漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

村の鍛冶屋

2021年04月27日 | はやり歌 文芸 漫画

近所のスーパーへ、
ヒルメシの買い出し行ったら表に列ができている。

いつも閑散としている店なので、
「はてな」と思いながら中まで入ったら、

行列の先頭には、
「刃物研ぎ」と書いた幟旗(のぼりばた)。

ははぁ、ナルホド
皆さん自宅で使う包丁を持って駆け付けて来たと云う分けか。

どの奥様方も、
順番が来るまで辛抱強く待っているのだが、

その退屈そうな人の列へ向かい、
キビキビとテンポの良い「村の鍛冶屋」が流れているのが、

ちょっとユーモラスでした。

この労働歌、ウィキペディアにはこうある。

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 【村の鍛冶屋】

 作詞者・作曲者ともに不詳。
 初出は大正元年の「尋常小学唱歌」。

 歌詞が換えられながら、
 全国の小学校で長く愛唱されてきた。

 だが昭和30年代頃から
 農林業が機械化するにつれ野道具の需要が激減し、

 野鍛冶は成り立たなくなり次第に全国の農村から消えていく。

 この歌にある
 鍛冶屋が働く光景が身近でなくなると、

 この歌も削除され始め、
 昭和60年にはすべての教科書から消滅した。

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私の子供のころにはまだ村にも鍛冶屋があり、
鎌(かま)や鉈(なた)、鋤(すき)鍬(くわ)などを打ってました。

いま、こう書いていて驚いたのが、
鎌、鉈、鋤、鍬にすべて振り仮名が居ること。

振り仮名どころか、
こう云う道具を見た事のない人の方が多いのではなかろうか。

なにしろ、
急激な農業の近代化で、

肝心の農家にさえ、
これらの諸道具が揃っているかどうかあやしいものね。

まぁ、鍛冶屋は消えたけど、
私の記憶には歌詞がシッカリ残ってます。

尤も、改変された戦後用の歌詞ですけれどね。

歌詞として見るなら、
出来た当初の詞が一番いいと思います。
  
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 一、
 暫時しばしも止まずに槌打つ響
 飛び散る火の花 はしる湯玉
 ふゐごの風さへ息をもつがず
 仕事に精出す村の鍛冶屋

 二、
 あるじは名高きいつこく老爺(おやぢ)
 早起き早寝の病(やまひ)知らず
 鐵(てつ)より堅しと誇れる腕に
 勝りて堅きは彼が心

 三、
 刀はうたねど大鎌小鎌
 馬鍬に作鍬(さくぐは)鋤よ鉈よ
 平和の打ち物休まずうちて
 日毎に戰ふ 懶惰(らんだ)の敵と

 四、
 稼ぐにおひつく貧乏なくて
 名物鍛冶屋は日日に繁昌
 あたりに類(るひ)なき仕事のほまれ
 槌うつ響にまして高し

  
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