以前にも右翼の先生方にお叱りを受けるような「太平洋戦争の戦争責任は昭和天皇にあり」ということを書かせたもらったと思います。
今日、「NHK映像の世紀バタフライエフェクト 東京裁判」を観て改めてこの大戦の昭和天皇の戦争責任を確認しました。
再論というか再確認になりますが、現代で言うと企業が不良品や意図的に不正を行った場合には、その企業のトップ及び経営陣は退陣するのが常、というかケジメです。皇族である皇子・天皇・上皇・法皇は政争に敗れれば出家、島流しもしくは処刑されてきたのです。これは大和政権以降行われてきた政治責任の取り方です。
日清・日露・太平洋戦争、第二次世界大戦での日本の蛮行は東アジア、東南アジア、南アジアにまで及んでいます。無用な拡大主義の結果です。明確な皇族の政治責任を負わなくて済むようになったのは、織豊時代以降かと思いますが(どなたか知恵をください)、要は公家政権から武家政権から移行することで、公家や皇族の政治的な力は地に落ちて時代を掻き回すような力は無くなったのです。
しかし、江戸時代が終わり明治天皇が担ぎ上げられて、明治天皇から薩長政権への影響力はそれなりにあった。大正時代を飛び越えて昭和時代に入ると大正時代から「皇族摂政」をしていた昭和天皇は実質共に「皇族のトップ」となり、天皇を中心とする政策決定が行われてきた。ここで「天皇の戦争責任回避派」は、『天皇は閣僚の決定を不本意ながら承認してきた。』という様な言論が多い、先ほど書いたように「最終決定には組織のトップが責任を負う」のが当然である。昭和天皇自身も自身の責任について言及している。
昭和天皇がもし東京裁判にかかった際にどのような刑になるのかはわからないが、退位や蟄居なのだろうか?
ナチスドイツにおいては、最高責任者であるヒトラーは自死、二代目の首相であるゲッベルスも自死した。昭和天皇に自死は求めないまでも、なんらかの政治責任は取ってもらい、後世に戦争の愚かさを自らの身を通して示して欲しいと思う。
責任の所在をあやふやにするのは、もはや日本のお家芸になってしまった。これは昭和の大罪である。
アメリカの日本統治の思惑があったにせよ、だ。
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