アンコール・ワットの歌をどこかで読んだ気がして、やっと思い出しました。
佐藤佐太郎です。
『形影』(1970)、佐太郎がアンコール・ワットを旅したのは、
1968~69、59歳のときです。
もちろんまだ内戦以前の時代。
歌からのイメージですと、ジャングルをわけいった廃墟です。
寺院址のアンコール・ワット(18首)だけでなく、
都城址のアンコール・トム(18首)またその周辺(20首)にも訪れているようです。
アンコール・トム
・石だたみきよきバイヨンの廊のまへチークの花のめにたたずに散る
・石を積み四面に顔をきざみたる石の塔あまたむらがりて立つ
・闘鶏図あれば足たゆく立ちどまり長き回廊の壁を見てゆく
・落葉ふみ木の根ふみてたもとほる廃墟ゆゑよこたはる石塊も踏む
アンコール・ワット
・アンコール・ワットの濠にほてい葵の花うごかして水牛沈む
・在天の象徴として灰青の五つの塔黒き回廊のうへ
・アンコール・ワットの塔は午後の日にひとかたかげる空のしづかさ
・ただよへる暑さのにほひ婆羅門の神話をきざむ石壁つづく
・石壁のつづく回廊遠くより通ふ風ありとおもへば通ふ
・回廊と回廊のあひだ低くして石しづかなるところを歩む
・巨大なる石ひとつあり仏石かヴィシュ聖足か曖昧にして
・崩壊のあとの石塊にしばし立つ虚しきものは静かさに似る
アンコール・ワット処々
・朝ゆゑに林のなかは暑からずプラ・カーン参道のチークの落葉
・回廊のなかにはびこる木の根にも馴れてあやしまずレリーフを見る
・男根を象徴とせるリンガを置くいくたび見てもこころよからず
・幾條の幹とも根ともつかぬもの門の仏頭をおほひて生くる
この1968~69という年は、アンコール・ワットだけでなく、
各地に小旅行に出かけ、数々の名作を残しているようです。
「冬山の青岸渡寺(せいがんとじ)の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ」
「真上より光さしくる石壁のしづかさ石の吐く霧うごく」など
有名な歌もこの時期の旅行詠です。
前年の入院を経て、何か期するところがあったのでしょう。
ジャングルを歩きながらの取材は体にこたえないはずはありません。
命がけの「写生」でありました。
佐藤佐太郎です。
『形影』(1970)、佐太郎がアンコール・ワットを旅したのは、
1968~69、59歳のときです。
もちろんまだ内戦以前の時代。
歌からのイメージですと、ジャングルをわけいった廃墟です。
寺院址のアンコール・ワット(18首)だけでなく、
都城址のアンコール・トム(18首)またその周辺(20首)にも訪れているようです。
アンコール・トム
・石だたみきよきバイヨンの廊のまへチークの花のめにたたずに散る
・石を積み四面に顔をきざみたる石の塔あまたむらがりて立つ
・闘鶏図あれば足たゆく立ちどまり長き回廊の壁を見てゆく
・落葉ふみ木の根ふみてたもとほる廃墟ゆゑよこたはる石塊も踏む
アンコール・ワット
・アンコール・ワットの濠にほてい葵の花うごかして水牛沈む
・在天の象徴として灰青の五つの塔黒き回廊のうへ
・アンコール・ワットの塔は午後の日にひとかたかげる空のしづかさ
・ただよへる暑さのにほひ婆羅門の神話をきざむ石壁つづく
・石壁のつづく回廊遠くより通ふ風ありとおもへば通ふ
・回廊と回廊のあひだ低くして石しづかなるところを歩む
・巨大なる石ひとつあり仏石かヴィシュ聖足か曖昧にして
・崩壊のあとの石塊にしばし立つ虚しきものは静かさに似る
アンコール・ワット処々
・朝ゆゑに林のなかは暑からずプラ・カーン参道のチークの落葉
・回廊のなかにはびこる木の根にも馴れてあやしまずレリーフを見る
・男根を象徴とせるリンガを置くいくたび見てもこころよからず
・幾條の幹とも根ともつかぬもの門の仏頭をおほひて生くる
この1968~69という年は、アンコール・ワットだけでなく、
各地に小旅行に出かけ、数々の名作を残しているようです。
「冬山の青岸渡寺(せいがんとじ)の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ」
「真上より光さしくる石壁のしづかさ石の吐く霧うごく」など
有名な歌もこの時期の旅行詠です。
前年の入院を経て、何か期するところがあったのでしょう。
ジャングルを歩きながらの取材は体にこたえないはずはありません。
命がけの「写生」でありました。