夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

忘れ去られた画家 飯綱権現図 奥村恭法筆

2013-10-28 05:23:11 | 掛け軸
入手時は非常に痛んでいた作品ですが、このたび改装しよみがえりました。

神仏の作品は粗末にしてはいけません。

飯綱権現図 奥村恭法筆
絹本水墨着色 軸先骨 合箱
全体サイズ:縦1442*横362 画サイズ:縦601*横206



山岳修験道を極めて飛行能力や神通力を身につけた修験者の究極は、不動明王の化身、「白狐に乗る、カラス天狗のような姿」として表現されています。




これは飯綱三郎天狗(=飯綱権現)を祀る飯綱信仰の影響と思われます。飯綱(縄)権現(飯綱三郎天狗)は、平安時代末期に長野市郊外の飯綱(縄)山頂に祀られ、火防の神とされ、軍神とされました。




特に、上杉謙信、武田信玄など戦国時代の多くの武将に信仰され、全国に広まりました。(飯綱山は、隣接する戸隠の山岳修験霊場の一つだったとの見方もあります。)



飯綱権現のキーワードは、山岳仏教、修験道、天狗、火坊、飯綱の法(妖術?)です。飯綱(縄)権現は不動明王の化身とされ、その姿は「向背に火焔を負い、嘴(くちばし)口で羽翼をつけ、右手に剣、左手に索(綱)を持ち、白狐に立ち乗る姿」で表わされています。



いわば、カラス天狗(≒カルラ天)が白狐の背に乗っているような姿をしています。この原体は、狐に乗った女神のダキニ天だとされ、カラス天狗を乗せる「白狐」を神使として扱っています。



奥村恭法:慶応元年愛知県生まれ、名は環次郎、没年不詳。鬼頭道恭に師事。道恭亡き後、仏画の第一人者と称せられ、各博覧会に出品して銀賞銅賞を受け、また褒章される。昭和10年には元老大家として中京画壇に重きをなしましたが、現在は知っている人も少なくなりました。



神仏への信仰心が薄れる昨今、生死へのこだわりも希薄になってきているようの思われます。結婚をせず、子共を作らず、個人の生活の不安から目先のことにこだわる。そんな都会の生活はいつかは孤独という恐怖のとりつかれていくように思えます。信仰に救いを求めるわけではありませんが、少なくとも生死へのこだわりをもって生きたいものです。

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