漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

雪便り

2011年01月24日 | Weblog
昔、雪国に生まれた人から、
「子どものころ、父が帰るまでに駐車場の雪をかくのだが、
 かいてもかいてもきりなく積もる雪にげんなりした。
 今でも雪が散らつくと憂鬱になる」と聞いてそんなものかと想った記憶がある。

年明けから大雪のニュースが続いていたが、ここ数日はそのての報道を見なくなった。

ただ、大雪も日常となれば、
ニュースとして報道する価値は無いのだから、
単に、目新しさがなくなっただけのことかもしれない。 
    
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孔子の書を注釈した左氏伝に、

「平地に一尺積もれば大雪」とあるのは、その国、暖地なればなり。
唐代の詩人が、雪を「豊年を呼ぶ吉兆」と云いしも暖国の論なり。

暖国に雪一尺以下ならば、
山川村里、あたり一帯に銀世界をなし、
雪のひょうひょうへんペンと舞うさまを見て花にたとえ、宝石に比し、

雪景色を愛で、
酒食を整え楽を奏して、
画に写し詩をつらねて歓談するは古今のならいなれども、

これ皆、雪 浅き国の楽しみなり。

我が越後(今の新潟県)のごとく、
年ごと、丈に余る雪を見なれては何の楽しき事のあろうや。

雪の為に力を尽くし、
財をついやし、千辛万苦する事想いはかるべし。

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これは江戸時代の後期、
越後の人、鈴木牧之の書いた「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」にある一節。

そう云えば、昔、
神戸に大地震があったあと、
仕事のしようがなくなって北海道へ旅行したことを思い出した。

居酒屋で飲んでいると、
店の親父と客が神戸のことを話し出したので、
そこから来たと云うと驚いて、「夜は寒くないのか」とたずねてきた。

この場合の「寒い」は、凍死するほどの寒さのことで、
暖房のない部屋でも、イッパイ着こんで蒲団をかぶっていれば眠れると云ったら、

感心して、「北海道なら、半分以上死ぬな」と言っていたことを、今思い出した。






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