9月14・15日と、友人4人と長野県の蝶ヶ岳に登った。久しぶりの登山である。槍ヶ岳がすごいキレイに見えるよ、ということだったのでとっても楽しみにしていた。
ぼくたち一行は前日の夕方に東京を発ち、長野県松本を経由して沢渡に到着した。前もって予約しておいたタクシー会社にお願いして、駐車場の空いているスペースにテントを張らせていただいた。しとしとと雨が降っていて、星の無い空を見上げながら、明日からの山登りは大丈夫だろうかといくぶん不安になった。出来れば雨は降ってほしくない。雨が降れば足場が悪くなりスリップしやすくなり、バランスを保つために余分な体力を消耗してしまう。山を登っても眺望がきかないし、調理も食事も陰気なものになるだろう。テントも濡れて重くなる。足もニオウし、きっと雷もぼくに落ちる、と悲観的になる前に、友人Kさんとビールで乾杯してとっとと寝たのであった。
翌朝。ぼくらはまだ鳥たちも寝ている3時50分くらいにおきて、荷物をパッキングした。そうするうちにタクシーの運転手さんが現われて、5人分のザックをトランクに積み込み、我々を上高地へと運んでくれた。上高地にはマイカーでは入れないので、このようにタクシー会社に予約を入れたりする必要があるのだけれど、テントを張ってもいいよとか、トイレを使ってもいいよとかゆってくれたのは助かった。尋ねてみるものである。タクシーの運転手さんからは天気のことや上高地の話などいろいろ教えていただけた。ちょっとしたツアーガイドのようである。何でも尋ねてみるものである。
AM5:30。上高地から歩き出す。今回登る蝶ヶ岳は上高地から登山道が出ている。その行程およそ14km。標高2667m。上高地との標高差は1170m。蝶ヶ岳は、松本方面から見ると雪を被った姿が蝶のように見えることからその名がついたとされる。
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山を横手に眺めながら、梓川(あずさがわ)に沿って歩いてゆく。朝の森が本当に美しい。梓川は水量も多く、水質もきれいである。沢好きな人はなんというか分からないけど、梓川はところどころ綺麗なブルーの淵を作っていて、清流というにふさわしい川であった。
徳沢ロッジ、横尾山荘と歩いていく。バスターミナルから3時間ちょっとかかった。このあたりまでは標高差もあまりなくて、比較的歩きやすかった。ハイキングを楽しむ人もたくさんいた。ぼくたちもまだ冗談なんかをいいあったりして元気である。しかし横尾から急登がはじまる。これまでの3分の1ほどの距離を、同じ時間かけて登ることになる。ぼくたちは水場でボトルに水を一杯に詰め、樹林帯へと入っていった。
ここからはなかなか苦しくて、ろくに写真が撮れていない。まあ、シーカヤックとおんなじなのである。樹林帯は樹林帯でいいんだけど、眺望がきかないことが体力の消耗を助長しているような気がしてしまって、なかなかキツい。しかしなんとかみんなで励ましあって、ぼくたちはようやく稜線にたどり着いた。
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ああ、槍ヶ岳が見える。なんて凛々しい山なのだろう。ぼくたちの登った蝶ヶ岳はこのあたりでは入門者向けの山かもしれないけれど、自分の足で登って山頂から眺める北アルプスの山々、とりわけ槍ヶ岳の姿にぼくは感動した。若く尖っていて風化していない。
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蝶ヶ岳は飛騨山脈の東端とでもいうべき山である。松本のほうにたなびく雲海がよく見渡せた。
ぼくたちは見晴らしのよいキャンプサイトを取り、テントを張った。蝶ヶ岳ヒュッテでビールを買い求める。もうそろそろ大手のメーカーの作るビールを卒業しようかと思っているのだけど、まだ単位が足りないようである。Kさんと、槍ヶ岳と穂高連峰の雄姿に乾杯。カーッ!やっぱりヘリで運ばれたビールは違ーう!
写真に収めることが出来なかったのだけれど、傾いた太陽の光でブロッケン現象を見ることが出来た。自分の影が濃いガスに映し出され、そのまわりにぼんやりと虹の輪のような光の輪が出来るのである。はじめてみた。これはなかなか面白くて、他人の輪は絶対に見れないのである。みんな自分の輪だけしか見えない。ああ不思議だなと思った瞬間、子どものころの記憶の扉がパッと開けた。こどものころ、ガラスに反射して見える景色が見る人によって違うということが不思議だった。「おとうさんそこに立っててね。ぼくはこっちにいるからね。いまガラスに何がみえる?」なんてゆう実験をやったものだった。ブロッケン現象で見えた輪は内側が赤色で外側が青色だった(のように見えた)。普通の虹とは違うのだろうか。
酒のつまみにステーキを焼く。Kさんが日本酒を温めて、それを燻製されたイワナの入った竹筒に流し込み、骨酒にしてみんなで廻し呑んだ。ぼくたちが楽しく酔狂なことをしている間も、槍ヶ岳と穂高連峰の高峰が視界の片隅にあり続けた。「振り向けば、槍」。大学時代から何度も槍ヶ岳に登っているKさんの言である。午後になって日が傾きはじめても山頂がガスに隠れることもなく、槍ヶ岳はその雄姿をさらしていた。こんな景色はまたとないとKさんがゆう。初めて呑む骨酒は、なんとも沁みる味となった。
太陽は赤い光を残して静かに穂高連峰の向こうに沈んでいった。
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つづく。