ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【朝鮮雑記】難波先生より

2015-12-21 15:27:51 | 難波紘二先生
【朝鮮雑記】
 亡き叔父は日本の朝鮮統治時代に大邱医専を卒業して医者となった。かつて朝鮮の医専、医大を卒業したものも、満州大学医学部を卒業したものも、医師免許が与えられていた。朝鮮人の国籍は日本だったし、満州には「五族協和」を掲げていたので、国籍がなかった。満州の朝鮮人は朝鮮に戸籍があり、よって日本国籍だったのである。
 叔父は晩年には、医専の同窓会・クラス会を大いに楽しみにしていた。その回想録には大邱医専の恩師や同級生を偲んだ追悼文が入っている。叔父は広島市会議員選挙に共産党候補として立候補し、見事に落選した経歴の持ち主だが、日本の朝鮮統治が「植民地収奪」だったとは一度もいわなかった。

 「産経」の前ソウル支局長による「朴大統領の名誉毀損」事件の判決がソウル地裁で12/27行われた。外出していて15:00のNHYニュースを聴いたら、「14:00から判決公判が始まったが、裁判官が採用証拠の採用理由を延々と説明している」と報じられてびっくりした。
 戦犯を裁いた東京裁判でもそうだが、判決は主文すなわち有罪か無罪をまず宣言し、ついで有罪の場合その量刑を言いわたすのが近代法治社会の常識である。
 判決文に「韓国外務省が、日韓関係を考慮するように地裁に申し入れした」という事情が述べられていると知り、これまたぶっ魂消た。
 明治24(1851)年は、憲法に基づき初代の議員代表制の内閣伊藤博文政権が政府を指揮していた時代だった。日本を訪問中のロシア皇太子に巡査津田三蔵が大津市内で切りかかった「大津事件」が発生した。日本はまだ国力が弱くて、とてもロシアと対等に渡り合えなかった。帝政ロシア政府に対する外交的配慮から、伊藤内閣は「皇族に対する大逆罪」を適応して被告を死刑とするように求めた。だが裁判長児島惟謙は、「大逆罪は日本の元首ならびに皇族に対してのみ適用され、外国の元首その親族には適用できない」と主張し、政府の干渉は三権分立を犯すものとして、これを断固として退け、一般殺人未遂罪を適用し、司法の独立を護りきった。
(尾佐竹猛「大津事件:ロシア皇太子大津遭難」,岩波文庫,1991/4)
 後に「護法の神 児島惟謙」(沼波武夫、修文館, 1926)という書も出ている。

 ソウルの喜劇は、これまで「情治国家」と言われてきた韓国の裁判が、司法権の独立を持たないものであることを誰の目にもあきらかにした。A4版用紙で50枚もある判決主文を3時間もかけて朗読した判事は、自らが政権のピエロであることを自覚していたからこそ、はずかしくて主文が先に読めなかったのであろう。
 朴槿恵は国家元首であり、法務大臣を指揮する権限を持っている。だったら指揮権を発動して、検察による起訴を阻止すべきだったのだ。NYTが安倍晋三のへそから下の事情を英語で載せたとして、NYT東京支局の支局長が起訴されるということが、日本でありえるだろうか?
 朴槿恵は検察を使って産経に報復しようとして、国際社会の猛反撥をくらったら、今度は外務省を使って「有罪にするな」と裁判所に圧力をかける。韓国社会の腐敗がどこまで深いかをつくづくと感じさせる一件だった。
 それにしても加藤達也・前ソウル支局長も「産経」もよく頑張った。「朝鮮日報」は<判決文読み上げ3時間、産経前支局長は着席許されず>と裁判自体が「異常」であったことを報じている。

