漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

犬医者の事・①

2009年09月14日 | Weblog

江戸時代、京都の町奉行所で、
与力を勤めた神沢杜口の随筆「翁草」の中に、

「お犬様」に関連した話があり、
それがなかなかおもしろいので紹介します。

尚、以下の文中、
「手代(てだい)」は、江戸時代の商店の従業員。

手代クラスなら、まだ住み込みで丁稚と番頭の間、
丁稚は基本、無給だが、
手代となると仕事も任されるようになり、わずかながら給料も出る。

「引き負い」は、「使い込み」などの金銭的トラブル。
  
  ~~~~~~~~~~~~~~~

 ○犬医者の事

神田旅籠町(かんだはたごちょう)に、平助と云う者あり。

もと攝津(せっつ)の国、
大阪薬屋の手代なるが、
引負して、彼の地を欠け落ちし、当所へ逃れ来たり。

今は旅籠町の番人同然になり、給銀を得て、町用事を励む。

  ~~~~~~~~~~~~~~


この話の主役となるのは「平助」と云う男。

大阪の薬屋で手代をしていたが、
使い込みによって、店を逃げ出し、
江戸に流れてきたと云うのだから、二十代の後半から三十代、と云う処か。

「引き負い」には、単なる「使い込み」のほか、
店の信用を利用して、自分勘定で商いをし、
その損失が大きくなり過ぎて、清算が出来なくなった場合にも使う。

この後の平助の行動を見ていると、こちらの方がふさわしい。

貿易が制限されていた当時、
輸入に頼っていような薬種は、貴重品で高価、
しかも、外国船が、何をいつ、どれだけ持って来るかの情報が殆どない。

「朝鮮人参」なら、人参を積んだ船が続いて入港すれば、
大きく値下がりするが、
その船が長期間途絶えれば、当時有効とされた薬種だけに価格は高騰する。

そこで、自分で相場を張って、
店の仕入れに自分勘定の人参を上乗せして仕入れ、
値上がりした処を見はからって、売りさばけば利益は自分のモノになる。

ただし、これも、
ホンの小遣稼ぎでやるなら、
損をしてもヤケド程度で済むが、
大きく張って外れると、決済不能で逃げ出すよりなくなる。

当時の江戸には、
町の境界ごとに「木戸」と呼ばれる木製の門があり、そこには小さな番小屋もあった。

その番屋で寝泊りをし、
町の雑用をこなしていたのが「番人」、「番太郎」、「番太」などとも云う。

仕事は木戸番の他、夜回り、お触れの回覧や連絡などだが、
その給金などの維持費は、家屋敷を所有する「町人」が、金を出し合った。

従って、町の様々な雑用も仕事のうち。

使い込みか相場かはともかく、
金銭的不始末で、大阪の薬屋を逃げ出した「平助」は、
今は江戸、神田旅籠町で、しがない「番人暮らし」をしている、と云うわけです。

その平助に、
「思わぬことでチャンスが転がり込む」と云うような話は、又あした。




コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。