今年も、横須賀市合唱団体連絡協議会で、友好都市の会津若松市に行って参りました。
今回は、横須賀を発って、まず大熊町の仮設住宅を訪問し、「ふるさとの四季」を歌ってきました。
仮設住宅の代表のあいさつで「私たちは、福島原発の電気を全く使っていません。すべて、東京に送っています。」と言われました。この仮設住宅に避難してきたほとんどが原発で働いていた人と家族で、今も事故の後始末をしていて週末にだけ帰ってくるそうです。ですから、集まってくれたのは女性と高齢者です。「こいのぼり」や「われは海の子」など一緒に口ずさんでくれました。歌詞カードがあったらもっと良かったと思いますが、最後の「いつの日にか帰らん…」では目に涙を浮かべて合唱してくださり、私ももらい泣きしてしまいました。
お土産の「わかめ」や「こんぶ」は、海辺の町から山の中の盆地である会津に避難してきたこともあり、大変喜んで頂きました。困ることを聞くと、大熊町は冬に雪が5㎝くらいしか積らないが、会津は2m近く積るので、慣れない雪に困るとのこと。いつになればふるさとの大熊町に帰れるか解らない方々を前に、何と言って良いかわかりませんでした。
その後、八重さんゆかりの大龍寺で、山本家の墓周辺の草取りをして、奥さんに「禿げた空~♪」の歌で、歓迎していただきました。勤労の後の芦ノ牧温泉は、最高でした。
2日目は、風雅堂でのコンサートでした。暑い中、去年より多くの方が来てくださったように思います。終わってすぐのトンボ帰り、それも事故渋滞で帰宅は深夜でしたが、旅行に参加し、仮設住宅に避難されている方々とも交流でき、とても良かったと思いました。
今回は、横須賀を発って、まず大熊町の仮設住宅を訪問し、「ふるさとの四季」を歌ってきました。
仮設住宅の代表のあいさつで「私たちは、福島原発の電気を全く使っていません。すべて、東京に送っています。」と言われました。この仮設住宅に避難してきたほとんどが原発で働いていた人と家族で、今も事故の後始末をしていて週末にだけ帰ってくるそうです。ですから、集まってくれたのは女性と高齢者です。「こいのぼり」や「われは海の子」など一緒に口ずさんでくれました。歌詞カードがあったらもっと良かったと思いますが、最後の「いつの日にか帰らん…」では目に涙を浮かべて合唱してくださり、私ももらい泣きしてしまいました。
お土産の「わかめ」や「こんぶ」は、海辺の町から山の中の盆地である会津に避難してきたこともあり、大変喜んで頂きました。困ることを聞くと、大熊町は冬に雪が5㎝くらいしか積らないが、会津は2m近く積るので、慣れない雪に困るとのこと。いつになればふるさとの大熊町に帰れるか解らない方々を前に、何と言って良いかわかりませんでした。
その後、八重さんゆかりの大龍寺で、山本家の墓周辺の草取りをして、奥さんに「禿げた空~♪」の歌で、歓迎していただきました。勤労の後の芦ノ牧温泉は、最高でした。
2日目は、風雅堂でのコンサートでした。暑い中、去年より多くの方が来てくださったように思います。終わってすぐのトンボ帰り、それも事故渋滞で帰宅は深夜でしたが、旅行に参加し、仮設住宅に避難されている方々とも交流でき、とても良かったと思いました。