漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

【邪淫の母】

2018年07月15日 | ものがたり
【邪淫の母】

越前の国、大野の里の刀自女(とじめ)は、
顔立ち美麗にして、生まれながらの淫逸(いんいつ)なれば、

色よき男とみればすぐに誘い、
情交するを生きがいと心得る、淫(みだ)らな横着者なり。

この女、まだ女ざかりを過ぎずして死す。

それより長き年月過ぎて後、

紀州の人、寂林法師(じゃくりんほうし)は、
国を離れ他国を巡歴しつつ仏道の修行に努め、ついに法を修む。

この人、加賀に来たりて、
畝田と云う村の古寺に逗留する時、

一夜の夢に会う。

寂林が森の中の道を東へ行く時、
道端の草むらの中より、

肥え太った女、
赤裸のままにて 這い出でたり。

その双の乳首からは膿が垂れ、
大きく腫れあがり垂れた乳房を押さえ「痛し、痛し」と泣く。

寂林、哀れに思い、
「汝はいかなる女ぞ」と問うと、

女はうめく息の下から、

「我は越前の国は大野の里、
 横江の臣成人(よこえのおみなりひと)の母なり。

我、年若き頃、

男と気ままに情交を重ね家を忘れ、
まだ幼き乳呑児をもかえりみず、故に子らは乳に飢える。

ことに子の中でも、
年下の成人は はなはだ飢えたり。

その罪により、いまこの責め苦に逢う。

女、寂林に向いて、
「如何にかして、この罪をまぬがれさせたまえ」と手を合わせる。

寂林、夢より醒めてなお、不思議の思いをなし、

かの里を訪ね、
村で人に訊けば、「我こそ その成人なり」と云う。

その人に向かい、
不思議の夢を語れば、

「我、幼き時より母より離れて知らず、

 ただ我には姉あり、
 尋ねれば 事の次第を知るやもしれぬ」と云う。

よりて姉を呼び事情を話せば、
大きに姉は驚き、

「その夢は真実(まこと)のことにて、

 我らの母君は男に愛欲せられ、
 家を空け乳を惜しみて、子に乳を賜らざりき」と云う。

成人、これを聞きて涙を流し、

「我は覚えの無きことゆえ、
 我が母のこととて、あだには思えず。

 何とぞ、法師の徳をもって母の罪を許したまえ」と泣く。

それより仏を造り、経を写し
母の罪をつぐなう法事を終えてのち、

刀自女、再び寂林の夢に現れ、
「今は我が罪まぬがれたり」と言いて、

子らや寂林に謝しつつ、静かに消ゆ。


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※ 日本最古の仏教説話集
 「日本霊異記」より二編を抜きだし脚色。



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