漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

○幽霊がうわなりうちの事】 その②

2012年04月24日 | ものがたり

【幽霊がうわなりうちの事】 その②

夫、左衛門のその言葉を聞き、
妻の「たえ」もようやく得心して、夕べのことを斯く斯くと残らず物語られける。

左衛門、一々うなずき聞きて、

「さて、それは、三年以前の妻の幽霊なるべし。

 恨まれるべき覚えもなければ、悶着の起こる道理もなし。
 離縁のことはひとまず置いて、身共を信用しこの家に留まりたまえ」と言われければ、

たえも、「一度は嫁したるからには」と心を決めける。

さて、それより数日のち、また左衛門の留守の夜、

また先妻の幽霊が来たりて、
「さてさて、先には固く約束なされたことを守られずは恨みにそうろう」と申す。

たえ、これを聞きて、
「そちらさまは既に三年前、この世を去られたよし、
 何とて左様に執心深く迷いたまうぞ。
 あさましき未練は断ち、今は早々に立ち去りたまえ」と言えば、 

先妻の幽霊、
「そなたが約束を守らぬと申されるならば、
 ここは一番、それがしと相撲を取りそうらえ、

 もし、その方が負ければいさぎよく里へ帰りたまえ、
 また、それがしが負ければ、もはやこの家に参ることなし」と云うより早く飛びかかる。

たえも武士の娘なれば、
「心得たり」と組みあいて、
 上を下へと返す処へ、左衛門帰り来たれば、幽霊は消えて失せにけり。

その後も左衛門の留守を狙いては来て相撲を取ること三度なり。

二度は左衛門が帰り来て幽霊失せども、
三度目にはくんずほぐれつ思うがままに相撲を取れリ。

女の事とて中々に勝負がつかねば、
その内に二人してドウと倒れ臥し、互いに尻餅をつきてしばらく動けず。

ハアハアと息をしながら互いに顔を見合わせ、
どちらからともなく笑い出し、ついに大笑いになりての後に幽霊が云うは、

「思うさまに組み合いて、もはや妄念は晴れたり、
 これよりは再びと来る事なし」と言い置きて消え去りぬ。

それより後は何事もなく、
跡取りの男子も生まれて、今にその家めでたく続くとかや。













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