江戸代の噂話を集めた書物にある話。
【狐を化かした男】その前半
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京都、四条あたりに住まう馬方に、又市と申す者これ有りそうろう。
又市ある夜、
木幡のあたりを通りそうろう節、 (木幡→こばた→京都市の南、当時は淋しい村里)
いかにも麗しき女人まいりそうろて申すには、
「わたくし、これより京都へと参るべくそうろうが、
もはや くたびれ申しそうろう間、
その馬にお乗せくだされまじくそうろうや」と、申しそうろう処に、
又市、存じ当たりは、
「かねがね、この木幡あたりには、
性悪の狐、化け出で、人をだましそうろう間、これこそ、かの狐にてそうらわん」
とて分別(ふんべつ)致し、
「いかにも乗せ申すべくそうろう間、乗りたまえ」と申しそうろう。
かの女、
「かたじけなし」と申しそうろうて、乗り申しそうろう処に、
又市、申しそうろうは、
「夜中にてもあり、
女生(にょしょう)のことにてもそうろう間、
落ちそうろうて怪我でも致しては如何(いかが)と思われる間、
少々、痛みそうろう分には堪忍(かんにん)致されそうらえ」
と申しそうろうて、
荷物縄にて 確とくくり付け、まかり帰り行きそうろう由(よし)。
やがて住み家の前を通りそうらえば、
女房・子共を呼び出し、
「ヤアヤア、松葉を出だしそうらえ、
狐を連れ来たりそうろう間くすべ殺し申すべし、皆々寄りて、くすべよ、くすべよ」
と申しそうらえて、
ひたすら くすべ申しそうらえば、
女、ことの外、嫌がり申しそうろうに付き、
又市、申しそうろうは、
「おのれ、このままくすべ殺す筈にてそうろう、
しかしながら、汝(なんじ)が正体をあらわしそうらえば別なり」と申しそうらえば、
麗しき女は果たして狐に戻りそうろう。