読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

高野秀行 「ワセダ三畳青春記」

2007-10-23 00:26:27 | 本の感想
 今年の夏、何気なく書店で手に取った文庫本「ワセダ三畳青春記」以来、高野秀行の本にはまっている。これは著者が11年間暮らした古い木造アパートの生活を描いた実話らしいのだが、私は最初これを何か別な小説と勘違いして、フィクションだとばかり思っていた。だって、登場人物がみんな変。主人公はもとよりアパートの住人、友人、後輩、アパートの大家さんに至るまで、変な人ばかりなのだ。しかも主人公「私」は早稲田の学生らしいが、例の悪名高き探検部の所属だ。大真面目にUFO基地の調査をしたり、植物性幻覚物質(サボテンだのチョウセンアサガオだの)を試したり、「河童団」という水泳チームを組織して水泳大会に出たり、学校には行かずに、およそロクでもないことばかりしている。その合間に「テレビのクイズ番組のネタ探しで」アフリカに行ったり、コンゴで怪獣探しの旅をしたり、その体験を本に書いたり、いくらなんでも現実離れしている。なんせ最初に書いたその本の題名が「幻獣ムベンベを追え」ですよ。てっきりギャグだとばかり思っていた。
 
 それがギャグではなく実話だと気づいたのは、本を床に落とした時だった。落とした本を拾い上げるときにカバーの折り返しにある「集英社文庫 高野秀行 作品」に「幻獣ムベンベを追え」とちゃんと書いてあったのだ。えっ!ほんと?これ全部ホントの話?私は何度も本をめくったりひっくり返したりした。じゃあ、大学6年だか7年だかで卒業が危うかったのに、たまたま巡り合ったコンゴの小説家の本をを翻訳したことが卒業論文として認められたために卒業できたとか、ビルマの奥地でケシ栽培をしてアヘン中毒になったとか、その体験記「アヘン王国潜入記」が英訳されてTIME誌からインタビューされたとかってのもホント?うっわー、この人おもしろい。こういう人は大学を卒業するなんて小さいことに拘らず、ぜひ世界を飛び回っていただきたい。
 ということで、次に読んだのは「アヘン王国潜入記」。それから「西南シルクロードは密林に消える 」。どちらも抱腹絶倒で、本人が大真面目に淡々と事実を書いているのがよけいおかしかったりするのだが、実際には命がけのルポルタージュ だ。私だったら2,3回死んでいますね。
 
 と、笑いながら読んでいたら、ミャンマー(ビルマ)で、デモを取材中のジャーナリスト、長井健司さんが銃撃されて亡くなったという事件が起きて笑いごとではなくなった。なんて危ないところだろう。高野氏の本にはミャンマーの歴史や実情が裏の方まで書いてあって非常にわかりやすい。まさにタイムリーだった。今回の事件がきっかけとなって、国際社会の関心が集まり、ミャンマーの政権が変わればいいなあと思うのだが、道はまだ遠いようだ。

 著者について検索をしていたら公式ブログがあった。
 高野秀行オフィシャルサイ
 スケジュールを見ると、2007年は、「1月15日 インド行きを祈願し自転車で神頼みの旅に出る。」と書いてあるきりなので、ちゃんと無事お帰りになったのだろうかと一瞬不安に思ったけど、オフィシャルブログも稼働していて大丈夫そう。

 「ワセダ三畳青春記」で私がもっとも「おもしろい」と思ったのは最後の章「遅すぎた『初恋』」。33歳にしてはじめての恋人が出来、アパートに泊まったその人を、朝、地下鉄の駅まで送って行く。見送るときのせつなさに耐えられなくて、つい切符を買ってついて行き、途中の駅、彼女のアパートまでと見送る距離がだんだん延びていく。つまり、彼女と一時も離れているということがつらくて耐えられないのである。ついに彼女と一緒に住むことになり、あの住み心地のよいアパートを離れることになる。ああ、普通だ。なんて普通なんだろう。ここらへんの心情は私のうん十年前の体験を思い出しても実によく理解できる。この常人離れした経歴の著者が、恋をしたとき、はじめて私に理解のできる「普通の人」に見えたのだった。