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永井ふさ子さん 斉藤茂吉、愛の手紙をよせて

2011-06-04 17:38:54 | Weblog

 斎藤茂吉・愛の手紙によせて  永井ふさ子著

齋藤茂吉と妻輝子。じつに大変な夫婦である。前項でみたように輝子はちょっと尋常じゃなかった。

同様にいっぽうの茂吉もどうにも埒外なところがある。


 輝子のスキャンダルは茂吉にとってショックだった。

茂吉は輝子に別居を命じる。さらに反省を求め、輝子を郷里上山の弟が経営する旅館「山城屋」に預ける。

そして茂吉は心痛を紛らわせるように人麿研究に邁進する。

しかし心に開いた穴は埋められない。


スキャンダル事件の翌九年九月、正岡子規三十三回忌歌会が向島百花園で催された。

その折、茂吉は若く美しい女性と声を交わす。永井ふさ子である。


 明治四十三年、ふさ子は愛媛県松山市に医院の四女として生まれる。

子規と遠縁に当たる。アララギに入会したてで、歌会への参加は初めてだったが、子規との縁で話が弾んだらしい。

ときに茂吉五十二歳、ふさ子二十四歳。

それから二度ばかり会ううち、ふさ子は茂吉の家庭事情を知り、同情がやがて恋情へとうつろってゆくのを感じつつ、その年の暮れ松山へ帰る。日置かずに手紙が届く。

 

光放つ神に守られもろともに あはれひとつの息を息づく

斎藤茂吉が上の句、永井ふさ子が下の句

あんずの花―永井ふさ子歌集

 

永井ふさ子

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秩父吟行会にて 昭和9年ころ(同書より)

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永井ふさ子と斎藤茂吉は、松山市でデートしてますよ。

漢詩、短歌、俳句、ふさ子さんあてに恋文が送られてくる。

ふさ子さんも短歌や漢詩などを送り、先生に教えてもらってた。推敲の様子など文学的にもお勉強になります。

人麻呂以上だと、文壇でも好評です。

茂吉追慕―永井ふさ子書簡より 

 


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