前書きです。
妄想も、10話めになりました。
このお話の、種は、「Excite!」のMCです。
ひなちゃんの誘いを、かたくなに断るすばる君。
今までのものより、若干、長いので、シーンごとに、区切りがあります。
続きで、本編・プロローグです。
あの日、
私は、彼を見つけてしまった。
急に降り出した雨に、家路を急ぐ人々。
公園脇の、駅へと抜ける細い路地の一角。
薄闇に紛れて佇む、雨に濡れたままの人影。
何気なく、通り過ぎようとした私の耳に、
かすかに、消え入るように聞こえたのは、子猫の声だった。
足元の小さなダンボール箱の中を、
その人影は、ただじっと、見つめていた。
拾い上げるわけでもなく、
手にした傘を差し掛けるわけでもなく、
かといって、見捨てるわけでもなく。
ただ、じっと、足元を見つめて立ち尽くしていた。
誰かに捨てられ、置き去りにされ、
雨に濡れながらも、
それでも、必死に鳴声を上げ続けている猫。
後に、彼自身が語るように、
それはまさに、
あの頃の彼自身の姿に違いなかった。
なぜ、
彼に声をかけたのか。
見ない振りをして、通り過ぎることだって、出来たのに。
「猫、捨てるの?」
私の声に、驚いたようにこちらを向いた彼は、
慌てたように、かぶりを振った。
「違う、俺じゃないわ」
「ふうん、拾わないの?」
私の言葉を無視するかのように、
彼は無言のまま、また子猫に視線を落とした。
「このままだったら、この仔、確実に死んじゃうわね」
彼の身体が、少し震えるのがわかった。
私の声を無視しているわけではないようだ。
けれど、彼は黙ったまま。
『返事くらいしたって、いいのに』
そう思いながら、
私は頭の中で、必死で、
猫をもらってくれそうな友達を探していた。
このまま、この猫をここに残していくのは、
後味が悪い。
それは、彼も同じだったのかもしれない。
しばらくの沈黙のあと、
意を決したかのように、彼が口を開いた。
「動物、可愛いけど、苦手やから、拾われへん。
面倒も、ようみんし」
続いて聞こえたのは、小さな小さなつぶやきだ。
「連れて帰ったら、またオカンに叱られる」
以前にも同じことが、あったかのような口ぶりだ。
「けど、見捨てていくのも、できん・・・」
搾り出すかのような声だった。
『ああ、だから、見てるだけだったんだ』
彼が立ち尽くしていた意味はわかったけれど、
問題が解決したわけではなかった。
相変わらず、子猫は鳴き続けている。
「誰か、心あたりはないの?」
問いかけた私のほうを、
彼は今度も、見ようとしない。
「捨てた奴に、心あたりなんかないわ」
ぶっきらぼうな物言いだったけれど、返事は返ってきたわね。
会話、成立してないけど。
「違う、捨てた人じゃなくて、
もらってくれそうな人よ」
「そんなん、なおさら知らんわ」
「困ったわね」
「自分、飼えんの?」
あ。
初めて、私に関心を払ったわね。
目はあわせてくれないけど。
「あいにく、アパートだからね」
即答したものの、
嘘じゃないけど、必ずしも、真実じゃない。
だって、みんな、内緒で飼ってるもの。
大家は遠くに住んでるから、滅多に顔をあわせないし、
住人だって、半ば黙認状態だ。
「そうなんや・・・」
あからさまにがっかりしたような雰囲気の彼に、
つい、仏心が顔を出す。
「飼って、飼えないことはないけど・・・」
「飼えるの?」
咄嗟に、こちらを向いた彼と、初めて目があった。
真っ直ぐに、なんの疑いもなくこちらを見た、と思った瞬間、
すぐに、彼は視線を逸らしてしまった。
?
子猫よりも、彼の態度の方が気になる。
「でも、家、ここから遠いのよ。このコ連れて電車・・・」
「飼ってくれるんやったら、オレ、送る。車やから」
車って・・・?
免許持ってる年齢なの?
