こくおう
「おお ふるかわ よ
それは ほんとうの
ゆうしゃだけが もつという
けんけつカード
そなたに どんなひがみや
ねたみも つつみかくすという
このバンダナを さずけよう
そのいつわりのあいで このくにを
もっとうつくしいくにに してくれ」
ふるかわ は
「キティちゃんのきいろいバンダナ」をてにいれた!
っと、こんばんは!
キャー(≧▽≦)ーッ
またまた献血に行ってきましたよ!
(400mlの場合)献血出来るのは年に最高4回なのですが、
1回400ml × 4
1600ml!?
こえー
自分の血がアクエリアスの2Lペットボトルに8割溜められる。
こえー
しかしまぁ、なんで献血に行くのかと聞かれると分からないというのが答え。
(^^;
「誰かのため」という想像力は残念ながら持ち合わせていないし、「いつか自分が必要になった時にきっと輸血に助けてもらうから」とも言えません。性病の検査代わりに行っているわけでもありませんし、毎回貰えるグッズが欲しいわけでもありません(実用的なものを貰える分にはもちろん嬉しいですが)。
じゃあ何なのか。
そこで、「自己実現の一環」、ないし「社会の中で生きている実感」の為、というのはなんだか客観的過ぎるのだろうと感じます。
「
献血したい!」と思っているわけでもありませんw
血流が良くなるよう、なんとなく手をグーパーグーパーさせながらベッドに横たわって
「なんなんだろうなー? でもこれって誰かの為になっているんだよな。
でも全然実感が無いぞ… 献血ルームの前に『
救急の患者さんの為に! 』とかいったノボリが出ていたらそれはそれで嫌だな。そんな確信めいたものは持っていないや。
でもそんな僕の気持ちとは別のところでは絶体絶命の命のやりとりが繰り広げられていて、僕の、とは言わない、でもこうやって献血をしている人たちの血液によって誰かが生き長らえているんだなー あー まぁそんなんは想像以上に根拠の無い妄想だけれどね。
けれどそんな曖昧なもんの為に献血してんのかな? そんなハズは無いな。まがりなりにも痛みと体力を必要とされる行為なんだと経験として知っていて、体(魂)がなんらかの理由で献血を是として、足を献血ルームに向かわせているんだから、何か本能的な肯定があるはずだ。しかし、この生々しい現実と、行為に対するあやふやな認識のギャップは何だ…?
まぁ! 今のところは答えは見つからなくてもいいじゃないか。
答えなぞは、「見つけるもの」と思い込んでいるけれど、実際は自分でこねくりまわして創りあげるものなのだろうから、そう、なんだ、どうでも良いだろう。
何? 誰かの命が救われた?
そうなんだ。まぁ、それはそれで良いことじゃないか。」
そうボーっと考えていると、
「はーい。ありがとうございます。
針だけ抜きますねー」
と献血が終わるのです。
「…えっ、ふるかわって意外に(やっぱり?)イイ男じゃん!
もぅ、普段もそうやってちゃんと振る舞ってよ。 バカ…」
と思った方はメールに3サイズと今日の記事がどれくらい素敵だったかを書いて僕の携帯まで送ってください! 3サイズによっては交際も考えますよっ!
キャーヾ(≧▽≦)ツーッ。
※アルクェイド(B88 W55 H85)以下
不可