実に緩やかである。

ガイドさんは時折グループをとめて氷河の成り立ちを説明してくれる。しかし残念だったのが、ガイドさんの英語がまったくといっていいほど分からなかったことだ。ニュージーランドなまりがすごい。「アー」とか「ウー」とかゆってるようにしか聞こえない。ぼくはアメリカ英語に慣れてるしな、なーんて開き直っていたのだけれど、隣にいたアメリカ人と話したら彼はガイドの言葉を完璧に理解していた。やはり自分の英語は表面的なものだなと感じ、言語の壁は厚いと再確認したのである(軽くショックでした)

氷河を奥へ奥へと登り進めていくにしたがい、氷の色が青色がかった色に変化していく様子がわかった。これをブルーアイスと呼ぶという。詳しいことは良く分からないけど、これは氷の圧力と関係があるらしい。氷の断面から漏れてくる鈍い青色にぼくは魅せられてしまって、いつまでもそこで深遠な世界から届く光を見ていたかった。

この氷河ガイドの会社はスタッフがたくさんいるみたいで、氷河のトレッキングルートの要所要所に待機して、ルートを整備してくれている。面白いことに、彼らはピッケルを器用に使い、氷を削って階段を作っているのである。ぼくたちは壁に固定された鎖を握ってその階段を登るだけである。登るだけ、とは言っても、急峻な階段は解けた表面の水でいかにも滑りやすそうだし、鎖はゆるく張ってあるので、バランスを崩したときのことを考えると小さな恐怖心が芽生える。

「大丈夫かな。全部登れるかな」とEが不安げにつぶやいた。「大丈夫だよ」とぼくは答えた。たぶん大丈夫だろう。グループの中ではぼくらが一番若そうである。どちらかというと、その、氷河を登るには少々ふくよかと思われる方もいらっしゃるのを見るにつけ、我々に分があると思うわけである。それでもまだ不安そうにしているEにぼくはこうゆった。

「それにさ、ここまで来たらひょーがないよ」

ぼくはアゴを少し上に向け、遠くを見ながらこう付け加えることを忘れなかった。

「ひょうがならいっぱいあるけどね」

Eが向こうを向いたままなので、(笑っているのかな)と思ったのだけれど、そうではなくてぼくのことを無視しているのだとしばらくして気がついた。沈黙は雄弁にぼくに反省を促した。

氷の階段を登ったり、大人一人がやっと通れる程度の狭いクレバスのような氷の裂け目を通ったりすることを繰り返すうちに、ぼくらは次第に表現すべき言葉を失っていった。このような世界が地上にあることに、ぼくもEもはただただ感嘆していた。言うなればこれは自然の建造物だ。長い長い時間をかけて完成されるものは、美しく尊いものだと思った。

氷河の上の平らな部分まで来たところで休憩になった。随分高いところまで登ってきたものである。ここで一週間ほどキャンプしたら氷河が進んでいるのがわかるだろうと思った。

後はここから折り返すだけである。氷河の上を歩いていると、いたるところに水の流れる穴が開いていることがわかる。表面の解けた水が集まり、一箇所を溶かして、水の流れるトンネルになるのである。これは本当に興味深い現象で、穴の向うに本当の神秘的な何かがあるのではないかと思わずにはいられないのである。

(手記2おわり)

氷河の溶けた水の流れがどこにたどり着くのかと疑問に思ったのはぼくだけではないようで(あたりまえだ)、2008年にグリーンランドの氷河の水の流れを確認する実験が学たちの手によって行われたという。その実験には、お風呂なんかで遊ぶおもちゃのアヒルが使われた。氷河にあいた穴に吸い込まれる水の流れにこのアヒルを流し、どこから出てくるかを調べたのだ。(多分だけど)まだ実験の結果は出ていない。アヒルはまだ誰にも発見されていないのだ。

なんというかロマンのある実験である。いやむしろ実験などせず、謎は謎のままにしておいてもよいような気さえするのである。もっともアヒルにはGPSの発信機が付けられているということだから、おおよそのことは分かっているのかもしれない。

その後、ぼくたちは無事に氷河トレッキングを終え、ベースに戻った。ベースに戻ったのはお昼の2時くらいであった。その後は近くのレストランでMexican Wrapを食べ、小さな商店で氷河の絵葉書とリンゴと洗濯洗剤(1回分の小分けのやつがある)を買った。

まだ雨は降っている。鬱蒼と茂った温帯雨林の森から、飽和した水蒸気がもやとなって湧き出ている。さきほどまで、確かにぼくらは氷河の上にいたはずなのに、それが随分非現実的に思える。やっぱり、この国は不思議なところである。


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