所蔵している作品をきちんと保存しているのをみると気持ちがいいものです。ところが掛け軸は箱がなく、湿気にも虫にも無防備であるのをみると、私はついつい購入してきちんとしたくなる性分です。
陶磁器についてもそうです。箱の仕舞い方の一つをとってみてもだらしのないしまいかたをしている所蔵家は碌なものを集めていません。
仕事でも同様です。自分の机の周りが雑然としている人の優秀な人を見たことがありません。
さて本日の作品は瑠璃釉の作品です。
瑠璃釉の作品については以前に投稿したことがあります。
瑠璃釉馬車彫文鳳凰口仙盞瓶
合箱
口径16*胴径68*高さ180
瑠璃釉を少し淡く掛けられ、下の絵はおそらく呉須で描かれ、馬車紋様が浮き出るように工夫された小振りな作品です。
この技法は近代の作にも見られます。ただ、蓋が少しでも傾けると外れることなどから、近代の作品ではないように思われます。
呉須を薄く発色した作品は以前に投稿した河井寛次郎の作品などの例があります。
鳳凰の口を持ち首の付け根に面の飾りが付けられた凝った意匠の注ぎ瓶です。首の頭に補修の後が見られます。中国の作品ということですが、詳細は不明です。
形としては以前に投稿しました「伝紫金釉金蘭手花唐草文水注」に似ています。
実際に注いでみると蓋が落ちやすいこと以外は実に愛らしく使い勝手によい作です。保戸野窯の作品とはまた違った趣に作品です。
底や蓋の部分に胎土(磁器)が見られます。
器というものは使ったときにリッチな気分になれるものがいいです。美術館でも陶磁器を観るときには、自分のものとして使ってみるというつもりで観賞すると数倍観賞が愉しくなります。実用的でない作品は部屋に飾ってみるという感覚で観賞すると良いでしょう。
本作品も使って良し、鑑賞して良し・・・、小さな器でいろんなことが楽しめます。
どのようにして保存するのかもまた楽しみの一つです。
陶磁器についてもそうです。箱の仕舞い方の一つをとってみてもだらしのないしまいかたをしている所蔵家は碌なものを集めていません。
仕事でも同様です。自分の机の周りが雑然としている人の優秀な人を見たことがありません。
さて本日の作品は瑠璃釉の作品です。
瑠璃釉の作品については以前に投稿したことがあります。
瑠璃釉馬車彫文鳳凰口仙盞瓶
合箱
口径16*胴径68*高さ180
瑠璃釉を少し淡く掛けられ、下の絵はおそらく呉須で描かれ、馬車紋様が浮き出るように工夫された小振りな作品です。
この技法は近代の作にも見られます。ただ、蓋が少しでも傾けると外れることなどから、近代の作品ではないように思われます。
呉須を薄く発色した作品は以前に投稿した河井寛次郎の作品などの例があります。
鳳凰の口を持ち首の付け根に面の飾りが付けられた凝った意匠の注ぎ瓶です。首の頭に補修の後が見られます。中国の作品ということですが、詳細は不明です。
形としては以前に投稿しました「伝紫金釉金蘭手花唐草文水注」に似ています。
実際に注いでみると蓋が落ちやすいこと以外は実に愛らしく使い勝手によい作です。保戸野窯の作品とはまた違った趣に作品です。
底や蓋の部分に胎土(磁器)が見られます。
器というものは使ったときにリッチな気分になれるものがいいです。美術館でも陶磁器を観るときには、自分のものとして使ってみるというつもりで観賞すると数倍観賞が愉しくなります。実用的でない作品は部屋に飾ってみるという感覚で観賞すると良いでしょう。
本作品も使って良し、鑑賞して良し・・・、小さな器でいろんなことが楽しめます。
どのようにして保存するのかもまた楽しみの一つです。
あまり口の小さいものは時として形だけであり実際には使えない飾り物である場合もありますが、そうではないのですね。鳳凰がこの口から水を吐く様子が想像されます。
なかなか愉しい器で収集冥利に尽きる作品です。胴の部分の馬車が夢を誘います