 もともとこの事件は朴槿恵が「セウル号沈没」事件の時、行方が知れなかった「空白の時間帯」について、韓国紙の報道など基づいて、加藤記者が日本語記事を「MSN産経」にネット掲載してものを、韓国のネット紙が勝手に朝鮮語に訳して報じたものだ。その際に、意図的な誤訳が多数挿入され、韓国市民の劣情を刺激するような内容になった。
 チャタレー裁判で起訴されたのは訳者の伊藤整であって、著者のD.H.ローレンスではない。
日本では図画を除き英語などの外国文字で書かれた書物は、一般市民には理解できないから、輸入は「わいせつ罪」にあたらない、という判例が確立している。
 韓国は日本統治時代の法体系を起訴として、戦後に国家が成立したのだが、法の論理と精神を受け継ぐことには完全に失敗して、李王朝の法解釈に戻ったようだ。
 「名誉毀損」はどの国でも親告罪である。日本の旧刑法には「大逆罪」とならんで「不敬罪」があった。管直人が安倍首相を「名誉毀損」で告訴して、ぶざまにも敗訴した。当たりまえだろう。戦前の議会でも斎藤隆夫は堂々たる「反軍演説」を行ったが、軍部もこれに刑事罰を加えることはできなかった。
 12/18の各紙は「産経」のみが一面の大部分を使って判決を大きく扱っている。他紙は申し訳程度の扱いだ。唯一、韓国の「ハンギョレ新聞」(朝鮮日報、中央日報、東亜日報につぐ、「東京新聞」のような規模の新聞)が社説で<[社説]“大統領顔色うかがい”起訴に鉄槌加えた産経無罪判決>と全面的に産経支持、朴槿恵批判を展開している。
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/22833.html
 「朝日」と提携している「東亜日報」は判決そのものを報じてさえいない。

 韓国検察は、訳者の韓国人をこそ起訴すべきだったのだ。それを日本たたきという政治目的のために、日本語の原著者を起訴するとはもう無茶苦茶な社会だ。近代国家ではない。李王朝の時代に逆行している。こんな国を隣国にもち、礼儀正しくつきあわねばならない、日本という国が哀れに思えてくるではないか…

 「夫婦同一姓」が違憲かどうかについて、日本で最高裁の判断があった。中国と永年その文化的支配下にあった朝鮮では夫婦別姓は当たり前で、ちょうど日本の家紋のように、父親の姓は息子に継承され、母親の姓は娘に継承される。では朴槿恵は暗殺された母親の姓を継承せずに、なぜ父朴正煕の姓を受け継いだのか?
 日本の士官学校を出た朴正煕は日本をよく理解していた。軍事クーデターにより独裁制を確立した後は、日本と国交を樹立するため「日韓条約」締結し、戦後処理を終えた。この条約により日韓の戦後処理は「慰安婦問題」を含め、竹島の帰属問題だけを例外としてすべて決着した。裏取引として、日本から有償無償の膨大な資金援助を引き出した。この金が韓国の急速な経済発展をもたらし「漢江の奇跡」と呼ばれた。
 この父親との関係を国民に思い出させることは、朴槿恵が大統領に選出されるために大いに有効であったにちがいない。だが、男女別姓を根幹とする韓国で、どうして娘が父親の姓を継承できたのか?韓国民法の規定はどうなっているのか?
 肝心の問題について、日本メディアは何も伝えていない。明らかに調査報道の欠如だ。

