漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

 ○丹波の国さいき村に生きながら鬼になりし人の事

2015年06月18日 | ものがたり

むかし、丹波の国のさいき村に男あり、
親孝行を第一に心がけ、貧しくもつつましき日をおくれり。

ある日、たき木をとりに山へ入ったおり、
のどの渇きをおぼえ、谷に下りて水を飲もうとし、

水中をのぞき込めば、
大きな黒牛が横に倒れたごとき物あり。

ふしぎに思い、よく見れば、
年々に山より流れ落ちてはかたまり、溜まった漆なり。

男これを知り、
これ天より我への恵みと歓喜し、

それよりは、この漆をとりに通い、
しきりと京へ持ち行きければ、ほどなくひとかどの分限者となりける。

その近くに住む性悪の者、
このことを伝え聞き、

謀(はか)り事してその男を遠ざけ、かの漆を独り占めせんと思い立ち、

大きなる鬼の面に赤毛のかつらを合わせ、
かぶりて鬼の姿となり、かの男が漆を取りに来るのを待つ。

近辺まで男の来るを見て、水に入り待ちければ、

常のごとく、漆を取らんとした男、
水ぞこの鬼を見て驚き、急いで逃げ去りぬ。

かの悪性の者、してやったりと喜び、
水から出ようとすれど、衣服を漆にからめ取られ動けず。

そのまま鬼となりて、死にけるとなり。








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