空蝉-現人<うつせみ>日記

『空蝉-現人』両方とも『うつせみ』と読みます。二件の事故が元で『複雑性PTSD・鬱』になって闘病している者の日記です。

『お笑いウルトラクイズ』での差別行為、「知らなかった」では済まされぬ

2016年09月28日 17時49分43秒 | 『日本の「恥部」を晒す』

かつて、私も大好きだった『お笑いウルトラクイズ』。

この番組で数々のタレントを有名人にしていった。

にしきのあきら(錦野旦)やダチョウ倶楽部など、

その後、テレビ出演が多くなり、この番組の影響力は大(だい)だった。

そんな中で、「ワハハ本舗」の梅チャン!

かの越路吹雪の名曲『ろくでなし』で女装し、鼻から豆を飛ばすあの人です!

彼が、全身金色で覆って「ペニスサック」をして、

伊藤久男さんの代表曲『イヨマンテの夜』を歌って大爆笑を得ました。

私も笑っていましたよ。

これは北海道の「アイヌ民族」の『イオマンテの夜』は熊祭りと男女の恋を歌ったもので、

イオマンテ」とは、宗教儀式のひとつでそれをバカにするような番組は

「差別にあたる」としてお叱りを受けた。

一応、表看板は「ビートたけし」ですから、矢面に立ったようです。

たけしさんはその後、『TVタックル』で、

「だって知らなかったんだもん」と言っていたが

それは言い訳にならないですよ。と・・・

ですから、物事は深く知らないまでも「どんなものか」くらいは知るべきである。

 

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吐血後・・・

2016年09月27日 20時01分40秒 | あゝ、独居生活

吐血しましてね、一週間前かな?

「口の中」か、「腹の中」からの血でしょ!?

と言うことで、歯科と消化器内科の予約しまして、

消化器科の受診を昨日済まして、早速今日「胃カメラ」で検査しました。

「オリンパス製」でした(どうでもいいか・・・)

初めてでして、今日勤務先で去年同じく胃カメラの検査のお話を聞くと、

「二度とやりたくない!」とのことでした。

その方は「口から」とのことでした。

私は事前に「鼻から」と、言っていたので

なんだか、段階的に麻酔をかけていくのですが、

「鼻→ノド→食道」多分。

Dr.が来るまでナースのおばちゃんと無駄話。

さて、胃カメラの直径は5mmだそうで、

「まっ、死ぬわけじゃ無し」と思いつつ、

ただただ鼻にグイグイと管は入っていきました。

映像を撮影しながら、入れていくので思いの外時間は短かったですね。

で、すぐに画像を元に診察。

十二指腸から胃、食道へと見ていきましたが、

胃が少しただれているだけで、概ね良好とのこと。

後は歯科です。

 

 

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『今年も友人と再会の季節!』ーだが・・・

2016年09月24日 23時27分41秒 | 奇論、迷論人物批評

この時期になると、帰省を理由に旧友や空手道仲間と呑むのですが、

まぁ、みんな歳取ったな。と思いますm(_ _)m

ごめんなさい・・・

しかしね、若いときから呑んでますけど、

『若かったときは美男』という奴が多くて、私が盛り上げ役でずいぶん損しました。

今回も変わることないメンバーで金沢~富山をまたいで呑み続けます!

今、私はおばさんにもててます!

まぁ、今に始まった話しじゃないのですが・・・

よく言われるのは、✕1(バツイチ)のスナックのママさんね。

モテないよりはマシです。

嫌いではないのですが、「カラオケ」を年一回帰省する時に歌いますね。

前の会社ではずいぶん歌う機会もあったのですが、

こちらに来てからはトンと無いですね。

いっぱい、「仕込み」をして歌ったものです。

 

 

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帰省あれこれ・・・『苦渋の帰省』

2016年09月23日 18時35分07秒 | 複雑性PTSD・鬱闘病記

「ふるさとは遠きにありて思ふもの

そして悲しくうたふもの

よしやうらぶれて異土(いど)の乞食(かたい)となるとても

帰るところにあるまじや」

室生犀星

毎年、同じ時期に同じことを言っているようだが、

室生犀星は、私の田舎のお隣の石川県出身の詩人です。

 

室生自身は、親の顔を知らず寺の住職の内縁の妻の子として育っていきます。

それだけに回りから侮蔑に遭い、複雑な小~青年期を歩んでいます。

私は高校出て、大阪・南河内で四年間過ごして田舎に戻ってきました。

田舎に戻ると、「世間の常識、田舎の非常識」を体感しました。

それから、約十年過ごすことになりましたが、

「居辛さ」が増していくばかりで、

しかし、前職の後は新たに田舎で再就職することは選択肢にひとつであった。

縁あって、田舎から出ることになるが、この選択はいくつかあったものうちの

良い選択肢のひとつであったろうと今でも思っている。

今月末、来月の初めに帰省します。

それで今調子が悪い・・・(^_^;

 

 

 

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まだまだ研究途中・・・『昭和20年8月15日敗戦』は、明治維新までさかのぼる