 最高裁判決について、日本メディアは「夫婦別姓は世界の潮流」というような無責任なお調子者の報道を垂れ流している。
 米国では旧姓をミドルネームに使うのが一般的である。
 わが娘と男の孫2人の姓はNamba Whetherel(ただし、娘は日本国籍のまま、孫は二重国籍)だ。普通は長すぎるので、Takumi N. Whetherelのように、ミドルネームは1文字に略す。
 ユダヤ人に洗礼名はないが、かつてアメリカで同僚だった。E.S.Jaffeという女性研究者の場合、Eは個人名、Jaffe(典型的なユダヤ名)は結婚した弁護士の夫の姓、Sが旧姓だった。
 戦闘的フェミニストの上野千鶴子の姓は内科医だった父上野良雄の姓を受け継いでいる。彼女は一度結婚しており、「バツイチ」であるが、娘がいるはずだ。(と思ったが田中美津との対談「三津と千鶴子のこんとん、とんからり」、木犀社、1987/12)で、
 三津=ところで、あなたは、「男遊びを奨励する上野」って言われてるよ。
 千鶴子=私、それ奨励しているのよ、おもしろいもん。…子育て、すなわち再生産も遊びです。…再生産遊びと恋愛遊びの二つがありまして、私は再生産遊びはパスしちゃったから、恋愛遊びをやっています。(p.105)
 と述べているから、「団塊の世代」の上野千鶴子は現在は「未婚の子なし老女の<おひとりさま>」なのであろう。
 日本の「少子高齢化」彼らフェミニズム運動の指導者たちに起因するところが大きい。
中には酒井順子「負け犬の遠吠え」(講談社, 2003/10)のように、後悔してそれを告白した人もいるが…
 フランスには死刑廃止の決断を下した法相バタンテール(弁護士)の妻で、上野より4歳年長のエリザベス・バタンテールがいる。パリ理工科大学の哲学と歴史学の教授だ。
E. バタンテール「迷走フェミニズム:これでいいのか女と男 (Fausse Route 2003) 」新曜社, 2006/6)という著書で知られる。
 この主張に謙虚に耳を傾けていれば、日本の少子高齢化・独居老人問題は、これほど悪化しなかっただろう。

 話は変わる。
 阿比留という姓は珍しくて、私は上垣外憲一(かみがいと)「雨森芳洲:元禄享保の国際人」( 講談社学術文庫, 2005/2)で初めて知った。対馬藩の儒者で、優秀なので藩が木下順庵の門下に入門させた。文脈からするとこれで姓名をあらわしており、朝鮮系の名前と思われる。
 新井白石の紀行詩文を朝鮮通信使に見せたのが奇縁となり、順庵が白石に会いたいといい、それが奇縁で白石は順庵門下となった。ところが阿比留はわずか27歳で早世し、藩は適切な儒者の推薦を順庵に求めた。順庵の推挙を白石が断ったので、門弟の雨森芳洲が対馬藩の主席儒者となり、朝鮮通信使との対応にあたった。白石は福井藩への順庵の推挙も断り、結局、数奇な運命により六代将軍家宣の政治・学術顧問の地位に就任している。
 この阿比留のことは、私が読んだかぎりの朝鮮通信使側の記録になく、その後子孫がどうなったか知らない。
 「産経」の論説委員(兼政治部編集委員)阿比留瑠比氏が、そのコラム「阿比留瑠比の極言御免」で元首相菅直人をかなり感情的に批判している。みっともない。
 菅は「イラ菅」というあだ名をもち、短気で感情的で人を罵倒するくせがあることは、昔から知られていた。有吉佐和子「複合汚染」(新潮文庫,1979/5)には、市川房枝の選挙運動をする青年菅直人が書き込まれている(P.21-22,49-51)。
 老人の市川を北海道から沖縄まで遊説させるという無茶なスケジュールを菅から見せられて、「殺す気かという言葉が喉まで出て来たのを私は呑み下した。青年グループ。彼らは若さにまかせて、市川房枝の年齢を忘れ、候補者の健康保持を忘れて、暴走している。」と書いている。さすが作家だ、よく見ている。これは「朝日」小説欄に1974〜75年にかけて連載された「環境問題」を主題にしたノンフィクションである。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」の影響を大いに受けている。
 26年後に首相となった菅直人は、福島原発事故の際にも同じことを繰り返した。
 それだけのことじゃないの、阿比留さん。
 ちなみに広島市中心部にある国際観光ホテル前の小路に「阿比留支」という名前の喫茶店が最近できた。店名の由来については店員も知らなかった。2階に眺望の良い、喫煙室がありBGMも「オズの魔法使い」から「虹の彼方へ」などを流すなど、落ちついて読書ができる。
 阿比留さんも広島に来られる機会があれば、一回いってみんさいや。
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