どんなに現状が満たされていても、どんなに楽しくても...
どこか、心のパズルのピースが1つだけ埋まらない感覚がいつも私にはあった。
それが何なのかわからずにいたが、ある日それが
ピタッとはまる瞬間がある。
その時は分からなかったが、数時間経って「あぁ...やっぱりこれだったんだな」と気がついた。
昨日はそんな一日だった。。
とても穏やかで、安らぎに満ちた
何とも言えない気持ちに満たされている。
誰でもこんな風に、心のパズルの幾つかのピースが埋まらず、僅かな虚無感を抱いているのかもしれない。
そして、たとえ埋まったとしても、又無くしてしまうかもしれないという不安もあるだろう。
日々の中で漠然と「ああなったらいいな...」と現実味を帯びなくても叶うなら幸せだろうな..と思う事....
そんな事がある日突然、引き寄せた様に叶う事がある。奇跡の様な瞬間を、これまで何度か経験してきた。
人との縁にしても、仕事にしても、恋愛にしてもそうだったし、欲しいものも偶然や奇跡の様に手にした事もあった。
ただ、その漠然とした想いは、強く願う事によって叶った様な気がするし、そこに至るまでの苦悩や葛藤で涙した事も数え切れないほどあった。
単純な私は、何の根拠もなく、自分の人生は「ツイてる!運がいい」と言ってきた。
単に運がいいと思い込んでた事がかえって良かったのかもしれない。
辛く心折れそうな事が沢山あっても、逃げずに乗り越えた先に
必ず何かしら「ありがたいなぁ」と心から思う様な事象に必ずあう。
思えばその繰り返しの人生だ。
求めても得られない事を思い悩み、心かき乱された時期もあったが、今思えば全ての事が
私の肥やしとなり、力となったと思える様になった。
パズルのピースが埋まった瞬間は、感情が高揚する事もなく、浮ついた気持ちにもならず...あんなに穏やかだったのは、きっと
それまでの時間が私を強くしてくれたんだと思った。
色んな事が上手くいっている時、恵まれてると感じる時、その事象に決して甘んじる事なく、常に自分を内省し言動を慎む事、律する事忘れてはいけないと思うよになれた。
これまで、あんなに執着していた幾つかの事が
どうでもよくなって笑って流せる様になった。
過去を悔やまず、悔いなく生きてこられたのも
無くしたピースを探すため自分に与えられた
課題なのかもしれないと思っている。
そう考えると、人生において無駄な経験など何一つない。後悔する事も何一つない。
事象や人への囚われ、執着から離れ
自分を解放できた時、ふっと...その探していたピースは向こうからやってくるのかもしれない。
悩みや不幸の根っこは、執着や囚われ、思い込み、偏見、幾つかの根っこが必ずある。
その根っこを掘り出して、理解していくと、自分の湧き上がる不安や悲しみからくる衝動も抑える手段がわかり、手放すのも恐れなく簡単なのかもしれない。
手放した時に初めて
求めない生き方、嫌われてもいいやと思う生き方ができる様になるのだろう。
そして本来の自分と、安らぎを取り戻す事ができるのだろう。