2016年09月20日 00時59分22秒 | 『日本の「恥部」を晒す』

「蛤御門の変」※蛤御門は京都御所の門の一つです。

今、半藤一利さんが日中戦争つまり日本が第二次世界大戦に無謀な参戦をしたのは、

「日清・日露戦争の勝利からだ」としている。

昭和に入って、「五・一五事件」、「二・二六事件」などで党派禁止され、

陸軍の暴走が始まったのはこの二つの事件が軍部の閣内での発言を強くし、

また、閣内人事に陸相を始めとする軍隊が行動を起こして、

政府は事後公認の形で暴走していった。

その背景に存在するのは、明治維新後の戦争で「無敗」で来た奢りがあったのだろう。

明治の初内閣は、要するに「倒幕に走ったもののふの集団」であり、

「韓国併合」は、西郷吉之助(隆盛)が強く進めたものだ。

その西郷ももちろん武士である。

そして、明治政府は江戸幕府を倒した武士集団の「薩摩藩・長州藩」だ。

議会民主主義が進んだ大正時代になっても「平民宰相・原敬総理大臣」は、

在任中に『右翼少年』に殺害された。

武士社会から民主主義社会を目指すが、

「明治・大正・昭和(戦前)まで無敗」という軍の威信があり、

『有史以前からの天皇の神聖化』で、「神の軍隊という誤認」が、

例えば、「天誅」という言葉に象徴されるような「暴力の神聖化」が

結局、「1946年1月1日昭和天皇の『人間宣言』」まで、

「神の国による『特攻作戦』」や人間宣言後も

「三島由紀夫による自衛隊市ヶ谷駐屯地によるクーデターの呼びかけ」など、

右翼、新右翼による事件があった。

私には他の国は知らないが、日本は結局右傾化し、それに心酔するのか!?と、感じる。

私から言わせれば、それは「思考STOP」に似た行為である。

「流される、是も非もしない、傍観する」というのは、

れっきとした『行為』なのである。

おそらくはですよ、三島由紀夫は戦後の日本人は「腑抜けた日本人」に見えたのではないか?

結局、三島は割腹自殺を遂げる、これは「武士の行為」だ。

旧日本陸・海軍軍人は帯刀するのが、当然であったのも「武士」である。

三島の行為は昭和天皇までの天皇の神聖化を信じ続けた「青年・三島」であっただろうから、

「人間宣言」はずいぶんダメージがあったろう。

しかし、今や世は2016年である。

人間の精神世界は進歩しないのか?

私は「人類は生物の霊長である」というのは、ありゃウソだね!

 

 

 

 

 

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『バリアフリーとは?』-目に見えるものと、目に見えないもの

2016年09月18日 16時59分54秒 | 複雑性PTSD・鬱闘病記

バリアフリー体験通じ理解を 相模原市立鶴園小で教室

世の中「バリアフリー」という言葉がすっかり定着いたしまして、

それは主に「高齢者の為の住宅改装」、であるとか

視力に障害を持つ人の為の鉄道のホームの改造だとか、

車いすの方向けのフラット化などですかね?

しかしながら、「発達障害・精神障害」などの一見目に見えない障害に関しては

「バリアフリー対象外」という感じです。

「『発達障害・精神障害』に何が必要か?」

「心のバリアフリー」なのです。

昔からある「蔑視」なのです。

ある時は、「まるで生ゴミ」を扱うかのようにされる身の悲しさ。

それは場所を選ばず人を選ばず随所であるわけです。

理由は「自分と大きく違うから」です。

要するにバカなんですね(毒)

発想の許容範囲を超えているわけです。

「自分と違うものは『異常』なもの」というわけです。

さて、「心のバリアフリー」がなされるのはいつのことやら・・・

 

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空蝉の現人的こころ『私は替わったのか?』-疾患者から支援者へ

2016年09月18日 06時53分34秒 | 空蝉の現人的こころ

私が通院先の病院へ勤めるようになって丸三年が過ぎました。

当初から「ピア(精神疾患者)支援者」として、仕事をしていました。

しかし、それは国からの直結事業であったので、補正予算にも乗ることもなく、

ある年の年度末に打ち切られました。

しかし、有資格者-看護師、精神保健福祉師などは

「訪問看護」という形で続いていました。

私も最近までは看護師と共に「訪問看護」のお手伝いをしていました。

有資格者の「SP役」のようなものの役割。

その役割と共に「同じ精神疾患者の目線でのアプロ-チ」でした。

しかし、ほかの仕事との兼務で体は疲弊し、「訪問」の仕事を離脱しました。

さておき、私が入院していた時に知り合った方の近況が気になり、

LINEで聞いたところ、「あまり・・・」ということでした。

通院に関しても「薬をもらうだけ」ということでしたので、

ここからが問題で「自分の味方がいるうちに自分の疾患に正面から向き合っては?」と

送って、何回かやり取りするうちに、

失神たようでこの方の今身の回りしてくださっている人に電話で話しをしました。

その方の話によると、

「今、あなた(空蝉-現人)は、

現状を知らないでしょ?だから、タッチしないで欲しい」とのこと(泣)

私はLINEでのやりとりで自分の発言が「上から目線」だったのかもしれない。

私は「ピア・支援者」から自分の障害を気にせず「健常者支援者」ぶっていたのか?