どうみたって、まだ高校生くらいにしか・・・
仕方ないか。
乗りかかった船だし。
なんだか、このまま、この少年と別れてしまうのも、気がかりで・・・
そうして、
私は猫と一緒に、
結果として、彼も拾ってしまったことになる。
付き合い始めてわかったこと。
彼が、極度の人間不信で、人見知りだってこと。
だから、人の目を見て、話せないこと。
そのくせ、キレイな女の人が大好きで、
ごくごく普通に、男の欲望を隠さないこと。
きまって選ぶ女の子は、どこか少しだけ、「オカン」に似てること。
やんちゃな姿をしてるくせに、淋しがりやで、甘えたなこと。
だけど、束縛を何より嫌うこと。
オトナぶっていても、年相応に我儘なこと。
自分の将来が見えなくて、イラつき、迷っていること。
右手に刻んだ傷痕に、縛られ続けていること。
それでも。
決して、自分自身を見捨てていないこと。
自らの力だけ、信じようとしてること。
私は、なにより、そんな彼が愛しかった。
少年の姿に、垣間見せるオトナの表情。
屈託なく笑う声も、
照れて横を向いた、はにかんだ笑顔も、
全身で表す怒りも、
拗ねて横を向いた、子供のような仕草も、
私の名を呼ぶときの、わずかなためらいも、
私に触れる手のひらの温もりも、
かすかに漂う彼の香水も、
タバコの匂いですら。
私に向けられていた彼の全てが、
ただ、愛しかっただけ。
ただ、
たったひとつ。
私の心に、トゲのように刺さるもの。
良くも悪くも、彼が若いこと。
一つところに留まっているには、
あまりにも好奇心が旺盛で、自由がすぎること。
思い返せば。
あの頃の彼を取り巻く環境は、
彼自身の力だけでは、如何ともし難かったのは事実。
仕事があまり上手くいかない不満も、
将来に対する不安も、
自らの未熟さを彼に思い知らせるばかりで、
確かに彼にあったはずの希望すら、
奪いかねない状況だったのだろう。
でも、だからといって。
彼が何をしても許せるほどに、私はオトナではなく、
けれど、
素直にヤキモチをやくほど、
少女でもなかった。
見ないフリをして、気づかないフリをして。
彼だけでなく、
私自身をも騙し続けて。
自らに潜む醜悪な感情を、
どうにか押さえ込んでいてでも。
私は、彼の隣にいたかった。
我儘だと、わかっていても、
彼が一番嫌うことだと、気づいていても。
私にとって、彼が全てになりつつあったから。
彼がそばにいることは当たり前になって、
彼なくしては、私の世界が回らなくなった頃、
私の中で、なにかが、弾けた。
彼の仕事が、いつからか、少しずつ動き始めて、
それまでのように、
自由に会うことも、愛し合うことも、ままならなくなって 、
私たちは、あのクリスマスを迎えた。
前編へ続く
妄想も、10話めになりました。
このお話の、種は、「Excite!」のMCです。
ひなちゃんの誘いを、かたくなに断るすばる君。
今までのものより、若干、長いので、シーンごとに、区切りがあります。
続きで、本編・プロローグです。
あの日、
私は、彼を見つけてしまった。
急に降り出した雨に、家路を急ぐ人々。
公園脇の、駅へと抜ける細い路地の一角。
薄闇に紛れて佇む、雨に濡れたままの人影。
何気なく、通り過ぎようとした私の耳に、
かすかに、消え入るように聞こえたのは、子猫の声だった。
足元の小さなダンボール箱の中を、
その人影は、ただじっと、見つめていた。
拾い上げるわけでもなく、
手にした傘を差し掛けるわけでもなく、
かといって、見捨てるわけでもなく。
ただ、じっと、足元を見つめて立ち尽くしていた。
誰かに捨てられ、置き去りにされ、
雨に濡れながらも、
それでも、必死に鳴声を上げ続けている猫。
後に、彼自身が語るように、
それはまさに、
あの頃の彼自身の姿に違いなかった。
なぜ、
彼に声をかけたのか。
見ない振りをして、通り過ぎることだって、出来たのに。
「猫、捨てるの?」
私の声に、驚いたようにこちらを向いた彼は、
慌てたように、かぶりを振った。
「違う、俺じゃないわ」
「ふうん、拾わないの?」
私の言葉を無視するかのように、
彼は無言のまま、また子猫に視線を落とした。
「このままだったら、この仔、確実に死んじゃうわね」
彼の身体が、少し震えるのがわかった。
私の声を無視しているわけではないようだ。
けれど、彼は黙ったまま。
『返事くらいしたって、いいのに』
そう思いながら、
私は頭の中で、必死で、
猫をもらってくれそうな友達を探していた。
このまま、この猫をここに残していくのは、
後味が悪い。
それは、彼も同じだったのかもしれない。
