古稀背包客放浪記

古稀バックパッカーの東南アジア見て歩る記

寧波 河姆渡遺祉

2011-04-06 00:35:35 | 旅行

炭火した米籾(河姆渡遺祉)
還暦背包族(bei bao zu)放浪記 その93

2011年3月29日(火)
河姆渡遺祉へ行ってきた。
寧波市内からローカルバスを乗り継いで行ってきた。
市内鎮明小区から14路のバスで新星村まで、そこから333路に乗り継いでゴン(龍の下に共)フン(サンズイ扁に馬)村まで行く。
約1時間30分。料金は2元2元の合計で4元だ。
完全なローカルなので観光客などは一人も乗っていない。
着いた所は寧波市と余桃市との境の小さな公交ゴン(龍の下に共)フン(サンズイ偏に馬)村站。
終点まで乗っていたのはたったの4人。

最も身なりの良さそうな女性に声を掛ける。
「我想去河姆渡遺祉」
「ガガガワワワ、、、」中国語だ。
紙に書いてくれと手帳とボールペンを渡す。
漢文を解読すると、
「公共の乗り物は無い。歩くには遠すぎる。
小型の三輪車で直接河姆渡遺祉まで行くと10元前後で連れて行ってくれる。
我々も途中まで一緒に乗っていくがどうだ。」と読める。
了解し一緒に行くことにする。

小型の三輪タクシーが来るまでしばらく待っていた。
昔、ミゼットと言う三輪の小さな車があったが、あんな感じのタクシーだ。
自転車くらいのスピードで走る。

乗って15分も行くと彼女たちは漢文のメモを残して降りて行った。
彼女達二人の料金は5元だ。
メモを解読すると、
「貴方はこのまま車に乗って直接河姆渡遺祉まで行く事が出来る。10元払って下車すれば良い。」
さらに車は15分ほど走りそれらしき所で止まった。
運転手が手帳に又漢文を書いてくれる。
解読すると、
「この地は公共バスが不便である。貴方は対応する才があるか」
答えは
「謝々」だ。
帰りは絶対に乗ってやるもんかと思う。
帰りは意地でも歩いてやる。
しかし、ブラブラ歩いて2時間も掛かってしまった。

肝心の河姆渡遺祉はと言うと、世界的にも超有名な七千五百年前の石器時代の遺跡であるのだから、観光客がウジャウジャ居て、お土産屋がごまんとあって、それはそれは賑やかな事だろうと思っていた。

ジャン、観光客ゼロ、駐車場の駐車ゼロ台、お土産屋ボロッチイの2軒。
博物館の関係者20人位が関わっているが観客は小生一人。
博物館の内容もお粗末。
門票がゼロ元なだけが取り得。
帰り際に大型バスが二台駐車場に入ってきた。

寧波からの往復合計時間が6時間。
骨折り損のくたびれ儲け。
近来稀にみるハズレ。

いや、中国には珍しくユックリと世界の優れた遺祉を見れたと言っておこう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 寧波 明州 | トップ | 寧波 愚人節 »
最新の画像もっと見る

旅行」カテゴリの最新記事