と自己嫌悪・・・(-_-;)

悪い意味で替わったのか?

しかしながら、Dr.の見解も聞ける立場にもなったし、

相手方の情報も本人及び病院から得ることも出来るようになった。

私とすれば、本人を多角的に見られるようになったと思うのだが、

正直言って、本人の発言及び変化を目の当たりにするとそれだけが全てで

『自分が一番の理解者』と奢ってしまったのだっろう。

あ~、今までと同じパターン。

一番しんどくなっるのは、当事者なのに・・・。

健常者の「自己満」、「当事者の甘え」これではなんの前進にもならない。

しばし、静観です。

 



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今日も元気だ!?「吐血」しちゃった・・・(寒)

2016年09月18日 00時05分50秒 | あゝ、独居生活

え~(汗)。

今日朝起きましてね、弁当準備して、その後飯食って

それから、歯を磨く前に「なんだか、多量に口にたまった唾液を『ペッ!』って

吐いたら、通常のつばが真っ赤っか!!

ほとんどが「血液」でした。

「俺もとうとう・・・」

「今晩、赤飯炊こうか!」と思いました。(嘘)

明らかに「歯ぐきからの出血」でした。

仕方なく、このまま出勤。

勤め先でいつもの歯科に電話して事情を話し、次回の診察を前倒してもらいました。

とは言っても、歯科と私のスケジュールがかみ合わず、来週の金曜になりました。

とんだ吐血騒ぎでした m(_ _)m

 

 

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『相模原障害者施設殺傷事件』を受けて、支援者として、障害者として

2016年09月14日 23時58分50秒 | 空蝉の現人的こころ

相模原障害者施設殺傷事件の検証委員会を設置 神奈川県

誠に「最悪な人間」よる「最悪の事態」が起きてしまった。

結局は「法の網」を抜け出せるように「明らかな殺意」の元、犯行に至った。

犯人は施設に勤めていた時から「障害者は生きる価値が無い」などと言っていたようだ。

この言葉を受けて、「俺も生きる価値が無いのか・・・」と思いますわね。

殺傷されたのは、自分で思うように体が動かせない方々です。

だから、生きる価値が無いのでしょうかね?

私の田舎の町のも(今は市町村合併で「市」ですが)

「知的障害・発達障害」の施設が今でもありますが、

当時からやはり「触れてはいけないもの」として、

「精神的な隔離」で、外部との接触は無かったように思います。

私も「違い障害」ですが、「障害を持ったものにしかわからぬ辛さ・苦しさ」が

ありますし、家族や親せきからも距離を置かれる「悲しさ」も私も味わいました。

「相模原障害者施設殺傷事件」では犯人の入院していた

病院の退院基準の「甘さ」も言われています。

そして、「退院後のフォロー」の問題もあります。

問題を持っていて、退院した患者には病院や訪問施設が

自宅を訪れることが必要です。

そこで、「在宅のチェック」や「服薬のチェック」、「カウンセリング」などは、

今や「常識」だと思います。

ここまで「重症患者」の場合では、「即退院」ではなく、

「退院訓練」を行います。まずは家に帰って数時間だけ滞在して帰院して、

その後は、「一泊外出」から徐々に長くして行って、

ようやく退院というやり方もあります。

今仕事では、様々な支援をやらせてもらってますが、

なにせ、「半病人・半職員」ですから、仕事量の限界があります。

ざんねんながら・・・。

「障害者の人権」と「退院させることの危険性」難しい問題です。

 

 

 

 

 


 

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『私だけが・・・』論と『私じゃなく、みなさんが・・・』論、どっち?

2016年09月14日 21時33分00秒 | 複雑性PTSD・鬱闘病記

東日本、熊本、最近は関東も揺れています。

さらには、「数十年後、必ず地震が起きる」という、

あまり良い予想でない情報がありますが、既に被災された方々には

お見舞い申し上げます。

被災直後には「急性ストレス障害(ASD)」で一ヶ月を過ぎても

まだ同じ症状が進む状態を「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」になります。

心が敏感な方は、以上のような障害になりがちで、

即、治療に入らなければ、私のように17年も引きずることになります。

よくあるのは、「私だけが、大変な目に遭っている」という思いです。

これは経験者の口から言いますと、

「泥沼状態」であがけばあがく程、沈んで行きます。

それから、「私はいいから、他の人を助けてください」という

自分が傷ついているのにも関わらず、他人を優先させる方です。

これも同じように早く治療に入らないと、傷は深まるばかりです。

心の復興は、「みんなが同じスタートライン」で行うべきで

誰も「置いてけぼり」をしてはいけません。

「物・心」両面で復興が待たれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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