しばらくの沈黙のあと、
意を決したかのように、彼が口を開いた。
「動物、可愛いけど、苦手やから、拾われへん。
面倒も、ようみんし」
続いて聞こえたのは、小さな小さなつぶやきだ。
「連れて帰ったら、またオカンに叱られる」
以前にも同じことが、あったかのような口ぶりだ。
「けど、見捨てていくのも、できん・・・」
搾り出すかのような声だった。
『ああ、だから、見てるだけだったんだ』
彼が立ち尽くしていた意味はわかったけれど、
問題が解決したわけではなかった。
相変わらず、子猫は鳴き続けている。
「誰か、心あたりはないの?」
問いかけた私のほうを、
彼は今度も、見ようとしない。
「捨てた奴に、心あたりなんかないわ」
ぶっきらぼうな物言いだったけれど、返事は返ってきたわね。
会話、成立してないけど。
「違う、捨てた人じゃなくて、
もらってくれそうな人よ」
「そんなん、なおさら知らんわ」
「困ったわね」
「自分、飼えんの?」
あ。
初めて、私に関心を払ったわね。
目はあわせてくれないけど。
「あいにく、アパートだからね」
即答したものの、
嘘じゃないけど、必ずしも、真実じゃない。
だって、みんな、内緒で飼ってるもの。
大家は遠くに住んでるから、滅多に顔をあわせないし、
住人だって、半ば黙認状態だ。
「そうなんや・・・」
あからさまにがっかりしたような雰囲気の彼に、
つい、仏心が顔を出す。
「飼って、飼えないことはないけど・・・」
「飼えるの?」
咄嗟に、こちらを向いた彼と、初めて目があった。
真っ直ぐに、なんの疑いもなくこちらを見た、と思った瞬間、
すぐに、彼は視線を逸らしてしまった。
子猫よりも、彼の態度の方が気になる。
「でも、家、ここから遠いのよ。このコ連れて電車・・・」
「飼ってくれるんやったら、オレ、送る。車やから」
免許持ってる年齢なの?
どうみたって、まだ高校生くらいにしか・・・
仕方ないか。
乗りかかった船だし。
なんだか、このまま、この少年と別れてしまうのも、気がかりで・・・
そうして、
私は猫と一緒に、
結果として、彼も拾ってしまったことになる。
付き合い始めてわかったこと。
彼が、極度の人間不信で、人見知りだってこと。
だから、人の目を見て、話せないこと。
そのくせ、キレイな女の人が大好きで、
ごくごく普通に、男の欲望を隠さないこと。
きまって選ぶ女の子は、どこか少しだけ、「オカン」に似てること。
やんちゃな姿をしてるくせに、淋しがりやで、甘えたなこと。
だけど、束縛を何より嫌うこと。
オトナぶっていても、年相応に我儘なこと。
自分の将来が見えなくて、イラつき、迷っていること。
右手に刻んだ傷痕に、縛られ続けていること。
それでも。
決して、自分自身を見捨てていないこと。
自らの力だけ、信じようとしてること。
私は、なにより、そんな彼が愛しかった。
少年の姿に、垣間見せるオトナの表情。
屈託なく笑う声も、
照れて横を向いた、はにかんだ笑顔も、
全身で表す怒りも、
拗ねて横を向いた、子供のような仕草も、
私の名を呼ぶときの、わずかなためらいも、
私に触れる手のひらの温もりも、
かすかに漂う彼の香水も、
タバコの匂いですら。
私に向けられていた彼の全てが、
ただ、愛しかっただけ。
ただ、
たったひとつ。
私の心に、トゲのように刺さるもの。
良くも悪くも、彼が若いこと。
一つところに留まっているには、
あまりにも好奇心が旺盛で、自由がすぎること。
思い返せば。
あの頃の彼を取り巻く環境は、
彼自身の力だけでは、如何ともし難かったのは事実。
仕事があまり上手くいかない不満も、
将来に対する不安も、
自らの未熟さを彼に思い知らせるばかりで、
確かに彼にあったはずの希望すら、
奪いかねない状況だったのだろう。
でも、だからといって。
彼が何をしても許せるほどに、私はオトナではなく、
けれど、
素直にヤキモチをやくほど、
少女でもなかった。
見ないフリをして、気づかないフリをして。
彼だけでなく、
私自身をも騙し続けて。
自らに潜む醜悪な感情を、
どうにか押さえ込んでいてでも。
私は、彼の隣にいたかった。
我儘だと、わかっていても、
彼が一番嫌うことだと、気づいていても。
私にとって、彼が全てになりつつあったから。
彼がそばにいることは当たり前になって、
彼なくしては、私の世界が回らなくなった頃、
私の中で、なにかが、弾けた。
彼の仕事が、いつからか、少しずつ動き始めて、
それまでのように、
自由に会うことも、愛し合うことも、ままならなくなって
私たちは、あのクリスマスを迎えた。
前編へ続く