Invitation to W★ING

<東日本大震災>で被災された皆さまに心からお見舞い申し上げるとともに一日も早い復興をお祈り申し上げます。

私のメモリアル・プレイス ②

2011-05-21 18:00:37 | 日記
†去る16日,胃癌の為に77歳でお亡くなりになられた俳優の児玉 清さんのお通夜にテレビ・ドラマ等で共演をされた俳優やタレントの方々ら900人が弔問に訪れたとテレビで伝えていた。

児玉さんといえば,俳優というよりもTV朝日の『アタック25』や近年ではNHKの『びっくり法律旅行社』等での司会を思い出す。 雑然とする現代において児玉さんの話にホッとしたものだ。

勿論,俳優としても数多くの映画やテレビ・ドラマにも出演されていたが,何でもかんでも見る方でもないので,私は木村拓哉主演の『HERO』の”鍋島次席検事”役や大河『龍馬伝』での坂本龍馬の父親役などが,記憶に新しい。

その児玉さんの葬儀・告別式が昨日同様,護国寺桂昌殿で執り行われたが……私が住んでいた池袋(西口)の反対側へ出て<サンシャイン・シティ>辺りからでもそんなには遠くはない。今から25年前には,よく護国寺の前を通ったものです。

アメリカから戻った'86年の春に,私は友人の勧めでこの年に産声を上げたばかりの《ジャパン女子プロレス》に入ったのですが,この護国寺の傍に女子プロレスラー"一年生"となった彼女らの合宿所(マンション)が有りました。

この辺り(音羽)は大学が多く(東大赤門も近い)点在していますが,合宿所の近くには講談社が有ったり,当時としては珍しかったファミレスも有ったが,夜は余り人通りもなく都心とは思えないぐらいシーンと静まり返っていました。

この音羽と同じ”文京区”の関口〈江戸川橋〉には 《ジャパン女子プロレス》の事務所がありました。 『プロレス&ボクシング』誌の時には製版所や印刷所もここに近かったし,この一帯は私にとって"思い出が"イッパイ詰まってる場所なのです。

護国寺から江戸川橋にかけて海外から帰ると〈京成上野〉からタクシーで自宅に戻る時には時折り通った道です。 あの時から四半世紀……今なお現役でリングに上がる尾崎や智江(現・ダイナマイト関西)も若かったな~。勿論,私も……。(笑) <茨城>

※写真は護国寺の桂昌殿